日々のこと

ご無沙汰にございます…

 1週間もブログを休んでしまったのは初めてだ。お盆の法要や、原稿仕事、締めきりにも未だ追われてる状態で、身体の不調もありアップする心の余裕がなかった。身体がだるいとやる気が半減するものなのだな、とつくづく思う。

 少し、心が疲れているようだ。自分自身の悩みごとなんて何にもないけれど、先日、古い友人が亡くなったことを知らされた。若い時代、おしゃれな着こなしを教えてくれた男性だった。小柄でひょうきんで。彼と最後に会ったのは、昔のボスのお葬式だった。それ以来、会う機会には恵まれなかったが、もう二度と会えないのだと思うとさみしくなる。知り合いのご不幸は、心に堪える。

 今年は母の実家の縁側でスイカを4回も食べた。懐かしい子どもころのことを思い出しながらほおばって、スイカをペッペと庭に吐く。
 庭には赤とんぼが。今日は少し涼しい。秋の気配を感じれるような気温だ。このまま秋になってくれないかなぁ。毎年、秋がくると元気になれる。新しいことをはじめたい!という気にさせてくれる。

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実家の突き井戸で冷やしておいたスイカ。びっくりするくらい冷たくなっている。

2 縁側でスイカを食べる。冬にはここで、ばーちゃんとつるし柿を作ったものだった。

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ソテツにはまる。

 今、ソテツに凝っている。『白蓮事件』で名を馳せた、歌人・柳原白蓮が嫁いだ飯塚の伊藤伝右衛門邸の玄関前に、それはそれは立派なソテツが植えられていた。しばらく、白蓮にまつわる記事を書いたり、白蓮の娘さんや関係者の方々にお世話になり、伊藤邸に足を運ぶことの多かった私は、その立派なソテツの姿に釘付けになった。

 明治・大正の時代、屋敷内にソテツを植えるというのは贅沢なことだった。当時のソテツは奄美大島からわざわざ取り寄せるという高価な植物であった。

 今のこの時代、ソテツを植えたいという人は少ないだろうが。私はそれ以来ソテツが欲しくてたまらなくなり、いくつか植木屋さんを回ってやっと見つけた直径60センチ、縦80センチくらいのソテツが8000円と言われた。高くて手が出せなく断念…。

 すると数日後、道の駅で同じようなサイズのものが1500円で売られていたではないか。即効で買い求め、さらに生産者を訪ねることにした。これで1500円ならば、それより大きいものがどれくらいか察しがつく。ネット通販では、幅と高さが1メートル50センチくらいのものが数万円で売られていたから、期待は高まる。

 生産者の畑を訪ねると、嘘のような値段でわけてくれるという。おじさんの気が変わらないうちにと2鉢購入。これで私のソテツは3つになり、母の実家のおじが愛した庭に置くと、ソテツはより存在感を放った。友人は私の趣味を笑ったが、あの作家の林真理子さんも、近頃ソテツを購入した、とブログにアップしている。

 林真理子さんは『白蓮れんれんれん』という柳原白蓮の物語を書いている。伊藤邸にも足を運んだだろう、そして同じようにソテツに魅了されたのではないだろうか。チャンスがあれば、一度尋ねてみたいところだ。現在、ソテツは奄美大島よりの持ち出しが禁止。おそらく価格も高騰するだろうよ、うっしっし…。

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おじが愛した庭。便利屋のおじちゃんが橋をかけてくれた。ソテツは立派にスクスクと育っている。

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新芽が出たと思ったら、ビューンとすぐさま伸びて、鮮やかな緑の葉を茂らせる。次第に葉は濃くなりガンガン強くなっていく。これは2株のソテツ。びっくりするような低価格でわけてくれた植木屋のおじさん、ありがとう。

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指が痛い…

 朝起きると指の関節が痛い。何か重いものを持ったわけでもなく、畑仕事をしたわけでもない。あぁ、とうとう節々が痛くなる年になったか…と落胆したら、先週、すごい量の原稿を書きまくっていたことを思い出した。

 いつもいただいているお仕事が立て込んでいたのと、テレビ局のフリーペーパーの原稿(これは楽しい!!)、「福永さん流で書いてください」と頼まれた短めの小説風の原稿、ひょんなことから依頼された毒舌コラム、「チャチャッと書いてくれ」とよこされた友人のスピーチ原稿、なんで私が?と耳を疑った「女社長の仕事道」みたいなコンセプトのコラム。NOと言えない私が先週抱えた原稿がそうである。

 さすがに、絶対間に合わない…と思ったね。だって、間に合うはずがないもの。寝ずに書き続けるしかないのに、ビールも飲んだ、ワインにも手を出した。なでしこジャパンの試合を明け方に観戦し、あの優勝に興奮して早朝、家の回りを走ったりした。

 スタッフがいない3日間の休み、鶴が機織りするかのように、仕事場にこもり原稿書きをしながら、食うものも食わず、やつれて肌がボロボロになろうとも、それでも贅肉が落ちないのは納得がいかない。神はとっくに私を見放している…。


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iPhone族の仲間入り

 遅ればせながらワタクシ、iPhone族になりました。電波の問題はありますが、右手の人差し指で画面をヒュンヒュンと滑らせる、あれをやってみたかったのです。

 へき地の取材があるのに!これでまた、電話がつながらなくなる!いや、電話に出ない言い訳ができる!使いこなせるの!と多々ご意見もいただきましたが、無視。

 最初は着信がうまくいかず、また、1ギリをしてしまったこと、関係各位にお詫び申し上げます。iPhoneはいいです。人様に携帯で使い方を尋ねようにも、聞きながらの操作ができません。ゆえに、独学でいろいろと触りまくって覚えるしかないので、頭の体操になり、ボケずにすみます。でも、忙しいとき、相手にすぐさま電話をかけたいときは、不慣れなゆえ、自分自身にイラついてますが…。

 ソフトバンクをお使いの方、長電話いたしませう。タダ友ですもの、どがしこでん。

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ワタクシのiPhoneです。カバーは、私のイメージカラーの赤です。うふふ。

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晴れた

 梅雨の合間の晴天。空には入道雲、太陽が燦燦と照りつけ、夏日である。この暑さが数ヵ月続くと思うとヘタ〜と萎えるが、畑や庭の植物にしてみれば久しぶりのごちそうである。この暑さで新芽がグイグイ成長すると思えばありがたい。

 昨年まで夏は大嫌いだった。ただただ暑いだけで、なんのありがたみも感じられなかったのだが、今年は違う。丹精込めて育てている植物のことを思えば、少々の過ごしにくさも我慢できるというものだ。

 植物は人知れず、日々、成長している。「人知れず」というところがすごいのだ。手をかけてあげなくとも気候が温かくなれば自ら芽を出し、花をつけ、実をもたらす。新芽が顔をのぞかせるたびに、小さな感動を覚える日々である。

 さて、バラ園。五月に花は終わったものだとばかり思っていたら、切りとった葉から新しい芽を出し再び開花している。早くに開花を終えたものからまた咲き始めた。
 「ルイーズ・オージェ」が開花した。これは1輪だけ咲いたばかりの苗の状態で購入したが、母が玄関で落っことし花ごと枝が折れた。だからどんな花だったか記憶に薄かった。ところが、再び開花し、かぐわしい香りを楽しませてくれている。

 激しい雨の中を蕾で耐え、晴天に恵まれた本日、見事な千重咲きのカップの花びらを見せてくれている。命って、本当にすごい。

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今朝、パッと咲いていた「ルイーズ・オージェ」。とてもいい香りがする。梅雨の晴れ間にひととき安らぎをくれる。

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雨のくちなし

 週末、畑仕事ができると楽しみにしていのに、この大雨…。予定じゃ、近所の便利屋のおっちゃんとバラ園に藤棚と、叔父の庭に小さな木橋を作るはずだった。

 この便利屋のおっちゃん。ばーちゃんの時代から我が家にやって来るおっちゃんで、昔は電気工事屋さんだった。引退した今は、近所の便利屋さんとして重宝されている。
 とび職の人がはく作業着ズボンにカラフルプリントのポリエステルシャツ、地下足袋を履いて自転車でやってくる。耳毛が森のようにこんもりとすごい。

 先日、藤棚の打ち合わせをしてると近所の若妻がおっちゃんの姿にびっくり!「誰?誰?」と指をさすので「ともだち」と答えたら大受け。おっちゃんも嬉しそうだった。
 しかし、だ。この大雨で中止。残念でならない。おっちゃんのひょうきんな顔は後日、ブログにアップします。乞うご期待。

 で、母がチリメンイリコを買いに連れて行け、というので松橋まで行って来た。母は野菜を買い、私は植木を買う。そこに「くちなしの花」を見つけた。隣の家のくちなしがきれいで株分けをしてもらう予定だったが、買わずにはいられない。

 くちなしの甘い香りに心がゆるむ。南国の花プリメイラに似ているが、あちらは高くて手が出せない。雨が上がったら早速植えてあげたいのだが…、この雨じゃ…。

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くちなしの花。甘い香りがする。

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こちらはタイで撮ってきたプリメイラの花。優しくて甘い香り。

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鬼門に塩

 毎月「一日(ついたち)」は、母が鬼門に塩をおいて家内安全をお祈りする。もう何十年もやっている習慣。今朝は私も一緒に回って「ありがとうございます」と手を合わせた。

 母が言う。「『お願いします』は神様にも仏様にも言っちゃいけない。神様も仏様も人様も、みんな『ありがとうございます』と手を合わせること!!」

 この年になるまで数え切れないほど聞かされた。「ついたち」は鬼門に塩。おにぎりは塩にぎりに限る。そーそー、なめくじにも塩が効きますぜ。

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毎月、ついたちは鬼門に塩!!

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クレーム

 「もう、近頃のかずさんのブログってバラのことばかり。おもしろくなーい!あの毒舌はどしたの、毒舌は」とボヤいているやつがどこかにいるらしい。

 気持ちはわからないでもない。この私が、花だの果実だの、自然が大好き!なんてのは似合わないし、そもそも、植物に興味を持たない人にとっては、せっかくブログをのぞいてやってんのに「趣味の園芸」ばりのネタには辟易(へきえき)だろう。

 見るなら「趣味の演芸」がいいに決まっている。しかし残念ながら、今の私は笑い“ネタ”より“タネ”蒔きに忙しいのだ。

 昨日の昼、カメラマンの下曽山弓子がやってきたのでバラ園を得意げに案内してあげた。彼女も、ライターの廣木よしこたちと畑を借りてせっせとトマトを作っているという。加工して一儲けしようだのトマトソースを作って売ろうだの、農作業はよしとして抱く野望がやっぱりいやらしい。

 みんなで清々しい汗を流して一緒に畑を耕そうぜ。人間毒を畑に捨てて清らかな自然人になろう、という話になった。うちの畑で作物をこしらえ、来る食糧難やら災害に備えて、精神的にも肉体的にも頑丈な生活を送ろうではないかと盛り上がる。

 ところで、このブログをのぞいて「おもしろくねぇー」とボヤいているコケシよ。お前も鍬(くわ)かついでうちの畑さ来い!野良仕事の楽しさ、教えてやっからよ。

Photo 山椒。香りが強いので虫はこないと思ったら大間違い。次々に毛虫がひそむ。

Jpg ♪みぃかんーの花がぁ、咲いているぅ♪。そ、これは葉蜜柑の木。正月前には重宝するぜ。

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これで17種

 自分でもこんなにハマるとは思ってもみなかった。5月の連休以来バラを育てているが、種類が17種となってしまった…。はいはい、お金もそれなりにかかりました。

 ルイ14世、クリムソン・グローリー、ナルボンヌ、マダム・フィガロ、ショートケーキ、カクテル、禅、イブ・ピアッチェ、ブルー・バユー、シルバー・ダヴィンチ、その他に7種、名前を覚えきらんほど育てている。

 水やり、肥料やり、消毒、花がら摘み、観賞。これだけで半日費やす。もちろん、仕事優先だけど、たまに時間が空くと園芸用のシャツと手袋、帽子をかぶって小さなバラ園へ向かう。スタッフは呆れ気味だが、それでもきれいな花に目を細める。

 バラの数もさることながら、他にも果樹や花々を植えている。先日は桑の木を植えた。マルベリーとも呼ばれる木イチゴの一種で、大きく育ててジャムを作るのだ。他にも、無花果(いちじく)やレモンも育てている。おととい母がゴーヤを植えたし。

 雨続きなので水やりの手間はないが、傘をさして小さなバラ園を眺める時間は楽しい。ここのところ天気予報がやたらと気になる。日照りが続くと心配だし、雨続きや台風情報に一喜一憂している日々である。

 畑仕事は楽しい。そのせいか、夜の酒場に出向くことが少なくなった。仲間は「お前、最近つまんねー」とボヤいているが、その内、この畑仕事の楽しさを夜の仲間たちにも教えてあげようと思っている。
 人は自然と共にあるのが一番!と言ってはみるが、夜行性で酒好きの私がいつまでそう豪語してられるだろうか…。

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新しく手に入れた「ブルー・バユー」。どうしてこんなキレイな花びらで生まれてくるのだろう。命の神秘に感動してしまう。

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シルバー・ダヴィンチ。淡い桃色の花びらに濃いピンクの筋がある。可憐で色っぽいよー。

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これからのこと

 走り続けていると見えないことがたくさんある。例えば、これからのこと。これからと言っても数ヵ月先の具現的なことではなくて、これからの心のありようだ。

 どんな風に生きたと思えて、どんな風に老いていきたいのか。若い頃はそんなこと考えたこともなかった。前へ前へ、と進むのに必死で辺りを見る余裕すらなかったもの。

 私はどんな風に生きたいのかと思ってみて、穏やかでありたい、と願う。心がさほど傷つかず、小さな幸せの瞬間をいくつも重ねて、あぁ良かった良かったと、一日の中でそう思える時間の中に生きていたいと思うのだ。

 食べ物なら、あぁおいしかった、と言えたらいい。笑いもそうだ。楽しかった、があればいい。仕事は相手の方が喜んでもらえたらいい。大切な人が笑っていたらいい。

 若い頃ならばこうはいかなかった。おいしいものを食べたい。笑っていたい。意味のある仕事をしたい。相手に思われたい。全ては自分中心だった。それが幸せに決して幸せにつながらないと頭ではわかっていても、思いをどうすることもできなかった。

 近頃、少しだけ、幸せでいるための心のありようがわかりかけてきた気がする。思いを押しつけないこと。広く受け止めること。上を仰ぐのではなく、足元に目をやること。視線位置がほんの少し変わってきたら、心のありようも変化した。

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