つぶやき

いたらんこつ!

 今朝、ワイドショーのニュースを見てむかついた。野田新政権が発足スタートしたのはいいが、大臣の中にやたらと張り切りすぎて、余計なことを言い出すヤツがいる。

 小宮山厚生労働大臣のたばこ増税発言だ。たばこが身体に悪いことは知っているが、愛煙家としては昨年たばこが増税されたばかりなのに、今度は700円になる可能性を示唆され、たまったもんじゃない。しかも、たばこ税をあげたくらいで税収はたいしたことはない、とまで言う始末。

 単なる喫煙家いじめとしか思えない。いくら厚生労働大臣としての発言とはいえ、「いたらんこつ!」だ。それよか、被災地の方々の仕事の問題や、健康問題など緊急に取り組むことは山ほどある。税金のことなら安住にまかせておけばいい「野田」。

 ただでさえ増税政権と言われていて、首脳陣がピリピリしているところへ、呑気な顔してたばこ増税発言。いくら選挙で頑張ってくれたとはいえ、早速大臣に据えたところでこの軽口。民主党のゆるさはまだまだ健在な「野田」。

 気になるのが田中真紀子氏の衆院外務委員長が内定したこと。外務委員会は、外交方針や政策を論議するところで、そこの長になるわけだ。かつて外務省を「伏魔殿(ふくまでん)」と呼び、北朝鮮のボクちゃんを早々に送り返し失策と騒がれたその感覚で、ふたたび外交に関わるのか…。外務省も「驚愕の人事」と動揺しているとか。

 どじょうの野田さんには、あの新潟の錦鯉を2度に渡って更迭するのは無理だろな…。ちなみに、亡き田中角栄氏は何百万円もする錦鯉を目白台の「目白御殿」でたくさん飼っていたという。

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電気料金

 政府が電気料金の値上げをほのめかしている。オール電化の我が家にとっては大変な問題である。きくところによると、電気料金は電気会社のコストがいくらかかろうが、それに上乗せされて電気代が請求されているらしい。

 これはかつての自民党政権が作った利権の温床のひとつ。今回の原発事故も結局のところ国の責任とされ、そのつけは我々国民にまわってくる。これまでさんざん儲かっておきながら、それはないだろう。しかしながら電気ひとつ止まっただけで、私たちは生活もストップしてしまう。仕事だってそうだ。

 数年前の台風で停電したときなどは、自動シャッターも開かないので昼間だというのに部屋は真っ暗だった。風呂にも入れず、水は出るが煮炊きができなかった。悔しいが、電気なくして暮らしてはいけないことを痛感させられた。

 ただそれにしても、だ。電気利権からの構造が国民の生活を脅かすことについて、マスコミはもっと正義をもって露見するべきだ。
 浜岡原発停止だが、これについては「87%」などの数字ばかりでなく、「確実に地震がやってきますから、みなさんご覚悟を!」と政府は地震情報をしっかりと発表すべきだ。避難所の確保、家族同様のペットでの非難方法、関東を離れる人、日本を離れる人、今、日本でどこが安全でそうでないか。知りたいことは山ほどある。

 脇の甘い民主党でよかったな、と思うのは、こういう事態のときいろんなことが露見されてしまうことぐらい。自民党なら利権の問題やら、パニックを恐れてうまくごまかされただろう。このご時世に菅さんが首相だったのは意味があったのかもしれない。おかげで多くの裏のことを知ることができた。
 

呉服町前から熊本駅前まで市電に乗った。どこまで乗っても150円。チンチン電車は風情があっていいな、と思ったが、これも電気で動いているんだった。

避難所につれていけないペットたちも多くいる。それが可哀想で可哀想で仕方がない。

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原風景

 数日前、湯布院に行って来た。久々ゆっくりとして、美容液のようなお風呂に何度も浸かってきたら、痛かった左の腕がなんともなくなった。

 いつも『二本の葦束』から一歩も出ないけれど、今回は珍しく街まで出てみた。実は街中は嫌いだ。人がうじゃうじゃいて、全国の観光地にあるようなお店しかないから。

 昔の湯布院は違った。まだお店は少なく、パン屋さんや酒屋さんが数件あったくらい。小川にはクレソンが自生していて、その様もステキに映った。
 由布岳を仰ぎ見ながら、のんびりとした牧歌的な風景の中を散歩したりして。小さな美術館に立ち寄ったり、洒落たカフェでお茶をした。時間がゆっくり過ぎていた。

 今の湯布院はせわしい。人も多いけれど、余計な物があふれすぎている。前述のように、京都の嵐山、清里、小樽、などの観光地にある同じ店が軒をつらねていて、あれでは湯布院にわざわざやって来る意味がないと思う。

 今回もげんなりして、車に戻ろうとして小川に目をやると、クレソンが自生していた。誰も気をとめないけれど、クレソンはちゃんと芽吹いていた。
 それは私の湯布院の原風景なのであった。

Photo昔は、この小川の流れをのんびりと眺めながら歩いたものだった。春のクレソンは今年もちゃんと芽吹いていた。

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熊本城

 先日熊本城の近くを通りながら、あらためて熊本城の雄々たる姿に胸がいっぱいになった。熊本のシンボルであり、我が街の歴史を今に伝える証しだ。
 石垣の意匠の見事さを見るたびに、加藤清正公を「土木の神様」と敬う心がわかる。戦いのためだけにあらず、その巧妙な配置は芸術である。石垣だけでも世界遺産にならないものだろうか、と思う。

 若い頃はお城など見上げもしなかった。学生の頃、金はなかったが時間はたっぷりとあったので、二の丸公園にはよく出かけた。公園でゴロゴロしたり、フリスビーをして「円盤投げはやめてください」とスピーカから大きな声で怒られたものだった。それでもお城は意識して見ようとはしなかった。

 小さい頃、春のスケッチ大会に母と出かけては、お城を描かされた。お城なんて興味ないけど、母が作ったお弁当を広げるのが楽しくて画板を抱えて参加した。

 なんやかんや言っても、熊本の人たちは幼い頃から熊本城と関わって大人になっているものだ。そして、そこそこに年を重ねてようやく、熊本城を我が誇りと思えてくるのではなかろうか。今、熊本が好きで好きで仕方がない。

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昭和の花

 ダリア。大胆で、華やかで、たくましい。花瓶におさまろうとはせず、大地に根を下ろし咲き誇る、生命力にあふれる花だ。牡丹、シャクヤク、バラのように、その美しさを比喩されることもない花。

 ダリアには昭和の匂いがある。それは空しくも一日を生き抜こうとしていた戦時中のどさくさの路地に咲いた娼婦の匂いのような。

 遊郭にふさわしい花があるとしたら、私はダリアを思う。真紅の花びらは、女性の口紅、ほお紅、襦袢、かんざし、鏡台の掛け布と重なる。
 鮮やかな発色とシャープに尖った花びらの力強さは、身上に何が起こっても強靱に明るく、ケセラセラと生き抜いた郭の女たちのたくましさを彷彿させるのだ。

 買ってきた鉢植えのダリアは庭に植えてあげようと思う。その方がきっと、彼女にとってふさわしい生き方だと思うから。

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ダリア。遊郭の女たちを思い起こさせる花。

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犠牲者の方々の数字が増えるたびに、心がしめつけられる。東北はまだ寒さ厳しく、暖はちゃんととられているのだろうか。テレビをつけるたびに哀しくてしかたがない。一人でも多くの方の命が救われますように。

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失われた多くの尊い命に、鎮魂の祈りを捧げます。不明者の方々の一刻も早い救援と被災された方々の健康を願って。

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タイミング


 バタバタと1日が終わる。太陽が西の空に沈みかけた頃、携帯の着信音が…。見覚えのある番号、それでも遠い場所からの電話。車を止めて電話をとることができず「どうしていつもこのタイミングなのだ」と思う。

 きっと、この後で折り返しかけてみたところで、おそらくつながらないだろう。ボタンをかけちがえたままの二人のタイミング。

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絶唱

 江戸中期に建てられた庄屋さんの取材に出かけた。国指定の文化財の邸宅は、おそよ1800坪。広いお屋敷にたたずむと、庭や台所、土間を忙しく動き回る「おとこしさん」や「おなごしさん」の姿が見えてくるようだ。

 小説『絶唱』を思い出す。大江賢治さんの名作で、昭和17年頃の物語。舞台は山陰地方。山番の娘の小雪と庄屋さんの若様の愛の物語。冒頭のはじまりはこうだ。「それは今から30年前のこと。村の大地主の家へ美しい娘が嫁いできたという。しかし、娘はそのときすでにこの世の人ではなかった…」

 身分の違いで結婚が反対された二人は駆け落ちする。激怒した父親は息子を勘当し、二人は経済的にも苦しい生活を強いられる。そんなとき若様に召集令状がくる。
 夫の帰りをけなげに待ち重労働の仕事をしながら働く小雪だったが、病に冒され、日に日に体力は衰えていく。もう命がいくばくもない…そこへやっと夫が帰ってくる。そして小雪の命は絶える。
 妻の亡骸に花嫁衣装をまとわせて若様は家に帰る。実家の庄屋屋敷では、哀しい結婚の宴がとり行われるのだった。

 この物語は数々の映画やドラマにもなった。山口百恵と三浦友和の映画作品を見たのだが。結婚式のシーンが夜。提灯にともった灯りがいとも哀しげで、すでに死に絶えていた花嫁の背中には布団が重ねてあり、それにもたれるように花嫁を座らせてある。妖艶ながらもどこか不気味で、記憶に深い映画となった。

 動乱の時代を生きた人たちの人生はまさにドラマである。大きな庄屋あとで、その悲恋物語を想った。

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取材のお礼を深々と申し上げている私。撮影はM田編集長。

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夢で会いましょう 2

 夕方に軽く飲んで寝て、夜中に起きて明け方まで原稿を書いた。これは効率よく仕事をするときのパターン。一日中パソコンの前でバタバタしていると夕方には頭がボーッとなる。原稿仕事が待っているときは、そうやってリズムを変えてやるとはかどる。

 明け方頃にワイドショーを見ながらウトウトする。菅首相の退陣を求める自民党の稚拙な暴言に呆れるも、民主党の薄い一枚岩のパフォーマンス政治にはヘドが出る。この国どうなるんだろう…そんなことを思いながらうつらうつらしたら夢を見た。小泉純一郎氏の熊本遊説で彼とバッタリ。私はノーメークにマスク姿だった…。

 名刺をくれた。遊説の後の宴にも案内してくれた。イベリコ豚とワインを飲んだ。興奮する私だったが、問題はノーメーク、これを解決せんといかん。後援会の女性をなんとかつかまえて化粧ポーチを借りる。さて、トイレはどこだ?

 と小泉さんが「一緒に飲もう」と近づいた。「は…はい」と私。「マスクはとりなさい」「は…はい、でっでもっ!」。なんとかファンデーションをつけ眉を書くも右反面だけ。そこで小泉さんの左側に座ることにした。「いけるくちだろ?」「は…はい」。彼が機嫌よく飲むのをみはからい、もう片面に化粧をする…。やっと両面が完成。

 「もう一軒行きましょう」と周囲の人が高級バーに繰りだそうと盛り上げる。小泉さんも快諾し「君も行くよね」と笑顔を向ける。「もちろんです!」と答えて、ふと自分の足元を見たら母のスリッパを履いているではないか。しかも、母のユニクロの家事用のダウンを着ている。どうしてこんなときに…私という女は…と、日頃の習癖をこれほどうらめしいと思ったことはなかった。そんな夢だった…。

 夢から覚めて、手に何かを握りしめていた。夢の中で小泉さんからもらった名刺は、明け方鼻をかみながら眠り落ちたときに手にしていたティッシュだった…。

 もう一度、夢でお会いしたい。そのときはバッチリ化粧もしていっちょうらを着て甘い誘惑をしかけてみたい。あーも1回、やり直させてもらえないかなぁ…。

115226 小泉純一郎氏の大ファンの私。夢は、この人の愛人の一人になること。横須賀のご実家辺りをウロウロしてみたい。一緒にお好み焼きを焼いて食べたい。

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