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2012年2月

ひな祭り

 土曜日、一週間前倒しで女子が集まって本家の座敷でひな祭り。総勢30名ほどの老若女が大集合。それぞれに料理を持ち寄って、昼からわいわいがやがやと、楽しいったらありゃしない。

 メークアップアーティストのゆみ姉が桃の花やバラをいけると、KABの女帝かおりんがモエのピンシャン(ロゼのシャンパン)、スタイリストの山野蕗子女史もおなじくピンシャンをもってやってきた。ステキ。

 なっがわひとみはムードメーカー。彼女が一言もらすたびにみんな大笑い。とらやのひな祭りバージョンの羊羹をセレクトするところなんざ、さすがだ。ライターのかよ親子がイタリアンと韓国料理を作ってくれば、ライター廣木はおいしいオムレツをもってきた。カメラマンの下曽山弓子は前夜遅くまで飲んだくれていたにもかかわらず、二品の料理を作ってきた。えらいぞ。

 三角の漁師のお母さんがとうちゃんが捕った魚料理と刺身をドーンと並べると、従姉妹のおいしいお煮染め、母ののっぺ汁、料理名人の村田おばちゃんの餃子。他に、おいしいイチゴ大福やロールケーキなどなど、食べきれないと心配していたけれど、あっという間に完食。見事に食べきった。

 カメラマンのあこなどは、記録係のようにして撮影をしている。丸顔と長顔のティームで集合写真を撮ったり、抹茶葛湯作りを母が企画すると、みんなで湯飲みの中の葛湯づくりでガチャガチャと音を立てて作るものだから大笑い。

 来年も絶対にやろう!とお約束してお開き。夏はバーベキューで盛り上がる予定。賑やかなのが大好きだった亡き祖父母やおじ、おばも喜んでいたに違いない。

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飯塚の人形研究家の先生が贈ってくれたひな人形。フルセットだ。

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本家の座敷に約30名の女子が大集合。台所も大忙し。

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ゆみこ、未来、なっがわひとみ。丸顔ティーム。

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カメラを見ると魂が吸い取られるとおびえるライター廣木(左)、前夜遅くまで飲んだくれていたカメラマンの下曽山弓子(中)、早くからやってきてお手伝いをしてくれたカメラマンのあこ(右)。

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多忙な時間をさいてやってきてくれたKABの女帝、かおりん。風格が違う、風格が。

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デザイナーのふみちゃんとくまもんが大好きなひーちゃん。

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ライターのカワハラと娘の寧音。パパ似なのにめっちゃカワイイのだ。

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唯一の男の参加者 。カメラマンのモリケンの愛息、マサノブだー!!

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モリケンの嫁でテレビのフリーディレクターのみーちゃん。いい番組作ってまっせー。これがよか嫁なんです、じつに。

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こまいぬ

 うちのタロちゃん。猫なんだけど、張りぼてのこまいぬに見えることがある。おめめをまん丸くしたときなんぞは、色といい姿といいこまいぬ人形にそっくり。

 この人、カギしっぽなんざんすよ。しっぽがコの字型になっていて、まるでカギのように直角に曲がってるのだ。カギしっぽは「蔵のカギ」といわれているそうだ。

 母は「タロちゃん、蔵はどこにあるんだい?教えてちょーよー。タロちゃんてば、どこに蔵があるんだい?」とタロを抱っこしながら呪文のように唱えている。いまだ蔵発見ならずも、我が家の商売繁盛の神様は毎日すくすくと元気に育っている。 

我が家のこまいぬ。立派なカギしっぽももっているタロちゃん。

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産庵の女将のレシピ

 阿蘇『産庵』の女将のレシピを撮影した。女将さんは料理上手で、高菜漬けや漬物を使った料理を産庵が発行する季刊誌でご紹介している。

 撮影が終わっての試食会が何よりの楽しみで、いくらの盛りを多くしてもらった。ご紹介している写真は季刊誌用ではないけれど、とにかくいくらがプチプチしておいしかったのでご披露。鮭と高菜漬けの食感と風味があいまって抜群のうまさ。ひな祭りでは、このレシピをご用意しようかなと思う。女将に作ってもらおっかな…。

Photo_5 女将さんの簡単ちらし寿司。高菜漬けの風味が効いている。

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鯛の昆布締めに梅肉とかつおで練ったものをはさんだ料理。これもおいしい!

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柳川

 土曜日、仕事がてら柳川(福岡)に立ち寄ってきた。おひな祭りが開催されていて、大賑わい。柳川のおひな飾りといえば「さげもん」。
 三番叟やハイハイ人形、松、桃、ツバキなど可愛らしい手作りの小物が赤い糸で吊られている。その色合いの艶やかなこと。柳川地方では女の子が生まれると、各家々でざけもんを贈る習わしがあるそうだ。

 さげもんは十数年ほど前に3つほど購入し、その中の一つはパリに住む友人のお嬢ちゃんたちに、パリで再会したときに贈った。家で毎年飾っているけれど、今年はみんなでひな祭りをするので、さらに大きいのと中ぐらいのを2つ買い求めた。中くらいのサイズで3〜5万円。大きいのになると6〜7万円。もっと豪華なものになると十数万円する。さらに古布で小物が作られているものになると、もっともっとだ。きりがない。

 お昼はうなぎ料理の老舗『本吉屋』の本店で、せいろ蒸しとうなぎの茶わん蒸しをいただく。先日、人吉でうなぎを食べてきたばかりだけれど、やっぱ、柳川に来たのだものうなぎを食べないとね。

 夕方帰宅したら、飯塚の人形研究家の先生から、またまた市松人形の新しいカップルとお布団揃えと犬箱が送られてきていてびっくり。本家のひな飾りにさげもんと加えて飾ると見事なひな飾りのしつらえに。本家の入館料は無料。一度、ご覧くだされ。

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柳川の『紙久(かみきゅう)』さんの入り口のさげもん。

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『本吉屋』本店のせいろ蒸し。おいしかった。

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うなぎが入った茶わん蒸し。これも絶品。

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柳川のうなぎ料理の老舗『本吉屋』本店。『紙久』はこの近くにある。

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台湾の味

 昨日は一日中、南阿蘇村の白水にいた。取材でまわっていたのたけれど、「今日の昼は台湾料理!!」とM田編集長が心待ちにしていたので、台湾人の店主が営む『龍駿園』に行って来た。

 M田編集長がオーダーしたのは焼きビーフン。これが大正解。一般の中華料理店で食べるそれとは違い、独特の味つけで旨い!台湾には「BBQ」と呼ぶ料理があって、自分の好きな野菜や肉、麺をセレクトして、直径2メートルほどの大きな丸い鉄板で焼いてくれるのだけれど、これが大変おいしい。ここの焼きビーフンはその味に近い。

 私は「牛肉麺」をオーダー。柔らかく煮込んだ牛肉に八角の香りがただよって、これぞ本場の味である。みんなでとりわけていただいた。

 台湾は3度ほど行ったことがあるが、どこの何を食べても全部おいしかった記憶がある。だから国の印象がすこぶるいいのだ。あー、台湾、いきタイワン!

八角の香りが漂う『龍駿園』の牛肉麺。

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春色の歌

♪春色の汽車に乗って 海に連れて行ってよ♪

 春が近づく気がする日は、いつも、この歌を口ずさむ。スイトピーの花が店先で売られていたりすると、その場所でついつい歌ってしまう。

 そしてもう一曲。春が来た、とはっきりとわかる頃になると歌うのがこの歌。
♪もしも あなたが 青空町で 私の笑顔思い出したら パセリやトマト、ホウレンソウを 両手に抱え 帰ってきてね♪

 知ってる人は少ないかもしれない。これは『赤いシャポーの味の素』のCMソング。歌っていたのは『木綿のハンカチーフ』がヒットした太田裕美さんだ。

 なんて愛らしい結婚生活なのだと子ども心に思ったものだ。母からおつかいを言いつけられると、自転車に乗ってこの歌を歌いながら出かけたっけ。

 春の土手に吹く風の生ぬるさが気持ちよくて、イチゴを買って途中で自転車を止めて食べながら、この歌が耳から離れなかった。食卓に幸せが詰まっている、そんな結婚生活を自分だっておくれる、と夢見た少女時代もあった。

 そして時は流れて…。それでも春が近づくと、いつもこんなことを思い出すのだ。

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スイトピーの花。

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おひな様

 人形研究家の先生から享保雛をプレゼントいただいた。豪奢(ごうしゃ)な天冠をおかぶりになったおひな様の顔立ちの美しいこと。お内裏様も優しいまなざし。

 三人官女、五人囃子、右大臣、左大臣、仕丁(じちょう・泣き上戸、笑い上戸、怒り上戸)、市松人形の1組、あいおい(共白髪の夫婦)、犬を抱いた典侍、他に可愛らしいミニチュアのお道具とフルセットである。
 それぞれに年代が違えてあるのがすごい。江戸、明治、大正、昭和と、時代を反映するひな人形揃えなのだ。さらに金屏風や雛軸、桜、橘、またまた毛せんまで、とにかく全てに行き届いたひな飾りが送られてきて、ぶったまげた。

 「こ、こんな貴重なものを…、いっ、いただいていいのでしょうか、先生…」。言葉に詰まるほどの贈り物を前に、人生の中でこれほど恐縮したことはない。
 今年は女性スタッフや女友だちを招いて本家の座敷でひな祭りをする。本当は3月3日に予定していたけど、1週間ほどの旅取材が入ったので前倒しで行うことにした。当日はひな寿司やお吸い物、料理上手な漁師の奥さんに手料理を作ってもらう。

 女の子だけのお祭り、ひな祭り。平安の時代より続く日本の最も美しい習わしである。私たちは、こういう素晴らしい文化があることを誇りに思い、次世代に伝えていかなければならないと思う。ダースベイダーのお内裏様なんぞを作って売ってる場合じゃないよ、人形業界。けど、売る方もそうなら買う側にも問題がある気がする。

Photo 雅で気品のある顔立ちの享保雛のおひな様。

Photo_2 母が「桃ちゃん」と名付けたアンティークの市松人形。本当に愛らしいのだ。

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人吉2

 お昼をすませて、ひな飾りが展示されている鍛冶屋町界わいを雨の中歩いてみた。

 そんなところへ『たから湯』の女将さんからアフタヌーンティーのお誘いがあり、『蔵カフェ』へ。Wedgwoodのカップ&ソーサーでいただくミルクティーはほんとにまろやかだった。

 英国のお茶文化を支えてきたWedgwood。以前、イギリスのストーク・オン・ トレントにあるWedgwoodの工場を取材したことがある。のどかな田園が広がる牧歌的な場所だった。緑がとても美しかったことを覚えている。

 飲み物を楽しむとき、何より大切なのは器のなめらかさだと思う。温かい飲み物の温度をほどよくまとった陶磁器を手にした瞬間の柔らかさ、口に運ぶときの取っ手のデザイン、ソーサーを左手で持つときの重厚感といい、さすがにWedgwoodは全てが完璧である。特に、ティーだとおいしさがより際立つ気がする。

 ケーキも数種類ご馳走してくださり、仕事で来ていたことをすっかり忘れていた…。

オシャレなWedgwoodのカップ&ソーサーでいただいたミルクティー。お砂糖を少しいれていただく。近頃は珈琲よりも紅茶が好き。特にミルクティー。

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人吉

 昨日は雨の人吉を満喫してきた。といっても、仕事だけど。以前、宿泊したステキな旅館『たから湯』へ。ここはとても落ち着く。お気に入りがバー。グラスの全てがバカラで、「んな、バカラ…」と思わず息を呑んでしまうほどだ。

 お昼は老舗のうなぎ屋『上村』でいただく。コクがあるのにあっさりとした秘伝のタレ。弾力のあるウナギ、香ばしい匂い。山椒の粉をたっぷりかけていただくと得も言われぬおいしさがひろがる。なんといってもご飯の炊き具合が絶妙である。いつも思う。うなぎ屋さんの白ご飯って本当においしい、と。

 

うなぎの『上村』の蒲焼き。ペロリと平らげた。やっぱり、ここのうなぎはおいしい。

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山鹿・東洋軒

 昨日は日奈久、今日は1日山鹿にいた。仕事でうかがった市役所で、山鹿市長と固い握手をしてきた。お昼は、親友の佳代と一緒に『東洋軒』。

 看板に「コック歴50年」とあったので期待大である。チャンポンが有名らしいが、自信作のひとつが「トロットロッのオムライス」とあり、それをオーダー。

 厨房ではコック歴50年の親方がフライパンを振っている。さて、そのお味だが。熟練の腕が光るデミグラスソースをたっぷりに、ケチャップできっちり炒めたご飯、そしてトロットロッの卵がかかっているオムライスは今どきのシャレ感がなくておいしい。

 さすがコック歴50年だけのことはある。サービスで出してくれたインスタント珈琲もおいしいのである。おすすめのお店だ。


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いつもの…

 2日酔い気味になる日は決まって家の近くにある『ウエスト』の肉ゴボウ天うどんを食べに行く。フランチャイズとあなどるなかれ、ここのうどんはおいしい。

 実は…会員カードを持っている。会員になると10%オフ。九州全域あちこちにお店がポコポコとあるのでどこででも使えて便利なのだ。

 おとといも少々飲み過ぎて、昨日のお昼はスタッフとウエストのおうどんにした。ノーメークでもへっちゃら。だって店員さんとはもう顔なじみだもーんだ。

ウエストの肉ゴボウ天うどん。いつもこれをオーダーする。

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政木屋

 先日、熊本城内に半日以上いたら体が芯まで冷え切ってしまった。お腹も空いていた。考えてみたら昼ご飯を食べていなかった。

 仕事を終えて、どうにでも温かいものを食べたくなって、午後4時過ぎ、1人で新町の老舗のそば屋『政木屋』へ駆け込んで、天ぷらそばを食べた。小さい頃から父に連れられてきたそば屋で、父の好物の天ぷらそばをいつも注文していたので、ここに来ると、どうしても天ぷらそばになるのである。

 久しぶりに食べた天ぷらそばは、やっぱりおいしかった。何と言ってもここのはエビが大きい。衣をたっぷりつけてエビを大きくみせる店はよくあるけれど、ここのは立派な大きさなのである。夕方近くのそば屋では、すでにおじいちゃんが厚焼き卵を肴のあてにして焼酎を飲んでいた。締めはそばなのだろう。いいなぁ。私もそんなおばあちゃんになりたい。

昔から変わらない、政木屋の天ぷらそば。

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ストロベリー・ミルフィーユ

 バラの中でも大好きな花が、ストロベリー・ミルフィーユ。その名前に甘い愛らしさを感じる。香りはないけれど、クルクルと幾重にも巻いたうす桃色の花びらが、まるでミルフィーユのようである。

 先日、福岡のコストコに買い物に行ったら、ストロベリー・ミルフィーユが1束1000円と驚きの価格で売られていたので、大事に大事に持ち帰って飾った。

 生花はいい。命が短いゆえに眺める回数も多くなる。眺める回数が多いということは、心が安定しているということだ。
 どんなに忙しくても、花を買って愛でる。この行為が大切だと思う。

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大好きなバラのひとつ、ストロベリー・ミルフィーユ。

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わらべ

 熊本で幼いながらも大人顔負けの踊り手がいる。わらべの3人組。中学2年生と3年生で編成されている。その踊りの上手なこと。
 私も小さい頃から日本舞踊をしており、目だけは肥えている。だからこの子たちの踊りがいかほどの実力かはわかる。師匠の中村花誠先生にびっちりと鍛えられている。日本髪だって自分で結うそうだ。もちろん着付けも。所作や支度ばかりじゃない。礼儀もきちんとしつけられていて、わがままなんて決して言わない。

 踊りのみならず鳴り物や三味線などもお稽古する。舞妓さんと違う。彼女たちは舞踊家である。私はこの3人組の大ファンだ。ときどきイベントやお呼ばれで一緒になると、手を取り合って喜んでいる。本物を目指すこの子たちの瞳は肝が据わっているのだ。

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自分たちで結った髪を、出番の前になおす姿が愛らしくて。

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かんざしだって自分で手作りする。師匠の厳しい稽古にも決して愚痴をいわない。立派な舞踊家たちなのである。

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初午

 昨日は初午。熊本城で一日中仕事だったので、帰り道、バタバタと熊本城内稲荷神社に駆け込んで手を合わせてきた。
 神社内は多くの人でにぎわっており、今年の福男たちが「商売繁盛、商売繁盛」と声高らかに景気づけをしていた。熊手を買って、商売繁盛を祈願。
 いい一年でありますように。商売繁盛、家内安全。

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皇女・和宮

 仁孝(にんこう)天皇の皇女、和宮。孝明天皇とは異母兄弟に当たる女性で、幕末、公武合体のために徳川家茂に嫁いだ。皇女が武家に降嫁(こうか)したのは日本史上で後にも先にもこの例だけだそうだ。そんな役目を授かった和宮は、いったいどんな思いで江戸へ下向したのだろうか…。

 和宮には許嫁がいた。有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみや たるひとしんのう)である。政治にも深くかかわっていた人物で、末は徳川家と戦うことになる。皮肉なものである。

 さて、和宮にとって篤姫(天璋院)は義理の母にあたる。実際に、篤姫には子どもがいなく家定が亡くなった後、世継ぎが家茂となり、その関係からすると母君となる。2人は10歳ほどしか違わなかったからか仲が良かったらしい。

 当時、政略結婚が当たり前だったとはいえ、それぞれに好きな人もいただろうに。名家の女子には自由恋愛という文字はなかったのだ。

Photo_2旧伊藤伝右衛門邸に飾られている、和宮をモデルにしたひな人形。明治のころのもので衣装には菊の御紋と葵の紋がほどこしてある。しかし、和宮様をモデルにするとはけしからんと、製造が中止されたらしい。だから希少な人形なのである。

 

 

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旧伊藤伝右衛門邸

 福岡は飯塚の旧伊藤伝右衛門邸に久しぶりにうかがった。炭鉱王として名を馳せた伊藤伝右衛門と歌人・柳原白蓮の愛憎物語が染まる屋敷である。

 これは大正時代の物語。伝右衛門と白蓮の年の差は28歳。それぞれ再婚である。白蓮は伯爵・柳原前光の娘。母は没落士族の娘で柳橋の芸者。その間に産まれたのが白蓮=燁子(あきこ)である。白蓮は産まれてすぐ柳原家にひきとられ、公爵家の娘として育てられる。柳原前光の妹で白蓮の叔母に当たる人が、明治天皇の典侍(女官)で大正天皇の生母(一位の局)。だから白蓮と大正天皇はいとこ同士となる。

 そんな家柄の娘がなんでまた九州の炭鉱王に嫁いだのか…。白蓮は一度結婚をしている。夫が知的障害で離婚する。出戻りのレッテルを貼られた伯爵家の娘の肩身は狭い。その頃、白蓮の兄が貴族院議員に出馬するための資金が欲しかった。一方の伝右衛門は名門のブランドが欲しい。そこで2人の結婚が成立するわけだ。

 しかし、白蓮は飯塚での結婚生活に当惑し幻滅してしまう。深窓の令嬢と、炭坑の荒くれ者を率いる伊藤家では、感覚が全く別次元なのだからついていけないのは当たり前だ。しかも伝右衛門には子だねがなく、広い屋敷には妾も同居するという環境だ。

 白蓮に唯一生き甲斐を持たせたのが歌だった。白蓮は福岡や大分の「あかがね御殿」と呼ばれる別荘で多くを過ごし歌を詠んだ。それが世間で評判になると出版の話が舞い込む。出版社でバイトをしていた帝大の学生・宮崎龍介(中国の辛亥革命を支えた宮崎瑫天の息子)が担当者となって九州を訪れると、2人はたちまち恋に落ちた。

 白蓮は上京し龍介と逢瀬を重ね、やがて子を宿す。そして伝右衛門と上京した際、行方をくらますのだ。姦通罪があったこの時代、命がけの行動である。当時、マスコミはこぞってこのことを取り上げたという。
 何より世間が許さなかった。白蓮は華族を剥奪され男児を産む。やがて伝右衛門と離婚が成立し、晴れて龍介と夫婦になって幸せに過ごした。

 そんな物語に染まる旧伊藤伝右衛門邸には雪が降っていた。屋敷の中でも最も眺めの良い白蓮の部屋は当時のままである。裏切った妻の部屋を壊したりはしていない。そこに、伝右衛門の不器用な愛を感じてならないのである。

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伊藤伝右衛門と白蓮。結婚式のときの写真だと思われる。伊藤邸の応接間にて。

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2階の最も眺めのいい部屋が白蓮の部屋だった。広い見事な庭が見える。この日は雪が降っていた。

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伊藤邸の玄関口。大きなソテツは、お金持ちのシンボルでもある。

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平戸

 長崎の平戸に行って来た。かつて平戸は松浦藩が統治し、松浦水軍などを従えた有力な大名だった。いち早く貿易をはじめたところでもあり、鎖国令がひかれ長崎が天領となって出島に貿易の窓口が移行されるまで、平戸には多くの外国船がやってきた。

 当時、国際的標準を満たした港町と評価されており、外国人と平戸の住民たちがバランスよく暮らしていたというから驚きだ。イギリス、オランダ、ポルトガルの文化が続々と入り、布教活動も認めていたらしい。

 平戸での取材を終え、生月島に渡ってみた。半島を一周しても30分程度だ。灯台のところまでいくと険しい岸壁が見え、ゴゥゴゥゴゥと海鳴りの音がして、強い風に倒されそうになる。サスペンスドラマのエンディングにふさわしいロケーションである。

 海に天使の梯子がかかっていた。それはそれは幻想的だった。車を停めてしばしその美しい風景に見入った。自然は脅威も、神々しさも見せてくれる。

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生月島で見た天使の梯子。

Photo_3 岸壁に立つと、海底から噴き上がるような海鳴りが聞こえる






 

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