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2011年11月

博多の明太子

 博多の南里商店の明太子はおいしい。ここの社長と仕事をさせてもらっており、いつもおいしい明太子をいただく。

 先日もおいしいのをたんまりいただいた。炊きたてのご飯の上にのっけたり、近頃は茹でたサトイモに明太子とマヨネーズのソースをからめたものをよく作る。これがお酒の肴に抜群なのだ。知り合いの居酒屋の社長から教えてもらったレシピである。

 サトイモがないときは、明太子マヨネーズのソースをリッツクラッカーに載せて食べる。冷たい白ワインとよくあう。夕べもそうやって果てしなく食べて飲んだ。

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いただいた南里商店の明太子の切り子。とってもおいしいのだ。

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集まった、集まった

 先週のこと。11月は私と母の誕生日の月ということで、姉御やダチ、妹分にたくさん、たくさん祝ってもらった。マダム・つたよ、メークアップアーティストのゆみ姉、フードアナリストの中川ひとみ、意匠家の永井直美、ライターの佳代、テレビ局KABの局(つぼね)のかおりんと、すごい面々にお集まりいただいた。

 プティ・パリではこの季節生牡蠣が登場。そして勝也さんが、パリで食べた大好物の春巻きを特別に用意してくれ、お魚のフランもリクエストした。

 お料理のおいしさもさることながら、終始爆笑のうず。お腹いっぱいで笑うと内臓が圧迫され苦しくなることを知る。みんなにお祝いしてもらって、幸せな親子である。

撮ってくれたプティ・パリの坂田っちょの手もふるえるわな。

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初冬

 いよいよ本格的に寒さが増してきた。吐く息も白く、ご近所では庭の剪定があちらこちらで行われている。お正月前のせわしい季節によく似ている。

 こんな気配は大好きである。バタバタと追われる日々にあって、日常の一コマを身近に感じながら仕事をすると、ふっと一息つきたくなる。近頃、本家の庭や植物を世話するようになって、心のバランスがとれてきている気がする。

 庭師さんたちの仕事ぶりに感動する。次々にきれいになる庭木を眺めていると、一日中でも見飽きることはない。

お隣の庭を剪定する庭師さんたち。本家の庭もこの人たちにお願いしている。亡きおじと親しかった庭師さんたちである。

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幸せの灯り

 福永の「福」とある雑貨を見つけると、義務的に買ってしまう。神戸や横浜の中華街に行けば山ほどあるが、明らかに中国文化と思われるものは買わないのだ。

 数年前に買った福の文字のろうそく。原稿仕事を終えた夜中、灯してみた。充実感と安堵感に見舞われ、しばらく眺めていた。
 灯火に癒やされる自分なんて想像もしたことがなかった。やきがまわったか…。

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本家

 日曜日、本家の掃除をして、仏壇の花をかえ、お香を焚いた。亡き祖父母、おじおばがニッコリ笑ってくれたような気がする。
 4人の写真は、それぞれが愛した庭を眺められる場所に飾ってある。庭の草取りをして、枯葉をはいていると、冬の匂いが運ばれてきた。庭に咲く菊の花の香りだった。

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渋柿をつるし柿にした。かつて祖母がそうしていたように、縁側で柿をむいて、同じ場所に干した。気持ちの良い一日だった。

Photo つるし柿。母と何十年ぶりに作っただろうか。祖母やおばの笑顔が思い出される。

3渋柿。道の駅で買ってきた。先日も大秋柿をいただいた。今年は柿をよく食べるな。

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ダバダァ〜ダバダァ〜ダ〜忠臣蔵

 「違いがわかる男」のネスカフェのCMが撮影された山鹿・日輪寺(熊本県山鹿市)。取材があったので一足先に到着し境内を巡ってみた。境内には赤穗浪士の遺髪塔がある。赤穗浪士とは、世に言う忠臣蔵の物語の献身的な家臣のことで、毎年12月頃にテレビドラマで放映され、もはや日本の風物詩である。

 元禄の世、徳川政権による天下安泰が続くと戦は無縁で、大名の仕事は幕府にみかじめ料をさしだし、将軍のイベントに借り出されるくらいであった。武士たちもふぬけになっていた時代で、そんなとき、主君の仇討ちを行った家臣がいたのだ。彼たちは「武士の鏡」と賞賛され、一夜にしてヒーローとなったのだが…。
 事件のきっかけは将軍のイベントをまかされた赤穗藩の若い藩主・浅野内匠頭が、勉強不足のため旗本の吉良上野介のじーさんにいじめられたことから。「田舎侍が…」とコケにされたことにキレて、殿中で刀をふりかざしてしまったのだ。しかし、考えてみればそんなことをしたらどんな結果になるかバカでもわかる。

 吉良のじーさんに殿中で傷を負わせた内匠頭は翌日切腹。将軍の綱吉にすれば、くだらない痴話げんかで朝廷との儀式が台無しになったことを怒った。当たり前である。それにこのとき綱吉の母には従一位がくだされていた。これは、天皇の臣下の女性の中で最高位をあわらす位で、これを取り消されないためにも、この事件を即刻解決する必要があったらしい。

 大名の切腹は座敷で行われるが、内匠頭は庭先の白砂の上だったそうで、犯した罪の重さがわかる。浅野家は改易となり家臣たちは路頭に迷い、家老大石内蔵助を筆頭に主君の仇討ちと称して、吉良家への討ち入りが行われた。

 この事件で世間が異常に盛り上がったのは、スキャンダラスさの中に義という精神の位置づけがあったことだ。事件のきっかけとなった主君の無責任さはさておき、世間では久々に起こった強者への反乱に、弱者たる町衆や牙をぬかれた武士たちが共鳴したのだ。だが幕府はそんなことを許しては示しがつかない。事件の協議の間、47士は各藩のお預けの身となり、大石内蔵助以下17士は細川藩屋敷で過ごすことになった。

 そのお世話をしたのが肥後藩の堀内伝右衛門。2カ月も一緒にいると、情がわく。浪士たちは堀内と打ち解けたらしい。堀内は上司から「仲良くするな。幕府から何の咎めがあるかわからん」と注意されるも「彼らは武士の誉れです」と返したそうな。
 事件のさたがくだり、浪士たちは切腹と決まった。その日が近づくと、堀内は彼らに遺髪となる髪を求めたそうだ。その遺髪を熊本に持ち帰った堀内が、拝領した山鹿の土地の日輪寺に葬ったという。

 赤穗浪士47士の遺髪は熊本ならず、全国のいろんなところにある。おそらく、同じような理由で、預かりとなった浪士を接待した各藩の者たちが武士としての共感を覚え、帰郷して慰霊したのだと思われる。

 映画「13人の刺客」では、愚かな君主を命にかえて守る武士の姿を篠原涼子の旦那が熱演している。失礼、市村正親だ…。天下泰平の頃だったとはいえ、武士は武士なりに大変な時代であったんだなぁ。

Photo_2 大石内蔵助他16名の遺髪をおさめてあるという日輪寺の遺髪塔。細川藩は、仇討ちした赤穗浪士47士の中でも主要メンバーを預かっていたようだ。

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「違いがわかる男のブレンド」のCMで有名になった日輪寺の東屋。

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蟹カレー食べたい…

 タイで最高に感動したのが蟹カレー。といっても、カレー風味というより、渡りガニをグリルしたものに、スパイシーな香辛料を加えたふわっふわの卵が載せてあるもので、しゃぶりついては食べ、カニ肉とスパイシーな卵をご飯の上にかけては食べと、一度食べただけでどっぷりハマった料理である。

 熊本では国道3号沿から入った、菊池電車の藤崎宮駅前近くにあるタイ料理店『クェンマイ』で食べさせてくれるらしい。本場のそれとまではいかないが、かなり近い味だそうだ。タイ好きの広告代理店のイケメンが教えてくれた。時間を見繕って早速、出かけようと思う。
 誰か、一緒に行く?

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これはタイの『ソンブーン』という有名店で食べた蟹カレー。滞在中に何度も通っては食べた。とにかく、おいしい。

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誕生日

誕生日
今日は母の誕生日。プティ・パリでご飯を食べて、腹一杯買い物をしてきた。かおりんからもステキな花束を贈ってもらい、母は、なんて幸せ!と喜びっぱなし。いい誕生日になった。
私のほうは、さんざん母につきあったあと、夕方から取材。本日はヘトヘトにござりんす。

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タイ

 ニュースを見るたびに胸が痛む、タイの洪水。今年の2月に、久しぶりにタイに行って来た。チャオプラヤー川を渡って、アユタヤを見て来た。母なるチャオプラヤー川は豊かな水をたたえ、岸辺で川と共に暮らしている人が多くいる。木造建ての家ばかりだったので、おそらく、今回の洪水に飲み込まれてしまったのではなかろうか。

 ほほ笑みの国、タイは、親日家が多い。日本企業が多く進出していることもあるけれど、観光客にとても優しい人たちだ。タイ式マッサージはほぼ毎晩行ったけれど、一生懸命マッサージをしてくれる女性たちは、みなさん優しい笑顔を向けてくれた。

 不夜城、バンコク。エキゾチックな香りと色とエキサイティングな空気感。今はシャッターを閉めて避難している人も多いようだ。あの華やかな夜の街が一日も早く戻ることを祈る。

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チャオプラヤー川から見た、あかつきの寺院。着船し、ゆっくりとまわる。見事な意匠に息を呑んだ。

2 水上マーケットでバナナの揚げ物を売っていたおばあちゃん。どうぞ、お元気で。

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水上マーケットで。南国の果物を売る人

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アフタヌーンティー・ティールーム

 街でインタビュー取材があったので、その前に母と『アフタヌーンティー・ティールーム』でランチ。ここではいつも母が主導権を握る。

 「パスタも食べたかばってん、生ハムのサンドイッチも食べたかねぇ。あんた、トマトソースのパスタにしなっせ。そして、半分私にくれるど?」

 「くれるど?」とは「よこせ!」と言ったも同然。母の言う通りにオーダーしたら、スタッフが「あの、本日はパスタにチーズを入れますか?」と聞いてきた。なんのこと…?と思えば、母はこの店でトマトソースパスタを食べるときはチーズ抜きらしい。

 「今日は入れてください!」。私はそこだけ抵抗する。飲み物のオーダーも「本日も珈琲でよかったですか?」と母に尋ね、「いつもので」とヤツが答えると「はい、食事中ですね」と返してきた。何と記憶力のよい賢いスタッフだ。さっすが、サザビーリーグの社員!

 それにしても手慣れたオーダーといい、スタッフに手を振る馴染み感といい。いったい母は、どんだけこの店に通っているというのだ。『アフタヌーンティー・ティールーム』が、母の鶴屋パトロールの巡回指定所のひとつなのは間違いない。

母がオーダーしたプロシュットのサラダ。ポテトサラダの上に一口大のパンをのせ、塩味の効いたプロシュットと新鮮野菜を盛った一品。おしいかった。

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