« 2010年12月 | トップページ | 2011年2月 »

2011年1月

お家さん

 玉岡かおるさん著の『お家さん』の上下巻。タイ旅行で読破するはずも、上巻を行きの機内で読み終え、下巻は帰りの機内でと考えていた。
 さて、続きだ!と帰国の空路で取り出したのは別の小説。3冊持って行った中の1冊で、トランクには『お家さん』の上下巻を入れてしまったのだ。

 『お家さん』の続きが読みたいのに、また別の物語を読む羽目に。ということは気持ちも切り替えなければならない。お家さんは明治から大正、昭和を生きた女の一代記。もう一冊は現代小説だから、いろいろと設定チェンジが必要なのだ。ともあれ、帰りの機内ではもう一冊の物語を読むしかなかったが。

 帰国してからも待っていた仕事を片付け、パーティーに出たり打ち合わせが数件続くと、なかなか『お家さん』の続きを読み進めることができない。

 昨日は、依頼された仕事の資料に必要だったので、池波正太郎の『火の国の城』上下巻を読み直した。一度読んだものの、また読めばのめり込む。途中、大河ドラマの『江』と『冬のサクラ』を見たりして、頭の中でいくつもの物語がごちゃごちゃに。

 少し目が疲れて休むも、夜中に起き出し『お家さん』を読みたくなった。明け方近くまで読みふけり、半分だけ残して仮眠する。朝になりスタッフが出勤すると堂々と読書をするわけにはいかない。そこでこっそり朝風呂に入りバスタブの中で後半を小一時間ほど読み終えたらフラフラとなって茶の間に横になる始末。
 それでも、ふやけた体と脳みそに物語はしっかりと刻まれた。面白かった。

やっと読み終えた 『お家さん』の上下巻。この時代を生きた女たちって、本当に凄いと思う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

さむがり

 全国的に寒波。今日はずーっとひきこもって一日中茶の間でゴロゴロしていた。さむがりのネズがストーブやお布団から離れない。

 朝から珈琲をいれようとして台所に行くとネズがストーブを独占している。母ちゃんも「ネズちゃん、こっちおいで、暖かいよ。もー、あんた、どきなさいっ!」と私を押しやる始末。「猫のくせに何寒がってると。ちょっとどいてよ、私だって寒いとよー」と言うと、ネズは私を見つめて「フン」とバカにした。

 一瞬耳を疑うも、本当に「フン」と言ったのだ。信じられない。母ちゃんの甘やかしすぎは目にあまる。これがほんとの猫可愛がりだ…。

「どいてよ」と言うと「フン」と返したネズ。見て、このなめてる顔。

「フン」と言って背中を向けるネズ。一日中抱っこしてダラダラと寝ていた。おかげでまた太った私とネズ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

アシタノ風出動!

 山野道郞氏率いる制作会社『アシタノ風』が立ち上がった。そのオープニングレセプションにお邪魔してきた。熊本の媒体関係者が集うパーティーは賑やかで華やか。

 テレビ局や広告代理店関係者、プロデューサー、デザイナー、タレントさんとすごい人数の人たちが集まった。馴染みの顔ぶればかりで積もる話はいっぱいだ。オシャレな事務所ではおいしい料理とシャンパンやワイン、生ビール、焼酎、日本酒があふれてて、私がシャンパン好きとご存知の方たちが「どうぞ」と持って来てくださるので、シャンパンで酔っぱらってしまった。

 『アシタノ風』の女将さんが蕗さん。熊本のスタイリストの第一人者だ。蕗さんには長年お世話になっている。この事務所と隣接してスタジオを構えるヘアーメークアップ軍団『パレット』。私のお姉の、おおのゆみこの事務所である。

 パーティー会場を抜け出して『パレット』でくっちゃべっていたら、知り合いにが次々とやってきて、おもろい話で盛り上がる。なんとも楽しい夜だった。

 

写メがヘタな私が撮った、タレントのマー坊とKABの女帝のかおりん。

いつもいつも大変お世話になっている広告代理店のT氏。優しいんだ、柔らかいんだ、ステキな人なのだ。
デザイナーのO氏。「ダマダマ」と呼んでいる。セクシーな男なのだ。
暴走族とKAB『サタブラ』でお馴染みのタレントさん高橋よしえちゃん。すごくステキな女の子。ちなみに隣の暴走族はラッパーの「レージ」。お嫁チャンのみっこが可愛い。愛息「泰生(たいしょう)君」の写真を目尻をさげて見せてくれた。すんごくかわいいー!みっこにそっくり!

| | コメント (3) | トラックバック (0)

タイ奇行 ひろきよしき編

 タイ珍道中の仲間、ライターの廣木よしことカメラマンの下曽山弓子。『ローズガーデン』での観光を何より楽しみにしていたのが廣木。出発前から「象さんに乗る象さんに乗る」と寝言のように言っていたから、大きな象を目の前にしたときは感慨無量であったろう。

 象の背中に揺られてキャラキャラ、ゲヘヘ、と笑うご満悦の廣木。私とシモは象に乗った廣木の姿を写真におさめようと、「こっちむいて!手を振って!」と大変。と、廣木が頭上で叫んだ。「かずさーん、やっぱりあの日傘買えばよかったぁ。王様みたくなれたのにぃ」。ほおれ、言わんこっちゃない。

 その前に私たちは水上マーケットを楽しんできた。土産物屋でタイの民芸日傘を廣木が見つけた。「これ、なんかいいっすねぇ。いいっすねぇ」とどうやら買う気のようだ。「でも、熊本の街中でさせる勇気ないしぃ」と迷う彼女に「お前なら使いこなせる」と背中を押すも、後ろ髪を引かれるようにして廣木は断念してしまう。

 なんとか廣木に旅の思い出の品をと、可愛いアクセサリーを見つけた。「廣木、おいで!可愛いのがあるよ!」と声をかける。ニコニコとやってきた廣木が「ほんとだっ!かっわいい〜」と目を輝かせて手を伸ばしたのはモモンガの標本…、嘘だろ。

 「いくらだい?」と廣木に忍び寄るモモンガの標本を売る露店のおじさん。「いくらだい?って、あたしに聞くんすかぁ…?」と廣木が困惑する。おそらく「いくらなら買うんだい?」とおじさんは言いたかったのだと思う。「税関でひっかからないかなぁ、ワシントン条約大丈夫かなぁ」と本気モード。すかさず「いくらだい?」とおじさんがすり寄る。「だから私に聞かないでって…」と廣木。「いくらだい?いくらだい?」「知らない知らない」の押し問答は果てしなく続く。横で見ていてこのシーンは飽きなかった。

 夜、「かずさん、私のお友だちのお店に行こう」と廣木が言い出した。たった1日の滞在ですでに友だちができたのか!と驚く私。連れて行かれたのは近くのスーパー。そこには、キレーにお化粧をしたおかまのお兄ちゃんがレジを打っていた。「あの人、あの人」と指さしてクフフと廣木が笑う。よく見ると細面のいいオンナである。そうなのだ、廣木のタイでのもう一つの目的はキレーなおかまちゃんに会うことだったのだ。以来帰国するまで廣木はこのスーパーに夜毎通うことになる。

Photo_7 タイでは「ひろきよしき」と言われ続けた廣木よしこ。B型。独身。

Jpgタイを撮りまくったカメラマンの下曽山弓子。ビールも飲みまくった。

1jpg
念願の象に乗って超ご機嫌の廣木。彼女たちが象のダンスショーをウキウキして見ていた頃、ガーデンの休憩所で私は大の字になって昼寝をしていた。

Photo_8
「いくらだい?」「知らないよぉ」と押し問答をする露店のおじさんと手前が廣木。

2pg 水上マーケットにはいろんなものが売られている。香辛料やアクセサリーなど、賑やか。

4jpg絵を書きながら1日を過ごす絵描きさん。見事な筆遣いで絵が描れていく。

6 揚げバナナに廣木が「わぁ、おいしそぅ」と言うので買ってあげようとしたら、「私、バナナが嫌いなんです」と廣木。意味わからん。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

タイ奇行 PART2

 タイでは食った食った。朝からホテルの豪華ブュッフェにはじまる。普段は朝ご飯など食べないクセに、旅先だとやたらと食欲がわく。
 パンケーキにバターとメープルシロップをかけて、ベーコンとキッシュの付け合わせでまず一皿。その場で作ってくれる熱々のバミーナーム(ラーメン)と、タイ米のフライドライスに目玉焼きをのっけてもらいナシゴレン風にしたものを毎朝食べた。

 昼間はもっぱらタイカレー。これが店によって違うので何度食べてもおいしいのだ。そーめんにタイカレーをぶっかけたものもうまかった。

 パクチーが嫌いな人はタイの食事は辛いというが、そんなことはない。新鮮なパクチーは風味がたってうまい。レモングラスもよく使われている。トムヤムクンなどそうで、自然とタイ野菜の香りを体が求めるようになるから不思議だ。

 ある日の昼食はブュッフェスタイルだった。ここでもタイカレーとバミーナームを楽しく食べていると、中国人のツアーグループが一気に押し寄せてきた。

 彼らはシュンシュン、チュンチュン、ペンペンピンピン(そうしか聞こえない)と口々に言いながら用意されている料理に群がる。その勢いといったら。皿からはみだす料理、その汁が他の料理の上にしたたり落ちる。「シュンチュンペンピン(食うぞ食うぞ)」と興奮するもので、つばがペッペと料理に飛ぶ。用意された料理を食いつくさんばかりのパワーに西洋人たちは口をへの字に曲げているではないか。

 カレースープを注ぎ足そうとして再び料理が並ぶテーブルに行くと、中国人のおっさんがバンッと割り込んできたのでムッとして、「まてっ!」と一喝してじっと睨む。向こうも「なんだ?」という顔をする。一騎打ちだ。日本人たるもの負けてなるものかと私はひかない。と、おっさんが観念して視線をそらした。やおら私はトングを手にして、「私からだっ!」と堂々たる大和魂を見せつけてやったのだ。どうだ。

 食事を終え屋外で煙草を吸っていたら、中国人の子どもたちがギャーギャーと走り回っていた。よっぽど嬉しいのだろうと、ここは許そうとして煙草の煙をくゆらせていると、ガキが西洋人のおばあちゃんにぶつかった。ヨロヨロとおばあちゃん。私は思わずその腕を支え、ガキに向かって声を荒げた。「こらっ!あやまらんかっ!」
 悔しいことに中国人のガキに熊本弁は通用しない。そこでこれなら通じるだろうとガキの顔に指をさしドスをきかせて言ってやった。「ハウスッ!」
 ガキは私にあっかんべーをして走り去り父ちゃんに告げ口をした。振り向いたそいつの父ちゃんはさっきのおっさん。ガキもガキなら親父も親父だと、私もあっかんべーで返そうと思ったが、これ以上日中関係を悪くしてはまずいと、なんとか堪えた…。

Photoチキンのレッドカレー。炒飯の上にのっけて食べるとよりおいしい。

4
このカレーのスープを注ぎ足そうとして中国人のおっさんとバトル。

3
機内食でもタイカレーを食べた。これはお魚。

2
米粉で作った春雨のような麺に薄味のスープのバミーナーム。ナンプラー、ニンニクチップ、唐辛子、ラー油をかけて食べる。

Photo_2
そーめんに激辛のカレースープをかけて食べる。カレーといっても香辛料と香味野菜、ココナツミルクがベースでインド風のスパイシーな味とは違う。

Photo_3
屋台のラーメン。玉子麺に汁をかけたもの。屋台ものは怖いので食べなかったが、これはタイ人のおじさんが食べようとしていたラーメンを撮らせてもらった。

Photo_4
ホテルで毎朝作ってもらったバミーナーム。練り物の団子やハムのような焼き豚が入っている。ナンプラーと青唐辛子の刻んだものを入れて食べる。

Photo_5
『ソンブーン』のトムヤムクン。甘辛くてコクがあって。これ最高!これまで食べた中で一番おいしいと思う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

タイ奇行 PART1

 さて、夕べ遅くにタイより帰還。それにしてもビジネスシートで行く機内はすこぶる快適で至れり尽くせりでセレブリティ気分を充分に味わった。シャンパンは飲み放題だわ、ステーキはお皿にのせてあるわ、隣でライター廣木が写真を撮りまくるわ。それにトランジットの台湾では待合室で過ごせるようになっており、ここでも台湾ラーメンや飲茶のサービスがありバリバリ食らった。

 腹一杯で到着したタイ初日のディナーは『ソンブーン』だ。秋篠宮や小泉純一郎氏も訪れた名店で、特に小泉さんはこのレストランをいたく気に入ったらしい。全てどれも抜群においしいが、中でも感動島倉千代子だったメニューは『蟹カレー』。インドのスパイスではなくタイならではの味つけで甘辛くてコクがある絶品だ。これをタイ米にのっけて食う。んもー、旨すぎて言葉にならない。この店には滞在中に2度も行った。

 タイでの2日目はアユタヤ遺跡を見に行った。チャオプラヤー川を優雅にクルージングしながら向かう。ランチブッフェを食いながら川からの眺めを堪能する何とも贅沢なアクセス。一日中、とにかく食ってばかり。

 アユタヤ遺跡は世界遺産に指定されている。1350年頃にシャム(タイ)の都として君臨したアユタヤ王朝の面影を残す場所だ。35代に及んだ王朝もビルマ戦争(ミャンマーの軍政に侵略される)で滅亡。このときアユタヤの町は徹底的に壊される。仏像の首は全て切り落とされ、王宮も寺院も廃墟となり今はその台座を残すのみ。

 この遺跡の中に、木の根が仏頭を包むように守ってたたずむ場所がある。全ては破壊されたが、この首だけは誰にも渡さないぞ、とでも言わんばかりの姿は見る者を切なくさせ、また再生への希望を与えてもくれる。

 観光客に混じって一番前の場所でカメラを向けた。と、中国人のカップルがぺちゃくちゃとしゃべりながら私のレンズの前で騒がしいので、「うるさいっ!しっ!」と声を張ったら「サンキュー」と笑った。怒ったノリは彼らにとって好意的に映るのかもしれない。それから私はいたるところで中国人観光客と戦うことになるのだった。

Jpg_6   木の根っこに仏頭が抱かれるようにたたずんでいる。全て破壊されたアユタヤ王朝の命をつなぐようだ。

Photo_4 アユタヤ王朝の名残が残る。真ん中の塔は王の墓。素晴らしい世界遺産。

1jpg_2 ビルマの戦争で壊された仏像。力の証であった祈りを冒涜する残虐な侵略。

Photo_6 これを食べたらはまらない人はいない『ソンブーン』の『蟹カレー』。初日はラストに食べてしまったので、二回目は一番最初に食べた。もう一回食べたかったほど。

3_2 これもおいしかった。シャコを唐揚げにして甘辛く仕立ててある。んもー、食べ始めたらとまらないおいしさ。持ち込みOKだったので、『白岳しろ』の水割りでグビグビやった。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

夢で会いましょう

 大好きだった人の夢を見た。その人はもうすでにこの世にはいないけれど、夢の中では元気に誇らしげに笑っていた。かつて私がバイヤーをしていたときのボス。それはおしゃれな人だった。感性が豊かでいつも優しいステキな男性だった。

 ボスと行ったパリ。レアールという問屋街で買い付けの仕事を終えると彼は「かず、牡蠣を食べに行こう」と誘ってくれ、白ワインと一緒に生牡蠣を食べながら、陽気に夢を語り合ったものだった。

 編集者を目指したいから会社を辞めたい…と思い切って申し出たときも、「かずならきっといい編集者になれるよ」と笑顔で送り出してくれた、そんな人だった。「いい経験をありがとうございました。ここでのことは一生忘れません…」と後ろ髪を引かれる思いで私は雑誌の世界に飛び込んだのだ。

 感謝の思いもお礼も伝えられないまま時間が経ち、数年前ひょんなことからボスと食事をする機会に恵まれた。会ったら何を話そう、いやそれより、彼の穏やかな笑顔を見れるのを楽しみにしていた。
 訃報を知ったのは、ボスと会う約束の2日前。あまりにも突然だった…。そして、私たちの再会はひどくやりきれない哀しいものとなった。

 夢の中でボスは、「僕はねかず、死んだ変わりにこうして自由に次元を行き来できる力をもらったんだ。だからほら、空も飛べるし壁もぬけられるんだよ」とおどけて笑う。夢とわかっていながら私は、こうして会える方法もあると一人でに喜ぶ。
 夢から覚めても、ボスとの内緒話は神様のお告げのような気がしてならない。

F1cd7aafパリでの楽しかった時間が思い出される。パリが大好きになったのは、亡きボスの影響が大きい。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

上履き入れ

 少し前、阿蘇一の宮の『etsu』で懐かしい『上履き入れ』を見つけた。赤いそれを手にした途端、走馬燈のように幼い頃のことが駆け巡った。

 小学校の頃、土曜日になると各自上履きを家に持ち帰り洗濯してこなければならなかった。正しい小学生は、一週間に一度きちんと持ち帰っては月曜日には洗い立ての白い上履きを履いていたものだ。

 私は数ヵ月も平気で放置していた。とうとうヤバイ…と、中敷きがベタベタに汚れた上履きを持って帰るときれい好きの母が狂ったように怒った。「触るのもいやだ!」と母はわめき、近くのスポーツ用品店に新しい上履きを買いに行かされたもんだった。それから土曜日の朝には、必ず上履きを持って帰るよううるさく言われた。

 それでも忘れる。そしていつしか、学校の机の横でブラブラと所在なく揺れていた私の上履き入れは友だちとの連絡ボックスになっていった。

 「●●君は●●ちゃんが好き」「リカちゃん人形を持ってこようね」「放課後はバレーボールの特訓」「テストの点数が良かった方の答案用紙を交代で家の人に見せ合おう」。こんなことばかり書き合っていたと思う。当時、『サインはV』というバレーボール選手のドラマが人気で、私たちは「夕日の中の特訓」に命をかけていたのだ。

 くだらないメモが上履き入れの中にいっぱいになる。そうこうしていると母から「上履きはっ!」と催促される。うっかり上履き入れに汚れた上履きを持って帰るとメモの全てが露見され「あんた、学校でなんばしょっとっ!」としこたまこづかれた。

 古い上履き入れを手にしながら、怒られてばかりの小学校の頃を思い出した。

Photo
懐かしいなぁ、ジャングル大帝レオ。手にするとちっちゃい上履き入れ。小学生の頃は、もっと大きく感じられた。私の上履き入れはバンビの絵だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

いばらの会

 「たいふういっか」というワードを天気予報で聞いたことがあると思うが、その昔私は「台風一家」だと勘違いしていた。台風はなぜか家族構成になっていて、最も激しいときが父親、弱まる頃が子どものしわざで、母親が台風の目だと勝手に解釈していた。正しくは「台風一過」。こんなんで、よくぞライターになれたと思うのだが。

 しかし東京にいる友人の編集者は、「自律神経失調症」を「自立神経出張中」と認識していた。意味的にはそう遠くはないが、マジ顔でカミングアウトされたひにゃ慰めようがなかった。その友人は、「野中の薔薇」を「夜中の薔薇」と歌っていたとも告白した。ちなみに私たちは共にB型である。はて、薔薇と言えば…。

 母校のOB会は『のいばら(野薔薇)会』と呼ばれている。案内状が届くも一度も顔を出したことがない。数年前、母校の「ご意見の会」なるものが学校及びOB関係者で結成され、なぜか私も委員として選出された。各自、自分が何者かの挨拶をしなければならず、あろうことか私は「毎回、『いばらの会』にご案内いただいているにもかかわらず…」と口にしてしまったのだ。「の」の場所を使い間違えたのである。

 ピキーンッ!と諸先輩や先生方ににらまれたのは言うまでもない。それは凍るような冷たい視線だった。それからというもの長期任務を耐えるようにしのいだ。

 うろおぼえや勘違いはバカにされるだけでなく、ときとして寒々しい事態を引き起こす。言葉は正確に記憶しよう、正しく理解しよう。
 

200505_img_17
野薔薇の花。ドクダミの花にも似ている。私的には含む意味には近いものがある。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

処世術

 小さい頃リカちゃんでよく遊んだ。母はリカちゃん人形一体を与えると「着せ替えの洋服は自分のこづかいでどうにかしなさい」とつっぱねた。小学1年生がそんな大金を持つはずがなく、つまり着せ替えせずに遊べ!ということだったわけだ。

 ばーちゃんにねだると「よしよし」と言って、絣の反物の端切れで着物を縫ってくれたが、リカちゃんは外人風の西郷隆盛にしかならなかった…。

 そこで幼い私は知恵を絞った。的は父だ。父と二人でデートする日があり、このときとばかりにリカちゃんのお洋服を買ってもらうことにした。
 現在の下通ダイエー裏にあった水車の回る『山小屋』というレストランでお子さまランチを食べた帰りは、上通の『銀座玩具』に寄った。お店で「お父さん、大好き!」と抱きつくと、父はよっぽど嬉しかったのだろう、リカちゃんハウス、わたる君やいづみちゃんまで買ってくれたのだった。

 そうやってまんまとリカちゃんの衣装やファミリーは増えていったが、調子に乗った私に「おねだり禁止!」が母から発令されてしまう。

 そういう状況下の中で私は父と密約を交わす。私が欲しいと言ったのではないことにしてくれ、おもちゃは匿名の郵便物で送ってくれ、と…。

 私の「たかりの処世術」は、この時代にしっかりと身についたものである。

Photo_2取材中に見つけたリカちゃんとわたる君。懐かしい幼い日のことが思い出された。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

行って来ます

 早朝から福岡空港へ。本日よりタイへ出発。なんでもあちらは30度もあるそうだ。寒い日本から脱出してのタイは十年ぶり。
 何よりパンパンに張ったこれまでの肩こりを古式マッサージでたっぷりとほぐしてもらおうと思う。2時間もたっぷりマッサージしてもらって日本円で2000円くらいだったもの、安さが半端じゃないっしょ。

 今回はのんびりと口をポカーンとあけて旅するつもり。セカセカと急ぎ足で回るのではなく、よだれを垂らしながら暑さをしのごう。

 それでも、ブログはアップします。タイからのライブは無理だけど、毎日立ち寄ってもらう多くの方に申し訳なくて、出発前にしたためておいた「つぶやき」をのぞいてもらうようにセットしております。本人は日本にはおりませんが、どうぞお立ち寄りください。

 土産話は6日後にて。では、行ってきます。

Photo_3 「ねーちゃんが不在のときは、私とお茶しましょう」=ねず

| | コメント (0) | トラックバック (0)

食い過ぎ嫌い

 『食わず嫌い』があるように、『食い過ぎ嫌い』とてある。私の最大の『食い過ぎ嫌い』はチョコレート。これはもー、匂いをかいだだけで頭が痛くなってしまう。

 原因は、ばーちゃん。小さい頃ハシカにかかったとき、食欲のない私にばーちゃんが「何を食べたいかい?」と聞くのでチョコレートをおねだりしたら山ほど買ってきた。病床のふとんの中でボリボリ食っていたら、途端激しい頭痛に襲われもどした。食べ過ぎで血糖値が上がりすぎてしまったのだろう。以来、チョコレートが大嫌いになった。

 少し前はハンバーグも嫌いだった。これも幼少の頃の食生活に起因する。母にハンバーグを作ってくれと頼んだら、やつが凝り性で…。柔らかくおいしく作るには、ソースにも工夫をしよう、と毎日試験的にハンバーグを作っては食わされるものだから、そのうち見るのもいやになった。

 『鶴屋百貨店』の地下の『料亭・田吾作』のお惣菜は大好きだが、「つくね」を見ると胃液が出そうだ。一番好きな総菜だったのに、母が鶴屋パト ロール(1週間に4日ほど)をするたびに買ってくるので、ゲンナリして食べる気がしない。

 「おいしい!」とか「好物!」とか我が家では簡単に口にしてはならない。無警戒に言おうものなら、そればっかり食わされるはめになるのだから。

 おととい、たまたまテーブルにあった豆菓子をポリポリ食べてビールを飲んでると「おいしいかい?」と母が尋ねるので、思わず「うん!」と答えたのがいけなかった。次の日になってテーブルに大量の豆菓子が買ってあるではないか。母は豆菓子は食べないので、結局私が全部片付けなければならない…。

 だが不思議なことに、「ビールがおいしい!」だの「ワインが好き!」だの「煙草がうめー」と何度口にしても、母はそれらの趣向品だけには反応しない…。

「おいしい!」と言った翌日に母が買ってきた豆菓子。なんでいつもそうなのだ…。

母お得意の「いりこの佃煮」。知り合いには大人気だが私は食べない。いや、食べ飽きた。みなさんに喜んでもらっていただけるおかげで、私は解放されている。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

テレビタミン

 昨日は『テレビタミン』(KKT・熊本県民テレビ)でおしゃべりしてきた。熊本のローカル番組の中ではトップの視聴率を誇る長寿番組。数年近く、コメンテーターで出させてもらっているけれど、たいしたコメントもできない私を、メーンキャスターの本橋馨さんと村上みかさんが見事にフォローしてくださり、いつも恐縮している。

 村上さんはお茶の間の人気もの。老若男女、彼女のファンは多い。テレビで見てもとっても可愛いけれど、近くで見るとお人形さんのように愛らしい。

 まつげも長くて、目もぱっちり、お鼻がチョンと高くてお口も思わずチューしたいほど。本番早々、みかちゃんの収録コーナーから始まると私にコメントが要求された。「んまー、どーしてそがん可愛いとみかちゃん。お人形さんみたい!」「きゃーうれしー」。そんな二人を本橋さんが「うるさいっ!」と制してスタート。

 そんな感じで始まった3時間だけど、あっという間に終わってしまう。この番組に出させてもらうのは大好き。みなさんとっても親切にしてくださるもの。

 その日、本番直前にテレビ局に入っているにもかかわらず、仲良しのF局長(F先輩)と廊下でバカ話で盛り上がっていたら、モリケンの嫁でディレクターのミーちゃんから「立ち話はそれぐらいにして、メーク、メーク」と注意された。「大丈夫、視聴者はみかちゃんしか見てないもの」と私。それでもメークの古庄さんが丁寧に顔を作ってくれて、本番ギリギリにスタジオに侵入。

 みなさん、いつも、本当にありがとう。感謝。

母が作ったいりこの佃煮をみかちゃんに届ける。「ありがとうございます!」とこの笑顔。かわいいー。

コーナー切り替えの合間の本橋さん。本番では私に鋭いつっこみを入れるけど、カメラが回ってないときはとっても優しくて、細かい気遣いをしてくださる。
音声さん。風邪をひいていた。携帯カメラで襲うと、このポーズ。いつもお世話になります。

 

| | コメント (6) | トラックバック (0)

満州唱歌

♪雪の降る夜は たのしいペチカ ペチカ燃えろよ お話しましょ むかしむかしよ 燃えろよペチカ♪

 幼い頃この歌を口ずさんだ方も多いと思う。これは北原白秋が作詞し山田耕筰が作曲した作品で、1924年発行の『満州唱歌集』に収録されたもの。どこか異国の香りがする歌だと幼心に思ったのは、「ペチカ」という響きにあった。
 ペチカとはロシア語でストーブのこと。当時の日本・米英国との対立からして火鉢、もしくは暖炉と日本語で表記するところに、なぜペチカだったのか。

 『満州唱歌』については、私の小説『花一代』にも書いているが、主人公の民子を満州に教師として送ったとき(物語の中で)、彼女が子どもたちに唱歌を教えるシーンを描くにあたっていろいろと調べた。

 中国大陸に突如現れた幻の国「満州国」。そこには中国人、朝鮮人、ロシア人、日本人が暮らした。共和国とは名ばかりで、実権を握っていたのは日本陸軍だった。

 『満州唱歌』は日本政府が満州で生まれ暮らす子どもたちへ与えた教育の一つ。子どもたちは日本の暮らしを知らないので、豊作や祭り、天神様を歌った日本の唱歌がピンとこない。そこでわざわざ音楽家を呼び寄せ唱歌をつくらせた。そのひとつが『ペチカ』。極寒の満州でロシアから渡ったペチカは暮らしの必需品、おそらく子どもたちの日常にある家財道具が題材にされたのだろう。

 当時の満州で起きた出来事は小説よりも奇なりで、残された資料や写真を調べたり引き揚げ者の方に取材をするうちに、良きにつけ悪しきにつけ、畏るべき驚異的なことを日本人がやってのけたことに胸が揺さぶられた。
 めまぐるしく出来事が展開した時代でもあり、人々の記憶のインパクトは強烈だったようだ。ゆえか後に語られた数々の物語には多少の誇張もあっただろうが、それにしても、想像を絶する濃厚な時間がそこに存在したことは事実である。

 『ペチカ』の愛らしい歌声に、満州のうたかたを想う。龍馬が生きた幕末の日本も激しいが、それより満州というキーワードに私は強く惹かれてしまうのだ。

Photo

| | コメント (4) | トラックバック (0)

読み溜め

 遠方取材があると数冊の小説やミステリーを持って行く。新幹線や飛行機の中で物語の世界に引きこまれていくのが好きだ。閉所だと臨場感がより湧いてくる。

 以前、イタリアに旅取材に出かけたとき、ミラノからフィレンツェまでユーロスターに揺れながらある小説を読んだらとても切なくなり思わず泣いてしまった。隣のイタリア人家族が心配して「大丈夫か?」と尋ねてきたので「本を読んで泣いたのだと」伝えたらホッとした笑顔で納得してくれたことがある。
 あのときはたった2冊しか持っていかなかったので、物語が終わりに近づく頃はチビチビと節約しながら読んだものだった。

 週末から旅に出る。なので昨日、本屋さんで小説数冊をチャチャッと選んできた。打ち合わせの途中に立ち寄り時間がなかったので何でもよかった。だいたい小説というものは映画と同じで「つまらないもの」なんてそんなにない。観るうちに読むうちに物語の中に引きこまれていくのは同じだ。

 その中でもすぐにでも読みたいのが玉岡かおるさんの『お家さん』の上下巻。大正から昭和のはじめに日本一の年商で名前を世界にしらしめた商家の物語。その活躍の影にいた一人の女性を描いた小説。

 玉岡かおるさんは好きな作家で『天涯の船』も面白かった。事実背景がしっかりと描かれているので歴史の勉強にもなる。『天涯の船』は商家のお嬢様の替え玉になった女性の物語で、海外留学をさせられ、ついには外国で結婚するのだが、最後までその人になりきって生きた人生が描かれてある。折に触れ、その女性の人生に岩崎弥太郎の息子がかかわるのも面白くて、おすすめの小説だ。

 今回はこの上下巻と他に2冊ほど持って行く。海外で活字を読むと文字が際立って染みてくる。移動時の閉所感と海外の空気感は、読書をするには最高のシチュエーションなのである。「読み溜め」する贅沢なひとときが待ち遠しい。

Photo
何日も日長一日、ゆっくりと小説を読む。そんな生活を夢見る私。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

日曜ドラマ

 日曜日の夜が楽しみになった。NHK大河ドラマ『江(ごう)』と『冬のさくら』の2本はいい作品で見終わった後の次回が待ち遠しい。

 前回の『龍馬伝』はセットの時代考証が素晴らしく、土ぼこりが舞ったであろう幕末の頃の日本の風景が再現されていて、物語に臨場感を与えた。一方の『江』は、どちらかというと恋愛ドラマチックな仕立てではあるが、お寿司だった翌日は和風ハンバーグを食べたいという欲求をよく把握している構成ではなかろうか。

 豊川悦司演じる信長がいい。どの俳優さんも信長を演(や)るとき、肩の力が入りすぎていて不気味さに欠ける。孤独感と悲哀も足りない。この信長は私的には理想。

 久しぶりに登場した鈴木保奈美のお市の方も好演だ。浅井長政役の時任三郎もよかった。ただ戦国時代、あんな風にフランクに愛を伝え合った夫婦はいなかったとは思うが。以前読んだ『茶々と信長(秋山香乃著/文芸社)』での市と長政のやりとりからはそうはとれないが、この物語のきっかけをそこに集めた原作者の意図を感じるのである。

 茶々役の宮沢りえが後半でどう変貌するかも楽しみ。徳川家康役の北大路欣也はカッコよすぎるが、彼の存在がドラマに重みを出すだろう。思えば、北大路さんは『篤姫』のときは勝海舟役だった。プロデューサーが彼を気に入っているのか原作者がそうなのか。私こそが彼の大ファン。『華麗なる一族』ではキムタクなんか目じゃなかった。

 原作者で脚本も描く田渕久美子さんは『篤姫』も手がけた。篤姫の執筆のパートナーはご主人だったが、ドラマの終盤にガンであることが判明し亡くなっている。そんな中、あらたに『江』に挑んだ田渕さんの精神力はすごすぎる。

 さて『冬のさくら』だが。『冬のソナタ』を意識した番宣に敬遠したが、見ればいいドラマだということに気づく。記憶喪失の人妻に隠された事実とやがて生まれる純愛。こんなストーリーが描ける感覚がうらやましいと思う。原作者は戸部真里香さん。

 いずれも女性作家が手がけたもので、見ているこちらをワクワクさせるのは間違いない。女性の感覚が生かされた2つの番組は「私も頑張ろう!」という気になれるのだ。

4
女性ならではの視点で描かされた2つのドラマを見るのが楽しみな日曜日だ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

タイガーマスク

 日本列島に温かい話が流れている。タイガーマスク的慈善活動。見てて聞いてて「日本もまだ捨てたもんじゃないな」と心がジーンとくる。

 一方で、今回の内閣改造だが。与謝野氏の起用は今でも不可解。「立ち枯れ」ないうちの離党だろうけど、消費税アップが間近に迫ったのを痛感させられた。

 内閣メンバーとタイガーマスクを国会というリングで戦わせてみたい。国民がエールを送るのが誰かということがはっきりとわかるはずだ。

1221_01 民主党も自民党も、週末はお国回りをせずに「虎の穴」で修行をしてくるといい。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

福永大神

 大阪の通天閣がある新世界界隈に『福永大神』という稲荷神社がある。前回、偶然に見つけた神社だが、「福永」を名乗る私にとっては気になる場所だ。

 ネットでいろいろと調べてみるも、見当たらない。明治36(1903)年に、国が行った内国勧業博覧会の跡地で「新世界」として払い下げられたときに、京都の伏見稲荷神社から勧請されたものらしく、周辺の商店街の「溝」で運営されているそうだ。
 ちなみに内国勧業博覧会とは、国際博覧会の前身で、海外との交流が薄かった頃に行われたイベントである。

 いったいなんで「福永」だったのだろうか。福が永遠に続きますように、そんな意味が込められているのか。「ふくなが」とは読まず「ふくえい」とかなのだろうか。

 いずれにせよ、全国の「福永さん」にとっちゃ、ここに来たら手を合わせることなく通り過ぎてはいけない気になる稲荷神社である。
 商売繁盛、頼みまっせ〜!※ちなみに大阪では『丸福珈琲』も取材した。

Photo 大阪の新世界界隈に『福永大神』という稲荷神社。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

風邪

 ついに風邪をひいてしまった。寒かった関西の旅取材と疲れもあったのだろうか。ゆうべは媒体関係のパーティーがあり、お酒を飲みながらいやな汗をかいた。それでも遅くまで飲んだくれたのがいけなかったようだ。

 本日の会議ではマスクをして新聞社に向かった。と、マスクってとっても便利なしろものだということに気づく。顔の半分以上が隠されるので化粧もチャチャッと眉を書くくらいで充分。それに風邪をひいていると一目でわかるので、誰も近寄らず顔を見られなくて済む。防寒にもなる。マスク1枚で寒さがグンと違うものね。

 会議を終えて戻り原稿仕事をするも、普通にマスクをはめていても面白くないのでマジックで鼻と口を書いてみた。すると油性インクがバリバリ匂ってシンナーを吸っているようだ。

 取材から戻ったアシスタントのえっちゃんが私の姿を見て「まさか、それで新聞社行ったんじゃないでしょうね」と怪訝な顔をした。しまった…、これで会議にのぞむべきだったと残念がる。ただしロビーのガードマンに即、身柄を拘束されるのは必至だが。ただでさえフラフラしてるのにインクの匂いでさらにいっちまっているし、不審者にされるのは間違いなかろう。

 風邪だと食欲がなくなり少しはダイエットできると思うも、煙草が吸えず口がさみしいのかダラダラと食べてしまう。病気しても太るのは私くらいだろう。

風邪をひいた不審者。菜菜美撮影。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

許斐良介。京都に現る…

 京都・産寧坂へ向かう途中だった。清水焼のお店を通り過ぎようとして、「げっげっ!あれは陶芸家の許斐良介氏では…?」と思わず見間違う男性を発見。

 風貌が良く似ているのもそうだが、シチュエーションからしてろくろを回しているのだもの、そりゃ本人だと思っちまうわな。

 許斐良介氏とは、みなさんもよくご存知の陶芸家で、天草で『蔵々窯』を開いている。最近のゾーさん(許斐氏)はロン毛でミュージシャンのようで、探偵物語の松田優作っぽい風貌だが、京都の彼は、昔のゾーさんに良く似ていた。
 なんだかあの頃のゾーさんに会えたようで嬉しくなる。ゾーさん、お元気ですか?

Photo
ろくろを回していた許斐良介氏のそっくりさん。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

神戸。謎のフランス人

 「ボンジュール」と無表情な顔で近づく神戸の謎のフランス人。何者かと思えば、レストランのチラシを配るおじさんだった。と、次の辻で「ボンジュール」とまた現れた。「さっきもらった」と言うも意に介さず通り過ぎた。なめてんのか。

 異人館前広場で「綱渡りパントマイム」という芸を披露していた芸人さんに出会う。イケメンなので取材をさせてもらおうとステージが終わるのを待っていたら、またもや「ボンジュール」とおじさんが登場。これで3度目だ。
 「だから、覚えててよ、誰にあげたかって!」と乱暴に断ると、おじさんは焦ったのだろう、チラシを地面にパラパラと落としてしまった。
 「ほれ、言わんこっちゃない」と言うと、おじさんは辺りをチラチラと見て申し訳なさそうに拾い上げる。それが、どうも演技っぽいのだ。

 暗くて小心で貧乏くさいおじさんとのやりとりは、周囲から見ると私が彼をいじめているととれる。それにしても、気配を殺しながら何度も現れるのはなぜだろう。

 雑貨屋さんの取材に向かっていたら、その前の店にまたもやおじさんが立っていた。今度こそ容赦しない!と胸ぐらつかんでやろうとしたら、おじさんはさきほどとは全く違った別人のような満面の笑みをたずさえ饒舌に誰かと会話していた。
 相手は、若くてキャピキャピとした女性グループの観光客。そういうことか…と呆れているとおじさんと目が合った。よーし、ならば!と「は〜い」と手を振ってあげた途端、また元通りの暗い顔になった。私が嫌いなら近づくなっ!

Jpg_3
謎のフランス人のおじさん。絶対、後ろを通らない。何度もこの無表情の顔で私の目の前を通り過ぎていく。不可解だ…。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

鎮魂

 忙殺取材を終え帰還。帰るや風呂に入り焼酎のお湯割りを2杯ほど飲み、ぼんやりと三日間の出来事を思い巡らせば、やはりあのことが浮上してしまう。

 それは京都でのことだった。『京都護国神社』に弔われている坂本龍馬の墓参りをしてきた。龍馬は近江屋で刺殺された後、近江屋の人たちによって手厚く葬儀が行われ、この護国神社に葬られている。隣には中岡慎太郎の墓があり二人はそこに眠っている。龍馬の墓のすぐ横には近江屋の使用人だった藤吉の墓もあった。
 藤吉は龍馬が殺される間際に、龍馬のために「しゃも肉」を買いに走った少年である。藤吉が帰ってきたものだと扉を開けたら京都見回り組が斬り込み、龍馬と藤吉は命を落とした。中岡も斬られたが、三日間ほど生きたらしい。

 京都護国神社には幕末の志士たちが多く眠っている。熊本藩の招魂墓地は細川家が建立したもので、それは明治3年のことだから、彼たちが命を落としてまもなくのことだ。熊本の偉人、橫井小楠の招魂碑もあった。
 橫井小楠は龍馬の師の一人で、『船中八策』の原案を説いた人物である。松平春嶽のシンクタンクで幕末改革を担った人物だったが、京都で暗殺されている。

 そしてもう一人が、宮部鼎蔵(ていぞう)。私の住む町のすぐ隣の御船町出身の志士だ。彼は攘夷派の中心人物だった三条実美(さんじょうさねとみ)から「総監」を命じられた人物で、公家や会津・薩摩藩のクーデターで三条が長州へ落ちても、宮部は京に潜伏し活動を続けた。しかし「池田屋事件」で襲撃に合い自刃している。享年45歳。

 多くの招魂碑に深く手を合わせ墓地を後にしようとしたときだった。白衣を着た神社の人とおぼしき男性がやって来たので会釈しようとしたら、その人は一瞬のうちに消えてしまったのだ。今、いたでしょ?と辺りを見回すも誰もいない。姿が消えた場所を冷静に見るとそこは、墓碑が所狭しと建ち並ぶ人が通れるような場所ではなかった。

 そうなのだ。私は人生において初めて霊の姿を肉眼で見たのだ。それにしても静かに凜としたたたずまいでのお方で、少しも怖い…とは思わなかった。

 霊能者や霊現象などこれまでいっさい信じなかった私だが、この肉眼がとらえた事実は事実である。霊が誰かはわからないが、そうやって現れたのは何かを伝えたかったのだろうか。意味など理解できないまま、その一瞬の出来事が脳裏から離れない。

Photo 『京都護国神社』に弔われている坂本龍馬の墓。隣は中岡慎太郎。合掌。

Jpg_2熊本の志士、宮部鼎蔵の招魂の碑。宮部は寺田屋事件で襲撃にあった。京都で死す。

Photo_2 『熊本藩招魂社』。この国の革命には多くの命と、勇気と知恵が失われた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

駅弁

 新大阪駅で『近畿めぐり』という駅弁を買って新幹線の中で食べながら、弁当のふたに描かれた各都道府県の地図を見ると大阪がとっても小さくてびっくり!でも、目一杯詰まってるんだよな、大阪。実に濃厚な滞在であった。

 さて、これから帰還する。読みかけの小説をじっくりと読み進めたら、そのうち熊本に着くだろう。しかし博多での乗り換えが面倒だ。一刻も早く新幹線が開通しないかな。

駅弁滋賀、兵庫、大阪、京都、和歌山の食材を使ったお弁当『近畿めぐり』。1000円。滋賀の近江牛を楽しみにしていたらメンチカツだった。和歌山は梅干し。京都は水菜やナスと田楽味噌。兵庫はふなしめじ、大阪は何だったのだろうか…?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

取材終了!

 終わった終わった、やっと終わった。しかし今回はハードだった。いかに旅慣れてるとはいえ、神戸京都大阪を駆け巡っての取材はかなりしんどい。おかげで酒もほどほどにきりあげホテルでバタンキュー。疲れもとれぬ間に翌日へという具合。
 ただそうであったが終わってみればあっという間だった。家にたどり着くのは夜遅くになりそうだ。ふぅ、もうひとがんばり。

取材終了!『通天閣』。撮影班を待っていると、この近くの商店街のシャッターを刷毛でこするお兄ちゃんが…。看板屋さんかと思ったら、大阪府警の鑑識の人だった。どうやら、盗難事件が起きた直後だったらしい。なんでいつも、そんなところに私は遭遇してしまうのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

大阪でんねん

 朝からバタバタと大阪取材。難波界隈、天王寺、鶴橋と息つくヒマもないくらい歩く走る。難波花月の近くにある『千とせ』といううどん屋さんの肉吸いを取材。ここは以前から知っている店で、おっちゃんがめっちゃおもしろい。

 熊本に新幹線が通ってないことを「そやから、熊本は置いてかれるんやなぁ。お前ら、しっかりせー!」と説教されたが、今回「おやじさん、春には新幹線が開通します!」と報告すると、「よかったな、よかったな」と忙しい厨房から笑顔をのぞかせる。「うまいとこ書いといてやぁ。頼んだでー」と温かい笑顔で送り出してくれた。

 ちなみに「肉吸い」とは、肉うどんのうどんなしの食べ物のこと。吉本の芸人さんが出前を頼んで、舞台の合間に食べる時間がないので「うどんなしの肉うどんを持って来て」とオーダーしたことからはじまったメニューらしい。

 通は、肉吸いとご飯をオーダーする。ご飯の上に生卵をのっけて卵ご飯で食べる。これは前回来たときに、店主が教えてくれた食べ方。ペロリとたいらげた。行列ができる人気店で久しぶりに食べた肉吸いは抜群においしかった。

大阪でんねん
うどんなしの肉うどん「肉吸い」。11時開店で午後2時閉店。材料がなくなったら売り切れごめんの営業。「それに、そんなに仕事しとうないしな」とおやっさん。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

京都ラーメン

 京都に来たら毎回食べるラーメン。『福菜新館』。京都駅の近くにある店で、いつも大変な賑わいである。鶏ガラスープがベースで独自の醤油ダレで真っ黒。辛いニンニク味噌をいれて食べるのだが、意外とあっさり味。忙しいので午後2時過ぎに行ってみるも、やっぱりいっぱい。バタバタとした店内でバタバタと取材してきた。
 夜、大阪に入る。さすがに疲れた。遅い夕食をみんなと約束して、少しホテルで一休みして浪花の夜の街に繰り出すことにする。京都ラーメン『福菜新館』の中華そば。小サイズでちょうどいい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

そして神戸

 外国人旧居留地街に来ている。高層ビルの中に洋館があり、新旧多国籍折衷がおりなす神戸ならではの景観だ。

 おしゃれな雑貨屋さん、ギャラリー、レストラン、ホテルと急ぎ足で回りながら思う。神戸はじっくりゆっくり見て歩き楽しむ街だと。仕事だもんなぁ。

そして神戸

| | コメント (0) | トラックバック (0)

神戸へ

 博多駅。これから神戸へ向かう。福岡は銀世界、時折新幹線の窓から冬景色がのぞくも、小倉は雪はなく。神戸は晴れてるだろうか…と思ったら、神戸にも雪がチラチラと降っていた。それもまたロマンチックであった。

神戸へ

| | コメント (5) | トラックバック (0)

寒い一日

 天照大神がお隠れになったかのような薄曇りのグレー色の寒い休日。心まで縮こまりそうな寒さだけれど、ふとした晴れ間のブルー色の空の中に、冬枯れの木立が命を蓄えるように枝をひろげている。まるで、切り絵のような光景。

 冬に生まれた私は、寒い季節が好きである。晩秋から静かに冬が到来する頃が最も過ごしやすい。けれど、こんなに寒いと春が待ち遠しくもなる。勝手だな。

 さて、明日から取材旅行。しばらくは携帯からブログをアップします。バタバタとせわしい日々だけど、元気に明るく生きてます。

Photo 冬枯れの木立。黒とブルーのコントラストが美しい壁紙のようでもあり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

コロッケ会

 母ちゃんの手作りコロッケを食べていただく「コロッケ会」なるものを開催。集まったメンバーは上田兄、タレントのマー坊、キノタク、ヘアーメークアップアーティストのおおのゆみこ、カメラマンの下曽山弓子、ライターのひろき、『産庵』の女将。KABの女帝・かおりんは風邪で断念、一番張り切っていた国営放送局の工藤君も特番が急遽入りやまむなく欠落したが、狭い我が家の茶の間はあっという間に酸素が少なくなるほど大笑いの渦に巻き込まれていった。

 最初に到着した上田兄を女性陣がベタベタともてなす。舞踊家でもあるマー坊が演じた平将門の舞台DVDを見て「海老蔵越えてるんとちゃう?」ともてはやす。キノタクが福永親子の大好きなバラの花束を抱えてやって来ると「きゃー!おっしゃれ〜」とやいのやいの。しかし、阿蘇の女将の愛息が参加して事態は一変。

 これが大河ドラマで岡田以蔵役をした佐藤健にそっくり。ライターのひろきが「あ、人斬り以蔵だ!」とどよめく。「んまーっ、どーか!」とおおのゆみこが食らいつく。下曽山弓子が「よか男ぅ〜」と近寄り「触らせて触らせて」と私と母ちゃん。

 全て女将の愛息のユウキにもってかれちまって男衆は撃沈。とはいえ、夜中まで我が家の茶の間からの笑い声は絶えず、1月の寒夜が温かく過ぎていった。

Jpg 上田兄とマー坊。二人は母ちゃんと仲良し。

Photo
バラの花束を抱えてやって来たキノタクとコンビを組むといいと噂されるゆみ姉。

Photo_2
ポーズをしているつもりの下曽山弓子とひろきよしこ。ゴールデンコンビだ。

Photo_3
阿蘇の女将と、どこでも写りたがるマー坊。マー坊は嫁の分のコロッケも土産にと持って帰る。

Photo_4
上田兄の大ファンだというユウキ。ヨカ男でしょ。岡田以蔵にそっくり。

Jpg_2キノタクがプレゼントしてくれた『エンジェル・フラワーワーク』 のバラ。全部大好きなものばかり。こうゆーところにもキノタクのオシャレさと細やかな心配りが。感謝。

Jpg_3 福永家の茶の間を温めてくれた男衆。みんないい男ばかりだ。愛してるよっ!

| | コメント (10) | トラックバック (0)

ぐうたら女の晩ご飯

 夕方ともなるとだいたいお酒モードになっている。夜は外食の多い私は家では晩ご飯に執着しない。だから、飲みに出かけない夜のご飯はなんでもいいのだ。

 いつも正しく晩ご飯を食べる母のおかずを盗みながら肴にする。「ちゃんとお皿につぎなさい!」と怒られるけれど、それが面倒くさい。タッパーの容器ごとテーブルに並べて箸をのばすと、母がバシッと箸で制する。「行儀が悪い!」。そうやって怒られるのも面倒なので、母のお皿のおかずに手を伸ばす。

 一人のときなどは、お茶碗を洗うのが面倒くさいのでビールとピーナッツですませることもある。米粒を食べたいときは丼飯にする。洗うのが茶碗と箸ですむからだ。
 だから夕べもイクラとウニ丼にして『渡る世間は鬼ばかり』を見ながら食べた。ドラマではお正月シーンのせいか、ごちそうが並んでいた。

 食べながら思った。岡倉の子どもに生まれていたら、毎日小料理屋で飲んでる気分になれるのだろうな…と。タキさんが甲斐甲斐しくお世話してくれて、岡倉のお父さんがおいしい肴を用意してくれる。後片付けもしなくていいし、もちろんただ食い。

 金持ちの家じゃなくていいから、岡倉の娘になりたい。

Photo 母ちゃんがウニとイクラを買ってきたので丼にして食べた。冷蔵庫からおかずを取り出すのが面倒だったので、これだけ食べた。ぐうたらな私の夕べの晩ご飯。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

熱燗もいいね

 仕事始めの飲み会を早々に終えて、N先輩とさらに飲むことになった。「熱燗飲を飲もう」と先輩の馴染みの小料理屋で御銚子をつけてもらう。

 御銚子をおちょこに注いでもらいグビリとやる。かーっ、うまい。日本酒の香りがたって、熱々の酒が五臓六腑に染み渡る。熱燗の良さは、おいしさもさることながら、酌み交わす仕草が日本人らしくてステキだ。こんな私でも両手で徳利を持つと大和撫子っぽい。それに殿方が片手で注いでくれる仕草もかっこいい。

 ま、先輩とのさしつさされつはいっこうに色気がないが。さて二軒目。次も熱燗でいこうと『にし山』へ。久しぶりに会うお父ちゃんとお母ちゃんがもてなしてくれた。
 ここでは大皿料理とおでんを食べる。数本の御銚子をオーダー。先輩と二人、一晩で何本飲んだだろうか。

 熱燗は人を饒舌にさせる。「オレはね!」「オレにすればよ!」「先輩、オレが思うにはよ」としゃべりまくる私に先輩が「お前、とうとう男になっちまったな…」と一言。次第に徳利を持つ手も片手で任侠風。だってそうやって飲んだほうが熱燗はおいしく感じられる。「オレと熱燗の関係」。しばらくはまりそうだ。

Jpg
久しぶりの『にし山』は温かかった。熱燗と人情にほっこりとなった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

母のセンス

 ちょっとしたところに、母のユニークなセンスを感じることがある。年末、お鏡さんのお餅の上にのせる葉蜜柑を実家からもいできた母が、ガラスの瓶を取り出して生け花ハサミでちょきちょきとやっていた。

 何をしているのやら…と眺めていると、なんと蜜柑のアレンジの完成。果物を生けるとはユニークな発想だと感心する。
 珍しく褒めると調子づいて「ブロッコリーを生けるのもいいかもね。パセリとニンジンスティックとか、ひともじ(ワケギ)は角柱の花瓶に合うと思う」とアイデアラッシュ。

 意外と面白いかもしれないな、野菜のアレンジ。観賞した後は食べられるしな。近所には素材が山ほどあるし、これで商売してみっか…と真剣に考える私だった。

Jpg
葉蜜柑のアレンジ。なかなか可愛らしい。奥のユーカリはゆみ姉のプレゼント。左の植物は不明だが「きれいな花が咲くらしい」と言って母が買ってきたものだが、もう3年も経つのにいっこうに開花する気配がない…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

小さなことからコツコツと

 「小さなことからコツコツと」とスタートしたい。これまで気持ちだけはホップステップジャンプ!であったが、細やかなことやささやかなことをないがしろにしてきたようで、そこにこそ大切なものがあった気がして。

 だから今年は「小さなことからコツコツと」「継続することこそ力なり」。耳にタコができるほど言い聞かされたきた先人の教えがこのごろになって染みるようになった。

 福永事務所も本日より始動。静かだった仕事場が嘘のように忙しい。電話、ファックス、メールパソコンのキーボードの音。スタッフの焦った顔つき。こうして新年早々、バタバタと忙しいのはありがたい。みなさまのおかげ、神様のおかげ。Photo小さなことからコツコツと。継続することこそ力なり。今年もしまっていくぜ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

初詣

 数日雪で道路が凍結していたので、初詣が今日になってしまった。毎年母と参拝するのは宮崎高千穂の『天の岩戸神社』。もう二十年近く参拝している。

 今年はヘヤーメークアップアーティストのおおのゆみこ親子と一緒。母ちゃんのおにぎりを持って車中で朝ご飯を食べながら楽しいひとときだった。

 この春には神奈川に行くゆみ姉の愛娘・未来の前途を祈って心を込めて手を合わせてた。未来は母と大の仲良し。ちっちゃい頃から正月ともなると大人の私たちにもみくちゃにされるも、マブダチの母と二人で楽しいことを見つけて遊んでいた。

 「大きゅうなって…。遠くに行くとなるとさみしか〜ぁ」と未来のばーちゃんがわりの母がしんみりとなる。
 未来は母のことを「美人節子さん」と呼び、私のことを「かずちゃん」と呼んでいる。ばーちゃんとかおばちゃんなんて決して言わせないと、小さい頃から躾けてきた。母が未来に仕込んだのは「美人節子さん」。しかし、これを人前で聞かさせるとこっちが恥ずかしくなってくる。

 パワースポットとまことしやかに噂される橋の上で、みんないっせいに手を挙げて「パワーをください!」と叫ぶ。知らない人は「なんだ?」と訝しがるも知ったこっちゃない。いい気をもらって、今年もがんばるぞー!
 さて、明日から仕事開始。あっという間の正月休みも終わって、たまった原稿仕事にやる気満々。途中、ガソリンが切れなきゃいいが…。

Photo_2丸福四姉妹のうちの三姉妹。みんなでキャッキャッ笑いながら初詣。

Photo_3天照大神がお隠れになったのでどうしたものか…と会議が行われたという伝説の『天安河原(あのまやすがわら)』。小石が見事に積んである。とても神聖な場所。

Jpg_2パワースポットの橋の上の三人。はじけそこなった美人節子の瞼が…。

Jpg毎年食べる高千穂のうどん。だしが抜群においしい!今年はきつねうどん。

Photo_5 「未来、こっち向いて」とカメラを向ける。と、唐辛子を入れすぎた未来…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

元日の中川家

 毎年、元日は本家に行くような気分で中川家のお年賀に。「笑いはじめ」は中川家からである。玄関を開けるやいなやお祭り騒ぎ。このワイワイガヤガヤ泣き笑いが味わいたくていそいそとうかがうのだ。

 『ちびっこ会』会長の中川晴亀おじきからお年玉をいただく。座ろうとする前に焼酎?ビール?酒?焼酎?ビール?酒?コール。

 ひとみの弟・英一郎の「かずこさん、こっからここまでが9万円!」のごちそう紹介は毎年恒例。これを聞かないと食った気がしない。親戚、友だち、家族、全てが「一族」。この温かい集まりこそが一年の「大吉祥」そのものなのである。

 飲んで笑って芸をして。汗が噴き出る、涙が出る、お腹がよじれて痛い、おいしい、可笑しい、あ〜おしっこちびりそう。中川家は私の実家も同然。みなさんに幸多かれ!と心から手を合わせて、ありがたい愛の年賀をいただいてきた。

Jpg
「かずこさーん、おめでとう!こっからここまでが9万円よ〜」。英一郎恒例のご挨拶。

Photo_5
前/中川晴亀。怒っているのではありません。これが会長のお得意の「任侠ポーズ」。といっても玄人さんではありません。れっきとした名カメラマン。それにしても息子の英一郎は会長そっくり。後/娘の中川ひとみと酔っぱらいの姪の中川真紀。

Photo_6
会長をはさんで愛のバトル?愛人(節子)が古女房で、妻(和子/よりこ・おばちゃん)が愛人と見間違われる。しかし…ちびっこの会長の身長が伸びているぞ…↓
Jpg_2
会長のずる発見。畳座布団の上に乗って身長を10㎝ほどごまかしていた…。

Jpg_3
英一郎の長男の恭一郎。若いたくましい肉体を披露。ベチャベチャなめるはベタベタ触るわ、おばちゃん軍団はホストクラブ気分を満喫。

Photo_8息子の肉体に触発された親父の英一郎。裸になろうとするも、みんなからブーイングでオレンジの下着姿で格闘ポーズ。

Jpg_4
おばと甥。海苔芸大好き。やはり血は争えない…。

Photo_9「オリバー、静かにしろ!」と道路に出て大暴れする従姉妹の真紀を制する従兄弟の英一郎。兄妹みたいに仲が良い。それにしても真紀…、嫁に行く気はあるんかい!

| | コメント (10) | トラックバック (0)

紅白歌合戦論

 大晦日は珍しく酔いどれず紅白歌合戦をちゃんと見た。司会は嵐とゲゲゲの女房(名前を知らない)だった。

 見たかったのはひろみ郷のステージ。顔のくずれはいなめないが、中年太りもせずに体を絞るだけ絞ってしかもまだ踊れる。55歳とは思えない若さだ。K広告社のN部長と同い年だもんなぁ…。N部長もテレビの前で酔いどれながら「『郷ひろみと同い年とは思えない…』といつも福永君から言われてしまうんだ…」とこぼしたはずだ。

 知らない歌手もいっぱい。『パフューム』という女性三人のユニットもそう。初めて見たが『イモ欽トリオ』とたいしてかわらないじゃないか、という印象だった。

 大晦日に毎年気づかされるのが「TOKIOはバンドだったのか」ということ。コブクロの『流星』はドラマを見て好きになった歌だが、のっぽのかたわれの歌唱力を聞かされると、もう『安全地帯』の玉置浩二はいらないな、と思うのである。

 亡き星野哲郎先生の名曲『風雪流れ旅』を紙吹雪の中で熱唱した北島のおやじのステージは実によかった。さて森進一だが…そろそろ引導を渡すべきではなかろうか、見ていて辛いものがある。和田アキ子は『あの鐘を鳴らすのはあなた』でなくてホッとしたが、「あの頃はっ!」と張り切るも緊張からか音が外れていた。この人ももうよかろう…と思うも、芸能界の女帝を落選させる勇気あるNHK社員はいないのだろうな。

 三夜連続で見た福山雅治にはノックアウトされた。前年のグラバー邸からの雪の中継にも感動したが、龍馬のイメージを残したままの出演は中高年の視聴率を確保したはずだ。岩崎弥太郎役の香川照之も参戦して「瞬間視聴率、心配ご無用!」だ。

 母と私に「乗り換え」を決心させたのが嵐。ゼロの櫻井君、花より男子の松潤、怪物くんの大野君、カレーの相葉君、硫黄島の二宮君(※そんな風に記憶している)。みんな歌もうまいし『モンスター』は初めて聞いたが「CD買っちゃおうかな」と思ったくらい。見終わって「もうスマップじゃないな」と爆弾発言をしてしまった。

 『行く年来る年』が胸にジーンと来るのは年取ったせいだろうか…などと思いつつ、『朝まで生テレビ』の田原総一朗の限界を感じながらつらつらと眠って、おいしい雑煮を食べて今年が始まった。

Photo
「明けましておめでとう」と可愛らしいお顔で新年を告げてくれたのがこの子。造形作家のgajuさんから年末に届いた愛らしい干支飾り。今年 の福永家のお守りである。

Photo_3
母の雑煮。スルメと昆布のダシがたっぷり香る。丸く丸くと素材は全部輪切り。今年は早起きして手伝った。

Photo_4 正月には必ず食べる朝日巻き。雑な盛り方を早速母から指摘される…。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

新年、おめでとうごさいます。

 2011年の幕開けです。さぁーて、今年もブリブリガンガンバリバリ走ろうと思います。皆様におかれましては、楽しいお正月をお迎えのことと思います。

 ところで、元旦、元日、正月のワードの使い分けはご存知か?「元旦」とは、1月1日の朝のことを意味する。「旦」は日のいずるところ。つまり地平線をあらわしているそうだ。だから「元旦の朝」は重複する。それを言うなら「元日の朝」が正しい。

 1月1日の一日のことを「元日」。1日〜3日までを「三が日」「正月」と呼ぶのはしめ飾りを飾る「松の内」の期間までで、昔は15日だったが近年は7日までをさしている。

 「新年、明けましておめでとうございます」も間違い。「新年」はすでに明けているという意味なので「新年、おめでとうございます」もしくは「明けましておめでとうごさいます」が正解。三が日のご挨拶回りにご活用くだされたし。

 今年も福永一座を、どうぞ、よろしくお願いいたしまする!

Jpg
日の丸に新年の決意を誓うねず(外構のフェンス穴から)。いつものボーッとした眠そうな顔と違ってなんだか凛々しいでしょ。2011年のねずは何かやってくれそうだ。タロはまだお布団の中で爆睡中。寒いからお外には出たくないと、新年早々マイペース。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年12月 | トップページ | 2011年2月 »