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2010年2月

キムタクとイチローの狭間で…

 早朝の取材のときは茶の間に寝るようにしている。目覚まし時計がなったらすぐさまテレビのスイッチを入れ、バスタブにお湯を張って一風呂浴びてから出かける。そうすると、脳みそがすっきりとなってバカな質問をしなくてすむ。今朝にそなえて、夕べはワインを飲んで早くに休んだ。

 夢を見た。キムタクが出てきた。よく、私の夢の中に彼は登場する。夢の中では、銀座の一等地に住む女友だちの豪壮な家にお邪魔していた。彼女はキムタクの友人で、近くでキムタクが彼女を待っているという。けれど、「会いに行かない」と彼女。ならばチャンスと私は一目彼に逢いたくてその場所に走るも、キムタクはどこにもいない。

 なんだ…とがっかりしていると、彼は車で近づいてきた。驚く私に「乗んなよ」と声かける。けれど、人様の恋路を邪魔しようとした私はひどく後ろめたくて走って逃げるのだ。(もったいない)

 すると物語は急変。なぜか私はキムタクと一緒にビリヤード場にいた。彼がゲームをするのを待つ間、自販機で飲み物を買おうとしてその女友だちからメールが入る。「どこにいるの?」。あわてて返信しようとした私の携帯をキムタクがのぞいて、「電話、無視しなよ」とささやきながら、キスしようよ、と迫ってきた。も〜たまらん!

 そこで目が覚めた。目覚まし時計のせいじゃなかった。睡眠時間をとりすぎたのだ。悔しい。もったいない。私はなんとか必死に夢の中に戻ろうして、物語を繰り替えし繰り返し思い出して助走をつける。すると…どうにか夢の中に戻って行けたのである。

 今度はイチローもいた。イチローはなぜか私の幼なじみだった。私は彼と二人で韓国料理を食べていた。なんでも彼は、豆腐チゲ鍋が大好きだと言った。私はマッカリを飲んだが彼はビールしか飲まない。理由を尋ねると、ビールのCMのクライアントの銘柄しか飲んじゃいけないのだと答えた。彼たちも大変なのだなと思ったものだった。

 マッカリを飲む私にイチローが突然プロポーズをする。「一緒にロスに行こう」と。とそこへ、キムタクから電話が入る。「今からそこに行くから」と言う。携帯から私の居場所がわかったらしい。かなり困った。キムタクとイチロー、二人の愛の狭間で私は生涯の中で最も深刻に悩むのだった…。そこで目覚まし時計が鳴った。

 久しぶりになんて幸せなひとときだったのだろうか、と湯船の中で歯を磨きながらしみじみ思う私。ああやって、ずーっと夢の中にいることはできないものだろうか、と今回ばかりは真剣に考えた。
 取り戻したいのは青春の頃のようなはじける若さと恋する情熱なのだろうか。あぁ、恋してー。いやいや、この年に見合う人とではなくて、20代の頃の私に戻って若い頃のキムタクやイチローと恋してー。
 今、魔法使いが願い事を一つだけ叶えてあげる、と言ったくれたら私は迷いなくこう答える。「私を魔法使いにしてください」と。そうなれば、キムタクやイチローに失恋しても、また違う情熱の恋ができる。今度の相手は、そうだな、瑛太がいいな。

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ちょっとした朝

 酪農家にお話を伺いにいくため、本日は早起き。8時に取材を開始した。モリケンが撮影してくれている間に、酪農家のお家の庭を眺めていたら、「突き井戸」を見つけた。亡きばーちゃん家での風景を思いだした。

 「突き井戸」とは、地下水をボーリングで突いて水を吹き出させている井戸のこと。大小の深さの水溜があり、大きい井戸から小さい井戸へと水が流れている。
 これは農家の人たちにとっては欠かせないものである。汚れた足や道具を洗ったり、野菜を洗ったり。夏はスイカや麦茶を冷やしたりと活躍してくれるものだ。

 盆や正月ともなると、大勢の人たちが訪ねてくるのでごちそうを作る。そんなとき、台所だけじゃ手狭になり、「突き井戸」が離れの台所のような役割を果たすのだ。
 ザルや鍋がいくつも並べられ、餅米を洗ったり、芋を洗ってむいたりと母たちがせわしなく動いていたのを思い出す。

 この「突き井戸」の水は、夏は冷たくて冬は温かい。冬の朝には「突き井戸」から湯気が出ている。夏になると「突き井戸」の中に入って水遊びをしていた。そんなことを懐かしく思い出していたら、そこんちのおばちゃんが、漬物持っていくかい?と声をかけてくれた。

 変わらずに残されているものは温かい。変わらずにあるものはどれも優しい。だけど、変わらずにいるのはむずかしい。だからこそ余計に、ひかれるのだ。ちょっとした朝に心象風景に出くわしたようで、なんだか心が温かくなった。


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これが「突き井戸」。地下水を組み上げてある。ここで野菜や道具を洗ったり、料理の下ごしらえをしたりする。ここ家は台所のすぐ隣にあって屋根付き。なんとも便利でうらやましい場所ではないか。

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ぼんやりと射した朝日を眺めていた。柿の木に実がほんのわずかぶら下がっていた。と、頭上を鳥たちがバタバタとはばたいていった。

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担々麺に元気づけられて

 日々、バタバタだ。いやな汗をかくほど、めまぐるしい。やることが次々に襲ってくる。原稿書いていると、電話。電話がおわると原稿。スタッフが何か聞いてくる。答えていると電話。おっと、呼び出された。あぁ、化粧して着替えんといかん…。

 脳みそがウニ状態。辺りは陽気だというのに、私は弱気だ。

 そんなことではいけないと、鋭気を養うために、好物の担々麺を食べに行こうと、親友のかよを誘った。熊本の下通のアーケードから一歩入った「上海ハウス」という馴染みの店の担々麺はおいしい。
 「かずこさ〜ん、元気だった?」とご主人。「元気じゃないから、担々麺を食べにきた〜」と私。私はここの担々麺が世界で一番大好きだ。ゴマ風味の優しい味。挽肉の具が上にのっけてあり、これをくずして麺に絡めて食べるときのおいしさといったら。これにご飯の小を注文するとザーサイがついてくる。これが通のオーダーである。

 ズルズル、パクパク、ズルズル(これは鼻水ね)。あっという間に平らげた。そこではた…と思った。写真を撮っていない。せっかくのおいしい担々麺をみなさんにご紹介できないじゃないか。
 しまった…と思っていたところへ知り合いがやって来た。そこで彼女がオーダーした同じ担々麺を写真に撮らせてもらった。こういうところに馴染みの店の良さがある。

 お腹いっぱいになって心も落ち着いた私は、店のメニューや店内をしみじみと眺める。20年以上経っても、何も、どこも全く変わらない店の様子にほっとする。ここに来ると、楽しかった頃の昔がすぐさま戻ってくるようだ。

 帰りしなご主人が言った。「かずこさん、変わりはないかい?」と。一瞬、いろいろと考えたが、「いえ、相変わらずで」と答えると、「それが一番いい」と返された。

 そうなのだ。私は何も昔と変わってはいないのだ、と思った。なんとなく安心した。するととても元気になった。おいしかった!担々麺!


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「上海ハウス」の担々麺。20代の頃は、街中で仕事をしていたので、ここの担々麺を一週間に4回は食べていた。何回食べても食べ飽きない。ずっと変わらないおいしさ。

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佳代と本屋さんに立ち寄ったら、熊本のサッカーチームのマスコットの「ロアッソ君」がいた。佳代が「撮って、撮って」と言ったので撮ってあげた。しかし、「ロアッソ君」のお腹がぷっくりしていたのが気になった…。

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ひでぇ話

 今、ケニアは26年ぶりの干ばつだとか。地球温暖化の影響らしい。そのため、草食系動物が減少。だからライオンやハイエナが人間集落を遅う危険性が懸念される。

 そこで人間がとった行動は。なんと、シマウマを別の場所から4000頭近くも連れてくるんだと。まさに、餌の移送じゃないか。

 自然界のバランスが崩れるといけないという理由らしいが、そもそもそのバランスを崩したのは誰だっちゅーの。それに、そうやって崩れたバランスを意図的に建て直したとしても元に戻るとは思えない。

 弱肉強食。強い者がのさばり弱い者は犠牲になる。さしずめ、ケニアの人間たちが政治家でライオンは財界で、私たちはシマウマだろう。どんなにもがいて逃げ惑っても、やられるときはやられてしまう。ならば潔く、正々堂々と立ち向かいたいものだ。シマウマにも意地がある。

 問題に目を背けず、人に迎合せず、「個」を信じて走る。シマウマよ、ケニアの大地にその生き様を見せてやれ!食うか食われるか、その刹那を生きた者にはたくましい勇気が宿るはずだから。負けるなっ!シマウマ!私も負けない!

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本日は私もボーダーのシャツを着ている。模様は邪(よこしま)…、いや「横縞」だが、シマウマの気分だ。

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銅!

 今日は忙しかった。午前中から昼過ぎまでテレビに釘付け!仕事は山のように片付けなくてはならないのに、男子フィギュアスケートのフリーも見なくてはならん。あー、忙しかった。

 高橋大輔君、よーくがんばった。4回転ジャンプの失敗は惜しかったが、勝負に出た日本男子の心意気を大いにかいたい。

 日の丸がのぼっていくシーンにはポロリと涙が出た。我が国の国旗って、見れば見るほどかっこいいと思う。白地のど真ん中に赤丸。まさに神の国の力強を讃えている。

 他の国のものはどれも似たようなものばかり。ロシアとフランスはトリコロールが縦か横かだけの違いだもの。アメリカはインパクトがあるけれど、チマチマとデザインがうるさい。やっぱ、日本の日の丸が一番だと思う。

 織田信成もがんばった。小塚崇彦もよくやった。日本勢が3人もオリンピックに出場して上位入賞を果たしたのだもの、大凱旋ではないか。

 興奮さめやらぬまま、今、たまった原稿をシコシコとやっつけている私だ。私の戦いはまだ終わっていない。

 

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コーヒーとワイン

 朝からワイドショーで、血管のことを「サイレント・キラー=静かなる殺人者」といってとりあげていた。物言わぬ臓器とよばれる血管は、心筋梗塞や脳卒中を引き起こす大きな原因となるらしい。
 つまり、血管が血栓でつまったり、加齢と共に細くなったりして、そういった病気を引き起こすのだそうだ。特に、喫煙はいかんらしい…。

 予防は食べ物や運動。一週間に2回ほど20分の早歩きをするのがいいそうだ。食べ物は野菜中心に。そして飲み物はコーヒーに多く含まれるポリフェノールが血管中のさびを除去する役割を持つのだそうだ。酒は赤ワインがよろしいとも。

 運動不足ではあるが、週に2回ほどなら街中を早歩きしている。食べ物も我が家は野菜中心のメニューで肉はあんまり食べない。そして、コーヒーなら一日何杯も飲むし、ワインも毎晩飲む。
 誰よりも多く飲むコーヒーとワインだけで、原因となる喫煙を帳消ししているようなものではないか、と独りでに安心したことだった。

 おっとこうしちゃいられない。締め切りの原稿が山積みだ。コーヒーをガブガブ飲みながら、仕事をすることにしよう。お昼はスタッフにサラダを作らせよう。健康について意識するようになった私もやはり年をとったか。たばこの本数も減っている。

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かんたん飯

 日曜日のことだが。その日、家にはだーれもいなくて、自分で食事の用意をしなければならなくなった。いつもは母ちゃんがスタッフのまかない飯を作ってくれ、スタッフが用意し、後片付けもスタッフがする。まさに、上げ膳、すえ膳状態。
 だから一人となるとご飯がやっかいなのだ。しかし、腹は減ってしようがない。冷蔵庫を見たら、キムチや漬物やら味噌豆腐やら煮豆やら梅干しやら、どれもばーさん向きの食べ物しかないではないか。

 インスタントラーメンでも作るか、と思ったが、母ちゃんがインスタント物は好きではないので置いてない。近くのよろず屋まで行くのも面倒だ。冷蔵庫の中にはベーコンがあった。野菜室にチンゲンサイがあった。よし、これで簡単飯を作ろう!ということになった。

 作り方はいたって簡単。フライパンにバターを入れて、ベーコンとチンゲンサイを炒め、塩・こしょうをしご飯の上にのっけてしょう油をかけまわすだけ。猿でも作れる料理だ。

 実はこれは、沖縄の人気レストランで食べたメニューを再現したもの。あんまりおいしかったのでスタッフにレシピを尋ねたら、驚くほど簡単だったので早速、帰ってから作って食べたことだった。以来、一人飯のときはちょくちょく作っている。ベーコンがないときはハム。チンゲンサイがないときはホウレンソウやキャベツ、白菜にしたり。おいしさのポイントは、たっぷりのバターをきかせることと、バターとしょう油の風味をご飯に絡めることである。

 一度、作ってみてくだされ。簡単すぎて、おいしすぎてハマりますから(笑)


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これが「かんたん飯」。もともと卵かけご飯や、おしょう油ごはんが大好きな私。バターの風味としょう油があいまって、すごくおいしいのだ。殿方にも作れます。つーか、私の得意料理は男向き。

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モーグル女子決勝

 昨日は珍しくボーッとして過ごした。やることは山のようにあるのだけれど、モーグルの女子決勝戦に茶の間で一人で燃えた。上村愛子ちゃん、惜しかったね。彼女が2位に浮上してからというもの、続く有力選手の競技にミスが起こってそのままなんとか愛ちゃんが銀か銅を取れますように、などと不埒なことを祈ってしまった。

 しかし事実、カナダ、アメリカの2選手が続けてミスしたとき、さすがに反省した。繰り上げ当選のようにして彼女がメダルをとったとしても、果たしてそれに価値があるのだろうかと。
 最後をエントリーしたアメリカの選手の競技は素晴らしかった。金メダルにふさわしいテクニックと精神力が彼女にはあった。あれならば愛ちゃんも納得したのではなかろうか。

 アスリートのみならず、日々、私たちも重圧の中で仕事をしている。心の筋肉を鍛えながら、ひたすら自分を見つめて信じて。けれど大切なことは、出された結果をどう受け止められるかだと思う。

 どんなに頑張ったって、力が及ばないことは多々ある。「身の丈」以上のものを、とやっきになるけれど、神様が私たちに与えてくれる能力には限りがあるもの。
 つらい練習とプレッシャーの中で彼女は、いっそモーグルをやめて主婦業に専念できたら幸せかもしれない…などと思ったことは何回もあったと思う。しかしそれで自分が納得できるとは到底思えなかっただろう。人は、行くとこまで行かないと自分と「決着」がつかないものである。きちんと「決着」をつけることができたら、また次の一歩が踏み出せるのだ。


 

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小説

 金沢と熊本を舞台にした小説、「紅の糸」を久しぶりに書いている。この物語は、写真家のモリケンとコラボしようと立ち上げた作品である。実は、一昨年に構想をし着手したが、仕事に忙殺されずっと書けずにいた。
 いや、正直に言えば、書くのをやめていた。書こうと思えばいつだって書けたのかもしれない。つまり、物語の中に立ち戻ろうとしなかった私の心の問題がある。

 ずっと心の中にしまっていた、小さな片思いの恋のようなものだろうか。本日はスタッフも誰もいない仕事部屋で、春からの新媒体の企画を練ろうとデスク前でざわざわと仕事をしているが、せっかくの一人の時間、たっぷりと自分だけのために一日を過ごすのもいいと思う。



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「浜茶屋から望む、抜けるように広がるスカイブルーの夏空に、幾筋もの飛行機雲ができている。なんと美しい絵色なのだろう。消え入る線から生まれくる線を追ってみる。そうやって、容赦なく時間は進み、過去から現在、そして未来の出来事も、あの飛行機雲のように、生まれては消え、消えては生まれていくものなのだろうか」

 

『紅の糸』より。写真=森賢一

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七転び八起き

 朝から汚い話だけれど、トイレで力んでいたら星がチラチラした。何だか、自分が情けなくなったけれど、目の前のだるまさんに励まされた。「人生、七転び八起きぞ」

 ここ数ヵ月、慌ただしかった。いろんなアクシデントもあり、途中で「私は立っていられるのだろうか…」とらしくなく落ち込んだこともあった。けれど、「神は乗り越えられない試練は与えない」と自分に言い聞かせ、とにかく前へ前へと進んだ。前へ進めば何かが見えてくると。

 人生は七転び八起き。ほんとにそうだと思う。山があれば谷があり、また山に登っているものだ。そこに学ぶことはたくさんある。けれど、いつしか学んだことは希薄になりまた転んで痛い目にあいまた立ち上がる。これの繰り返しなのだな、と思う。

 それにしても私は、楽天的で楽観的な人間なのだなと心底思う。ひどく緊迫する事態にあって震えていながらも、なぜか周囲の人間観察をしてしまうのだ。口の開け方、髪の毛の生え方、緊張するときの人の癖など、無意識のうちに記録してしまう。「あぁ、こんなことではバチがあたるぅ…」と戒めるのだが、そんなとき自分の習癖をつくづく呪ってしまう。

 今日も朝から雨で、少しなまぬるい。春に近づくとき、一雨ごとに暖かくなる、あの気配に似ている気がする。けれどまた寒くなるのだろう。四季があるように、晴れの日と雨の日があるように、人生は七転び八起きなのである。

 

トイレのだるまさん。毎朝、このだるまさんに対面しながら人生を考える。嘘。

 

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電話の印象

 電話での会話で損をする人がいる。声のトーンがえらく低かったり、ボソボソと話したり、言葉につまったりで、その印象を悪くすることがよくある。

 先日も電話で取材のアポをとったのだが、相手の男性は「は…は…、ふーん」と、ノリが悪い。お前、やる気はあるのかっ!と言いたかったが、相手の声のトーンはどんどん低くなるばかりで電話は終わった。
 取材前において、感じ悪いなーもー、と思っていたのだったが、これが会ってみるととてもいい人。ニッコリとおだやかな笑顔で丁寧に親切に接してくださる。同一人物かと見間違えてしまったほどだった。しかし後日、再び原稿のことで電話をしたのだが、今度は会ったときの印象で話すと、また前と同じだ。「は…は…、ふーん」。二重人格ではなかろうか…と疑ってしまった。これって、実に損なことだと思う。

 よく電話をかわす友だちからの電話では、いつも受話器から彼女の鼻息がボーボーと聞こえてくる。最初はそうとう風の強い場所に立っているのだと勘違いして、「今、どこ?」と尋ねたくらいだった。しかしボーボーボーはこちらの話を邪魔し、ついにはうざくてたまらない。

 いったい、どういうスタイルで電話機を持ったら鼻息が聞こえるのだろうかと、スタッフと携帯電話をつないで目の前でいろいろやらせてみたが、鼻息をわざわざ聞かせるために角度を違えてしゃべることの方が難しいと判明した。

 先日、そんな彼女と食事をした。途中で携帯電話に出る彼女を見て、この際きっちり判明させておこうと観察することにした。だが、電話でのポーズはいたって普通であった。そこで試しに、数メートル離れた場所から彼女に電話をかけてみると、ほれ、やっぱりボーボーと聞こえてくる。で、そのまま電話をつなぎながら彼女に近づきよくよく観察すると、彼女が鼻のみで呼吸をしていることが分かった。

 つまり、呼吸は口と鼻でするものだが、彼女の場合は口からは息を吐くだけで、喋った後に思いっきり鼻から呼吸をして、またそれを鼻から出す。その「吸い返し」が電話口にドバーッと流れる。んで、ボーボーなのだ。

 これが判明したからといって、何がどうした、というわけではないが。電話はその人の印象をひどく左右する。私のように濁声の女ならばなおのこと、会話に品性なくしてはチンピラと間違いかねられない。品性を持つ、ただそれだけが私にとって難しい永遠の課題でもある。



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この花はあの鼻とは違う。

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坂本龍馬から朝青龍へ

 昨日は一日中、坂本龍馬の原稿を書いていた。すると、すっかり龍馬と一緒に幕末の長崎を旅したような気分になった。

 タイムスリップできるならば、ぜひとも龍馬が生きた時代に行きたい、と誰しも思うだろう。ドラマの『仁−JIN』は、まさにそんな私たちの思いをついた作品だったと思う。最終回の結末には私も「へっ?」と思ったが、どうやら映画とつなげるようだ。「龍馬伝」のブームに合わせて、盛り上がったところで一発ドカーンと映画をかませるのかもしれない。商売上手…いえ、企画上手だと思う。

 ところで福山雅治の「龍馬伝」。これも面白い。最初は、福山雅治と龍馬ってイメージがつなげにくかったけれど、見ているうちに、彼なりの龍馬に惹かれていくのだ。

 龍馬ファンにはそれなりの龍馬論がある。それぞれの見解は広域に渡る。司馬遼太郎の龍馬が好きな人もいれば、黒金ヒロシの龍馬も面白いという人もいる。それぞれにヒーローへの憧憬の違いが、いくつもの龍馬をつくりあげるのだろう。

 で、今回の私の龍馬は、特に「龍馬論」とは言えないが、上野彦馬さんが撮った龍馬の顔を思い浮かべながら書いた。書くうちに、あの写真の龍馬の袴の衣擦れの音が不思議と聞こえてきた。確かに、私は龍馬と長崎の坂道をのぼったような気がする。

 夕方に原稿を終えワインをたらたら飲んだ。『龍馬伝』にそなえようと思ったものの7時30分頃には寝てしまった。「しまった…」と飛び起きたのが夜中。それでも録画してあるから大丈夫と、コーヒーを用意して「龍馬伝」にのぞんだら途中で終わった。デスクの容量がいっぱいで最後まで録画することが不可能だったらしい。悔しい!

 すっかり目が覚めてしまった私は、何回も見た「坂の上の雲」の録画分を連続で見た。気がつけば夜明けだった。チャンネルを切り替えると朝青龍の話題が流れていた。
 朝青龍の今回の引退は彼らしい生き様、というか、そういう星の下にいる人なんだなと思われてならない。豪傑で短命(亡くなったわけではないが)。ヒーローにはいつもそんな宿命がついてまわるのだ。

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こうして写真が残っているだけに、坂本龍馬を演じる役者さんたちは役作りが大変だろうなぁと思う。

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長崎・龍馬

 長崎に行って来た。坂本龍馬のゆかりの地を訪ねて、というものだ。龍馬は師とあおぐ勝海舟に伴い長崎にやって来て、この街が世界と通じ合っていることをまざまざと知ることになる。

 イギリス人の貿易商であるトーマス・グラバーやオルトと通じ、やがて「亀山社中」を結成する。日本初の株式会社である。龍馬の良きライバルであった岩崎弥太郎もここで土佐商会を担って、龍馬たちを支える。 

 長崎と龍馬のゆかりは深い。龍馬にかかわった長崎のつわものもあげたらきりがない。はて、原稿をどうまとめようかと悩んでいるところである。

 今、長崎は「龍馬伝」で大盛り上がりだ。主役の福山雅治が長崎出身であることもあり、あっちゃこっちゃで「龍馬と福山」と声があがっており、本来の龍馬の輪郭が少しおぼろげになってるような気もしないではないが、その活気ある様は好感がもてる。

 取材の中で、最も印象に残ったのは、龍馬を写真におさめた「上野彦馬」という写真家。写真家の元祖・神様と言われる人物だ。高杉晋作やトーマス・グラバー、大浦慶(長崎の女傑)など、よく目に憶えのある写真をとっている。彼は確かに龍馬と会っていたのだ。そう思えば、ぞくぞくしてくるのだ。

 この上野彦馬の行動力がすごい。長崎から江戸、京都、日本を駆け巡り写真におさめたばかりか、外国に支店をおき撮影所をつくるなど、龍馬顔負けのパワフルさだ。

 この時代の男たちって、行動力と野望と夢にあふれていた。彼らは時代が変わるときにあって、日本男子としての誇りと新しい感覚の二つの中に生きていた。その影で女たちは凜として、男たちの夢にかけたのだ。

 彦馬が撮影した長崎の街の様子が「古写真展示資料館」に展示されている。ここに佇むだけで、龍馬たちの夢や野望を感じ取ることができる。

 グラバー園の高台から長崎の海を見れば、幕末に儚く散った命が、いっそう惜しまれてならなかった。

グラバー園から眺める長崎の海。龍馬もこの高台から世界を眺めたのだろう。誰もが思うことは一つ。「龍馬が生きていたならば…」

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節分の鬼

 仕事の打ち合わせを終え、母と待ち合わせして『アフタヌーンティー・ティールーム』でランチを食べた。いつも思うけれど、この店の女の子たちって、どなたも可愛い女性ばかり。みんな、親戚の息子の嫁に欲しいほどだ。

 パスタランチをたらふく食ったら、デパートの地下食料品売場で買い物する気がうせた。そうだ、ワインを買おう!とリカーショップをウロウロしていたら、知り合いの男性とバッタリ。こいつがそうとう面白い。
 少し前に彼を、「矢沢永吉の物まねをするおばさんの店」に連れていったらたちまちハマり、足繁く通っています!と報告を受ける。「あんたも悪趣味ね」と言い捨てる。

 彼もお酒の贈り物を探しに来ており、「今日は節分なんで、店の人に値切ってみます」だって。意味がわからん。デパートで値切りする人なんて、みほ先輩くらいしか知らない。こりゃ面白いと、お手並みを拝見させてもらった。

 「5250円の250円は…いえ…250円をぉ…」と彼が小声で店の人に言うと、「それは、税です」と即答される。なんだよ弱腰!と私。「では…5000円ぽっきりでぇ…」と再び挑むが、「5250円のものだと送料は無料ですが」と淡々とかわされる始末。ついにギブアップしたのか、「送料無料!そりゃ儲かった、これください」。つまらん。それから手をあげて、「やりましたよ、かずさんっ!」だって。違うだろ!それ。

 早速彼は笑顔で送り状を書きはじめるも、机が粗末で、なんだか交通違反の切符を書かされているようである。その横で彼を突っつき、「この意気地なしが!」と吐き捨てると、「あなたは鬼のような人だ…」と怯えたような顔を見せたのだった。

 家では母がスタッフと私に「豆まきをするよ−」と号令をかけた。「鬼は〜外!福は〜口、鬼は〜外!福は〜口」の大合唱。豆を外に投げつけるのはいいが、家の中に投げると掃除が大変なので、みんな口の中に入れる。
  最後におたふくの面をかぶった母が、写真を撮る私に向かって豆を投げつけた。「鬼は〜外っ!」だとさ。本日は2回も鬼になってしまった。


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『アフタヌーンティー・ティールーム』のパスタランチ。鱈とジャガイモのチーズのせトマトソース、を食べた。お腹いっぱいになった。

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豆まきをするスタッフの菜菜美とおたふくの面をかぶった母。鬼は私。えっちゃんは撮影拒否。この「おたふく」の横には並びたくなかったのだろう。左てでゲラゲラ笑っていた。平和、平和。

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大人の焼き鳥

 ゆうべは、たぬとかおりんと三人で焼き鳥屋で談義を交わした。たぬは同い年つながり、かおりんは高校つながり、でそれぞれに大の仲良し。二人は初顔合わせだったが、すぐに打ち解けてくれて楽しい酒盛りとなった。

 かおりんは、KABの門垣会長を猛獣使いのように操ってあの人気CMを手がけるキャリアな女性。一方のたぬは、KKTの報道の凄腕プロデューサーで、かつて「ハートにチュッ!」のあの有名なCMを手がけたお方。どちらも才能豊かな人たちばかりである。

 話は幾重にも展開する。プライベートなこと、自虐ネタなどなど、ブログには書けない話が飛び出て、たぬが「お前のやったこと、記事にしろっ!絶対受けるけん!」と太鼓判を押すが、絶対死んでも書けないネタばかりで焼き鳥屋のテーブルに上げるのがギリギリライン。

 ステキな大人、って純粋だ。心が透けていて、相手を信じて受け入れる優しさがある。そこになんの打算もなく、ただ素直に人の心に溶け込んでいく。もちろん、社会ではバリバリ気を張って生きている人たちばかりだけれど、こうして集まればひどく純粋でいれる。それこそがステキなのだと思う。

 しかしながら、カミングアウトネタはやっぱ面白い。ただし、門外不出。その約束がきっちり守れる間柄ってあらためていいな、と思ったものだった。だから夕べは、どんどん毒舌をかましてすっきりした。
 じゃ、今までのあんたのその毒舌ぶりはなんなのさ?とお思いだろうが、私の本気の毒舌は実はそんなもんじゃないのだ。あー楽しかった。また、行こうね、仲間たち。



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酔っぱらっている私が、はずんでしゃべっている彼たちを撮るとこうなる。二人とも有名な人たちだから、素顔を紹介するのはこれくらいの「ブレ」がいいのかもしれない。

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焼き鳥の中で大好きなのはレバーのタレ焼きとネギ焼き。ししとうと鳥身は、かおりんのオーダー。水前寺の『焼き鳥一番』。長く通っている店である。たぬとはよく行く、かおりんはようやくデビュー。

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龍馬龍馬龍馬

 坂本龍馬のことを書くことになった。んで、モリケンと長崎に行くことになった。その取材の準備で、電話でなんど「龍馬」と言っただろうか。何回、「坂本龍馬について」と取材依頼文を書いただろうか。今日は、龍馬づくしだ。

 思えば、龍馬とはずーっと旅先でご縁があったにもかかわらず、書くことがなかった。こんなに馴染んでいるにもかかわらず、だ。一度も題材にとりあげなかったのは、何故だったんだろうか。今に思えば、不思議である。

 大阪の司馬遼太郎館で司馬遼太郎氏のことを取材したときも、館内の天井に龍馬の影があったのを見せられた。高知の桂浜に行ったときも、カツオのたたきと四万十川のことは書いたが、そのときも龍馬について深く書かなかった。

 下関でふぐを取材したときも、「春帆楼」の下に龍馬夫妻が住んだ場所があるときいて、へぇと思ったがご縁がなかった。京都もそうだ。鹿児島もそうだ。以前の長崎の取材も、みんな龍馬をかすっているだけだった。あの人(龍馬)ったら、あっちこっち、ほんと、忙しく飛び回りすぎだってば。跡を追うだけで、日本全国旅せにゃならん。

 そして今回、ついに満を持して龍馬に挑むことになる。はてさて、私はどう龍馬に惚れていくのだろうか。

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やっと、ゆっくりと向き合えます。龍馬どのに。

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雨の朝

 起き抜けに、雨の気配に気づく。「雨か…」とつぶやいて階段を下りると、雨の日のぬるい温度が体にまとわりついてくるのがわかる。

 コーヒーをいれながら窓をのぞくと、見慣れたいつもの景色は雨にふさがれ、儚いグレー色に染まっていた。こんな日は一日中家の中にいることになるだろうな、と思う。

 「雨は思いを遮断する」といつも思う。雨の日は、思いが届かないような気がする。心の中はよどみ、迷いは巡るばかりで、行き場のない思いが所在なくさまようだけのようで。だから、雨の日は嫌い…。

 バスタブにお湯をはり、プレゼントにもらったバスソルトを入れる。ゆっくりお湯に沈む。甘美な薔薇の香りに包まれれば少しずつ心が和らいでいくのがわかる。

 柔らかいお湯の中で、記憶に残るいくつかの小説の物語をひもといてみる。浮かんだのは、谷村志穂さんの「黒髪」。長編の小説で、ぐいぐいと引き込まれていったものだった。
 そして谷村さんのことを思い出した。しなやかなで美しく、強い瞳を持ったヒトだった。私が書いた小説をどこかで読んでくださり、「だから、あなたとわかりあえたのね、わたし」とおっしゃった。私は素直に嬉しくて、いっぱいいっぱい何かを書きたいと思った。

 けれど思う。ここ数ヵ月忙殺され、私は書きたいものを書けていただろうか、と。こみ上げてくるものがあっただろうか、そんな日があっただろうか、と。

 立ち戻ろう。そう思った。お湯からあがると、外の気配が移っていた。雨は小雨になり、暗く垂れ込めていた雨雲を風がさらうように連れて行く。雲が流れる。南の空にかすかな光が戻る。雨アガル。私もリセットできた気がする。



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谷村志穂さんの、6つの恋愛短編小説、「雪になる」。谷村さんの世界が広がるステキな一冊のひとつ。新潮社。

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雨があがりそうだ。体はすっかり温まった。

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