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2010年1月

パリでの悪行

 夕べは、ヘアーメイクアップアーティストのおおのゆみこ姉と、親友でライターのかよの三人で焼き鳥を食べに行った。この組み合わせは実に久しぶりだったが、三人のつきあいの長さは半端じゃない。 

 焼き鳥とワインで楽しくやりながら、私がパリで起こした悪行がネタにのぼった。二人とは別々にパリを旅したことがあるのだ。まず、かよと行ったパリでは、同じホテルに泊まっていたアラブ人がかよに、「今夜、楽しいことをやろう!」と声をかけて来たので、私が代わってしっかりとおしおきをしたことがある。

 フレディーという名前のそいつの部屋に行くと、やつはすでにバスローブに着替えベッドに横たわり「カモン」と笑みを浮かべた。それを受けて私たちは「やるばい!」と熊本弁で気合いをいれた。まず、そいつのバスローブのひもを外した。「ワオ!」と喜ぶフレディー。ひもでそいつの手をきつく縛るとまた「ワオ!ワオ!」と興奮するではないか。やつは完全にMなのだった。

 今度はそいつのネクタイを取り出して両足首を縛ると「ブラボーッ!」と大声を上げて喜んだ。さらにタオルでさるぐつわをかけた。このあたりになると、フレディーは事の展開がわかりかけていたようだった。仕上げは、シーツでそいつをくるくる巻きにし、「なめんなよ!日本人ばっ!」と言って部屋を出たのだった。

 「私もあるある!」と手をあげたのが、おおのゆみこ。パリに着いたばかりの夜、ゆみこ姉がコーヒーを飲みながらホテルまで歩きたいと言うので、カフェのおっさんにコーヒーのテイクアウトを頼んだ。おっさんが「いいよ」と言ってカウンターのスタッフにオーダーするも、スタッフは「無理だ」と返答しているもよう。おっさんが来て「ごめんね」と私に言うが、「もう一度頼んでこい」と突っ返した。それを4回ほど繰り返していると、今度はおっさんとスタッフが口論になった。こりゃ面白い展開だと、私は煙草を吹かしながら彼らの早口のフランス語のやりとりを、熊本弁に吹き替えて楽しみ、ゆみこ姉も狂ったように笑いこけたのだった。

 結局、「テイクアウトは無理」という答えが出るまで20分ほど吹き替えをして楽しみ、私たちはワインを買って帰り飲み、それをネタにして何度も大笑いした。次の日も、また次の日も、そのカフェに行ってテイクアウトを頼んだら、さすがにそのおっさんは私たちの姿が見えると店の奥に引っ込むようになった。

 そんなゆみこ姉とのパリ最終日、ホテル近くのスーパーで現金を使いきろうと、朝食を調達することにした。ところがゆみこ姉はお金が足りなくなった。そこでレジ台に品物をおき、待ってて、と店員に言い私を探しに向かったが、何かの誤解で警備員に連行され地下の暗い部屋に連れて行かれたのだ。

 私はゆみこ姉を探していた。と、大きな黒人の警備員が近づいて来て私も地下室に連行された。ゆみこ姉から事情を聞き、「誤解だから」と警備員にボディランゲージで伝えるも理解してもらえない。飛行機の時間もあるのに私は切れた。「わからんねー、このボンクラッがっ!あーもっ、お前じゃわからん。ボスば連れて来い!ボスばっ!」と熊本弁で言うと、すぐにボスが現れた。片言の英語で事情を伝えると「申し訳ありませんでした」と丁寧に謝ってくれた。

 ただそれだけじゃ気が済まなくて、「彼女(ゆみこ)はショックを受けている。どうしてくれるんだっ!」と息巻いたが、飛行機の時間が迫っていたこともあり、ゆみこ姉に腕をひっぱられながら「日本人ばなめるなよ!」と吐き捨ててパリを後にしたのだった。

 全て、彼女たちの後始末をしただけのこと。これをどうして「悪行」とされるのだろうか。そんな二人は思い出話に火がついて、「今年中に、ぜひ一緒にパリに行こう!」とせがみはじめた。私が憮然とすると、「あんたと一緒だと、いつも不思議な展開になるから面白い。そんな星の下に生まれてるんだよ、あんたは」と、今自分の失敗の後始末でボロボロになっている私を元気づけるのだった。

ゆみこ姉んちの、「タンゴ」。焼き鳥屋を出てゆみこ姉のマンションでまた一杯やった。ずーっとパリの話だった。こいつも耳をそばだてて「私の悪行」を聞いていた。

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みなさんと

 このブログを書き始めて、7ヵ月。たくさんの方にのぞいてもらって、ありがたいなぁ、と思う。一体どんな方が見ていてくださるのだろう、とアクセスのグラフを眺めては顔見ぬ方々の日常を想像してみる。

 いつも真夜中に決まってお越しになる方、朝早い時間にいらっしゃる方、お昼前の方、夕方、夜…。みなさん、今日はどんな一日だったのだろうか。一人で勝手に見知らぬみなさんの物語を起こしてみる。例えば…。

 「真夜中のあの人」は、今、誰かに恋をしているのかもしれない。告白する勇気がまだもてなくて、少しだけため息をついた後、このブログを見ながら、「この人、呑気でいいな…」とクスッと笑っている。パソコンの前に座りカフェ・オ・レで温まりながら、デスク横の鏡に映る自分の顔をのぞいて笑顔を確かめる。それから、「がんばろ」と元気を込める。

 「夜明けのあの人」は、同業者かもしれない。全てが寝静まった頃にその世界を独占し、物語を描く。旅の話かしら、恋の話かしら、それとも…。ひとしきり物語を書き終えたら、眠気を誘うワインを飲みながらこのブログを見て、「この人、やっぱり呑気だな」とフフと笑い、夜明けに逆らうように眠りに入るのだろうか。

 「お昼のあの人」はOLさんだろうか。会社の昼休み、早々にランチをすませコーヒーカップを手にしながらこのブログをのぞく。「いつも呑気ね、この人」とクスッと笑った後で、彼に今夜の約束のメールをするのだろう。

 「夕方のあの人」は男性だと思う。仕事も一段落した時間、このブログをのぞく。「こいつ、呑気だよなぁ」と言い、たまには家でワインもいいな、とふと思う。奥さんが「あなたがワインなんて珍しい」と笑顔で迎え、楽しい夕げが始まるのだろう。

 みなさんそうやって、ひとときこのブログに立ち寄り、それぞれの世界へと戻っていく。そんなことを想像すれば、なんだか心がポッカポカしてくる。私にちょっとだけ触れて、じゃまた明日ね、と言ってくれているようで。私も、「では、また明日」と手を振り、自分もまた別の世界へと立ち戻る。

 みなさんが幸せでありますように。いつも笑顔が輝いていますように。決して、苦しみに追いかけられることがありませんように。では、また明日ね。

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2年前の夏、フィレンツェのドォウモ前のカフェで。森賢一氏が撮影してくれた。取材を終えて自由時間。森氏とそれぞれに行動し、私は一人で数時間ほど小説を書いていた。森氏から後日、このデータが届けられた。撮ってくれると知ってたならばもっといいポーズをしたのに…。

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旅の仕事

 旅の仕事が入った。来月になると、また旅に出ることになる。昨夜、クライアントが電話をよこしてくれたが、この打ち合わせが実にユニークでゆるくて、温かい。

 「取材先はどこでもいいよ、あなたの好きな場所で」と今回もいつものようにそうやってはじまった。
 この仕事の依頼はいつもこんな感じだ。「今、あなたが行きたい場所に行って、そこで感じたことを伝えてください。それが読者の楽しみになる。あなたの好きにように、自由に書いてくれたらいい」

 いつも取材には企画室・編集部の優しい方々が同行して親身にお世話してくださり、大変なごちそうをしてくださる。これまで沖縄、長崎、山口、大阪、京都、和歌山などなど他にもいろいろ行った。毎晩、酒盛りをした。歓待を受けながら仕事するなんて、これほど幸せなことはない。だから、この仕事だけは絶対お断りしない!のだ。

 さて今回はどこへ行こうか、ということになり、私は日本地図を頭に浮かべて、「そうですね、あそこもいいけど、ここもいいし。うーん、迷う」と言うと、「これからも何度もあるのだから、そう迷わずに」と笑っておっしゃる。

 と、クライアントが「越前ガニ、食べたくない?」と。「金沢ですねぇ!」と私。金沢は大好きな街だ。会いたい人もいる。
 一方で函館もいい、と思う。食べたいフレンチがある。行きたいところがある。けれど、函館は別の仕事で行くことになっている。
 秋田の角館もいい。高知でカツオを食べようか、鳥取砂丘でセンチメンタルになろうか、なんなら伊豆に行こうかとクラクラ彷徨っていると、クライアントは、「では、今回もあなたの好きなところで、ね」と言って電話をお切りになった。

 するとまた別の旅取材の電話が入ってきた。今度は一応、オーダーがあった。「夏号ですので、春頃に避暑地の旅取材を考えております。場所は福永さんがいいと思ってらっしゃるところで」ときた。またもや、悩む…。

 締め切りの原稿を書きながら、心はすでに熊本にはいない私なのである。いつか、日本や世界を旅しながら締め切りの期限のない仕事をしたい 。熊本に時々立ち戻ってはまた旅取材に出る。それを生業とする、そんな「ぐ〜たらなものかき」に私はなりたい。

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写真家の森賢一氏が撮った、日本海。金沢から能登へ行く途中にある「なぎさロード」。海の真横を車で走れる爽快感。ここもよかった。(写真提供=森賢一)

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冬の朝

 まだ夜が明け切らぬうちから机に座って原稿仕事をしていた。今朝は、昨日からの続きの短編の恋愛小説を書きあげた(「恋、ふたたびの」は、PEAP2月号で読んでね)。過去の自分の恋を題材にしたフィクションだ。

 昨日、この物語を書いているちょうどそこへ、かつての恋人から電話があった。と書けば、おやおや、と思われるだろうが、なんてことはない。彼とは今は正しくいい友だちである。電話の内容も実にどうでもいいお尋ねだった。

 「仕事中なんで、電話、切るよ」というと、「はいはい、じゃまたね」と彼。今回の物語は、その一部に彼のことをエリートと書いているが、そこだけは真実となって成長したようだ。たまに彼が帰郷したり仕事先で都合良く一緒になるときは、いつも「高い飯と酒」をごちそうになっている。たいがい、日本史ネタで盛り上がる(笑)。

 彼は吉田松陰が大好きで、話をする彼の隣で私は吉田松陰の別の一面を想像し物語をつくりたて、妄想したシーンをメモにとったりしてみる。「お前、何やってんの?」と尋ねられ、「今はほっといてくれ」と変な構図となる。互いに愚痴や悩みは言わない。彼のいいところは、酒の席で仕事の話や愚痴や失敗話を持ち出さないところだ。出世する男たちはみなそうだと思う。

 話は変わるが。恋愛小説はあまり書かないが、オーダーがあるときは数少ない自分の恋を題材に書く。今回も、そうやって彼との恋を元に書いたが、物語を書きはじめた途端、すでに主人公たちは私と彼ではなくなる。
 小説に入るときはいつもそうだが、自分の中に全くの別人が宿る。どこかで会ったことのあるような人たちのようでいて、けれど実在しない人たち。私は、彼たちの真上や目の前、そして横にいる。みんな私を気づかない。そんな不思議な感覚に陥っていく。

 物語の恋の行方をあやつるのは私なのだが、実はそうではない。自分の思惑が通じなくなる。なんとも不思議だが、書かされている、とでもいうのだろうか。

 だからそうやって元彼の声を聞けば、物語にさしさわりが出てくる。「今いいとこなのに…もう…」と。だって物語の彼はそいつと全然違ういい男で瑛太にそっくり。そして私は、瑛太タイプが好きなのだとあらためて自分の好みを知ったりして(笑)。

 物語を書き終えてベランダを見たら、朝日が出て霜が降りていた。あの彼と別れたのも、冬の朝だったな…と、遠い日の恋の終焉を思い出してみた。

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冬の朝。朝日が昇る。霜が降りていた…。

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バタバタ

 実はブログをあげてる時間がねえー!のでございます。原稿カキコキ、電話ブリブリ、時折、「まー、そうでしたか!まー、ステキ!」のお愛想をふりまいて。なんさま、只今締め切りです。そして、多方面の対応に忙しい本日なのでした。

 忙しさゆえでしょうか、切れました。「あ゛ーもっ!」。思わず夕日に向かって叫んでしまいました。すると、スタッフの口数が減りました。ネズとタロが「抱っこして!」と、わがまま言いませんでした。母は何故か突然、味噌汁を作り始めました。これでいいと思いますっ!
 んで、スタッフの菜菜美がシコシコと仕事をしている最中、私は彼女にブツブツと独り言のような説法もどきの事を只今口走っております(迷惑だと思います)。

 ワインをたっぶり飲みました。アル中(?)の私の失態を知る菜菜美は、「はいはい、そうです、そうですね」と、軽くこのつぶやきを受け流して淡々と仕事をしています。「あー、そっ」と、私は所在なく、こうしてブログを書いてます。原稿書けや!というスタッフの気配も無視して、もう、すっかりワインで体が満たされておりますです。ふにゃぁ〜。 
 あぁ、今日の日に感謝、私と関係してくださる皆様に感謝。皆様、全ての方々を愛しております!アーメン!イエス様に感謝いたします(一応、ミッション系スクールでしたので)。
 そうやってイエス様が教えてくれたことは、ワインの美味しさだったと思い知りました。ウイック(もう…酔ってます)。菜菜美の深夜のお弁当、つくろっかな、かな、かな。卵焼きでいいか?ウィンナーが好きだもんね、菜菜美。ウイック。

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どろんこ塾・最終回ロケ

 2年間に渡り、子どもたちと一緒に熊本県内の生産農家を訪ねて農作業のお手伝いをする「どろんこ塾」というテレビ番組(RKK)をやらせてもらった。土曜日がその最終回のロケだった。(正確にはもう2週分の収録は残っているが)

 最初にこの番組出演のお話をいただいたとき、子どももいない独身の私の、しかも農業とは全く無縁の夜行性の酒好きの女の農業体験録などテレビ的に面白いのだろうか、と広告代理店の方とプロデューサーにお伝えしたことだった。

 「福永さんでいきたいのですが」。そう言われて、私も考えた。自然体でいこう、と。私はタレントさんではないので、テレビ的キャラなどない。特につくりあげてテレビに押し出す必要もない。ならば、そのままでいいんじゃないの、と。

 何といっても子どもが主役である。だが、子どもというものは、映像的に欲しい表情をカメラがまわっていないところで見せるものだ。子どもに限らず、生産者の方もそうだが。
 そこでみんなで考えた。カメラを回しっぱなしにしてみましょう。私こそがカメラを意識しないで動きましょう、しゃべりましょう(放送コードにひっかかるフレーズが多かったが)と。するとグーンと良くなった。

 2年目に突入したとき、正直、出演をお断りするつもりでいた。本業が忙しくて、体力がもたないと思ったからだ。「どろんこ塾」の撮影は朝の5時くらいにロケバスに乗り込んで、終了するのは夕方の7時頃。これを一ヶ月に3回。ナレーション撮りはまた別の日となる。さすがにギブアップしそうだった。そこで2年目はもう一人塾長をたてて二人体制でやらせてもらった。

 そしてこの春、惜しまれつつ終了。他局の方々からも評判がよく、関係者は残念がったが、私としては精一杯やった充実感でいっぱいだ。いつまでも「あの番組は良かったね」と言われてほしいと思っている。
 先駆者はいつも産みの苦しみがあるけれど、こうして存分にやって評価を得られ、凜として最後を全うできる喜びと誇りは、先駆者だけにしか味わえない特権だと思う。

 2年間に渡り、熊本県内をくまなく訪ねたこの仕事。私にとっては、かけがえのない仕事のひとつだったと、今、しみじみと思える。最後のご挨拶のシーンを撮るとき、思わず感極まって泣いてしまった私だった。どろんこ塾、最終回は、3月28日(日)。


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私と名コンビといわれた、「どろんこ塾」の人気者の「はる」。JAのお姉さんへの質問で「独身ですか?」「恋人はいますか?」とかましてくれた。ありがとう、はる。2年間、楽しかったよ。大きくなれよ!

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あっという間に2年間で私の身長を追い越した「あやの」。いつも「塾長、お茶のみますか?」「塾長、ご飯粒が落ちてますよ」「塾長、煙草の本数を減らしましょう」とお世話をしてくれた女の子。私の保護者でもあった。彼女の将来の夢はタレントさん。絶対売れるよ、あやの。

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袋がけ蜜柑。糖度が15度。あまいのなんの。この高級蜜柑は東京へ出荷される。直径5センチほどの大きさで1個100円も。お土産にいただいてきた。番組では 随分とお土産ももらった。

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夕方まで作業のお手伝いをする塾生たち。どなたも自分の子どもや孫のように優しく接していただいた。本当に、ありがとうございました。

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穴子さん

 夕べは穴子さんと一緒だった。カツオもいた。みんなでアラの刺身と鍋を食べた。私はお魚くわえたどら猫だった。

 穴子さんこと、KAB(テレビ局)の植田社長。噂には聞いていたが、聞きしに勝るお方であった。というのは、門垣会長とノリが同じ。ギャグはブラックで自虐ネタ、ただおやじギャグにしては語呂合わせのセンスがいい。門垣会長をソフトにした感じ、とでも言ったらいいのか、似ている…。新聞畑の人たちってそうなのだろうか。それとも朝日系列が独特なのだろうか…。

 局長の松林氏。このお方のノリもまた独特。局長にもかかわらず、お笑い芸人なみのネタでもって場を盛り上げる。つーか、お好きでやってらっしゃる感じだが。芦北出身らしい。同席の代理店部長と「おれは佐敷」「おれは湯浦」とか、地元のプライドをかけて討論があったが、お魚をくわえながら私は「んなの、目くそ鼻くそ」と一蹴してしまった。

 そしてカツオこと、広告代理店の部長は、とゆーと。楽しいのだろう、嬉しさが体中にあふれていた。多少、穴子さんたちとのノリの温度差はあるが、時々私から「ハウス!」とうながされて、「はい」と鍋に向かっていく素直さは愛らしいほどだ。

 途中で、看板アナウンサーの「あすかちゃん」が参戦。社長だろうが局長だろうが動じない。「うまい!うまい!」と鍋に素直に向かっていく。お魚をくわえながら私はその様子を観察しつつ、植田社長のお酌で日本酒を堪能していた。

 さてこの中で、誰が一番大きい態度だったでしょーか!本日の問題です!

※ニュース速報!あの門垣会長のCMが復活するのだそうだ!待望論におされて、満を持しての再登場とあいなった。早く見たい!

右が「穴子さん」ことKABの植田社長。左が「メンズクラブ」のノリでポーズを決めている松林局長。お二方のこのポーズ、特にお願いしたわけでもなかったのだが…。酔っていても写真チェックはなされた。

左が「カツオ」こと広告代理店の中村部長。娘と同じ年頃のあすかちゃんと一緒でご満悦。つーか、かなり酔っている。おっちゃんたちの酔った顔って実に愛らしいな、と思う私ってやきがまわったか。

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春帆楼

 昨日、下関まで取材にでかけた。下関といえばフグ。フグ料理の名店といえば、日本史の1ページにも刻まれた老舗料亭「春帆楼」だ。

 「春帆楼」は、日本初の総理大臣である伊藤博文氏が名付けた料亭であり、ここは、日清講和条約が結ばれた舞台でもある。
 この重要な国々の決め事が一介の料亭で行われたのには理由がある。山口・下関は伊藤博文氏のお膝元であることも理由のひとつだが、清との条約を有利に結ぶための演出には、「春帆楼」の眼下に広がる関門海峡のロケーションがぜひものであったからだという。

 深く知りたければ、来週発行の美齢世代を熟読くだされたし。今回は編集者として同行。カメラマンが山口亜希子でライターが森田玲子。ゆえに、私が運転手。片道3時間で往復6時間弱。いやはや、疲れた。もう若くはないのだと、しんから感じた。

 だがフグは旨かった。天然物のフグ刺しをたっぷりいただいた。まずはフグ刺しのみをいただく。甘い。次にネギで巻いたものを酢醤油で。旨い。さらに橙を酢醤油に搾って一口。あれよあれよと言う間に大皿をペロリと平らげてしまった。やっぱ旨い。

 いろいろと頂きいておきながらも調子こいて、「ヒレ酒なぞおいしいんでしょうね」と「春帆楼」の支配人にチラリ。「お出しして差し上げたい」と支配人がニッコリ。「お出しいただきたいわ」というのをひたすらこらえて仕事を敢行した。

 この「春帆楼」の左下の場所は、かつて伊藤陣屋があった。そこに、坂本龍馬夫妻が半年ほど住んでいたという。対岸の門司と下関で、龍馬は貿易を行う計画だったとも。
 妻のおりょうが、京都での龍馬暗殺を訊いたのは、ここ下関だったらしい。そんな物語が下関には残されているのだ。

 小腹が空いたと森田。唐戸市場内の寿司屋に入ろうということになった。回る寿司は好きくないので茶碗蒸しを食べた。店員の女の子が「他に注文はありませんか?」と尋ねるのがうざくてつい「何かあったら電話しますから」と返事をして、はたと思った。

 「電話をする」ってあーた、こんないい加減な気持ちも意識もない返事ってないよな。女の子はムッとしていた。そりゃそうだよな。
 下関ではフグを食べるに限ります。漁港だからと、手軽な回転寿司などに手を出してはいけません。王道は王道を貫くべし!伊藤博文より(嘘)。

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春帆楼のフグ刺し。おいしかった!山口亜希子撮影。

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フグ刺しにご満悦のわたし。おいしいものが目の前にあると超ご機嫌なのだ。

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ケセラセラ

 日々慌ただしい。やることが山のようにあって、脳みそもウニ状態。問題も山積するが、こんなときこそがキャパを広げるチャンスだとも思う。

 先日、その日誕生日だった友だちとランチをしたとき、彼女から「ケセラセラ」という文字を書いたポストカードをもらった。ケセラセラ=「なるようになるさ」
 この言葉が意味するものは、決してあきらめることではない。逃げることでもない。いい加減に過ごすことでもない。

 人生は「なるようにしかならない」という意味に込められたものは、やるだけのことをやった上の結果には多くの意味があるということ。それを受けて、人は気がつけばステップアップしているものだと私は理解している。

 それともうひとつ。「個」を信じること。つまり、自分に誇りを持つことだとも。「プライド」を勘違いしてはいけない。自我をはるゆえに、あらがおうとする。あらがえば摩擦が起こり、つまりは自分が傷つく。「なるようにしかならない」を自分流に解釈すれば、「人生はいつも進行形。誇りを抱いて歩いていこう」というポジティブなメッセージだと。

 ひとつひとつ丁寧に身の回りに起こる出来事や大切な人たちとの心の交流、大事な仕事に向かっていれば、余計な欲望など抱いたりはしない。一生懸命生きた上での「ケセラセラ」なのである。

 今日は朝の9時半を回ったというのに空は一面に「暗黒」が垂れ込めている。こんな天気だからこそ思う。「いずれ空はなるようになる」と。そして自分は、正々堂々と意気揚々と日々に向かっていこう、と。さてさて、原稿、原稿。


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めっちゃ明るい人生を謳歌中の、中川ひとみがくれた「ケセラセラ」。彼女らしい言葉だと思う。人生はケセラセラ。全てうまいこといくねん(彦しゃん先生風)。感謝。

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花嫁の父

 M田部長のお嬢さんのご結婚が決まったそうだ。昨日会議が終わって、「落ち込んでいるとたい…」と一言。何があったのかと思ったから、今日が結納なのだ、とおっしゃった。

 「嫁に出したくない」と笑ってたのは、あれは本音だろうな。自分の手から離れていく娘を手放す男親の横顔は、端で見ていても切ないものを感じる。これから結婚式まで、M田部長の胸中を思うとちょっと辛いかな。

 それでも、お嬢さんの幸せを思えば、部長の落ち込みはまた別の感慨深い思いにかわることだろう
 本日はおめでとうございます。晴れの良き日に、若いお二人の幸せを願って。どうぞ、お幸せに。

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「花嫁の父」を経験させてあげられなかった私。おやじ、ごめんな。長生きしてくれ。

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春に向けて

 この春から新しいことがスタートする。その春に向けて、いろいろと準備をしているが、こういうときってワクワクする。新しいレールが見える頃になると、ドキドキしてくる。

 だから、落ち込んでなんかいられない!と思う。心が痛むときもあれば、晴れる時もある。またそのことの繰り返し。けれど、乗り越えられない試練はないのだと。

 本日はこれからみほ先輩と人吉の「宝湯」にお泊まりの旅。久しぶりのプライベートのプチ旅だ。旅といえばほとんどが仕事なので、こんな機会はめったにない。存分に癒やされてこようと思う。
 温かいお湯とお酒と、そして大好きな先輩と。いい時間を過ごしてこようと思う。春に向けてエネルギーを補給してこよう。
 関係してくださる多くの方の期待に添えるために、元気いっぱい乗り切るために。では、ちょっくら今から、行ってきます。

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がんばりますっ!元気を補給してきます!みなさん、ありがとう!

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雪だった…

 今朝、妙に障子の向こうが明るいので、「もしや…?」と思って開けたら、雪が降り積もっていた。
 白川郷ではさんざん雪を見て、帰りしな、「もうこんな雪景色は見ることがないのだろうな」と寂しい気持ちになったのだったが、熊本でこんな雪景色を見れるなんて思いもよらなかった。

 10センチほどは積もっているだろうか。庭の盆栽や木々に雪が降り落ちる。いつもと全く違う気配に、子どものようにはしゃいだのだった。

 雪はいろんなものを覆い隠すからより美しく見える。見なくていいものが見えないからいいのだ。それにしんしんと静かに行動するところもいい。雨の音は憂鬱になるけれど、雪が舞う様は見とれてしまう。

 雪は、ひどく清らかでまぶしい。そして、はかなさと切なさもある。雨は思いを遮断するが、雪は心をさらっていく。

 白川郷でも思ったが、女優の吉永小百合さんほど雪が似合う女性はいないと思う。「天国の駅」「北の零年」のどちらも見たが、あの人が雪の中に立つだけで、辺りの気配がまるで違うものに変わるもの。

 こんな季節に雪を見れば、吉永さんの透明で切なそうな横顔を思い浮かべるのだ。


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カメラをもって外に出た。横殴りに降る雪に興奮した。南国・熊本ではないようだ。

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家の前の様子。となりのお家の庭もすっかり雪に覆われて。

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台所から雪が降る様子を見るのは楽しい。

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そして窓からも。庭のシマトネリコの葉に雪が。この木は南国産なのでびっくりしていることだろう。

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ねずのうんこ

 朝から母ちゃんがワーキャー言っている。何事かと思えば、ねずのうんこの大きさに驚いているのだ。どれどれとやつらのトイレをのぞいてびっくり。本当に、人間のうんこと見間違うほどの太さと長さである。体は人の15分の1ほどしかないのにうんこは人並み。どんな猫だ?

 高山からのねずたちへの土産は「またたび」だった。朝市のおばちゃんが、「またたびの匂いは猫ちゃんだけにしかわからんのよ。このまたたび、上等もんやしな。よろこぶで、猫ちゃん」と言うので、1本200円するのを2本も買ってきた。

 人間の子どももそうだろうけど、猫もおもちゃをひとつずつ与えても、どうしても相手の物を欲しがってしまう。いつも二つずつ買うのだけれど、結局、ひとつを奪い合ってしまう。
 しかし今回のまたたびは、猫にしかわからない好物となればやつらの喜び方も半端じゃないだろうと、楽しみにして帰ってきたのだが。

 玄関にスーツケースを置いたまま、「ただいま」も言わずに、やつらのゲージに走って、毛布にくるまって寝ているところをたたき起こして、「ほれ、またたび。これ、いいぞ、いいぞ」と差し出した。一瞬、やつらの瞳が輝いた。「やはり猫なのだ」と思ったのもつかのま、数分もすれば興味を示さなくなった。

 よくよく観察していると、またたびのボクそのものが珍しいようで、匂いをプンプンと嗅いでいる様子ではない。ティッシュボックスでじゃれるのと同じ動きなのだ。もはや、猫たちは人間化し、本来の生態が失われているのかもしれない。

 ゆうべ、「抱っこ」をせがむので、焼酎を飲みながら重たいねずを抱いていたら、目元に傷を見つけた。タロとケンカしてつけた傷のようだ。塗り薬をと思ったが、面倒だったので焼酎を含んだつばをべちゃべちゃつけて目元を潤してあげたら、朝になって旨い具合に「つ=かさぶた」ができていた。一日経てば、すぐに治るだろう。

 今、やつらは母ちゃんと朝の散歩に出かけている。帰ったら、この仕事場へやってきてしばらく抱っこをせがむだろう。今日は、ねずにこう言い聞かせよう。「一緒にダイエットするよ。あんたのうんこ、尋常じゃないらいぜ」と。
 彼女にはこの言葉の意味が理解できるはずだ。実はねずは、私と会話のできる猫なのだ。たまに夜中に二人でしゃべることがある。愚痴を言い合ったりしているのだ。
 これは本当は、誰にも言いたくない秘密なのである…。

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菜菜美の椅子の後ろで過ごすねず。ねずは菜菜美が大好き。毎朝、出勤したら抱っこしてもらっている。この背中は菜菜美。母ちゃんが「寒いから」と、菜菜美に猟師が着るようなベストを羽織らせている。

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ねずとタロのお土産。高山産の「またたび」。遊んだのは一瞬。すでに廃棄物リストにあげられて。ご希望の方がいれば差し上げますよ、ご一報を。

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雪顔拓

雪ガンタク

 これは、白川郷での私と編集スタッフ「桃若(本名=菊若)」という顔のながーい若い男性の雪顔拓である。真っ白い雪を見ると、どうしても顔をボコッと埋めてみたくなり、まず私が率先して雪顔拓に挑んだら、桃若も乗ってきた。左が私で、右が桃若ね。よく見ると、心霊写真のようにも見えなくもないな…。

 雪の中に顔を埋めるのは気持ちいい。化粧がとれることなどおかまいなしなのだ。この雪顔拓を印した後、数時間、白川郷を取材して再びこの場所に戻ったら、私たちの雪顔拓はなお強固になっていて驚いた。溶けてない…。

 そしてなお、この近くには別の人の雪顔拓がさきほどより数人分も増えているではないか。私たちにつられてチャレンジしたものと思われるも、「ムンクの叫び」が複数に連なっているようで、夕暮れの白川郷に不気味さを漂わせていた。

 さて、この雪顔拓の相棒である、なが〜い顔の桃若君は、全体的に長体がかかったように長い、いや、とても身長の高い青年だ。只今、遠距離恋愛中とかで、旅先でいつも私から「そもそも遠距離恋愛で結ばれるカップルなんて希だぜ。あんたなんて、いつ捨てられるものやら、ぐふふ」と脅されてビビッている。

 見慣れると可愛い顔をしているが、初対面の人には「なすび」だとか「きりん」だとか言われるらしい。何度かブログにアップしようと、取材旅で彼の顔を写真におさめたことはあるが、何故かアップするまでにいたらなかった。とっても大好きな青年でお気に入りなのだが。

 今回、この雪顔拓にて桃若のブログデビューを飾ることになった。すまんな、桃若。

   

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雪国・白川郷

 久しぶりのブログアップにございます。

 白川郷から帰還した土曜日の夕方、福岡空港から熊本へ戻ったその足で、みほ先輩と『プチ・パリ』でおいしい食事をいただいた。電話ではいつも話しているけれど、会うと嬉しさが倍増する。いつもながら楽しい時間であった。だが別の新年会が入っており、しぶしぶそちらへ。とにかく慌ただしい一日を過ごしたことだった。

 さて、豪雪の白川郷だが。想像通り、雪深いところであった。とかく雪に馴染みが薄いせいか、我々のような九州人にとって感動的な光景が広がっている。

 「合掌造り」の茅葺きの屋根を真っ白な雪が覆っている。高さ150センチはあろうかと思われる雪の壁が道路脇に並ぶ。

 除雪車が切り取った雪の壁の間をゆけば、巨大ケーキの生クリームの間を歩いている気分になる。黒蜜をもってくればよかった。存分にかき氷が食べられたものを(笑)。

 今回は長靴を持参した。最初は滑らずに、雪の中をガンガン行けると喜んでいたが、そのうち、足の先がしびれるように冷たくなった。来る前に、みほ先輩が「足にぺったんと張るホッカイロば持っていかやんよ」と言ってくれ、母が買いに行ってくれたのだが、家に忘れてきたのだ。うかつだった…。

 それにしても、雪深い里の風景は水墨画のようで、一切の色がなくとても幻想的だ。終わることなく降り続ける雪、サクサクと雪を踏む足音、辺りには音が消え、空気は冷たく張り詰める。夕暮れともなると辺りはブルーグレーの世界へと変わる。次第に夜の帳が降り、かすかな雪明かりの下では人恋しくなるばかりである。なんと、しみじみと美しい次元なのだろうか。

 白川郷の集落では特に名物などない。あるのは、古(いにしえ)からの暮らしの伝統が昔から変わりなく息づいているだけだ。

 こういうところは、何かを見たり食べたりするのを目的にやって来る場所ではない。独特の空気感の中に漂い、日頃の急(せ)いて流れる時間のシステムに組み込まれてしまった体のリズムを整えるための場所であると、今さらながらに思う。

 雪降る道を高山へと移動した。約77キロ。2時間ほどかけて山道を走っていく。ホテルにチェックインし、取材班一行は「かっぱ」という店で、飛騨の地酒と朴葉味噌、うまいしめ鯖でお腹を満たした。とにかく高山では地酒が旨かった。カッと口に広がりストンとのど越しをかけていくとでもいうのか、気合いの入る日本酒である。

 旨い料理を味わわせる「かっぱ」という店で、ただひとつ残念だったのは赤ワイン。グラスワインがある というのでオーダーしたら、甘いのなんの。飲めない…。聞けば、長野のワインだとか。こういう料理屋でこんな野暮はいかん。高山は、地酒に限る。酒を頼む客も、いい勉強になった。


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白川郷にかかる吊り橋。これはモノクロ仕様で撮っているのではありません。一切の色が消えた雪国の景色なのです。

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世界遺産の白川郷の合掌づくり。手を合わせて拝むような屋根の形をしていることから「合掌づくり」と呼ばれる。「長瀬家」という名門の家を取材させてもらった。写真は別の合掌造り。

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高山の陣屋近くの赤橋。雪景色の中に緋色の紅の色が映える。情緒豊かな光景。

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高山の古い街並みを撮りまくる、写真家の森。足元は長靴でニット帽 。地元の消防団のあんちゃんのようでもあり…。

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高山の名物のひとつ、中華そば。高山になぜに中華そばなのだ?という疑問は解明できぬまま。一説によると、寒いときに脂分のとれる汁物を求められたからだとも。細い縮れ麺に鶏ガラとカツオ節のダシにしょう油ベースのスープのそれはおいしい。 高山で『そば』のことを『ラーメン』といい、蕎麦のことは『飛騨そば』と呼ばれていることだけは分かった。地元の人たちにおいしいと評判の「なかつぼ」で食べた。


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仕事始め

 本日より仕事開始。正月明けのスタッフにも元気がみなぎり、なかなかいい顔をしている。今年は忙しくなりそうだ。なんとか、気力と体力でのりきってもらいたいと願っている。

 さて、昨日は福岡まで行って来た。バーゲンだ。買った買った買った。カードをきったきったきった。夜の8時の閉店ギリギリまで買いまくって、大満足して帰って来た。
 買い物癖というのは年々ひどくなる一方だ。買い物をすると仕事とは違うテンションが生まれるし、買うほどにウキウキ度が増す。

 もともと洋服が大好きな女である。若い頃『BEAMS』のグループでバイヤーの仕事をしていて、年に数回はパリやミラノに仕事で行かせてもらい、あちらのバーゲンでブランド物を買いまくっていた。店舗の商品も買いまくっていたし、当時は洋服のローン返済のために働いていたといっても過言ではない。けれど、日々楽しかった。

 しかし、お腹いっぱい食べ尽くした感もあったせいか、編集の仕事にトラバーユしてからは、洋服にさほど興味をもたなくなった。興味が仕事に移ったこともあるのだろうが、人様に会うときにみっともないようにスーツを数着持っていればいいと思うくらいだった。ただそれでも癖というのは治らなくて、ブランド好きはいっこうに変わらなかったが。

 一時は骨董品や着物に走ったこともある。タンスや調度品ばかりに目がいってしまった時代もあるが、集中して洋服を買うようになったのは久しぶりだ。それに今は若い頃とは違い、少しは懐に余裕もあってか、買い方が半端じゃない。

 中村ウサギを「やばい女だな…」と思っていた自分が、ウサギ化しつつあるのも自覚している。たださほど心配していないのは、彼女ほどネガティブではないことだ。買っただけで満足してしまう「買い物症候群」とまではいっていない。
 さみしい心の隙間を埋めるために買い物をする、というような根暗な性格ではないことは確かだ。だが、上がってしまったテンションを下げるのが大変。今から、しっとりとした原稿を書くにおいて、この脳天気なノリのテンションが邪魔でしょうがない…。



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福岡のバーゲンで手に入れた洋服の一部。全部ご披露するにははばかれる…。さすがに支払いが心配になってきた…。それに、みほ先輩と大阪で買い物をする予定もある。働こ、働こ、一生懸命働こっ!

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2010年

 新年、おめでとうございます。みなさんにとって、素晴らしい一年でありますように。今年も日々のことをブログに綴ってまいります。

 さて、一年の幕開けの良き日にお邪魔したのは、「中川家」。中川ひとみの実家で、川尻で「中川写真館」をしておられる。

 ここのお正月はまさにお祭り。何年ぶりだろうか、お父さんの中川晴亀(はるき・72歳年男)さんからお年玉をもらっちゃった!嬉しい!お母さんの和子(よりこ)さんはいつもながら上品で、「祭り」のために生きているような弟の英一郎の軽快なトークは健全だ。その嫁のなおみちゃん、そしてひとみ、他にもお友だちがいっぱいで、元旦からゲラゲラ笑った。

 「笑う門には福来たる」というが、それはまさにこの家のことをいうのだろう。全てがコントのようで、何をやっても飲んでも食っても大笑い。「どうかい!どうかい!」と「藤崎宮大祭」の調子が正月の中川家から響き渡る。威勢のいい祭り好きならではの光景だ。

 そうやってみんな芸をするものだから、私も悪のりして海苔芸(海苔を歯にひっつけて笑う私の得意芸)を披露していたら、ボスの晴亀の姿が見えない…。
 しばらくしておでましになったボスのお姿にびっくり!「うなぎめし」という、あらぬものを下半身におつけになって登場。一同大爆笑。みんなひっくり返って涙流して笑ってる。ここまでの全ての笑いをひったくってしまった晴亀さんの芸のキャリアには脱帽だ。

 ひとときお腹がよじれるほど大笑いして母ちゃんと帰ってきたが、帰ったあともその余韻で口が半開きになってヘラヘラ笑っていた私だった。

 2010年も大笑いから始まった。温かい人情にもたっぷり触れて、まさに今年を占うようなスタートになったと思う。さっ!一年が始まった!かんばるばいっ!





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正月の朝は、梅干しを入れたお茶を飲むのが福永家の慣わし。「逆さ福」。幸せがやってきますように!という意味を込めた福永家オリジナルの茶器は、ずいぶん昔に陶芸家の蔵々窯の許斐さんに作ってもらった。

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雑煮。芋も大根もニンジンもゴボウもシイタケもお餅も全て丸のまま。「カドが立たないように」という意味がある。それにしても母ちゃんの雑煮は最高においしい。

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これは中川家のごちそう。一流ホテルの高級おせちがテーブルにいくつも用意されていた。飲んだ食った、飲んだ、食った。

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中川家当主、中川晴亀。ここんちの異常なまでの明るさはこのおじちゃんのキャラによるもの。温かくて人情にあふれてて、いつも抱腹絶倒の中川家なのである。

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右が長男の英一郎。まつり好き。「中川写真館」の社長であり、熊本でこの男を知らない人はいない。変な人にからまれそうになったら、この男の名前を出すと大丈夫。ただし、玄人さんではありません。隣はお友だちの荒牧さん。「まいうー」を連発。キャラを知ってる。

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和子(よりこ)おばちゃん。中川家で一人だけキャラが違う上品なおばちゃんも、本日ばかりは やっちまったようだ。海苔芸に触発されて「私も…」と参戦。

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中川家の長女、ひとみ。いつもはセレブリティーなファッションに身を包んでいるものの、元旦の朝は気がゆるんだか。ブログにアップしたもんね、しちゃったもんねーだ。

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ひとみの従姉妹のまき。ずーっと踊っていた。お囃子はひとみと英一郎姉弟。

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これが例の「うなぎめし」。公然わいせつではありません。れっきとした中川晴亀の古典芸なのだ。みんな笑って笑って殺されかけた。この芸は長男の英一郎が受け継ぐと声をたからかに宣言。恐るべし!中川家。

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