« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »

2009年11月

元気の素

 阿蘇からキムチが届いた。『志賀食品』の女将の村上小百合から、「仕事もいいが、無理しないように。体が資本よ」という温かい手紙も添えられていた。ありがたい。

 このキムチは私の大好物。ここのを食べたら、絶対、他のものに箸がのばない。これ、ほんと。これだけで肴は何にもいらないのだ。
 年中、「キムチは?キムチは?」と所望するも、「初冬にならないといい白菜が手に入らないので、おいしいキムチができないと!」頑固として断られてしまう。ようやく、こだわりのキムチが完成したようだ。

 早速、温かいご飯にのっけて食べた。辛味と酸味が見事に絡まって、白菜の甘みがタレと溶け合って、今年のもやっぱ、旨い!シャキシャキ、バクバク、シャキシャキ、バクバク。額に汗がうっすら滲む。代謝も良好だ。

 原稿仕事はあるけれど、本日は少しゆっくりしていようと思う。この元気の素をいただいてパワーを充電。また明日から、がんばろう!あ〜、しあわせ。

Photo_2
阿蘇の坂梨にある『志賀食品』のキムチ。一度食べたらハマります。ここの食べたら、よその店のは食べられません。たまがります。ぶっとびます。

2
ほれ、この色、つや、鮮度。う゛ー、たまらん!辛くて酸っぱくて、甘いの。最高傑作だと思う。しばらく、これだけで生きていける。『志賀食品』のキムチ、最高!!

| | コメント (3) | トラックバック (0)

朝霧

 いつまでも明るくならないな…と思っていたら、今朝は霧が垂れ込めていた。
 雲が地面に降りたら霧になる。山に雲がかかっているな、と思うとき、その山中にいる人にとっては「霧だ」と呼ぶように、雲と霧は同じ物なのだ。そう考えると、今、私は雲の中にいることになる。ステキだ。

 大気中に浮かんだ水粒が、まさに忍びよるように人の肌や木々を濡らしていく。静粛に、しっとりと、ゆっくりはばかりながら。

 雨よりも霧が好きだ。そう、雪が降るのを好きなように。視界がいつもと違って幻想的に見えるせいだろうか。
 日常の見慣れた景色も、霧が忍んでいるだけで、何かこう、意味深なものを感じる。それぞれの屋根の下にある、秘密めいた物語を閉じ込めているようで。

 霧の朝は、不思議なことに音がない。勿論、車の往来はあるので車輪の音が聞こえるはずだが、耳につかない。
 霧の中では時間も滞る。思考や行動を鈍くさせる。この閉塞感が好きなのかもしれない。なんだか、その向こうに未知なる世界が潜んでいるようで胸が高鳴る。

 締め切り明けの朝が霧で良かった。久しぶりに、心がゆるくなれた。階下で母が煎れたコーヒーの香りが漂ってきた。ゆっくりゆっくり、一日を始めよう。

Photo
ご近所を歩いてみた。木々の枝や葉、花々の花弁にも、しっとりと霧が垂れ込めて、優しい活力を与えていた。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

料理の撮影

 日々、慌ただしい。今日は、朝6時から起きて原稿を書いている。3本仕上げて、昼からは料理の撮影。フードコーディネーターに依頼する時間がない。どんな料理にする?とえっちゃんと相談。「かずさんが北欧で食べてきた物を再現する、ってのはどうでしょう?」。ん、いいアイデアだ。

 早速、北欧の旅の写真データを探し出し、味の記憶をたどりながらのレシピ作りが始まった。作りはじめたら、後は早い。本日のカメラマンはグラフの梅チャン。お腹空かしてくるだろうから、おいしいのを作ってあげよう。

 本日のレシピは、ポテトとツナのサラダ。ミートボール(北欧はミートボールが名物。ミートボールのレシピの始まりはノルウェーなのである)。エビとホタテのクリーム和え。鱈のバター焼きバルサミコソース。どれも北欧で食べてきたものばかり。

 全ての調理時間は約45分。バンバン作るかたわらブログ用の写真を押さえ、助手たちが端で切るはこねるは洗うは、梅チャンが撮影するはで、全てが終わったときは台所はピッカピカ。見事な連携プレーだ。では、みんなでいただきます!「洒落たフレンチみたい!」「アマファソンで食べてるようだ」「北欧を旅している感じ」。食べるときのお世辞の上手なこと。

 会話が弾む。弾みだしたら止まらない。すると梅チャンが突然、彼女ができました、と告白。みんな「えっー!!!」と箸が止まった。いつ?どんな人?名前は?もうやったの?ご飯粒も飛ぶが、つばも飛ぶ。梅チャンは、まさに「えじき状態」 。

 「んなの、つまんねー!」と私が言うと、梅チャンは額に汗をかいた。彼にすれば、決死の覚悟での発表だったのだろうが、「つまんねー」で片付けてしまった私。
 クリスマス前は、必ずこんな男たちの告白話がある。で、年が明けると「別れちゃいました」と報告されるのが常だ。女のいる仕事仲間の男ほどつまんないものはない。

Photo_2
マッシュポテトにタマネギとベーコンとツナを加えて塩こしょう。すごくおいしい!

Photo_3
えびとホタテを白ワインを入れた熱湯でゆで、ホイップクリームとクリームチーズにレモン汁を加えて混ぜた前菜。白ワインとよく合う。

Photo_5
えっちゃんが作った肉団子。これをホールトマトとじっくり煮るだけ。ほんの少し林檎ジュースを加えると、酸味がまろやかになる。

Photo_6
肉団子を煮込んでいる。おいしい香りが台所に充満する。

Photo_7
どこで撮影をしていると思う?家の風呂場である。光の回り方がいいんだと。彼女ができてにやけた顔の梅チャン。それみろ、ピンが外れてしまった。ざまぁみろ。

Photo_8
スタッフのえっちゃんと菜菜美。片付けの達人たちだ。ホイサッサと手早く料理のお手伝い。けど、どっちもまだ嫁にいかない…、いや、いけない…。こっちもピンぼけ。人を撮るとどうもピンが外れる。カメラが拒否反応を起こしているのだろうか。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

あの頃…

 香水の原稿に挑んでいたら若い頃のことが思い出された。「シャネルのN0.5」と「ゲランのミツコ」。この名前をなぞるだけで、イケイケだった頃の自分が浮上した。

 眉が太かった。ワンレンの長い髪をしていた。タイトスカートにブーツを履いてた。真っ赤なマニキュアをしていた。シャネルのイヤリング、カルティエのリング、ロレックスの時計、車は黒のアウディに乗っていた。総額ン百万の出で立ちだった。

 おぞましい…。恐ろしすぎる…。つい、顔を覆いたくなる。

 ただ、「若さ」とはそういうものかもしれない。思えば、借金島倉千代子のローン時代でもあった。なのにパリやイタリアには年に一度は旅行していた。バーゲンの時期を狙っていくのだ。買った買った、買った。カードの支払いのために働いた働いた。

 スナックでアルバイトもした。ライブハウスでバンドのヴォーカルの仕事もした。日曜日は商店街の肉屋でハムも売った。親戚のラーメン屋で餃子も作った。それでも、ブランド物や香水を買うのは少しもためらわなかった。

 あの頃は、「流行」というものが一本化されており、そちらに走ってお洒落族の中に属しているか、外れているかの二つだったので、大変わかりやすかったこともある。

 けれど、あのときにはたいた大枚をもったいない、とは思わない。今となってはゴミ同然かもしれないけれど、何かに「執着する」という意味では、すごく濃度が濃かった時代だったような気がするのだ。

 その残骸は少なからずとも残っていて、無意識に日常の中で身につける香水だったり、ブランド物への目利きだったり(買わずとも)、古い知り合いと未だにダラダラと付き合っている感がある。
 けれど、あの頃のように浮かれない。それが寂しくなる。無条件で欲しいもの!が見つからない。いくらかかってもいい!と思うものに出会えない。
  懐はあの頃より温かくなっているのに、夢中になれるものが少なくなった。価値観が変化したのだろうけれど、私が欲しいのは、あのときの「元気」なのである。

Photo_2
パリで人気の雑貨。友人の中川ひとみちゃんがくれたシャンプーボトル。このキャラクターの傘をパリで数本買ってきた。みんな顔が違う。何本も傘はいらないのだけれど、つい衝動買いをしてしまった。「しばらく来ることもないから…」と、パリではそんな理由で買い物をしてしまう。それが元気の証でもある。そうだ、パリに行けばいい。そうすれば、物に対する「執着心」を再び取り戻すことができるかもしれない。そうか、パリだったか…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

11月25日の朝

 母が旅行に行っている。起きたのは朝の6時過ぎだった。階下のタロとネズが「起きろ、起きろ」とうるさいのだ。夕べは原稿チェックで遅くまで起きていた。いただいたワインを飲みながら、原稿が送られてくるのを待っていた。結局、今夜中には間に合わない…と回答がある頃にはすっかり酔っぱらっていた(笑)。そもそも、原稿チェック状態じゃない。

 母のいない朝は忙しい。猫たちのゲージの布団やらトイレを交換。部屋中に掃除機をかけモップで拭く。トイレの掃除、風呂の掃除、玄関の掃除、洗濯物、おっと、夕べの食事の茶碗を洗ってなかった、やばい…。それから各部屋にお香を焚く。猫たちがお散歩をせがんでいる。散歩を終えると彼女たちのご飯を用意。ふぅ…。大変だ。

 一通り終えて、コーヒーを煎れて新聞を読む。ここからはいつもの日常である。主婦の経験のない私は、たまに母が旅行で家を空けるとき、こういう家事仕事にとまどってしまう。何しろ要領が悪い。ペースの配分がよくわからないので、腰と腕がすっかりだるくなるのだ。

 ライターさんで主婦をやってらっしゃる方は多いが、思えば、彼女たちは毎日、家事や家族の身の回りのことをこなしてのち仕事に向かっているのである。いやはや、重労働だ。仕事だけに集中できる私とは、置かれた環境の大変さが違う。多少、原稿が遅れることくらい大目に見てあげなくちゃ、と思う。
 とはいえ、締め切りは迫っている…。うぅ、自分で書いた方が早かったか…などと焦りながらも、このブログを書いてる間に原稿が来ないかな…と、主婦ライターの健闘を祈っている私である。

2_2
玄関前を掃く。母の司令である。登校途中の中学生たちが、眠たそうな顔をして学校へ向かう。水をまいてると「寒いなぁ、もう…」という顔をされた。

Photo
一通りの掃除が終わると、玄関にお香を焚く。母が毎日する儀式のようなものだ。

Photo_2
朝の8時。やっと、いつもの朝のひとときが訪れた。本日も新聞には、仕分け人の「削減」の文字が多くあった。世の中の不景気は、まだまだ継続中。あ〜あ、がんばろ。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

温かい

 家はお正月以外でもお雑煮を食べる。島原には「具雑煮」があって、あれは一年中食べられているから、お雑煮を正月以外に食べてもいいと思う。

 母はスルメと昆布で出しをたっぷりとる。ポイントはスルメ、だそうな。椎茸の戻し汁を加えて、薄口しょう油と日本酒で味付けをする。
 大根、ニンジン、ちくわ、里芋、椎茸、お餅。全てまん丸のまま切るのが熊本流。「角が立たないようにおつきあい」という意味があり、また「円と縁」もかけてあるという説もある。

 熱々のお雑煮に三つ葉をのせて、柚子胡椒をたっぷりと入れて食べる。寒い日にはこれが一番だ。台所の鍋から、食卓の上のお椀から湯気が上がる。

 もうすっかり冬なのだな…、と思う。空もどんよりとして、師走の頃のくぐもりの空が近づいてきたように思う。
 猫たちも外で遊ぶ時間が短くなった。寒いのですぐさまゲージの中に入って寝る。二人がかぶった毛布の中に顔をいれると、温かいのなんのって。蒸し器の中の肉まんのようなネズとタロの寝顔を眺めながら、ここには日々幸せな体温が存在する、としみじみ思うのだ。

2
雑煮。寒い日はこれに限る。お椀一杯でお腹も心も満たされる。すっかり体温が戻る。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

取材ノート

 一年分の取材ノートが本棚に置いてある。取材メモを読み直すのではなく、たまに、日記帳みたくパラパラとめくる。「あぁ、あんなことも見たな。食べたな。聞いたな」。するとなかなか思い出せなかった取材先のおばちゃんの顔や景色がはっきりと浮かび上がってくる。

 取材ノートは『Rollbahn』をここ数年使っている。たいして高くなく、「ソニープラザ」で売っている。
 なぜこれがいいのか、というと。まず、表紙と裏表紙が厚紙なので、手に持って書き留めるときの安定感がいい。ノートは升目になっていて、簡単なラフを書いてお見せするときに書きやすい。しかも点線の切り取りがあるので、メモを渡すときにノートを破り散らすことなく、見映えのいい状態でお渡しできる。
 何よりの利点は、後半のページにビニールのファイルがあること。ここに資料やパンフレットを収納しておけば、記事を書くときにもすぐに取り出せ、紛失せずにすむので一石二鳥なのである。

 かけだしの頃は、飲食店、ブティック、美容室、雑貨屋と、熊本中を毎日取材で走り回っていた。「取材が終わったら、ご飯食べていきな」などと、よく可愛がってももらえた。「本物を見極める目を持ちなさい」と、取材した高価なものをいただいたこともあった。そうやって私は、多くの方々に育てていただいたのだな、とありがたく思う。

 近年は遠方取材や、コラムやエッセイ、長文の仕事がもっぱら多くなった。だから、街中の情報にとても疎くなった。けれどごくたまに、忙しいスタッフの代わりに熊本市内のお店に取材にでかけることがある。そんなとき、ドキドキする。勘の戻りが心配になるのだ。

 店に入ると、手際の悪かった若い頃の緊張感が蘇る。トラウマなのだろう。けれど、こんなに良くしてもらうことに対して、精一杯の記事を書いてさしあげたい、と力も入る。これもトラウマのようなものだ。書いた記事を喜んでもらえたとき、あぁこの仕事をしていて良かった、としみじみ思うのは昔と変わらない。

 ネタの善し悪しはライターたちの筆で決まる。取材していて良くないものなどない。ライターの目が生きていれば、ネタも輝く。それが、読者のビタミン剤になるのだ。午後からコンテンツの打ち合わせ。新たな思いで挑もうと思う。

Photo
本棚の資料のコーナーに置いている取材ノート。これまでの数年分は 別のところにしまってある。これは私の日々の証でもある。

2_2
ネタを書きとどめるときに、そのとき感じた思いなども書くようにしている。こういうメモが、原稿を書くときにイマジネーションを膨らませるのだ。

Photo_2
ここ数年愛用している『Rollbahn』の取材ノート。イラストが得意な方や、旅行好きの方にはとても便利なノートだと思う。旅先での出来事や思いを綴ってみたらいかがでしょう。日々のことや旅のステキな思い出が、この紙面に残せると思う。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

お疲れ気味

 ここんとこ、休みがないせいか、ひどく疲れを感じる。体力が減退すると心までもがだるくなる。もう若くはないのだな、とつい思ってしまう。
 とはいえ、そんなときも仕事をしている私。今日は久しぶりに原稿仕事はなく、そのかわり、取材のアポイント取りにせわしかった。

 来月、京都の芸妓さんや舞妓さんの取材をすることになった。あっちがOKでこっちがNG。なかなか日取りが決まらない。そこには、「京都の流儀」みたいなものがあって、置屋さんの取材ひとつにおいても、一見さんはお断り。だから、顔のきく料亭の女将さんやら有力者やらのコネが必要なのである。

 「京都はやっかいなところでおましてな。なんでも簡単にいかへんどすのえ。そやけど、一旦懐はいらはったら、なんて勘のいいとこやろ、と思うてもらえますのえ」
 のっけから、なかなか手強そうな女将さんだけど、一から勉強させてもらうつもりで、来月京都に入ることにした。

 母も一緒に行きたい、と言い出した。そういや、彼女を旅行に連れて行ったのは、春の金沢以来。一日目は仕事なので、2泊することにした。翌日はたっぷりと親孝行しようと思う。

 思えば、母と京都に通い始めたのは、今から20年ほど前だろうか。十数年は毎年一緒に出かけていたが、ここ数年は別々(私はもっぱら仕事だが)。
 久しぶりに親子水入らずで旅を楽しもうと思っている。だが、母はあさってから長崎へ旅行に行く。帰れば早々、お友だちと阿蘇へ一泊のプチ旅も控えている。「私よりスケジュールがキチキチじゃないの」と言うと、「あんたには負けとらけん」だと。一体何を競っているのだ。

 まずはともあれ、この疲れを完全に克服せねば。やることは山のようにある。甘いものを食べたくなって、クレームブリュレを買ってきて食べた。少し、元気が戻った。

Photo_2
『シェ・タニ』のクレームブリュレ。ケーキの中で一番好きなスイーツ。カリカリに焼いた表面が好き。食べたら、少し元気が出た。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

イタリア?アメリカ?

 ここは一体、どこなのだ…。と見まがってしまうファンタジーな国、『東京ディズニーシー』には2度も行った。「そんなもんか?」とお思いだろうが、私のよーな独身のおばはんにとってそこはあまりご縁のない場所なのである。2度とも仕事だった。

 しかし2度目ともなると、満喫の仕方も覚えてくる。アトラクションももちろんいいが、建物を鑑賞する楽しみがある。
 南仏で見たものやフィレンツェ、パリ、アメリカで感じたエスプリがちゃんと注がれていて驚く。ふむふむ、なるほど、と思いながら、人の多い場所を避けて裏通りを歩けば、そこに忽然とイタリアが現れたりする。路地の細かい風景のこだわりぶりに感動すら覚える。

 プレスの方が同行しているので、裏方の舞台裏も見せてもらうが、『ディズニーランド』の凄いところは、裏方までもパーフェクトだ!ということ。脱力感がない。現実のシュールさもない。夢を与える仕事ってこういうことなのだ、と感心するのだ 。

 最終日、空港に向かうまで少し時間があったので、モデルのKAYOちゃんの好きにさせてあげた(お付きのババァもついてまわったが)。軽い昼食を食べて『インディージョーンズ』のアトラクションで遊んだ。ケッコー楽しかった。けれどおばはんの体力と精神力はすでに限界であった。帰りの機内で小説を読みふけり、自分のペースを整え直した。

Photo_2
まさに、イタリア、であった。石の使い方、壁の色。全てが徹底されている。

Photo
KAYOちゃんがオーダーしたサーモンベーグル。前夜の焼き鳥屋では、「焼き鮭」を頼んだ彼女。そうか、鮭が好きなのか…。

Photo_2
私はサラダをオーダー。前夜、さんざん焼き鳥食って酒をあおった胃には、サラダのさわやかな味が染み渡るのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

シンデレラ

 ファンタジーな世界ほど、私に似合わないものはない。数日、おとぎの国を彷徨っていた。『東京ディズニーランド』と『東京ディズニーシー』へ、可愛らしいモデルのKAYOちゃんと取材に行って来た。

 KAYOちゃんたら、どこに立っても様になる。シンデレラの塔は、あの子のように愛らしいお嬢さんこそふさわしい場所だと思う。
 私はとゆーと、スーツの上にコートをはおりブルブルと寒さの中にふるえ、KAYOちゃんのお付きのやり手婆のような顔で、彼女の後をウロウロついてまわった。どんだけ違和感があったことやら。

 何しろ、昨日は今年一番の冷え込みだった。一旦、ホテルに戻って、バスタブにお湯を入れて冷えた体を温めた。夜の7時になって、夜のパレード取材に向かったが、雨で中止。そそくさと引きあげ、ホテル近くの焼き鳥屋で数杯ひっかけた。

 部屋に戻ればテレビで、歌舞伎役者の市川海老蔵と、『ゼロ』のフリーアナウンサーの小林麻央の結婚宣言が流れていた。
 「海老蔵のやつ、やられやがって…」。それが第一印象だった。

 パリのルイ・ヴィトンのゲストハウスで取材をしたとき、ここに海老蔵が来た、と聞いて感激したのもつかの間、直後、米倉涼子との熱愛が報道され、チッ!と思った。けれど彼は玄人さんとは結婚しないと思っていた。さんざん遊んで、良家のお金持ちのお嬢様と結婚すると信じていた。なのに結局、「恋のから騒ぎ」の結末は、小林麻央だったわけである。

 それにしても、小林麻央は魔性の女の匂いがする。争奪戦を勝ち抜いた誇らしさがありありだ。あの人気報道番組で、「海老様いただきました!宣言」はなかろう 。
 王子様を射止めた気分だろう、「おほほ、おほほ」と高笑いする小林麻央の顔がシンデレラの塔の上空に浮かぶ。しかしながら、シャバはそう簡単にいくだろうか。お手並み拝見、いじわるな魔法使いのババアは、塔の前で怪しげな笑い声を響かせてきた。

Photo_2
シンデレラの塔。昨日は雨だったが、今日はこんなに晴天。昔、保育園の舞台で主役のシンデレラをやったことがある。以来、王子様とは出会えていない…。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

引っ越し蕎麦

 先日、近くに知り合いが引っ越してこられた。母がそこの可愛い若奥ちゃまと玄関先でワイワイ話していたので、何事かと思ったら、そのご挨拶に見えていた。

 「おそばに来ました」の引っ越し蕎麦をいただいた。近頃では、珍しくなった慣わしに感心してしまった。生蕎麦だった。早速、鍋にたっぷりのお湯を張って、二人分のそれを茹でて食べた。

 まずは、蕎麦だけをズルズル食べる。次に、生わさびを蕎麦にちょんちょんとつけて、白ネギを浮かばせたつゆを絡ませてズルズル。信州の蕎麦屋の頑固親父から教えてもらった食べ方である。

 蕎麦を食べるときは、いつも、あの頑固親父のお説教が聞こえる。「そばそば、そば、っていうけれど、どんだけの人が蕎麦の正しい食べ方知ってんだか」
 親父の言う正しい食べ方って、作法ではなくて、蕎麦にちゃんと向き合って食べているかだそうだ。
 「お腹が空いたときだもの、真剣に向き合って食べていますわ」と言いたかったが、そんなコメントしようものならぶっとばされそうで、座り直して話を伺おうとしたが、そうなると蕎麦が伸びる。思わず、「蕎麦が伸びる…」と言ってしまったら、「それでよし」と言われた。
 達人の意図するものがつかめないまま蕎麦に向かったことを、いつも思い出すのだ。

Photo_2
歯ごたえのある風味のいい新そばだった。引っ越しのご挨拶変わりは、たいがいお菓子だったり、洗剤だったりするけれど、昔ながらの慣わしの引っ越し蕎麦をいただくと、感激もひとしお。ステキな方が近くに越していらした、ということがその味に見えるのである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

BLTな朝

 最近、朝はパンが多い。甘いのを好む日と、しっかりと食事をするときといろいろ。煎れたてのコーヒーは欠かせない。

 今朝は、BLT。ベーコン(Bacon)、レタス(Lettuce)、トマト(Tomato)をはさんで、BLT。知り合いがこれを「BMW」と言って間違えたのが記憶に久しい(笑)。

 光の森にある、人気のパン屋さん『フルニエ』のBLTが好きだ。フレッシュな素材も勿論だが、中に挟んであるクリームチーズがなめらかくておいしい。
 ここのオーナーとお話をしたことがあるが、実直で穏やかで、パン作りの思いにあふれるステキな方である。
 うちのアシスタントのえつこのおすすめの店で、彼女がここの記事を書くときは、すこぶるノリがいい。好きなものと、好きな人たち、好きな世界。それがひとつとなると、記事も俄然と際立つものになるようだ。

 たまに、光の森方面に出かけたときは、ここでパンを買う。いつもお客さんでいっぱいで、サービスのコーヒーと一緒に、買ったばかりのパンをテラスで食べられるようになっている。フランスパンの中にホワイトシチューが入ったもの、バジル風味のグラタンが入ったものなど、食事パンというより、食事がひとつになったようなメニューは、どれもおいしい。

 締め切り明けの朝は、こんなおいしいBLTとコーヒーがあれば最高なのである。おっと、午後から会議だった。新しい媒体のコンテンツ会議だ。また、来年も忙しくなりそうである。ありがたい、ありがたい、と心から思う。みなさんのおかげで、収穫の多い仕事をさせてもらっている。体力つけて、がんばろう。

Photo_6
『フルニエ』のBLT。これひとつでお腹いっぱいになる。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

猛烈サタデー

 土曜日はめまぐるしく忙しかった。朝6時頃に起き、デザイナーの菜菜美に渡す原稿を1本書き上げ、続いて締め切りの長文の原稿を進ませ、それから農業公園へ向かった。
 JAが開催する農業フェアーが開かれており、そこで、TVの『どろんこ塾』の塾長として、ステージで子どもたちとおしゃべりせねばならない。毎年のことなので、スタッフの顔ぶれも同じで安心する。
 どうにかステージを終えて戻って、再び2時間ばかり原稿仕事に突入。

 夕方になり、中川ひとみちゃんたちと私の大好きなU社長が招いてくれた、ちょっと遅くなった母の誕生日のお祝いに出かけた。前々からお誘いくださったのだけれど、私のスケジュールの都合で土曜日になったのだ。申し訳ない。

 レストランは母の希望で、『ジャンジャンゴー』になった。母はここの中華が好きなのだ。みんな白ワインが好きなので、たっぷり飲んだ。ブログにアップする写真が撮れないほど、ガンガン食べた、飲んだ。おいしかった。
 『ジャンジャンゴー』の葉山君からバースディーケーキをプレゼントしてもらい、母は大満足のようだった。

 母と中川ひとみは、私より仲が良い。本物の親子のようだ。私なんぞいなくても、二人で買い物をしたり食事をしたり楽しそう。
 二人の主な仕事は「鶴屋パトロール」。鶴屋デパートの隅々まで彼女たちは知り尽くしていて、鶴屋の広報の方から、「かずさんとこのお母さんと中川ひとみさんはデパートの名物です」とまで言われているほどだ。

 食事が終わって『天真爛漫』で飲んでいると、昔の知り合いにバッタリ会い話が弾む。帰り道に、甥っ子の店『弐ノ弐』に寄って餃子と茄子の揚げ田楽を買って、家に戻ったのは深夜。とにかくめまぐるしい一日だったけれど、とても充実していた。みなさんに感謝。二日酔いにはならなかった。

 

Photo
農業フェスティバルで買ってきたローズマリー。広告代理店の人たちが、せわしなく動く中、ステージの合間を縫って私は買い物をしていた。

Photo_2
夜の食事会。ブログの写真を撮る暇がないほど、みんな料理をさっさと取り分けバリバリ食べる。かろうじて残った料理を集めて、証拠写真をおさえてきた。

Photo_3
ワインはあっという間になくなり、次々にオーダーする。この乱暴なつぎ方をしているのは、中川ひとみ。やつは、紹興酒をチェイサーで飲んでいた。

Photo_4
右はひとみちゃんの従姉妹のまきちゃん。サバサバしてて可愛らしくてとっても良い子だ。左は酔っぱらってる中川ひとみ。この人の生き方を「シャバ極楽」というのだ。真ん中は、ひとみの親友の節子(母)。

Photo_5
『餃子 弐ノ弐』にいる、甥っ子の福永圭介。草野会長に愛情持って育てられて、ちゃんとした大人になった気がする。『よこばち』やグループの店で料理人として頑張っている。眉がないが、決してヤンキーじゃない。そんなの私が許さない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ケービィ

 KAB(熊本朝日放送)の門垣会長のCMシリーズで、熊本の茶の間がどんだけ癒やされたか。「俺にまかせとけっ!」。あの独特のイントネーションが懐かしい。

 普通、テレビ局の社長(会長は当時社長だった)が自社CMに出るとなると、あんな風にはまず作らないだろう。みんな社長に遠慮するだろうし、第一、社のイメージを担う人だもの、落とせないのは必至。
 ところが、KABはそれを見事にやってのけてくれた。仕掛け人は、このブログでもお馴染みの内藤香里女史だ。
 中でも、地球の裏側から門垣会長がニンマリと笑って登場するCMは、ぶっ飛んだ。ゲラゲラ笑った。いつも笑った。何度見ても笑った。傑作中の傑作だった。

 そんな門垣会長に夕べ、会えた。妹分の焼酎バーのお馴染みさんで、ケービィが出没する、とは聞いていたが、やっと遭遇した。つーか、実は、数年前にKABの「ふるさとCM大賞」の審査員をやらせてもらったことがあり、そのとき、ホテルで会食をご一緒していたのだが。

 ケービィは私のことを覚えておいでではなかった。

 私はケービィに詰め寄った。「あのとき、私は着物を着ておりました」「あ〜なんとなく浮かんだな」「ほら、二人で部屋の隅で人知れず……」「へっ?へっ!えっ!」「煙草を吸ったじゃないですか!みんな禁煙者ばかりで、会長が灰皿抱えて持ってらして」「はいはいはい、あのときの!」。そんな意味深なキーワードでやっと思い出してもらえた。

 今度、内藤香里女史と3人でフレンチをご一緒する約束をして、ケービィとお別れした。月末が、また楽しくなりそうだ。

2_2
ケービィのイメージカット。笑顔が決まってるでしょ。ステキな方です。

Photo
輪郭がはっきりしたものもアップしてみます。キュートでしょ。いい男ぶりです。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

癒やされたい

 『TACHIKAWA CAFE』のブログで紹介されているトマトのジュレ。グラスにクリームチーズを入れて、トマトのジュレとパプリカをのっけて、冷たくしていただくという前菜。
 こんなのを食べてみたい。いや、作ってみたい、と憧れる。

 締め切り原稿で司馬遼太郎さんに心が向いてたり、田崎市場の気配にもう一度溶け込んでいたり、一日、仕事場のパソコンの前で、いろんなところへワープしていた。
 ほっと一息つきたくて、『TACHIKAWA CAFE』のブログをのぞいて、見た目にも癒やされるごちそうを発見。あぁ、函館に行きたい。時間がほしい。たっぷりとわがままに使える時間。私だけの、全てのものから開放される自分だけの時間が(ごくごくたまに、弱音…)。

Photo
デザインと色合いがなんともステキな前菜。『TACHIKAWA CAFE』のブログより。疲れたときはこのブログのお料理の写真を眺めると、ほっと心が和むのです。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

しじみで、しみじみ

 目がシュパーッ、シュパーッとなった。朝市の取材で早起きしたせいで、どうにか午前中に1本、原稿を書き上げたが、昼ご飯を食べてからコロッと2時間ほど眠った…。

 あわてて、締め切りの原稿に手をつけたのが午後3時。しかし、市場の戦利品のしじみの味噌汁と、本マグロの刺身の昼ご飯は実においしかった。

 実はこの取材、妹分の中川ひとみのコネによるものだった。市場の気配、そこで働く人の「気」を書きたい、という申し入れを受け入れてくれるのはたやすくなかった。

 そこで、得意のコネクション。「中川ひとみ」という妹分のキーワードで、どれほどの人たちが私に心を許し、接してくれたか。おまけに、さばいたばかりの本マグロの刺身まで土産に持たせてくれたのだ。

 生魚を食べれないアシスタントのえつこが「おいしい!」と箸をつけたのもうなづける。貴重で新鮮なものは、どんだけでもおいしいのだ。
 「深酒しなはるでしょ?なら、しじみの味噌汁ば食べなっせ」と、いただいたしじみ。早速、母が手早く作ってくれた。おいしい!しじみのエキスが肝臓に染み渡る。

 熊本っていい。人の温かさ、人情が未だ根付いてる田崎市場に惚れた!ぜ、私。

Photo_9
「これだけあるなら、ダシは充分に出る!」といただいたしじみ。なんだか、今夜も酒がガンガンいけそうだ。

2
母が、しじみの味噌汁を作った。しみじみと、市場の方々の人情が胸に染みる。

Photo_10
80キロ、30万で競り落とされた本マグロの刺身をいただいた。さばかれたばかりの鮮度抜群のマグロ。高級料亭で食べた気分だ。田崎市場の「清原和彦さん」、ありがとう。ずっと、お友だちでいて、これからも。実に、いい人たちばかりだった。感謝。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

真夜中の市場

 午前2時に飛び起きた。朝市の取材である。化粧などする時間はない。顔を洗い、車に飛び乗った。だが、マックに寄ってコーヒーだけはテイクアウトする。起き抜けのコーヒーがないと調子がでない。

 真夜中に何かがスタートするって、すごく好きだ。ワクワクする。人のいない路上、独壇場のように車を走らせる快感。そうやって動いていると、夜が明けるのを待つ、というより夜明けに突進するようで、前進している気がする。

 田崎市場は、すでに動いていた。この闇の中で、そこだけが「始まっている」のだ。無駄のない動き、ストレートな意気込み、俊敏な時間の流れ。なにしろ「かっこいい!」のである。

 実は、長年ライターをやっているが、田崎市場を書くのは初めてだ。新参者の私が、何を感じてきたかは、『熊日美齢世代』の来週号で。
 朝市から戻って、呑気にブログを書いていると、M田部長から怒られる。「ブログ書く暇があるなら、原稿をあげろっ!」。ほれ、今にも聞こえてきそうだ。

Photo_2
只今、午前4時。あと一時間ほどで競りが始まる。

Photo_3
建物と建物の間を風が抜けていく。もう、すっかり冬の風である。

Photo_4
さぁ、今から、激しい競りがスタートする。

Photo_5
東の空がしらみ始めた。朝6時前の市場。

Photo_6
市場の食堂。そろそろ、客が入り始める。

Photo_7
平六食堂。84歳の現役のお母さんが切り盛りする食堂のバリ旨ホルモン。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

パリから

 パリに住む友だちのブログをリンクしました。『フランスからサリュー』がそうです。
 彼女があちらにお嫁に行ってもう10年ほど経ったでしょうか。愛は海を越えたわけですが、それでも外国暮らしは大変だったことだと思うのです。でも、彼女は持ち前の明るさと元気で、パリでの暮らしを謳歌しているようです。今では肝っ玉母さん。ずっしりと、その存在感も貫禄も出てきたようです。

 そんな彼女のパリでの暮らしを綴ったブログ。観光スポットのご紹介ではなく、現地に根付いた暮らしぶりがご紹介されています。
 パリが恋しくなった人、パリにいつか住みたいと思った人は必見です。

20090528051540beb
「たねこ」さんのブログから。この「たねこ」って、彼女が熊本で編集者をしていた頃に使っていたペンネーム。懐かしい!写真はたねこさん

| | コメント (0) | トラックバック (0)

塩ようかんとワイドショー

 伊勢の旅で、母に土産をと探したのが「塩ようかん」。いつも、ご当地の甘い物を買って帰るようにしていて、中でも好物が「わらび餅」。いろんなところの名物わらび餅を食べ尽くしている母だが、今回ばかりは、おいしいわらび餅に出会えなんだ。

 替わりに、といってはなんだが、「塩ようかん」を買ってきた。名前の通り、甘辛、である。濃厚な甘さの中に塩味がピリッと効いてるかんじだ。
 1センチほどに切って食べるもドッカリこない。塩味のおかげだろう。これならば、甘党でない私だっていくらでもいただける。

 濃い目のお茶を煎れて、午後のティータイム。口の中はまったりとしてほのぼのしているけれど、のぞくテレビのワイドショーは、外国人英会話講師死体遺棄容疑で逃亡していた市橋達也容疑者の逮捕で騒然としている。

 それにしても彼、整形前の方が全然いい男だった気がする。逮捕されてみたら、不気味な凶悪犯のイメージから一変。殺された女性のご両親にも同情するが、市橋容疑者のご両親の記者会見には、ひどく切ないものを感じた。

Photo_2
伊勢の二見興玉神社の近くにある、「五十鈴勢語庵」の塩ようかん。店のおじさんが、「無事カエル」ようにと、カエルのちっちゃなお人形をくれた。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

アトム

 我が家のアトムです。後ろ姿が、アトムに似ています。タロちゃんです。ぼーっと恍惚な状態のときに、こんな後ろ姿を見せます。

 ちなみに、私の膝の上に抱っこされています。毎朝、こうやって30分ほどトランス状態に入る彼女につきあっています。
 この状態でコーヒーを飲み、たばこを吸わせてもらいます。が、彼女は気にする様子もなくずーっと、このまま。

 そろそろスタッフの菜菜美が出勤します。彼女がくると交代です。菜菜美のお膝でまたしばらく、まどろむのがタロちゃんの日課です。

Photo
アトムの後ろ姿です。おそらく、トランス状態に入っているものと思われます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

クリームチーズパン

 なんともシンプルでおいしいこの「クリームチーズパン」。焼きたてを買ってきて、すぐさま食べた。やっばりおいしい。次の日も、残りの1斤をオーブンで焼いて食べたのだけれど、これとコーヒーで大満足の朝食になる。

 何よりクリームチーズがフレッシュでおいしい。パリパリ感の皮の食感も抜群。ご飯とみそ汁派の私だけれど、このパンを食べたときは、数日パンモードになってしまうほど、味覚を覚醒させる力があると思う。

 母の好物は、キャラメル風味の円柱のパン。厚さ3センチほどに切って焼いて食べるのだけれど、甘く香ばしい香りが台所に立ちこめる朝は、しあわせを感じるものだ。

 以上は、クレアの1階にあるパン屋さんのもので、このお店のパンの種類は豊富。惣菜パンからスイーツもの、食事パンまで数えきれないほど。日曜日のクレアは人が多くていやだけど、平日に通りかかった日は、必ず、この二つのアイテムは買って帰るのだ。

2
焼きたてのクリームチーズパン。これをがぶり!といただく。朝の食卓の向こうから、コーヒーメーカーから大好きなコーヒーの香りが漂ってくる。

Photo_3
中を割ると、こんなことになってます。このクリームチーズがおいしい。たっぷりはいってて、ほどよいバランス。母のキャラメルパンを撮影しようと思ったが、さっさと食べられた後だった…。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

旅で猛読書

 どんなに短い旅でも、必ず数冊の本を持っていく。取材でバタバタすることがほとんどだけど、例えばフェリーや飛行機の待ち時間、土産物を物色したりラウンジでコーヒーを飲んだりして所在なく時間を潰すより、1ページでも物語に触れている方が楽しい。フライト中はもちろん。驚くほど時間があっという間に過ぎてしまうが。

 海外に行くときは、なおのこと。これが、外国で読むと日本語の文字が立ってみえるのだ。フィレンツェのドォウモ前で、コーヒー一杯で数時間ねばったことがある。ずーっと小説を読んでいた。
 あちらの人たちは、カフェに何時間いようと、いらついたりしない。だってそんな客ばかりだもの。だから、気兼ねなく本が読める。しかしさすがに、長くなるとドォウモ前の階段に移り、また読みふけった。

 しばらくして物語から目を離すと、フィレンツェの街が広がっている。その光景の中にいると、現実がいっそう遠くなる。そういったぼんやりとした、幻覚のような時間を味わうのが好きなのだ。

 旅では、あれもこれもと見て回らずに、ひととき、どこかでじっくりとまどろむことをおすすめする。カフェであってもいいし、川辺であってもいい。旅先を舞台にした小説を携帯していれば最高だと思う。

 日常から離れたくて旅をするのに、日常と同じことを旅先でするのはもったいない、と思う。せっかく来たのだから、と思い出をたくさん詰め込みたくなるのはわかるけれど、急いて過ぎる旅は、意外と思い出に残らなかったりするものだ。

 それよか、見知らぬ土地の、もしかしたら二度と来ないような場所にたっぷりと溶けるのがいい。そうすると、いつまでも、鮮明にその光景が記憶に刻まれたりする。そこに小説の物語があれば、もっといい。


Photo_2
愛用のブックカバー。京都で買ったものだが、とても気に入っている。旅にはいつも携帯している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

かご猫ブログ

 落ち込んだときに「くくくっ」と笑えるブログを発見。「かご猫ブログ」。シロちゃんの愛らしい表情にほのぼとなります。とにかくユニーク。いつもニンマリと笑っている彼の顔を見れば、落ち込んでられなくなります(笑)。
 とにかく「たまらん!!」な感じの世界です。ご覧ください。

14957715
かご猫ブログより。シロちゃんです。彼は本の主人公にもなっています。どのページも、「たまらん!」のです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

宝物

 旅から帰ると、甘えん坊の二人が待っていた。いつもは、午前中が「抱っこタイム」なのだが、2.3日いないと甘えんぼうぶりがひどくなって一日何度も何度も抱っこしなくちゃいけない。土日はほとんど抱っこばかりしていた。

 やっと気持ちがおさまってお昼寝に入ったネズとタロの寝顔を眺めていたら、たまらなくなる。なんて可愛いのだろう。
 お腹のところをトントンとしてあげるとすぐ眠る。生まれたての頃は、人差し指一本でトントンをし、子猫の頃は指二本でトントン。今は片手でトントン。今年で8歳なんだけど、いつまでも赤ちゃんみたい。

 「私のた・か・ら・も・の」。いつもそういって二人を寝かしつけている。

Photo
毛布にくるまって、今にも寝入りそうなタロの横顔。

Photo
眠くて眠くて仕方ないのに、でも甘えたい。そんな状態のネズ。

2
ついにギブアップ。睡魔にはかてませなんだ。

3
しぱくして見に行ったら、タロちゃんがネズのところへやって来ていた。抱っこは別々に求めるけれど、ねんねのときは、ピッタリこんな風に寄り添ってなければ眠れない二人。同じ食器でご飯を食べ、互いの姿が見えないと鳴く。獣医さんがおっしゃるには、自己中の猫にしてはとても珍しい関係ですね、と微笑まれた二人。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

幸せの種

 相差(おおさつ)にいらっしゃる、78歳の現役の海女さんの取材待ちをしている間、伊勢湾をのぞむ、相差の浜辺をお散歩しているちっちゃな天使たちを見つけた。

 浜辺は石がゴロゴロあって、二人一組で手をつないで歩いているものだから、誰もがコケるコケる。緑色の帽子をかぶったおりこうさんたちは、私たちに大きな声で、「こんにちわっ!」と声をかけてくれた。

 一人の男の子が私に向かって、「『幸せの種』をひろったよー!」と、ビニールの袋にしまってあるだろうその種を手をあげてみせてくれた。「良かったね〜」と返答した後で、「あのねー、『幸せの種』って、きっとお前さんたちのことだよ」と返したらケラケラと笑った。

 夕日が海にキラキラ差して、天使たちの笑顔をいっそう輝かせた。抱きしめたいのは、こういうひととき。守りたいものは、この天使たちの未来と夢。

 少子化問題が叫ばれる中、独身を通している女の私がその役目を果たせずに申し訳なく思っているところへ、こういう美しい天使たちとの出会いは、いっそう、何かの力になりたくてやまない気持ちを突き上げるのだ。

 生まれてきてくれて、ありがとう。今はただ、そうつぶやきながら、彼たちのその存在に感謝する私だけれど…。


Photo_4
幼気(いたいけ)なその笑顔。あなたたちのために、おばちゃんにできること、よーく考えてみますね。何より、日々元気でたくましく、ほがらかでいて。生まれてきてくれて、ありがとう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ベトナム料理。あぁ、あの揚げ春巻きよ

 セントレア空港内の中華料理店「海上楼」のベトナム料理のバイキングに行った。なんでも、ベトナムのパークハイアットサイゴンのシェフがやって来ており、本格的なベトナム料理が食べられるというではないか。

 何より食べたかったのが、揚げ春巻き。日本のそれとは少し違って、ライスペーパーでくるんだ肉を揚げたものにミントの葉、それをレタスで包んで、甘酸っぱいタレにつけていただくのだ。これがおいしいのなんのって。

 8年ほど前、サンジェルマン・デュ・プレ駅のすぐ近くにある「ラ・カントン」という店で、パリに住む友人と食べたのが最初。フランスの中華料理店ではベトナム料理と中華料理が合体したメニューが出される。
 以来パリに行くたびに、その店に足を運んで食べ続けている。揚げ春巻きは、中華街や街角の中華デリでもひんぱんに売られており、フランス人の大好物。その味が名残惜しくて、帰る日にデリで買い求めて空港へ向かうバスの中でも食べたほどだ。

 それがセントレア空港内の「海上楼」で出されると聞けば、30分待ちだって全然平気なのだった。
 やっとこさ順番が回ってきた。皿を取り、並べられた料理をかき分けるように揚げ春巻きを探す。が、見当たらない…。売り切れたのか、ならば待てばいい。がしかし、もしや…。

 「揚げ春巻きはどこですか?」とたまらず尋ねた。すると、「今日は出ません」だと。嘘だろ!そりゃないぜ、セニョール!なんのために辛抱強く待ったというのだ。昨日出したのなら、今日も出せよ!と厨房に向かって大声で叫びたかった。
 それからは心がさまよっているようだった。あたしの人生、いつもこうだ。車で信号待ちをしていても前の車までスルーして私だけひっかかる、というように、人並みに恵まれるであろうチャンスをこうして逃すのである。

 しかし、この揚げ春巻きモードをどう処理すればいい。残す手立ては『プチ・パリ』のマダムに作ってもらうしかない。揚げ春巻きを食いたければ前日に電話をよこせ、と言われている。今週中に、どうにでもあの揚げ春巻きを食ってやる。これ以上は無理!というまで食って食って食いまくって、心中してやるのだ。

Photo
生春巻きじゃないのだ、私が食べたかったものは。でも、ペロリとこれも食べたけど。

Photo
エビのフリット、チキン、お魚、春雨のサラダ、といろいろ食ったけれど、心は満たされないのだ。

Photo_2
ビーフフォーも食った。ツルツルとおいしいけれど、心はさまよっていた。

Photo_3
ピクルスの酸味が、揚げ春巻きのタレを恋しがらせる。あぁ、切ない…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

もう一人の娘から

 モリケンの嫁のみーちゃんから、母の誕生日にバラの花をいただいた。伊勢から戻ると、玄関に大切においてある。朝になると、また玄関先に大切に出されて太陽の陽を浴びている。
 「孝行娘がいっぱいいて幸せ」と、母にとって、大切なものがまた増えた。

 シルキーローズと名前のついた、可憐な小さいバラの花。母が、ぜひみーちゃんの心を写真に撮ってくれ、とリクエストしたので、「そうだね、ありがたいね」と言ってシャッターを押した。彼女の夫のモリケンみたく、心までは撮れないけれど、それでも20カット以上は撮っただろうか。母に一番のお気に入りを選んでもらった。

 あんまりキレイだったので、ブログにアップしてみた。いつも優しく、細やかな気配りをしてくれるモリケンの賢妻みーちゃんの優しさが撮れただろうか。

 ありがとうね、みーちゃん。

Photo_13
とっても可憐なバラ。「みーちゃんみたい」と母が目を細めた。明日、愛息のマサノブを連れて我が家にやって来る。ちっちゃな王子様の訪問を母は心待ちにしている。

 

| | コメント (6) | トラックバック (0)

石鏡(いじか)

 石鏡(いじか)という小さな漁港に立ち寄った。演歌歌手の鳥羽一郎さんと山川豊さんの故郷である。観光客は決して訪れない場所だろう。けれど彼らのファンは私のように、こうしてときどきやって来るらしい(笑)。

 港の駐車場の路面に、「カンジ」「ごすけ」「といち」などなど、ペンネームのようなものが書かれており、月極駐車場のようにも思われ、よそ者の私たちの止めるスペースがない。

 よくよく聞くと、ここは山の急斜面にそれぞれの家が建っており、人が歩いていける幅の道しかなく、漁村の人たちはみんなここに車を停めるのだそうだ。家も鉄筋コンクリートの造りで、沖縄の家々を彷彿させる。実はこれには理由がある。

 昭和34年に起きた「伊勢湾台風」。あの大災害で多くの人々が亡くなり、ほとんどの家が海に流され藻屑と消えた。この石鏡もひどい災害にあったという。以来、頑丈な家にすべくと鉄筋コンクリートに造り替えたらしい。

 港には一軒だけ食堂がある。『西村食堂』。ここで昼食をとろうとのれんをくぐる。するとあったあった、鳥羽一郎のポスターが。この店のおやじさんと鳥羽さんは幼なじみで、里帰りするたびに奥の席に座って酒を酌み交わすのだそうだ。

 「磯丼」を注文した。なのに、イカ刺しが出され、女将さんが「これ、サービスね」と忙しい手をとめずに言った。と今度はエビフライが出され、「これもサービス」と女将さんは笑う。サービスが凄すぎる。サービスでお腹いっぱいになってしまうのだ。

 いよいよ、「磯丼」の登場。これもまたすごい盛りだ。お魚がこんなにおいしいなんて!と醤油をたっぷりかけまわして食べる。この醤油がおいしいのなんの。何でも、魚介を一緒に熟成させて作るらしい。鳥羽さんはこの醤油じゃなきゃダメらしく、わざわざ東京まで送っているとか。

 この日、浜にはたくさんの人がいた。みんな白い布を首に巻いている。どこかの家に不幸があったらしい。亡くなった方を町の人みんなでおくるのだと言う。
 そんなときこの町を散策してもいいだろうか、とおじちゃんたちに尋ねると、「どうぞ、どうぞ。ここはなーんも見るとこがないけどな。そうだ、石鏡神社に行くとええ。あそこは出世の神様じゃけ。鳥羽一郎の家にも行くとええ。父ちゃんが茶出してくれるさけ」だと。

 あいにく鳥羽さんのお父さんはお葬式に参列していらして、お茶をごちそうにはなれなかったけれど。どんなに有名になっても、演歌歌手の大御所たちがときどきにここに帰って来るのがよくわかる。
 だって、石鏡はええ。あったけぇもの。

1
坂道に家々が集う、石鏡(いじか)の光景。まるまると太った猫たちが路地の脇から顔をのぞかせる。いつも、おいしい魚を食べているのだろう。

3
木造の家もある。電線が放射線状に頭上を走る。整備された家並みを見慣れていると、こんな風景は 懐かしく、そこはかとなく温かい。

Photo_7
デビュー前の名もない歌手がこの神社でのヒット祈念を 申し出ても町の人たちは頑として断っているらしい。鳥羽一郎さんと山川豊さん以外の歌手の出世は望まないのだそうだ(笑)。

Photo_9
サービスで出されたイカ刺し。この醤油が実においしい。この盛りでサービスだと。

Photo_10
これもサービス。サービスのパレードに、目を疑ってしまう。

Photo_11
これこそがオーダーした「磯丼」。やっとここにたどり着いた。自家製の醤油をまわしかけていただいた。参った!というおいしさである。

Photo_12
鳥羽一郎さんとじっこんの仲である『西村食堂』。鳥羽に行ったならば、ぜひ立ち寄っていただきたいお店だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

食った、食った、食った。

 今回の旅は、とにかく食べまくった。あわび、伊勢エビ、サザエ、牡蠣と、伊勢湾の恵みにいっぱいありついた。いわば、目的通り(笑)。

 鳥羽駅の近くに、こういった魚介類を焼いて食べさせてくれる店が数軒並んでいる。元海女だった女性たちが開いているお店である。次々に焼かれる新鮮なそれらを頬ばる幸せといったら。

 今回の取材目的のひとつが「海女さん」。私たちの取材は、あらかじめアポを入れているものと、現地で情報を仕入れるものとに分けている。
 というのは、他の情報誌を信用しないわけではないけれど、同じ物や同じ人を再度に渡ってご紹介しても仕方がない。現地のその道のプロたちに「聞き込み」をしながら取材をすすめると、「本物」にたどり着くことができるのである。長年の知恵?
 おかげで、この店で聞き込みを重ねて、海女の道65年の、現在78歳のバリバリ現役の海女さんに会うことができるという。

 そうと決まったら、腹ごしらえ。あれもこれもと触手を伸ばして、一通りのメニューをたいらげた。最後に伊勢エビの味噌汁(伊勢エビを食べたら無料で作ってくれる)でしめる。これが最高!
 実はこれまで伊勢エビの味噌汁がおいしい、と感じたことはなかった。作り手でこんなに味の違いがあるのだろうか、と驚いたほどだ。秘密は、お母さんたち手作りの味噌にあった。魚介類の美味しさを知り尽くした女たちが作る味噌は、その旨味をいっそう引き立てる味に仕上げられているのだ。

 伊勢エビの脚も食べられると教えてくれた。カニみたく中身をほじって食べるのだが、これがカニとはまた味が違っておいしい。伊勢エビといえば、お腹からしっぽあたりの身だけを食べて捨てていた。これまで、なんてもったいない食べ方をしていたと後悔したことだった。

 鳥羽の女たちは働き者でパワフル。そして何より情が厚い。高価なアワビを1個サービスで出してくれた女将さんが「またおいで!」と言って送り出してくれた。また来ます。

Photo
アワビの肝のおいしいこと。シンプルに網で焼いただけなのに、深い甘みがある。

Photo
軽く焼かれた牡蠣。レモンをギュッと搾っていただく。あ〜、ワイン飲みてぇー!と漏らすと、店のお母さんから「仕事中、仕事中」といさめられた。

Photo_2
サザエのつぼ焼き。ちょっと垂らした醤油ダレの味加減のいいこと。魚介類の美味しさを知り尽くした海女たちの味付けは最高なのだ。

Photo_3

伊勢エビ。これ最高!伊勢エビの脚をもいで背中部分も食べられるのだ。プリプリとした身の食感と甘み。伊勢エビはこれからが旬。ところで鳥羽の人たちは正月に伊勢エビは食べないらしい。「それまで食べ尽くしているし、それに正月頃は旬を通り越してるしなぁ 」。なんともうらやましい一言だった。

Photo_5
湯気がのぼる伊勢エビの味噌汁。数人でとりわけたので、少ししょぼい盛りだが、おいしさの秘密はこの味噌がミソだった。しみじみとおいしさが染みた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

伊勢うどん

 お伊勢さん参りで、「伊勢うどん」なるものを食べた。香川の生醤油で食べるうどんみたいなものかと思いきや、少し味覚が違った。
 しょう油をダシで割ってあり、少しだけ甘味があるだろうか。うどんはコシがなく、お団子のような食感である。これがズルズルいける。実においしい。

 昔、お伊勢参りにはるばるやって来た参拝客たちが食べたであろう「伊勢うどん」。厳かに神を敬い、願いを深くかけて訪れた「神宮」の帰り道、こののど越しのおいしさに、どれほど充実したひとときと人生への希望と夢を見いだしただろうか。

 「活力をつける」。それは、生きる力でもあったのだろう。門前町を模した「おかげ横丁」で「伊勢うどん」をすすりながら、神に崇高な心を抱いた、いにしえの人々たちの心に寄り添ってみた。

Photo
伊勢うどん。柔らかい食感のうどんに、優しい風味の醤油がからまって、お団子のような、うどんのような不思議なおいしさ。『ふくすけ』というお店でいただいた。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

誕生日

誕生日
誕生日である。でももう、おめでとう!と祝ってもらう年ではないが。
たいがい毎年仕事をしている。なぜかこの日はいつも決まって旅の空の下にいる。でもそれがなんだかいい。改まってケーキなど用意してもらうと戸惑ってしまう。

 こうして仕事で何気に誕生日が過ぎるのが、私らしいと思うのだ。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

鳥羽一郎

 演歌歌手の鳥羽一郎さんのふるさとに行ってきた。伊勢市から40分ほどだろうか。実は、海女さんの取材の途中で石鏡(いじか)の漁港に立ち寄ったのだ。

 私は鳥羽一郎さんのファン(笑わば笑え)。星野哲郎大先生の「兄弟船」の名作にはじーんとくるものがある。その作品の舞台だもの、興奮せずにはいられないじゃないの。

 町の人はみんな気さくで、実家を気軽に教えてくれる。車が入らない坂道をのぼると高台に鳥羽さんの実家があった。いつもならお父さんが気さくに応じて くれるらしいが、今日は近所でご不幸があって留守をしている、と隣のおじさんが教えてくれた。けれど、お家には鍵がかかっておらず、裏口はあいたまま。な んだかとてものんびりしていていい。ここのお家から伊勢湾がのぞめる。とてもステキな場所だ。

 テレビ越しに鳥羽さんに温かみを感じるのは、ここで育ったからだと思える。だって、この豊かな海とほのぼのとした人情に育まれれば、どんな人でも優しく生きていけるだろう。

 鳥羽さんは、よく里帰りするらしい。人が歩けるだけの幅の道を抜けて帰る彼のふるさとは、あまりにも温かくて優しいもの。

鳥羽一郎

石鏡(いじか)の漁港の様子。向こうに見えるのは伊勢湾。天気がいい日は、富士山を拝めるそうだ。
鳥羽一郎

鳥羽一郎さんの実家前から。向こうに海が望める。本当にステキなところです。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

お伊勢さん

お伊勢さん

 伊勢神宮参拝。平日だというのに大勢の参拝客でにぎわっていて、さすがお伊勢さんと思ったら、昨日宇治橋が開通したというではないか。

 修学旅行生や中高年の方でいっぱいの中、きちっとスーツをまとったビジネスマンの姿も見かけた。紳士が忙しい仕事のスケジュールを調整して、格式の高い神宮に参拝する姿勢はステキだと思う。なんだか武士道を彷彿させるのだ。殿方のこういうところに私は、つい惹かれてしまう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)


 伊勢湾を渡っています。これからお伊勢参りならぬ取材が始まります。
本日の伊勢湾の海は藍が深く、波濤がきらめいて。秋の海の、この穏やかさも好きです。

 すてきなことが待っているようで、って、伊勢エビとアワビ、松阪牛だけは、絶対に食ってやる!これだけが楽しみでこの仕事を受けたんだもん。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

孝行娘たち

 今日は母の誕生日。本当は今日は仕事が入っていたのだが、急遽変更。ということで母の誕生日をまた、お祝いせねば…と思っていたが、先日、フレンチを食べに行ったので、今日は普通のお休みの日にあてた。

 すると、内藤香里ちゃんから母にお花が届いていた。「まー、なんて、なんて!」と母は感激しっぱなし。それはそれはきれいなお花だ。スタッフもプレゼントを用意してくれていた。カメラマンのあこちゃんからも母に電話があった。知り合いからも、従兄弟からもお祝いメッセージがたくさん届いた。みなさんには、頭の下がる思いだ。ありがとうございます。

 私は一人っ子だけれど、こうして母にはたくさんの娘や息子がいる。「みんな孝行な子ばっかり」と母は目尻を下げている。うっすらと涙も。

 元気で、これからも肝っ玉母ちゃんでいてください。みんなの「おっかさん」でいてください。お誕生日おめでとう、お母さん。

Photo_2
KABの内藤香里ちゃんが、母に贈ってくれたお花。とってもきれいでゴージャス。母はずーっと眺めている。「ありがたい、ありがたい」と言いながら、そこから動こうとしない。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

すごい…

 カメラを買っちゃった、買っちゃった。ニコンの「D5000」という一眼レフカメラ。うふふ。写真家のモリケンや木野さんたちのブログ見てたら、あそこまでは行けなくても、ちびっと近くまではいきたい、と思うじゃないのさ。

 まだ全然使いこなせてないけど、『カメラの坂梨』のよしお君がマンツーマンで教えてくれるし、モリケンだって木野さんだっていてくれる。こんな恵まれた環境ってないよね。

 夕方、バッテリーの充電をずーっと眺めて待って、ついにシャッターを押した。けれど、ずいぶんと日が落ちて、自然光の中での撮影は無理…。でもでもシャッターを押したくて、あれもこれもと撮ってみたらあーた、やっぱ違う。

 明日からまた旅に出る。モリケンも一緒。旅先でしごいてもらって、帰る頃にはいっぱしに使いこなせるようになっていたいもんだ。
 キャー、嬉しい!!久しぶりにワクワクする。これまで趣味という趣味はなかったけれど、これで胸を張って言えるようになった。「私の趣味は写真です」とね。うっしっし。嬉しくて眠れそうにない。早く、夜が明けないかしら。

Photo
マクロレンズで撮ってみた。木野さんのブログにあった柚子胡椒を真似て。木野さんのと比べるとかなりヘタだけど、これから、これから。この柚子胡椒は、黒川に住む知り合いのお母さん手作りのもの。これをだご汁の香り付けにすると、ピリッとおいしい風味を連れてくる。

Photo
金沢で買った八幡起き上がり人形も撮ってみた。色調調整もしてみた。すると、緋色(ひいろ)がよりキレイになった。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

北欧の色

 北欧というと、ベーシックな色合いが目に浮かぶけれど、実はカラフル。カラフルだけど落ち着きがある。それは、はるか昔から培われてきた、色のセンス、というものだろうか。

 ノルウェーやスウェーデンではまたその色合いは異なってくるが、さほど違いはない。ノルウェーのオスロからずっと北東にあるソグン・オ・フョーラネ県まで行った。山間に静かにあり大きなフィヨルドを抱く町だ。

 格式高いホテルに泊まった。民族衣装で現れたオーナーには少しひいたが、案内された部屋のどれもが可愛らしくて、うっとりするものばかりだ。

 何よりカラーバランスが素晴らしい。「伝統」と「時間」が重なっているからだろうか、どれも決してケバくない。赤を基調とした部屋は刺激的かと思いや、温かみをより感じることができる。ブルーの色が多く用いられているが、どれもダークがかった色に仕立ててあるから、これが他の鮮やかな色をぐっと美しく見せてくれるのだ。

 北欧には、パリやイタリアとは違う「発色」がある。ここは冬には深い雪に見舞われる。一面の白、山肌のグレー。だからカラフルな室内のしつらえは、そんな暮らしの中にあって生まれる憧憬のようなものかもしれない。

 記憶をひっぱりだしていたら、ホテルの写真が出てきた。配色があんまりキレイだったのでブログに載せてみた。家は大切な人といる空間。だからこそ 、「暖かい色」で埋め尽くすのかもしれない。

2_2
いろんな色をほどこしてあるけれど、まとまりがある。ここに座って日本から持ってきた本を読むと、無意識に脳が刺激されていた。

3
この配色もステキだった。目に暖かい、とでも言うのだろうか。調度品の古さが心をホッと和ませるのだ。

1
こんなセンス、まず日本人にはないと思った。私たちが真似しようものなら、場末のキャバクラみたくなりゃしないだろうか。

4
この向こうはフィヨルド。ここでコーヒーを飲んだ。山の雪とブルーグレーのフィヨルド。その中で真っ赤な椅子が鮮やかだった。

Photo
朝早くに旅立つ私たちに、ホテルがお弁当を用意してくれた。どこまでも続く雪の山道の中で、車に揺られながらランチボックスのこのごちそうを食べた。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ア・マ・ファソン

 母の誕生日のお祝いを前倒しにして、九重高原にあるオーベルジュ『ア・マ・ファソン』で、従兄弟夫婦と一緒に母のための食事会をした。

 久しぶりにムッシュ・小幡に会った。「よく時間ができたねぇ」と、いつものスマイルで迎えてくれた彼に、母手作りの「いりこの佃煮」を土産に持っていくと、「おー、これこれっ!」と、とても喜んでくれた。

 本日のムッシュの料理も素晴らしくおいしかった。前菜の卵の茶碗蒸しの中には、白身魚とホタテが忍び込ませてあり、トビウオの卵がトッピングしてある。きゅうりもトマトも、ここのは味が違う。

 メーンディッシュは、母は若鶏のグリルにチリスパイスをほどこしたもの。従兄弟たちはオマール海老のグリルカレーソース風味の皿。私は太刀魚をミルフィーユにしたクロケットをオーダーした。これが抜群においしい。ソースは海老のエキスが入った酸味と甘さが融合したえもいわれぬおいしさ。何より、太刀魚がふんわりとして柔らかく、舌の上でたちまち溶けるようだった。

 母は「おいしい、おいしい!」と言ってご満悦。従兄弟夫婦も仲良きことで、グラスワインで乾杯していた。
 九重国立公園の中にある、この『ア・マ・ファソン』から眺める阿蘇の五岳は絶景なのだが、今日はあいにくの雨。
 ムッシュがせっかく一等席を用意してくれたのに…と思っていたら、次第に霧が晴れてきた。全てが見渡せたわけではなかったけれど、それでも、雲の間からさす陽射しが、晩秋の高原の肌を照らすと、混ざり毛糸を集めたような紅葉がパッと発色し、それはそれは胸躍るように美しかった。

 たっぷりとランチをいただいて、ゆっくりと席を立ったのは午後3時前だっただろうか。ムッシュと楽しいおしゃべりを交わして、「また来ますね」と言って店を出た。

 久しぶりにゆっくりとした一日だった。さて、明日からまた忙しくなる。11月3日の母の誕生日は一緒にお祝いしてあげられないけれど、「大満足でしたっ!」と笑う72歳のその元気な笑顔が何よりだった。

Photo_2
『ア・マ・ファソン』。フランス語で「私らしく」という意味だそうです。ムッシュ小幡のお店。

Photo_3
卵の中には茶碗蒸しが。グリッシーニと一緒にいただく。ここの、きゅうりやトマトの味は違う。母がトマトの味に感激していた。

Photo_8
海老の春巻き。何個でも食べたくなるおいしさだ。ブログ用に写真を撮っていたら、厨房からムッシュが笑っていた。

Photo_9
太刀魚のクロケット。酸味の効いた甘いソースのおいしいこと。ふわふわした太刀魚の食感。こんなのはじめて。

Photo_11
このデザートならガンガンいける。大好きなレンズ豆とココナツミルクがコラボレート。バニラアイスの風味が加わって幸せな甘さ。

Photo_12
予約客でいっぱいの『ア・マ・ファソン』。ラウンジで少しだけ待った。おいしいものを待つ時間は楽しくっていい。

1_2
『ア・マ・ファソン』から筋湯温泉に向かう途中の紅葉。小雨が降っていたので、少しガスっているけれど、絵画のような世界だった。

2
真っ赤に色づいた紅葉。九重国立公園の紅葉は、今日が最大の見ごろだったと思う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

椋(むく)の木

 小さい頃、椋(むく)の木の実をよく食べていた。へっ?と思われる方も多いと思うが、それが、その実は甘くてとてもおいしいのである。

 この季節になると、熟したいい椋の実がなる。小指の先ほどの大きさだろうか。黒皮の中に完熟の甘い果肉がひそんでおり、種が一つ入っている。
 子どもの頃の私たちは、ご近所にある大きな椋の木によじ登って、木の枝にまたがりその実を食べていた。まるで猿だ(笑)。

 そこの家のおじいちゃんが、子どもたちが落ちると危ないからと、椋の木のまわりに「エバーソフト」という使い古したマットを敷いていてくれた。おじいちゃんが言った「エバーソフト」はおそらく商品名で、敷き布団の下にクッション用に敷いていたマットレスのことである。

 ここに近所の子どもたちが集まって、椋の実取りに夢中になっていたのだ。保育園の頃の私は、近所のやんちゃ坊主が木の上から落としてくれる小さな枝を拾い、その小枝になる実を取って食べていたが、小学校に入ると男の子らを蹴散らしグングンと椋の木によじ登って椋の実を収穫した。
 これが不思議なことに、椋の実を家に持ち帰って食べてもいっこうにおいしくない。何と言っても木の上で食べるのが一番おいしかった。

 先日、朝の散歩の途中でその椋の木を見上げたら、今年も実がたわわについていた。樹齢百年以上は経っていると思う。

 この椋の木を眺めると、幼いあの日の私たちの姿がすぐさま浮かんでくる。母たちが呼びに来ると誰も帰りたくなくて、みんなで木の上で息をひそめていたこと。抜け駆けしてやって来たつもりでも、いつも先客がいたこと。いつもこの家のおじいちゃんが、農作業のかたわら遠くから見守っていてくれたこと。どれもはっきりと思い出せる。

 あの幼なじみたちは、結婚してこの近くには住んでいない。おじいちゃんも、とっくの昔に逝ってしまった。けれど巨大な草食動物のような姿をした椋の木は、こうして今も、ここにいてくれる。

Photo
朝の椋の木。おいしい椋の実がたわわに実っていた。次回は、梯子を借りてよじ登り、あの実を食べ尽くそうと思っている(笑)。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »