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2009年10月

猫おろし

 猫ほど心をふにゃふにゃにしてくれる愛らしい生き物はいないと思う。だけど、猫にまつわるワードって、いい意味を含んでいないものが多いのが解せない。
 「猫なで声」「化け猫」「猫ババ」「猫かぶり」「猫の目」といった風に、なんだかネガティブなものばかり。
 その中に、「猫おろし」というものがある。あんまり聞き慣れない言葉だけれど、意味は「食べ物を残すこと。食べ残しのもの」をさすそうだ。

 実際、猫は犬のように与えられたものを完璧に食べることは少ない。たいがい残して、あとからチマチマ食べる。だから「残飯」の意味合いでくくれば意図するところはわからなくもないが、だったら「猫食い」でいいんじゃないのか。「おろし」とつくからには、何か「おこぼれ的」な意味がくっついているように思えるのだが。調べるうちに、語源は平安時代へとさかのぼる。

 「平家物語」の中に「猫おろし事件」なるものを発見した。簡単に言うと、貴族のおっちゃんが田舎侍のお家で食事をいただいたとき、小食ゆえ食事を残したことに摩擦が起きたというもの。繊細な胃袋(感性)と頑丈な胃袋(力)の対決物語だ。
 ここに「猫おろし」という言葉が出てくる。ただの残飯をそう呼んだのには理由がある。接待された貴族のおっちゃんの名前が「猫間中納言」だったからだ。招いた側の田舎侍の木曽義仲が、「俺んとこの飯を、まずい、と言いやがって」と怒って、彼の食べ残しを「猫おろし」と呼んだそうなのだ。「おさがり=おろし」で「猫おろし」。

 でもそれって猫の仕業ではなく、人間の「猫間さん」の話じゃないか。小説から発生したとはいえ、猫にはいいとばっちりだよね。

 でも、いいことわざだってある。「招き猫」。左前脚をあげてるものは人を招き、右前脚をあげたのは金運を招くと言われている。
 我が家の「猫の額」ほどの庭には、左前脚をあげた招き猫様が鎮座しておられる。家の中には、ちょろちょろといたずらをする別の「招き猫様」もお二方いらっしゃるが。考えてみれば、家に人がやって来ない日はない。それに、いいご縁にも多く恵まれている。

 猫だって、やるときゃやるのだ、と大きな声で叫んであげたくなるんだ ニャー!!

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玄関先で良縁を招く、我が家の「招き猫」。いいご縁をありがとう。

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仕事場に侵入して、母ちゃんから怒られているネズだが、いっこうに反省している様子はない。つーか、なめてる。

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お散歩を終えて、田の神さんの前でひなたぼっこで、うつらうつらするタロちゃん。我が家の前は車の往来が激しいからリードをつけるのはお約束。

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デザート

 何度も言うが、甘いものは苦手だ…と思っていたが、意外と近頃はよく食べてる気がする。ちょいとつまむ程度なら「おいしい!」と感じることはたくさんある。だが量を超えたり、わざわざ向きなおって食べるとなると、ひいてしまう。

 以前、久重のフレンチレストランの『アマファソン』で、小幡シェフに気づかれないよう、こそっとランチをしていた(何も避けていたのではない。お忙しそうだったのでお声をかけるのをはばかっただけ)。食後、おいしいデザートが運ばれてきた。
 さんざん食べた後で甘い物は別腹、という連れの女性とは違い、「もーけっこー!エスプレッソだけでけっこー!」と、自分のデザート皿を彼女に差し出した。
 とそこへ、小幡シェフが私たちに気づいてテーブルにやって来た。「来てるならそう言ってよ。デザート、ちょっと待った。これとは違う皿持ってくるから、下げて下げて」とスタッフにデザート皿を下げるように指示をした。

 「もうお腹いっぱいだって…!」と私が言うのを制して、「まぁまぁ、君は特別」って、郷ひろみの歌じゃねぇが、(※『君は特別』という歌があった)、桃を一個まるごとコンポートしたそれをタルト生地の上にのせ、さらにカスタードクリームとバニラアイスがたっぷりとのった、豪華なデザートが運ばれてきたのだ。

「いや、あのっ、そのっ、これはぁ…」

 実に失礼な話だが、どう処理しようかと真剣に悩んだ。だって、食えないものはもう食えないのだ。シェフに失礼を承知で「ギブアップ!」と言うと、「そんな女性、見たことない」と笑われた。結局、シェフが私のテーブルに来て、エスプレッソと一緒にその豪華なデザートを平らげてくれたのだが。
 シェフにはそのとき、私の好物を詳しく伝えた。「つまり、女の子が好きそう じゃないものが好きってことね」だって。そう言われれば身もフタもないが、スイーツはちょっぴりで程よいくらいが私的にはおいしいと感じれる。

 今日は天気がいいな。久重の小幡シェフに会いにいこうかな。フレンチ食べたい!

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抹茶ぼうろ。ぼうろ仕立てのクッキーに抹茶の粉末をまぶしたもの。この一口がおいしいのだ。母やスタッフが食べるのを横からちょいとつまむのが好きなのだ。

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縷紅草(るこうそう)

 私の小さい頃の記憶を呼び覚ます花、縷紅草(るこうそう)。真っ赤な朝顔のような形をした花弁だけれど、親指の大きさほどだろうか。つるを延ばして、垣根や他のつる科の植物に寄り添うように咲く野の花である。

 昔、ばあちゃんの家の竹垣のところに咲いていた。この縷紅草の近くにはいつも、小さくて繊細なイトトンボが飛んでいたのを記憶している。
 いえ、イトトンボをつかまえようとして追いかけたら、この真っ赤な花を見つけ、見とれてしまったのかもしれない。

 なぜかひどく惹かれた。それは今でもそうだ。この花を道ばたや知らないお宅の垣根で見つけたら、ドキドキしてしまう。ワクワクではなく、ドキドキ。
 そのときの幼い私が何を感じていたかは覚えてないが、ひそやかに咲く瞬間の濃厚な命の強さが、幼い胸にぐっと迫ってきたのだろう。この花に限っては、そのドキドキは今も同じなのだ。とても不思議な感情を呼び起こす花だと思う。

 ご近所の川端さんの家で、モリケンが私のエッセイに挿す菊の花の写真を撮ってくれた。そのときまた、この花を見つけた。
 昨秋、「どろんこ塾」の撮影でこの花を見つけてその種を集めた。いつ蒔こうか…と思いつつ、ずっとその機会を逃している。来年の春を待って、祖母の家のあの場所に蒔いておこうと思う。

 祖母の家は、昔とは佇まいが変わったけれど、幼い日の私がこの花と出会った場所で、もう一度会いたい。

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10月の中頃まで咲き続ける縷紅草(るこうそう)。この花に見覚えはあるけれど、名前を知らない…という人は多い。縷紅草(るこうそう)という名前です。そろそろ終わり、会えるのはまた来年の初夏の頃。

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中川ひとみ

 中川ひとみ。熊本でこの人を知らない人は「もぐり」だと思う。フルーツ&ベジタブルマイスターであり、焼酎バー「天真爛漫」のオーナーであり、巷の芸能人の女王格のお方である。

 彼女の店には、大会社の社長、テレビ局の会長や関係者、新聞、雑誌関係者、タレントさんなどが夜な夜な集っている。いわばサロンのような場所で、彼女はそこのマダムである。

 実はこの人、バリバリの熊本弁士。「まあ、おいしい」であれば「あごん、つこくるごつ旨かっ」に、「これって、なんてステキなの」は「こらぁ、えらーいむしゃんよか!」となる。そう書くと、ただの田舎のおばちゃんのように思われてしまうが、違う。趣味がお洒落。お洒落をしなくては息が出来ない女性である。
 彼女の着こなしのセンスやメークのテクニックや知識は、そこいらへんのファッション誌の編集者顔負けなのである。

 ときどき食事を一緒にしたり、福岡まで買い物ツアーにでかけたり、お酒を飲んだりすることがあるが、息をもつかせないリズムで楽しませてくれる。

 彼女の友人関係は実にユニーク。夜の社交場の仲間、お洒落なブティック関係者、市場関係者まで幅広い。
 ゲイの親友だっていて、毎朝、彼女(彼)からの電話で起こしてもらうらしい。彼女と飲んで暴れたのが今週の月曜日。その親友の店で二人で飲んだくれていると、「日曜日にたっぷりと睡眠をとった月曜日のひとみは、元気ありすぎて困るわ」と苦笑していた。私は、ダイエットするように、と注意を受けた。

 とにかく、彼女といたらハッピーなのである。笑い過ぎてお腹がよじれてばかり。お互いに忙しいけれど、彼女はわざわざ時間をつくってでも会いたくなる、大切な親友なのだ。

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昨日、おいしい中華ランチを一緒に食べた後「じゃ、またね」と別れたのに、私に渡したプレゼントの中に大切な書類を入れてしまった、と家までやってきた中川ひとみ。せっかくなので家の玄関前で写真を撮ってみた。「じゃ、ホントにまたね」と帰って行ったが、その後で、「もうひとつ残っていた…」と電話をよこしてきた。「アゴばかりたたきよったら、きゃぁ忘れてしもて(おしゃべりに夢中になっていたら忘れ物をしてしまって)」と、本日もまた我が家にやって来ると言う。

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最後のイチジク

 今年、おそらく最後になるだろう、というイチジクがテーブルにのっかっていた。赤ワインで煮ようか、それとも母得意のイチジクの天ぷらになるのだろうかとぼんやり眺める。

 若い頃はそんなに食べたいとは思わなかった食べ物が、今は好物になっている。例えば、春はタケノコ、初夏はそら豆、秋は柿や栗、冬はみかんといった風に。近頃は、そんな物が無性に欲しくなる。

 母たちにとっては、ごくごく当たり前の「旬の味」だけど、若い頃の私にとってそれらは、決して必要な味覚ではなかった。
 それより、ファストフードがおいしかった。フレンチやイタリアンに味をしめた。

 母と台所に立って、果物の皮を剥いたり料理をしたりしていると、「食べる楽しみ」より、どちらかというと「季節」に向き合っている姿を楽しんでいる気がする。
 秋には秋の心構え、というように、ひっそりと女たちが台所で感じ取ってきた「旬」に触れる、そのまねごとがワクワクするのかもしれない。

 写真を撮っていたら母が言った。「撮るのはいいばってん、イチジクば傷つけんでよ。今夜天ぷらにするとだけん」
 そうか今夜は天ぷらなんだ、と夕食を想像すれば、母がすぐさま「あんた、大根おろし係ね」と付け加えた。男手のない我が家では、そんな力仕事は必ず私にまわってくるのだ。

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母が、「やっとあった」と探してきたイチジク。今年最後になるかもしれないイチジクは、今夜天ぷらになる。大根おろしと生姜、柚子ポン酢でいただくと最高!おいしさに感謝。

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ここは…

 「どろんこ塾」のロケで、一日中あさぎり町にいた。「あさぎり」というだけに、その日は小雨でずーっと霧に包まれていた気がする。

 撮影の合間に、少し時間ができた。辺りを歩いても畑と田んぼだけど…と思いきや、北海道の広大な牧場の一角にあるような光景に出くわした。

 朽ちたコンテナ。枯葉をわずかに残した高木。時間を重ねて静かに老いたその姿に、思わず心を奪われてしまった。あわててカメラをとりだし、写真におさめてみた。

 そこにあるその姿のあり方に心を惹かれたのではなく、かつて、似たような光景に出くわしたときに抱いた「感傷」を、再びとらえたような思いになったのだ。

 そのとき、何故、自分が感傷的だったのかは思い出せないけれど、それは決して、胸を締め付けられるほどの辛さではなく、甘ったるくも切ない、過去を振り返ってしまいたくなるような「感傷」だったような気がする。

 ロケが再開され、静かにそこに漂っていることはできなかったけれど、こうして写真を再び見直すと、その感傷は、再び静かに蘇ってくる。

 そうやって心はいつも自在に、過去へ、そしてその場所へワープすることができるんだな、とあらためて思う。


Photo_3 あさぎり町で出会った光景。かつて、どこかで似たような光景に出合った気がする。それは、北海道だったか、南仏のアルルへ行く道の途中だったのか。

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Oeuf=うふっ

 お洒落な友人から優れもの石けんをいただいた。「Oeuf=うふっ」という銘柄の石けんで、フランス語で「卵」という意味だそうだ。

 桜貝色をしたそれを、ネットで泡立てて洗顔してみた。すると、どうだろう、お肌がキュキュッとして、しつこい汚れが一気に落ちたようだった。これは、すごい!

 なんでも、鹿児島のシラス台地の火山灰といった天然成分が入っているらしい。非常に細かい粒子が肌の奥に入っていき、汚れをひっぱり出して荒い流すのだそうだ。粒子が細かいので肌負担もない。しかも、ヒアルロン酸が配合されているので、しっとりと潤いをもたらしてくれる。

 なんだか、コスメの原稿を書いてるみたいだが、これは本当に優れものだと思う。ネットで泡立てると、石けんの性能の素晴らしさがわかる。素晴らしくクリーミーである。ほんと。まるで生クリームで洗顔しているようなのだ。

 3日前から使っているが、肌の様子が果然変化している気がする。洗顔って、これまでいろいろ試したけれど、結局、前のやつを使ってしまう。よっぽどの効果やインパクトがないと、元のサヤに治まっていくのだ。
 女性のコスメアイテムへの思いは意外と保守的だ。だから新参者のコスメの昇格は、サラリーマンの出世より大変だと思う。

 そこいくと、「Oeuf=うふっ」は、私のコスメの中でも間違いなくトップクラスへの仲間入りをしたと思える。新人なのにずば抜けてて、自民党の小泉進次郞に似ている。

「Oeuf=うふっ」のお買い求め先↓
株式会社ミネルバ 0120-753-099 ℡096-329-5561
http://www.minerva-cosme.com

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泡立ちがきれい。洗顔後はしっとりとなりますよ。これ、めっちゃいい!超、おすすめです。

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パッケージもお洒落。セレブリティーな感じ、ってゆーのが好き。「Oeuf=うふっ」は1個3150円。固いので、かなり長持ちするそうです。

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アーモンド・ロッシェ

 甘い物はあんまり食べないけれど、メレンゲ菓子は大好き。時々、無性に食べたくなる。家の近くにある『アントルメ・菓樹』のアーモンド・ロッシェはとてもおいしい。

 サクサクッとした食感、舌の上にとろけ出す砂糖の焦げた風味と甘さ、跡形もなくなる頃にアーモンドの風味がじんわりと追いかけてくる。この刹那がたまらないのだ。
 いくらでも食べれる。これとコーヒーがあれば、幸せなひとときが訪れる。

 お菓子作りができる人って、心から尊敬する。お菓子はケーキ屋さんで買うもの、としか思っていない私はときどき手作りの焼き菓子をいただき、ひどく感激する。
 シナモンパウダーがたっぷりかかったアップルパイや、キャラメルとアーモンドをさっくりとしたサブレにのせたフロランタンが届いたときには、「どーやって作ったの?」と、感動島倉千代子なのである。
 「簡単だから教えてあげる」と言われるも、「無理無理」と、ついお断りしてしまうが、いつか、焼き菓子くらい作ってみたいと思う。お菓子の甘さは、ひとときの安らぎを連れてくる。

Photo アーモンド・ロッシェ。サクサクッとした食感。砂糖の香ばしい甘さ。あのおいしさがたまらない。

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「ぬしゃ、抱くぞ」。もう、木野さんたら〜

 キムタクがやって来たかと思った。ワイルドに日焼けした顔、ゆるいウェーブのある髪、たくましいボディ。さわやかな笑顔。どう見ても、キムタクではないの。
 彼こそが、カメラマンのMr.木野。もう、ずーっと前から会いたくて。久しく会っておらず、いつもモリケンとの旅の空の下で木野さんの話ばかりしていたもんだった。

 情熱的で磊落(らいらく)で、男臭い男。まさしく、昭和生まれの男の匂いをプンプン漂わせている。そうかと思うと、涙もろい。なんとも愛おしさがつのる男である。

 彼とモリケンと三人でたっぷりと4時間、話と酒に夢中になった。話はめくるめく展開するが、どの話も全て面白い。飾り立てたものじゃないからこそゆえユニークである。「ふむふむ」「マジで?」「まー、どーか!」。納得したし、驚いたし、大いに笑った。

 熱い男たちって、いい。仕事を生き甲斐にしている男たちって、いい。彼らは、写真(仕事)を通じて、自分の生き様を伝えているのだ。それって大げさに聞こえるかもしれないけれど、一緒にいるとその気概がキチッと伝わってくる。そんな男って、今どき少なくなったよね。

 こんな話を拾った。木野さんがモデルを撮るときの気合いの入った台詞が、「ぬしゃ、抱くぞ」だと。
 いえいえ、モデルに対して本気で言ってるわけじゃないが、それぐらいの気概を持って向かっているらしく、俺に抱かれろ!くらいのメッセージを伝えなきゃ、いい写真はとれないのだそうだ(笑)。

 それにしても「ぬしゃ、抱くぞ」には、女心を酔わせる力がある。そう褒めると木野さんは、「化粧品メーカーのコピーにプレゼンしようかと思ってる」と悪のり。プレゼンするのはいいけれど、玄人さんと勘違いされないよう、お気をつけあそばせ(笑)。

 さて次回は、彼たちを、フレンチレストランの『プチ・パリ』にお連れしようかと思っている。あの名物マダムの強烈な洗礼を受けてもらおうかと。本物を知っている彼たちならば、あの店の魅力がきっとわかるはずだ。お次が楽しみだにゃ〜。

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Mr.KINO。写真家たちのトークは熱い。かと思うと、彼らのやんちゃ話はおバカそのもの。ふむふむと納得したり、大笑いしたりであっという間の4時間だった。実に楽しかった。いい男たちって、生き方そのものが熱いので、ネタだって尽きないのだ。また、行こうね。

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TACHIKAWA CAFE

 また、ステキなブログとリンクしました。『TACHIKAWA CAFE』がそうです。
 函館を旅したときに出会ったステキなカフェとフレンチレストラン。熊本に帰ってからも、そこでのひとときが忘れられずに、カフェのマダムから教えていただいたブログをのぞいていました。マダムのステキなレシピや、太刀川家の方々のおしゃれな生き方が伝わるブログに、すっかり魅了されたのです。

 太刀川家は、函館の弁天町にあります。函館の豪商・太刀川善吉氏が明治34年に建てた明治末期の商家建築を伝える建造物で、国指定の重要文化財です。
 この建物を、もっと広くみんなに見ていただき、交流の場としたい、という太刀川家の人々によってカフェとしてオープンしたのです。

 ここでいただくコーヒーは格別。メニューもどれもお洒落でおいしいものばかりです。このカフェの様子をご紹介しているブログが『TACHIKAWA CAFE』。
 東京でCMやプランニングプロデューサーとして多方面でご活躍されているご長男が発信していらっしゃるプライベートな世界です。
 そこに、函館の様子や太刀川氏のお母様であるカフェのマダムの世界「グランマの幸せレシピ」がご紹介されており、のぞくだけで幸せな気分になれます。
 このブログにリンクを快諾いただきました。ささ、早速、のぞいてみてください。優しい気持ちになれますから。わざわざ函館までお料理を習いに行きたくなりますから。

Cakepare
マダム手作りのスイーツ。写真=太刀川氏

Blt
BLT。これもすぐにでもかぶりつきたくなる。写真=太刀川氏

Applecake
アップルパイ。カフェにいけば、食べられます。写真=太刀川氏

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鍋の撮影

 昨日は、グラフの山口亜希子カメラマンと我が家で鍋の撮影。モロッコの伝統的な家庭料理「タジン」用に作られた鍋を使っての料理撮影。この鍋は、フタがテントみたくなっており、上に上がってきた蒸気が冷やされて鍋の中に再び戻るために、蒸し焼き料理に便利らしい。

 モロッコ料理と言えば、パリでクスクスを食べたことがある。スパイスの効いたソーセージと肉、茹でたクスクスにトマトベースのスープをかけていただくものだ。独特の香りがあったが、とても好きな味だった。再びパリに行ったとき、その店を訪ねたら、定食屋になっており残念がったことがある。

 モロッコ料理は作れないので、鶏肉と野菜のカレー風味にしてみた。オリーブオイルで鶏肉を炒め、100%の林檎ジュース、カレー粉やガラムマサラ、ガーリックをガンガンふってじゃがいもやキャベツなどの野菜を入れて鍋にフタをし待つこと10分。いいカレー風味が鍋から漂う。仕上げにチーズを入れてみるとおいしかった。これはPEAP11月号でご紹介する。

 あこちゃんが、このブログ用に撮影した写真を送ってくれた。やっぱ、プロは違う。すぐにでも食いつきたくなるものね。餅は餅屋さんに任せるのが一番なのだ。

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後ろでかすかにヴーヴクリコが写っている。縦位置の本採用のものにはちゃんと写っている。これはあくまでもブログ用に撮ってくれたもの。お昼から仕事があったのでヴーヴクリコに手を出さなかったが、そろそろ飲みたい頃だ。今度の休日の午後からやろう。

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私の撮影ポーズが可笑しいのだろう、ゲラゲラ笑うあこ。近頃はより女らしくなった。恋でもしてるんじゃ?と尋ねたが、期待できる答えは返ってこなかった。そろそろ、恋人つくれば?

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Link

 とってもステキなブログに出会いました。『かこさんの食卓』。「かこさん」というお料理上手な女性が、とってもおしゃれな写真を掲載し、おいしいレシピをご紹介してくれています。

 器もステキなものばかり。何より、お料理が優しい。アクセスもとても多くて、その人気ぶりが伺えます。彼女のお料理は、見ているだけで心を和ませてくれます。ブログの中に、そのお人柄が伝わるようで。リンクしたのでお邪魔してみてください。

 それから、言わずと知れた写真家・森賢一氏のブログもリンクさせてもらいました。彼の人生観に触れてみてください(と言ってもこのブログは、森ファンが多いでしょうけど・笑)。そして彼の愛弟子の山口亜希子ちゃんのブログも。最近は、山登りにハマっているようで。あこママもこのブログを見て下さっているとのこと、ありがとうございます。

 紙媒体の編集やコラムやエッセイ、テレビ、ラジオとマスメディアの仕事の魅力は奥深いけれど、こうしてブログの独特の世界もまた違う媒体として、とても惹かれています。読んでくれている人の「声」がすぐそこにある。それって、すごい心の支えになるのですね。

 すごいアナログな私だけど、操作がよくわからなくて戸惑うけれど、それでも一生懸命コンタクトをとりたいと思うのは、みなさんとの温かい交流ができるから。

 いつもありがとう。そして、これからも、よろしくです。

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『かこさんの食卓』です。おいしいものばかり。彼女のステキな世界を堪能ください。

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ケンカ

 家の愛猫のネズが野良猫とケンカした。おっとりしてて甘えん坊の彼女に、そんな気骨なところがあったのだろうかと感心したことだった。

 彼女たちは午前中は、リードをつけてお庭の隅でひなたぼっこをする。母が洗濯や庭掃除をするのをのんびりと眺めているのが日課だ。しかし、今日は違った。
 リードをつけているはずのネズがいない…。タロちゃんの顔には傷がある…。いったい…。母と私は大慌て。ご近所を探すと、ブチとキジの猫二匹と広場でにらみ合っているではないか。おそらく、姉妹のタロがそいつらにやられていたのを助けて、その後で追いかけたのだろう。彼女にしてはとても珍しいことだ。

 母ちゃんは思わず小石をつかんで、「この野郎!」と威嚇する。私も「お前ら、許さねーっ!」と片手を振り上げるも、奴らはこっちを見ながらシカとする。なんて生意気な…。

 以前もそんなことがあった。近所で飼われているどら猫がやってきて、家のお嬢たちをいじめた。母が石を投げると命中。だが後で心配になって、そのどら猫の傷の様子を見に行くと、たいしたことはなく、リビングのソファからこっちをジト〜ッと睨んでいたのだ。

 母が言った。「あの子が言葉がしゃべれんで良かったね。バレたらえらいことだった」と。そう言う経緯があるので、猫に石を投げることはしなくなったが、なぜか、どうしても家の子らはいつもいじめられる。
 あたしが小さい頃なんぞ、友だちをいじめたことはあっても、泣かされたことなんてたったの一度もなかったのに。

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落ち着きを取り戻して眠たそうなネズ。こう見えても、やるときゃやるのだ。愛するタロちゃんのためなら、仇はちゃんとうつのだ。負けないのだ。

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阿蘇の味

 友人が阿蘇でお漬け物屋さんをしている。『志賀食品』。ここの高菜漬けは最高だ。いろんな高菜漬けが出回っているが、この老舗の味を越えるものはないと断言する。

 その友人が、「レシピブックを作ろう」と本日やってきて、一緒におにぎりを作って写真に撮ってみた。私の写真レベルでどうかな…と思いながらやってみた。

 炊きたてのご飯にいろいろと具を混ぜる。高菜おにぎりも勿論おいしいけれど、意外に梅肉と生姜のおにぎりはおいしかった。焼おにぎりにして、ダシをはってお茶漬けにするのもいいな!と思ったことだった。

 実は、この撮影は、家の風呂場でやっている。写真家の森君が、「かずさんとこのお風呂場は光りの回り方がいいよ」とアドバイスしてくれたのを思い出した。
 風呂場でおにぎり、とはなんとも可笑しい図だが、友だちは「これでいい!」と納得。これがプロが撮っているならば、「これがいいっ!」と叫ぶのだろうが。ま、手作り、手作り。しかし器に光が反射してて、ここが素人なんだよね。

 終わって、スタッフで食べた。本日のまかない飯は、「おにぎりいろいろ」。アシスタントのえっちゃんが、「バラエティー豊かで、見ただけでお腹いっぱい!」と目をキラキラさせている。食った、食った、食った。
 さて、レシピを書かなきゃ、とデスクに座ったはいいが、「刻んでご飯に混ぜて握って完成」の他に何も書くことがない…。盛り上がったはいいが、ガランとあいたレシピブックのスペースをどうやって埋めるか、只今思案中。

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梅肉とカツオ節、それに生姜を加えたおにぎり。食欲のないときにいいです。

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高菜の新漬けと梅肉。これは色鮮やかで見た目もきれいです。

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これは王道です。おかずなんていりません。
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たくあんを刻んでゴマと混ぜたもの。アシスタントのえっちゃんはこれに食いついた。

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清水谷弁護士

 ずっと前、親戚のバカ坊主がヤミ金に手を出し、親戚中にヤミ金からそいつとの関係を尋ねるというより、脅迫まがいの電話がかかってきた。一同は震えビビリ、母ちゃんも私もうろたえた。
 私はすぐさま、知り合いの清水谷弁護士に連絡をした。「決してビビッてはだめよ。法的手段をとると言ってやれ。何かしようものなら清水谷が出てくると!ねっ!」。おー、なんと頼もしい男なのだと思ったことだった。

 清水谷洋樹弁護士。彼とはラジオを通じて知り合った友人だ。たまに私たちの番組に出ては、法的問題をフランクにかみ砕いて話してくれるのでリスナーに人気なのだ。

 彼のおかげで、ヤミ金対処法を学んだ。奴らのやり方は、脅迫、泣き落とし、口説き落とし。それにみんな役者顔負けの演技力がある。そもそも借金をして返済しない方がいけないのだが、それにしてもあの玄人のすごみは恐怖感のなにものでもない。

 清水谷弁護士からアドバイスを受け、対処する私にも余裕がでた。脅迫の電話には、「私も探し出して袋叩きにしようと思ってましてね。お宅が先に探し出したら必ず家に連絡してよっ」と逆すごみで返した。
 泣き落としには、「あなたもね、こんな商売いつまでもやってたらダメだって。子どもさんも小さいんでしょ。まっとうな仕事ばせんといかんよ…」と優しく説教。ただ、ここまでは想定できるが、口説きの手があるとは、私もしらなんだ。

 「なに、君も借金の肩代わりしてるの?大丈夫?女の子なのに、可哀想にねぇ。思わず同情しちゃうよ」。これにゃ参った。声色が俳優の保坂尚輝そっくりなのだ。のど仏をクルクルとならしながら出すような甘い声。思わず、「どっかでお会いできませんかね」と誘ってしまおうかと思ったくらいだ。

 清水谷弁護士によると、こういう場合、自分は本人とは接点がない!ということを明確に伝えることが大切とのこと。彼らは、あわよくば、借金を肩代わりさせようという魂胆なのだから。おかげで、それ以来どこからも電話がかかってくることはなくなった。となると、少し物足りなくもなったが、もうあんな経験は勘弁島倉千代子である。

 清水谷弁護士の趣味は野球とバスの運転(大型免許取得している。笑)。なかなか気骨で能力のある弁護士である。困ったことがあれば、「清水谷弁護士事務所」まで。

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清水谷洋樹弁護士。東大法学部卒。結婚していい面構えになりました。冬にはパパに。

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弁護士のバッジ。真ん中には天秤の模様が刻んである。フィレンツェのフェラガモ本店の前に、裁判所にある天秤を持った女性像の本物が立っている。

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RKKの営業の山田真之君。『貫一&お宮』の担当。イケメンに変わって、私も超ご機嫌なのだ。

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栗の渋皮煮

 栗の渋皮煮を上手に作る人を心から尊敬する。まず、皮むきで、あの薄い渋皮を残したままで剥けたためしがない。
 次に、型くずれすることなく、ほっこりと煮ることができること。重曹を入れて煮ると聞くけれど、それにしても鍋から離れることなく見守るのは忍耐が必要だ。
 最後に味付け。甘すぎず、ほどよく。この砂糖加減が難しいのだ。母のお友だちが「栗の渋皮煮」を持ってきてくれた。今年、最初の渋皮煮である。
 おいしいそれをいただくと、秋がグッと深まってきたことを感じる。そろそろ、上着を一枚 多く着込む季節に突入するような今日の風だ。

Photo_7 じっくりと、ゆっくりと作られた栗の渋皮煮。ほっこりと口に広がる栗の風味。甘さが邪魔をしない、ほどよくいい味加減。

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冬の匂い

 この季節になると、ばあちゃんと縁側で干し柿作りをしていた頃のことを思い出す。干し柿づくりの日は保育園をお休みできた。母が休ませるのを嫌うとばあちゃんはいつもこう言った。「お絵かきも歌も毎日できるばってん、干し柿作りは今日しかできん!」。すごい説得力だったね、と今でも母と思い出しては笑う。

 ばあちゃんは、小さい私に包丁を持たせて柿の皮を剥かせてくれた。じいちゃんは「危なか」と心配したが、「なーん、ケガくらいせんと包丁ば握りきらんごとなる」とそれにも一蹴していた。おかげで私は、早い内から包丁は扱える子どもだった。

 縁側で晩秋の陽射しの中に包まれていると、庭に咲く菊の花の香りがしてきたものだ。私がそれを手折って、結い上げたばあちゃんの髪にさすとニッコリ優しい顔で笑っていた。猫毛の私のおかっぱの髪には、菊の花をヘアピンでとめてくれた。

 干し柿作りに飽きると私は、菊の花でおままごとをした。花びらをバラバラにしてお茶碗に盛ったり、水に浮かべたり。雪、と言って梯子に登って降らせたり…。
 花びらと戯れた私の小さな手には、たっぷりと菊の花の香りが宿っていた。

 菊の香りは、ばあちゃんとの優しい時間を運んでくれる。それは、キュッときつく抱きしめたくなるような愛おしい思い出のひととき。
 それから、幼なじみの女の子の横顔や、とっぷりと暮れた家の前の道ばたの風景、叱られて家に入れなかった日の切なかったことなど、幼い日の私の時間が走馬燈のように蘇ってくる。

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晩秋の陽射しをたっぷり浴びた菊の花は、豊かな香りがする。

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花びらをちぎっては、器に盛っていた。菊の花でのおままごとが大好きだった。

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優しい味

 昨日は具合が悪くて、食欲も減退。なんとか、食べる気を起こそうとブログに食い物のことを書いて奮起するも、母はお友だちと食事にでかけていた。「食い物ないじゃない」。ついその数分前に料理家の道を目指したものの、今は作る気がしない…。
 とそこへ、ご近所の料理の達人、村田おばちゃんが晩ご飯の差し入れに来てくれた。

 サンマの蒲焼き、冬瓜のそぼろスープ、大根葉、昆布と椎茸の佃煮。私の大好きなものばかり。そして全て手作りだ。中でもサンマの蒲焼きにおいては、一流の料亭に出してもひけをとらないほどのおいしさ。すぐさま食った。温かいご飯と一緒にかきこんだ。冬瓜スープも、椎茸といりこのダシがきいて香りが豊かだ。心も体も温まる。あぁ、幸せ。

 食べ終えた頃に母が帰ってきた。今夜はお土産がある。豆腐のコロッケで、まだ温かい。三年坂にある豆腐料理専門店の『鈴の家』の女将さんが、私のために土産にもたせてくれたらしい。いつも白和えだの、湯葉を余分にくださる。それがどれも、めちゃくちゃおいしい。
 早速お礼の電話をすると、「かずちゃん、ご飯はちゃんと食べるのよ。何しろ体が資本だからね」と元気な声で励ましてくださった。あぁ、幸せ。

 どれも「優しい味」がした。誰かのためにと心を込めて作られた味がした。おいしいものと幸せは直結している。それは、そこに愛があるからだと、確信したことだった。

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村田おばちゃんのサンマの蒲焼き。サンマの香ばしさに甘辛のタレと生姜の風味。えもいわれぬおいしさである。

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冬瓜のそぼろスープ。ダシのきいた温かいスープに心も体も温まった。どうしたら、こんな優しい味が出せるのだろう。
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「鈴の家」の豆腐コロッケ。まだ温かかった。すぐパクついた。おかげで元気が戻った。感謝です。

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料理家への道

 食べるのは好きだが、作るのは…なぁ…。なんて思っていてはいけないのだ。ここまでくると花嫁道具にゃならないけれど、今、真剣に料理上手になろうと思っている。
 いやなに、これでも料理ができないわけじゃない。母がいないときは、スタッフのまかない飯も率先して作っているのだから。

 まず目指すのはフレンチだな。バルサミコ酢づかいの達人になるぞ。魚だってさばくもん!『るぽわそ』の田中さんとこに弟子入りすることも考えている(言うばっかり!と田中さんからいつも言われているが…)。『アマファソン』の小幡シェフになると、「料理?無理無理。君には無理。僕んとこに来てわがまま言って食べてる方が君にはむいてる」と頭ごなし。失敬な。

 実は、突然のこの盛り上がりは、函館の『TACHIKAWA CAFE』のブログにあった。「グランマの幸せレシピ」というタイトルで、料理上手のマダムのレシピがうようよ出てくるのだ。どれもおいしそうで、おいしい物に毎日向き合う暮らしってなんてステキなの、と思ったわけだよ。おいしいものと幸せは直結しているものね。

 たいがい三日坊主で終わってしまうが、今回ばかりは食い物だけに楽しみが違う。お菓子づくりにも挑戦するつもりだ(自信ないが)。盛りつけもね。
 この私に真剣に付き合ってくださる方を募集する。フードコーディネーターの大阪の瀬口っちゃんよ 、いいレシピ、待ってるぜ。

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「おっ!早速こしらえたの!旨そうなビーフシチュー。それもプロ並みねっ!」と思った方もいらっしゃるでしょうが、これは熱海の有名な洋食屋さんとこのメニューでしたっ!

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思い出

 本日は体調不良。一日、使い物にならなかった。締め切りだというのに、入稿をM田部長やスタッフにまかせてしまった。すみませんでした。「鬼の霍乱」というやつだ。学ランではない、カ・ク・ラ・ン。

 そんなとき、モリケンから一枚のステキな写真が届いた。立待岬で、山肌の風景を撮って、とリクエストしたものだった。こうして眺めてみると、あの岬に吹いた風が、ここにも渡ってくるようで、清々しい気持ちになる。
 プロだから上手なのは当然だけど、いつも森君のショットのどれからも、いくつもの物語が立ち上ってくる。

 お礼を言おうと思って、森君のブログにお邪魔したら、あーた、私が物欲しそうにカニの試食が手渡されるのを待つ顔が貼ってあるではないの。おぞましいやら、情けないやら。
 北海道を旅されることがあると思うが、市場では遠慮せずに試食三昧をするといい。お腹がいっぱいになれるし、カニがそう珍しくなくなるし、買わずにすむし(笑)。

 そんなことをつらつら考えていたら、函館でのことがずいぶん前のことのように感じられる。あの街は本当にステキな街だ。何度も足を運べば、もっと心にグッとくる場所や人に出会えるのだろうな。
 ハイカラなのに観光地然とした構えのないところがいい。自分たちの歴史を大切にしているのが伝わってくる。『TACHIKAWA CAFE』もステキだった。もう少し、あそこにいたかったな。『ラ・メゾン・ド・カンパーニュ』のフレンチレストランもいい雰囲気だった。
 今、一番好きな街は?と尋ねられたら、函館、と答えると思う。いっそ住んでみたい、とも思う。なぜかあの街は、私を惹きつけてやまない。

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写真家・森賢一撮影の立待岬です。絹雲のはかなさがステキでしょう。

Photo 森君が撮ると、アップルパイの人生までも小説仕立てにしたくなる。上手ねぇ、ほんと。ため息。ここまでは撮れなくても、もそっと先にいきたい。森君に指導してもらお。写真=森賢一

Photo カモメだって、番屋だって、ほら、こんなに切なく感じるでしょう。切ない切ない切ないな…。写真=森賢一

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変わった野菜、可愛い野菜

 どろんこのロケで直売所に行った。合間に、いろいろと買い物をした。トイモなるものを買ってきた。別名「ハスイモ」とも呼ばれている。これを酢の物にするとおいしい!と直売所所属の料理研究家のおばさまが教えてくれた。
 まず皮を剥いて、ささがきにし、軽く塩をふってさっと洗って絞る。これに甘酢を加えて混ぜてゴマをふるだけ。一度、お試しあれ。

 ラディッシュがえらく可愛らしかったので買った。これはいつも調理するときに悩んでしまう。あんまりその姿が可愛いので、葉っぱから外すのをためらってしまうのだ。ただの大根の一種と思えばいいのだけれど、いつも、飾っただけで満足してしまう。
 これも甘酢漬けがいいらしい。泣く泣く葉から丸くて赤い根部分を切り離し、甘酢漬けにして冷蔵庫で眠らせている。明日の朝は、たっぷり甘酢が漬かって食べ頃だろう。
 だが、可愛い女の子を始末したような後味の悪さは、今も残っている。

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これがトイモ。シャキシャキしておいしいのです。長芋とは少し食感が異なるでしょうか。

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なかなか調理できないラディッシュ。あんまり可愛らしくて、葉を外せない。ここはひとつ、心を鬼にして酢漬けにしてみた。明日の朝は、私の胃袋の中におさめられる。

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山里に大物政治家現る

 どろんこ塾の「ばってん甘柿」のロケに行ってきた。今回の塾生はヒットだった。なにせ、大物政治家登場だもの、大笑いした。うえだきょうせい君とまなちゃん兄妹。兄ちゃんは妹と身長が変わらない(そのうち大きくなっていくんだろう)。

 この兄ちゃんが、ガキ大将そのもの。声はハスキーで早口。笑った顔が、鈴木宗男そっくりで、「鈴木宗男がいるっ!」と言い出すとクルーに大受けした。それからみんなで「宗男、宗男」と呼ぶようになった。取材先の農家のお父さんまで「宗男君」と。久しぶりに「昭和の匂い」をした男の子に出会った気がする。
 ばってん甘柿の収穫やら出荷のお手伝いで彼は、てらうことなく何でも率先してやる。きっと、ご両親がのびのびと育ててらっしゃるのだろう。

 ロケではいつも、お昼ご飯をお邪魔するようになっており、各家庭の料理を食べさせてもらうのだが、最近は、酒に合う料理がよく出されるようになった。
 テレビで私が「酒飲み」と知った取材先の方々がご用意してくれるのだ。カメラがまわってないとこで、「塾長、焼酎ばあげましょうか?」と必ずすすめられる。「うひょ!」と喜ぶも、すぐさま監督からNGが出される。「これは子どもたちがよく見てる番組です。夜中の番組ではありませんからね」とぴしゃり。隣で子どもたちは、ケケケッと笑っている。

 私は、ロケでは一切子どもたちを甘やかさない。ベタベタもしない。ロケの合間に子どもらの前で煙草も吸う。けれど、遊ぶときは一生懸命遊ぶ。勝負じゃ一歩もひかない。すると不思議と共同隊意識が生まれてくる。次第にコメントする子どもの表情や言葉も変わる。
 子どもが素ならば、私も素である。だからいい絵が撮れるのだ。自然体、それが番組の人気を呼んでいる理由のようである。

 子どもとの番組づくりはご苦労があるでしょう、とよく言われるけれど、んなことはない。大人が「繕う」ことをしなければ「収穫」はいくらでも転がっている。みんな共同隊。だから、スケジュールがタイトでも、この番組はやめられないのだ。

 以下、どろんこ劇場↓

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鈴木宗男。こと、うえだきょうすけ。小学4年生。
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渋柿を食わされて、今日のロケは渋柿収穫なのか…と落胆する宗男。
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妹のまな。こんな顔にしてしまったのは、兄の宗男のしわざ。
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うえだ兄妹。兄の宗男は、ゴルゴにもなる。これは「炎」に入る前のポーズ。
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柿農家でいただいたサラダ。大根と柿とレモンをヨーグルトで和えたものにマヨネーズ。これ最高でした!
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柿とチーズの生ハム巻き。酒が欲しくなる。「塾長、焼酎ばあげましょうか?」とこそっと誘うお母さん。つい、「はい!」と答えそうになった私。
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秋の山里を撮っているクルー。この他に監督がいる。みんな男性陣ばかりだ。Photo_7
ぱってん甘柿の収穫。これは宗男の収穫分。お土産もいっぱいもらってきた。Photo_8
すっかり風が冷たくて。山里の秋も深くなった。今回の「どろんこ塾・ばってん甘柿編」は、12月27日と1月3日にオンエアされる。お楽しみに!

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おはよう

 今から、どろんこ塾のロケに行ってくる。今日は少し、時間に余裕があるので、ブログを更新してから出かけるとする。と言っても、長話は無理だ。

 朝から、豆サラダを食べた。ひよこ豆や枝豆をおからとドレッシングとマヨネーズで混ぜたものだけど、あっさりしてて、いくらでもいける。
 これとコーヒーを一杯のんで、いざ出陣。ばってん甘柿のお勉強。面白いネタも収穫できればいいけれど(笑)。
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いろいろ豆が入ってます。ヘルシーでおいしー。

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母ご飯

 「母ちゃん、だご汁、食べたい!」。「お安い御用で!」。機嫌のいいときの母のセリフだ。彼女がこのブログを見ないから言うが、うちの母ちゃんは料理上手である。

 とにかく、手際がいい。料理が出来上がっている頃には、流し回りが完全にキレイに片付けられているのだ。ホイホイと素材を用意し、さっさと刻んで、あっという間に鍋においしい料理をこしらえる。今回その過程を撮影していると、「これの何が面白いとかい?」と首を傾げた。

 本日のメーンメニューはだご汁だった。しかし、食うのが先で、出来上がりを撮影するのを忘れてしまった。それほどに、できたての熱々はおいしい。

 だご汁を作っている間に、漬物を盛る。パパッと盛るだけだが、なんとも様になる。次にトマトをポンと出す。母ちゃんは、いつもきちんとトマトの皮を剥く。感動するのは、包丁できれいに皮を剥けるという技術である。私なら、決してこうはいかない。

 熱々のだご汁に、ご飯。きゅうりの漬物にトマト。これだけで、心もお腹も充分に満たされる。だご汁の作り方は分かるとしても、この味は出せない。母ちゃんの料理がおいしいのは、レシピへ向かう下ごしらえの潔さと味の決め方のスピードの早さが関係している気がする。

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あげ、椎茸、大根、里芋。この素材で、母ちゃんのだご汁作りがはじまる。

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母ちゃん手作りのきゅうりの漬物。しゃきしゃき感が残って、塩味もいい感じ。

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「ホイ!」と皮を剥かれて出されたトマト。あっという間に、鮮度抜群の一品が出来上がる。この早業には感動する。

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料理の途中Vサインで決める、母・節子。もうすぐ、72歳の誕生日が来るね。森君の賢妻のみーちゃんを実の娘のように思っている。「私はかおりんの母でもあるよ」とも、昨日遊びに来たかおりんにも言っていた。いい娘が多くいていいね、せっちゃん。B型。11月3日が誕生日です。でもその日、私は熊本にいない。ごめんな。元気で頑張れ!

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また焼き鳥

 ライターの福島はるみちゃんと、水前寺の焼き鳥屋で飲んだ。ネタのほとんどはパチンコ話だった。大笑いしたのが、彼女のママとのパチンコ話。はるみちゃんに大当たりが来ると、彼女はママに向かってニッコリ笑うそうだ。ママは、そんな彼女にこう言う。「はるみちゃんの、大当たりしたときの笑顔って最高!」だと。何とも、涙が出そうな親子愛である(笑)。

 私も先日、母とパチンコに行った。『天国への階段』を隣同士で打つも、私には大当たりが全く来ない。違って母は連チャンでいい調子。母は大当たりをするたびに、玉を私に横流しする。最初は、「ありがとう」と言っていたが、ずーっと出ないと申し訳なさがつのる。なんだか、老人の年金を横取りしているようなやりきれなさを感じてしまうのだ。これに、はるみちゃんが「そうそう!」と同感。痛い思いは同じなのだ。

 私はビールからワインに切り替えた。はるみちゃんは冷酒だ。グイグイやる二人。がんがんいく二人。酒が入ると仕事の話に及んでしまうが、熱く語りたがるのは若い人のすること。40も過ぎれば、いわずもがな、なのである。
 隣に座り合うだけで、彼女がどんなにステキで、どんなに優れた感覚の持ち主であるかがわかる。

 水前寺の『焼き鳥一番』の焼き鳥はどれもおいしい。連夜の焼き鳥とワインだが、飽きない。ここのおすすめは「ホルモンの煮込み」だ。しょう油とニンニクで味付けされた、コリコリとした食感のそれは、女二人の酒をついついすすめてしまう。

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ニンニクしょう油で味付けされたホルモン。一味唐辛子をたっぷりかけていただく。コリコリとした食感がたまらない。どんだけでも酒がすすむ。

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かおりん妄想する

 このブログによくコメントをくれる「かおりん」。どんな女性なんだろう…?と思っている方も多いはず。昨日、ちょっくら、我が家に顔を出してくれたので、あんばいよくご紹介ができる。

 KABに勤務する彼女は、あの角垣前社長(現在は会長)の一連のユニークなCMを作った立役者である。どのパターンも大笑いした。あの社長を猛獣使いのようにあしらえるのは、おそらく彼女だけだろう。

 今日は、いろんな話をした。他人の恋愛修羅場の話に及ぶとかおりんは、「ふむふむ」と宙をあおぎ、恍惚な顔を見せる。何やら思案中のようである。
 実は彼女、恋愛小説を書いており、経験値が少ない…といっては、他人のネタをこうして時々横取りするのである。本日の収穫は、私から仕入れた恋愛修羅場ネタだ。

 それは、私の知り合いの実話で、「今、男ともめている!」と尋常ではない様子で電話がかかってきたことがある。最初は何事かと驚いたが、直後だったせいもあるだろう、生々しい修羅場の出来事が、夜中の暗闇に浮かび上がったものだった。詳しくは言えないが、それはそれは、恐ろしい地獄絵のようだった。
 興奮した知り合いがその状況を事細かく説明するところへ、私はあろうことか、メモをとりはじめた。仕事柄そういう癖がついてしまった、という話をかおりんにしたのである。

 彼女が食いついたのは、その中のあるシーン…。かおりんは、パンッと手を大きく打って、「ふむふむ」から「うむうむ」へと声色を変えていく。どうやら滞っていた彼女の小説が大きく展開しそうな様子である。

 「花一代」も終わったことだし、かおりんの小説をこのブログにあげてみては、と提案した。おそらく本日は、ハチマキを締め、自分の部屋にこもって物語を書き進めていることだろう。近いうち、彼女の小説を発表できればともくろんでいる。

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これが「かおりん」です。ポーズを決め決めしているが、化粧ははげおち、リップもとれて…。小説家を目指している彼女の夢は、印税で悠々自適に暮らすこと。Photo_2
かおりんのお土産のマロンロール。栗ペーストの甘さと、スポンジのほどよい甘味が絶妙。生クリームの抑え方がいい。美味にございますぅ!!

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ウォーキング焼き鳥

 肉襦袢が重くなった。そんなに食ってないのに…(いや、けっこー食ってるかも)。代謝が落ちたことが一番の原因だろう。そこで母とウォーキングをすることにした。

 夜の7時過ぎに原稿仕事を終えたのはいいが、原稿の中にフレンチレストランの話を盛り込み、函館のカフェのマダムから「ぜひ見て」と言われたブログを見ていたら、ヨーロッパの家庭料理のレシピがうようよ出てきて、すっかりワインが飲みたくなった。

 とりあえずウォーキングはスタート!と相成ったが、せっかく歩くのならワイン専門店まで歩こうと、首にはタオル、ポケットには5千円札を忍ばせて向かった。

 よく行くワイン屋さんでは栓がスクリューになっている赤と白を買った。「コルクは嫌いだったよね」と店主。そうなのだ、コルクを抜く作業がおっくうなのだ。女二人の家で男手が必要だなと思うときは、電球の取り替えとワインの栓抜きのときだといつも痛感する。

 ワインを抱えてウォーキングの折り返し。今度は別ルートを行くことにした。遠くに赤提灯が見えてきた。幼なじみのお兄さんがやってる屋台の焼き鳥屋『和』だ。川沿いにひっそりと立っており、車の往来が少ないのでウォーキングコースとなっている場所だ。焼き鳥屋といっても飲食ができるスタイルではない。だが、都合のいいことにワインを持っている。それに、ポケットにはまだお金はある。

 「鶏皮焼いて!豚バラ、アスパラ巻き、牛串、ねぎま」とオーダーし、グラスをくれ、と付け加える。「ここで食べて飲んでいく」と言うと大笑いされた。

 月夜の中で焼き鳥とワイン。なかなかいい。立ち飲み、立ち食いはなんだか刺激的だ。ご近所のおじさんやおばさんがウォーキングの途中でのぞいていく。「かずこちゃん、よか調子ね!」。この人づき合いもいい。

 消防団の川端君が、夜警の夜食に焼き鳥を買いにきたと自転車でやって来た。彼もご近所さん。「ま、一杯飲まんね!」とワインをごちそうする。もう、完全におっさん状態である。母校の中学校が川向こうに見える場所で飲む酒はおいしい。ホームグランドの温かさにしみじみ酔うも、肝心のウォーキングの効果は期待できそうにない。

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持ち込み。立ち食い、立ち飲みはおいしい。いい酒場を見つけたものだ。

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焼き鳥『和』の店主。岩本和則さん。私の幼なじみで、小さい頃から可愛がってくれている。

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川沿いにポツンと立つ焼き鳥『和』。ウォーキングするご近所の顔見知りが声かけていく。
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あれ焼いて、これ焼いて、とオーダーする母。母はペットボトルのお茶で一杯やる。

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森田知事のうっとおしい熱さ

 はっきり言って、森田健作はうっとおしい。意味なく吠えりゃいい!ってもんじゃない。吠えるのが知事の仕事だと思ってやしないか。それにあの熱さぶりにはひいてしまう。元々俳優だったにしては、あの演技力のなさといったら。まさに、大根。
※ちなみに「大根役者」の意味は、芝居がヘタすぎて舞台から下ろしてしまえ!の下ろすと、大根おろしがかけられているらしい。

 あんなに息巻くってモノを申したにもかかわらず、あっさり納得。何も、人気の前原大臣を引きずり出さなくても。そこに、彼のいやらしいパフォーマンスを感じずにはいられない。

 大阪の橋下知事の職員とのメール騒動は、大人げないな…と思ってみたが、知事のこれまでの功績を認めている世論は味方した。これに、出遅れている森田健作は、ずっと焦っていたに違いない。

 ちょうどそこへ、「羽田空港ハブ化」が話題となり、彼の出番が回ってきたわけだ。森田は「よしっ!」とばかりに膝を打つ。ここぞ花舞台!と、「我々の成田空港は、千葉はどうなるのだ!」と吠えた。ところが、事態は一変。前原大臣の構想にすぐさま納得。森田劇場、あっさり閉幕となった。一体何をしに出てきたのだ。人騒がせな。

 熱さとヒステリックは違う。熱さと暑苦しいのも違う。森田知事は「熱血」をキャッチフレーズにあげているが、それは、「暑苦しいヒステリック」さに近い。空気が読めない…のは悲しい。千葉は「鉄砲漬け」とピーナッツがおいしいのに、残念だ。

Img55866611 以前、作家の谷村志穂さんが送ってくれた千葉の名物、『鉄砲漬け』。「これは、ウォトカと合います。ロシアの友人がリクエストします」というメールがそえられていた。落花生もおいしかった。千葉にはいい印象があるのに。キムタクも千葉出身だし。

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心象風景

 急に寒くなった。空がグンと高くなり澄み切った途端、太陽が遠くなり上空から冷気が降りてきた感じがする。陽射しも細くなった。

 大銀杏とて黄色に色づくのが間に合わない様子である。この深い秋の匂いと冷気を感じると、胸のスクリーンに何かが映し出されそうだが、それはとても漠然としていてなかなか見えてこない。

 「何だろう、この感触…?」。ずっと昔に感じた思いが巡ってきたようである。いや、違う。もっと切なくて、もっと心が躍ったような思い出。10年前、いや、青春の頃、いやいや、もっと幼かった頃のようでもある。どれなのだろう。

 悶々とそんなことを朝から考えながら、コーヒーを飲んだ。結局、あの感触に蘇るシーンははっきりと脳裏に映し出されなかったけれど、それでいい、と思った。くすぐったい思い出がいくつもあるのは事実である。
 それは、突然に独りで思い浮かべるものではなく、きっと、思い出を分かち合う人と再会したとき、もしくは、その人のことを思い出すきっかけに出会ったとき、「あぁ、あの日の朝の…」と確認するのだろう。

 心象風景は、そんな風に抱きしめるのが いいのかもしれない。

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風はいっそう冷たくなったけれど、まだ色づくのが間に合わない大銀杏。太陽が、葉の間からこぼれる。それは、夏の頃とは違いおとなしい光。それだけに、切ない。

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 海外を旅したとき、いつも感心するのが花の生け方。どうしたら、あんな風に、さりげなく花を飾られるのだろうと、いつも思う。気がつけば、そんな花の姿を知らず知らずのうちに写真に切り撮っている自分がいる。

 何度見ても思うのは、アレンジのセンスの良さ。花瓶に生けても、バケツに行けても様になる。特に、店の前のディスプレーにしてあった牡丹のような花は可憐だった。
 海外の旅では、最初は瀟洒で厳かな建造物に目がいってしまうが、目が慣れてくると、いつしか路傍の風景や、ホテルのレセプションの、誰も気づかないような場所がよりステキに見えてくるものだ。

 ホテルから5日も同じ道を通っていれば、パン屋や果物屋、ビストロの風景もお馴染みになってきて、食べ歩きも普通にできるようになる。そうやって時間を重ねると、体が目が心がすっかり慣れて、いっそここに住んでしまおうかな、という気持ちになってくる。何もかも日本に置いたままで。
 帰国の日はいつも、離れがたくてしょうがない。こうして旅の写真を眺めてみると、今でも心惹かれるのは、有名な建造物でも取材先のブランドショップでもなく、ポッと心がときめいた小さな光景ばかりだな、としみじみ思う。

 ストックホルム市庁舎の写真を探していたら、あの街で無意識にシャッターを押していたカットがあった。ちょっとステキに撮れていたので、ブログにあげてみた。

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ストックホルムの旧市街地のレストラン前。ねぇ、ステキな花でしょう。ダリアのようで牡丹のようで。名前はわかりませんでした。

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オスロのホテルのレセプションにあったバラ。何気ない生け方に心が動かされて。家でやってみたけれど、こうはいかない。

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篤姫さまぁ、大丈夫?

 鹿児島に行って来た。薩摩切り子と小松帯刀の取材だった。小松帯刀は薩摩藩の家老職の武士であり、薩摩隼人らしい強さ頭脳明晰さをもった男だったらしい。NHK大河ドラマの「天璋院篤姫」で俳優の瑛太がその役をやって以来、小松帯刀が好きになった。今では、瑛太が好きなのか、帯刀が好きなのかよくわからない。

 今回の取材では、資料にある話を伺うというより、帯刀が住んだという別宅跡を訪れて、しみじみとその空間に漂ってみることにした。当時の面影を残すその家は、現在も一般の方がお住まいであった。はてさて、私が薩摩の桜島を前に、小松帯刀という男をどんな風に感じてきたかは、来週木曜日発行の「熊日・美齢世代」を読んでくだされ。

 しかし鹿児島は、未だに篤姫人気が衰えていなくてびっくりした。桜島を借景に造られた見事な庭園を抱く「磯亭(千厳園)」には、平日だというのに多くの観光客がやってくる。ここは島津家の別邸で、明治に入ってからは本宅としても使われたところだ。

 ドラマ『篤姫』では、ここの正門が薩摩藩江戸屋敷の門に使われた。石橋のところに茶屋があるが、これは篤姫や帯刀たちが青春時代に通った団子屋のセット跡。

 瑛太もすてきだったが、篤姫役の宮崎あおいも可愛かったなぁ。最初は、あんな若い女優で大河の主役が張れるものかと懸念していたが、いやはや、あのシンデレラストーリー仕立てが良かったのだろう。高視聴率のおかげで、今も鹿児島は「篤姫さまさま」の経済効果に見舞われている。

 ただそんな篤姫様だが、プライベートは大変なようだ。夫の高岡蒼甫と破局の噂がまことしやかに流れている。排他的な悪ぶりがセクシーと言われていた高岡君だったが。2チャンネルでは裏の世界とのつながりなど、恐ろしいことが書かれている。もしそれが本当ならば、『パッチギ!』で彼のことを、いいな、と思った私の立場は…。
 今、芸能界は麻薬容疑者がおおわらわだという。火の粉が自分の身にふりかからぬうちに三行半をつきつけるのか。果たして、篤姫様の選択やいかに。

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大河ドラマ『篤姫』で、篤姫が江戸城にお輿入れしたときに、薩摩から届いたお道具の中にあった切り子を手にとって眺めるシーンがあった。そのときに使用された、切り子の瓶。宮崎あおいちゃんが手にした瓶を、私も手にしてきた。

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やんべ

 山部文成。彼とは長いつきあいである。例えばひとりぽっちの昼ご飯のとき…「そうだ、やんべに電話しよう!」。おばさん二人の酒じゃ盛り上がらん…「そうだ、やんべに電話しよう!」。調べものがある…「そうだ、やんべに電話しよう!」と、困ったときのやんべなのである。そうやって彼には、日頃から何かとお世話になっている。

 先日、待ち合わせの約束の時間が大幅に伸びた。どうしようか。そんなときは、「そうだ、やんべに電話しよう!」であったと連絡すると、彼はちゃんと電話に出てくれ、彼の店で時間を潰させてもらい助かった。

 今夜、原稿仕事を終えて、木野さんというカメラマンのブログをのぞいていたら、「やんべ」というペンネームのコメントがあった。もしやこれって、あのやんべか?ならば、「そうだ、電話しよう!」だ。「はいはい」とやんべは電話に出てくれた。その「やんべ」は、この「やんべ」に間違いなかった。スッとした。

 しかし、今日のやんべは忙しそうだった。その理由は。なにやら、周辺にゴキブリが「真っ黒クロスケ」みたく登場したらしい。「真っ黒クロスケたいっ、あのっ、クロスケっ!真っ黒のっ」。彼の頭の中には「千と千尋」の真っ黒クロスケがうようよいるようであった。

 相当に大勢だったのだろうな、と電話口で思うも、彼の興奮は少しも私を刺激しない。「だけんっ、強力なやつばっ買いに来たっ!」。彼のテンションは高いまま。
 こちらはひどく冷静に、「そんならバルサン焚いたら?」と進言するも、「いやいやっ、もっと強力なっ!きょきょっ、 きょっ!?」と、売場で“強力なゴキブリホイホイ”を求めて視線を泳がせている彼の姿が見て取れる。

 どうやら今日のやんべは使い物にならなさそうだ。「お取り込み中なようだから、また電話すんね」と言って早々に電話を切った。その後で、はた、と思った。ゴキブリより、いい女を捕まえなっ!と言うのを忘れてしまった。

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やんべ。つるんとしたお肌がきれい。「キャプトクリエーターズ」の店長。「エヌシーくまもと」が入るビルと「先春堂(お茶屋)」の間の路地沿いにショップはあります。シルバージュエリー、皮革アイテムやウエア、小物など、いい男こそが似合うアイテムを揃える店です。096-297-8639。ネットでも商品をご紹介しています。ご愛顧、よろしくお願いします。

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違和感…

 オバマ大統領がノーベル平和賞を受賞したが、すごい違和感を感じるのは私だけではないと思う。

 というか、オバマさんは「核廃絶を!」と叫んだだけで、まだ何もやってない。まだ一歩も進んでない。なのに、何を持ってノーベル平和賞をあげるのだ????
 アメリカにご機嫌をとっているようにしか思えない。しかし、考えようによっては、核廃絶のプレッシャーを与えたことにはなる。ノーベル賞まであげたんだから、キチッとやってよね!的な意味合いが実は根底にあったりして。

 スウェーデンのストックホルム市庁舎がノーベル賞の授賞式の会場だが、平和賞だけはノルウェーのオスロで行われる。
 昨年、媒体のプレス向きに用意される企画で北欧を訪れた。そのとき、授賞式会場を見てきたが、それはそれは権威ある賞に相応しい建物であった。
 受賞者と国王を交えての晩餐が開かれるが、そのときに出される食事もいただいてきた。それもそれも美味なる味で、シャンパンもたくさん飲ませてもらった(いい仕事だったぁ)。

 普通の人が味わえない食事と思えば、この体験の大きな価値こそを感じた。私にとって「一生の宝物たる思い出」となったものだった。今でも、こんな私がいただいて良かったのかしらん…と畏れ入ってしまうほどなのに。

 食い物でその価値を伝えるしか能のない自分が情けないが、私には、それほど威厳あるものに感じたのだ。だからこそ、今回の決定が残念に思える。この受賞を「アメリカへの迎合」と思う人もいるだろう。たとえ、他に意図的なものがあるにせよ、ノーベル平和賞は、そんな軽々しいものであってはならないと思う。

 日本では過去に、佐藤栄作元首相が「非核三原則」でノーベル平和賞を受賞した。それは被害者側が唱えるからこそ、意味があった。張本人のアメリカが『核廃絶を!』と言うのは当たり前。それでノーベル平和賞をもらえるような偉い話ではないと思う。

Photo_5  昨年訪れた、スウェーデンのストックホルム市庁舎。ここで、ノーベル賞の授与式が行われる。平和賞はノルウェーのオスロ。従ってオバマさんはここには来ない。

1 表彰式が行われる「黄金の間」。装飾の素晴らしさもさることながら、空間に漂う威厳に気圧された。

Photo_7 晩餐の会場。国王一族と共に、ここで華やかな宴が開かれるのだ。

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さすらい病

 旅が多いせいなのか、帰ったらまたどっか行きたくなる。仕事場の窓を開けていると、秋風が忍び込んで来る。こんな風を右の頬で受けていると、こうしゃいられない!と、どこかへ出かけたくなるのだ。できることなら、ずーっとさすらっていたいとも。

 いつからか、「旅のあり方」が変化してきた気がする。私の旅は、ほとんどが仕事の場合が多くて、そこで感じてきたこと、旅先で秘めた感傷、立ち上る物語、そういったことをつらつらと書いているせいかもしれない。

 何気ない路傍、海に沈む夕日、港町、カモメ、山間の里にのぼる煙、石ころの道、川の流れ、夕刻の人々の帰り支度、そんな日常の光景の中に「旅情」というものを感じたりする。だからか、観光向けの張りぼてのスポットや土産品を見れば、少なからずゲンナリしてしまうのである。
 幸い私の旅の仕事は、「あえて、そんなところには行くな」という内容のものばかりなので、マイペースですすめることができるのでありがたいのだけれど。

 「観光」と「旅」は違う。見て、食べて、買って、帰って来た。これは「旅」ではない、と思う。たとえ、ひどくまずい港町の定食屋に入ったとしても、そこにしかない気配がある。それを感じてくるのがいいのだ。整った土産店で干物を買うより、小さな魚屋で新聞紙にくるんで渡される干物の方がなんぼ価値があるか。

 観光地を多く巡ったとて、感情に残らないものばかりを見てきてもつまらない。それよか、例えば、参道の茶店でお茶を出すばあちゃんの人生を想像してみたりする方がいい。ならば、別に遠くへ出かけることもないと思われるが、日常から離れた場所だからこそ、そういった感覚が生まれるのだ。パッケージに惑わされない「旅の本質」を見つけると、旅のあり方が全く別のものになる。

 山下画伯の気持ちがよくわかる。あぁ、どっか行きたい。明日、鹿児島には行くが。

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この夏の下田の海。伊豆の旅の途中、なにげに写真に切り撮ってきた。

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休日の遅い朝食

 休日の朝だ。母が徹底的に掃除や洗濯をすませている間、私は猫たちと散歩に行く。散歩でいつも空の様子を確認する。本日は、雲一つない秋晴れである。

 うちのコ(猫)たちの散歩の楽しみは、隣の畑の草を食べること。胸焼け防止なのか、胃袋の中の毛を取り出すためなのかわからないが、むしゃむしゃとそれを食べる。畑の持ち主のおじさんも、あのコたちが食べる草があるからと農薬をまかずにいてくれた。四季折々に野菜を作っておられたけれど、その畑も冬にはアスファルトになる。

 散歩を終えて帰ってくると、キッチンからコーヒーの香りが漂ってきた。コーヒーの香りって落ち着くよね。母が遅い朝食を用意していた。

 好物の「石垣牛のウィンナー」に目玉焼き。今朝の皿は、「ウルトラマンがシュワッチをしているところ」だそうだ。私をいくつだと思っているのだ。

 先日、このブログでも紹介したけれど、沖縄の「石垣牛のウィンナー」にはまっており、またあらたにオーダーした。何度も言うが、これは牛肉を食べているようでとてつもなくうまい!

 おばがお得意のポテトサラダを作ってきてくれた。おばのポテサラは、ジャガイモをこし器で完全につぶしたものにタマネギとゆで卵を加えマヨネーズと酢で和えてある。これがおいしい。このポテサラを少し甘みのついたパンにサンドして焼くのが母流だ。

 そしていれたてのコーヒー。ゆっくりと時間が過ぎる休日の遅い朝食は、お昼から夕方にかけてのお腹の空き具合の調子を狂わせるけれど、なんともほのぼのとして平和。

 散歩から帰った猫たちもご飯をたっぷり食べ、私たちが食べ終わる頃は、もうお昼寝に突入していた。今日はゆっくり本でも読むか。明日から、また締め切りが始まる。

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パンの中のポテトサラダが抜群においしい。少し甘めのパンとよく合う。このパンは、煙草を買おうとして『エブリワン』に寄ったときに買ったもので、おいしかった。「卵たっぷりのなんとか…」とあった。

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母作。「ウルトラマン」だそうな。切り目が入れてある。三本の石垣牛ウインナーは「シュワッチ」だと。あたしには、ウルトラマンが「おほほ、おほほ」とオカマ化したようにしか見えないが。

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お散歩の後、満腹になってすっかり眠気が襲っているようで。平和、平和。しみじみと、ありがたい。感謝。

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モリケン

 写真家・森賢一。通称モリケンとは、最低月に1〜2度は旅取材で一緒だ。ずいぶん長いこと共に仕事をしているよなぁ、とつくづく思う。彼と初めて会ったのは、彼らカメラマンたちで作った雑誌「フォトグラマー」という本の編集を引き受けたことがきっかけだった。今から13年ほど前のことだろうか。

 そのときから気骨な青年だなぁとは思っていたが、今でもそのガッツは変わらない。最近はいいお父ちゃんの顔が板についてきた。何よりここの嫁が気立てのいい娘。福永家を実家のように慕ってくれマサノブを連れて遊びにきてくれるのだ。男は守るものがあると、その男ぶりも上がるものなのだろう。

 ブログでモリケンの横顔を紹介しているが、いつも酔っぱらっていたり、お疲れ気味の帰り道だったりするので、ちゃんとかっこいいところも見せなあかん、と思って、今回いいショットが撮れたのでご披露することにした。彼の函館区公会堂での撮影現場である。

 私はいつも旅では、ひとりで心を浮遊させることが多い。「えしれん」ところに心が行ってしまって、そのときモリケンがどこにいるかは知らない。モリケンにしてみても、心を異次元の世界に移して、レンズに向かっているのだろう。その間、我々は別行動(心が)で、全く違うところでそれぞれに浮遊しあっているのだ。だから、モリケンがどんな風に撮っているかは、ほとんど見ることはない。

 今回たまたま、モリケンが独りの世界で光景を切りとっている姿を目撃した。彼に知られないように、こっそりとらえてみた。いい仕事をするアーティストは、人の目が向かないところで独自の世界観を引き連れ、孤高に持して光を浴びているものだ。これが、その証である。

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モリケンから送られてくる函館の写真が楽しみだ。どんな期待のショットが詰まっているのだろう。ところで風邪治ったのかいな、とーちゃん。

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函館・続編

 函館駅近くにセルフ焼き鳥屋があった。自分で焼き鳥を焼いて食べるものだ。その珍しいスタイルに最初は食いついたが、炭の火加減やら焼き加減が気になって酒を飲んでいる気がしない。「お帰りになる頃には、みなさん上手になりますよ」と店員さんは言うけれど、今度函館に来るのはいつのことやら。せっかく身についた「技」も、二度目の来店の頃にはまた初心者に戻るのだろう。

 この店、変わっているのはスタイルばかりじゃない。薬味の種類も豊富で、その内容も変わっている。マヨネーズ、カレー粉、ゆずごしょう、バターまでは理解できるが、首を傾げたのが、「アンコ」。はてさてそれは、あん肝のことだろうか、はたまた何かの詰め物(例えばギョーザとか)なのかと尋ねると、あの、ふつーの、小豆で作った甘いアンコだと言う。

 肉にアンコとは奇妙な構図だが、やってみる価値はある。面白いのでオーダーしてみた。まず、羊の串焼きにつけて食べてみた。だが、そこに何の感動もない。というより、食えたもんじゃない。豚バラでもやってみたが、やはりいただけない。これとシシャモはまずないだろう。それにしても、薬味として名前を連ねているには、それ相応の食べ方があり、それを好む人がいるということである。しかし…。私はこの課題を乗り越えられるのだろうか。

 そんなところへ、写真家のモリケンが「きりたんぽ」をオーダーした。そこでハッ!と心が動き、チンッ!とひらめいた。餅米とアンコで連想すれば、おはぎ、あん入り餅が浮かぶ。そうかっ!きりたんぽとアンコ、なのかっ!そのためにこそ、このアンコは存在したのか!涙がツーと流れた…(嘘です)。

 炭火で焼くきりたんぽを前に、心は躍る。早く焼き上がれ!アンコが待ってるぞーい!ついに、熱々に焼き上がったきりたんぽの上にアンコをのっけていただいた。
 ガブリ!ハフハフと熱いきりたんぽを口の中で転がし、アンコの存在を確認する。そうそう、これこれ、うむうむ。一人でに深く納得する。さすらっていた心が、あるべきところに着地できたようで、ほっと落ち着いたものだった。
 他にもいろいろと食べたつもりだが、こうして振り返ってみても、「アンコきりたんぽ」の味覚しか思い出せない。あの焼き鳥屋のスタイルはいかがなものかとも思うが、「自立心」や「想像力」を強化させるのには最適な訓練場かもしれない。

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想像してみてください。アンコと焼き鳥。食えたもんじゃありません。アンコに最適の食材探しが、ここから始まったのです。

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そして、ついにきりたんぽと遭遇。これは、けっこういけます。左が味噌ですが、そんなもの蹴落とすほどのインパクトです。終盤にデザート感覚で食べるといいと思います。けれど、あえてここまで苦労して出会う味ではない、とも思えました。

※このコラムの中で、なんど、「きりたんぽ」の誤字があったことか。なぜか、「きりんたんぽ」「きりんたぽ」と書いてしまう。そういえば昔、雑誌をつくっていたとき、似たような構図を考え、副編と盛り上がったことがあった。「カストロ議長」を、つい「カストリ議長」と書いてしまいそうだけど、もしこれが「スカトロ議長」なんてことになったら相当やばくない?とかいうレベルの低い内容だった気がする。

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函館・南茅部という町

 函館から車で40分。太平洋をのぞむ海沿いの町「南茅部(みなみかやべ)」へ向かった。「海猫」の主人公が嫁いだとされる昆布漁の町だ。くぐもりの空の下、カモメか海猫かが、甲高い鳴き声を放ち波間に遊んでいる。その光景は、ひどく胸に染みる。

 函館の旅で私は、ここにこそ来たかった。その思いを受けて、風邪気味の写真家・森賢一氏と取材班一行は車を飛ばしてくれた。

 昆布漁の番屋があった。なんと、素朴で切ない光景なのだ。写真家・モリケンも風邪などすっ飛ばすかのようにテンションをあげて、あっちの被写体、こっちの被写体と、たまらんっ!とばかりにシャッターを押す。その感覚がよく分かる。もし私が写真家なら、何日もここにいて、心のおもむくままにシャッターを切りたいと思うだろう。

 と、この番屋の主であるおじさんが私たちに声かけた。今年77歳になるという小板健二さんだ。「小説『海猫』の舞台を見たくて来ました」と言ってもおそらく通じないだろう。だから、「とにかく来たかったのです」と、ただ正直に答えるとお父さんは、ただ素直に私たちを受け入れた。

 お父さんは、昆布漁について詳しく教えてくれた。それが取材のネタにはならないとしても、その素朴な心映えが嬉しい。自宅前の小屋へ連れて行き昆布漁の種昆布を取り出し、「これ、持ってけ!」と差し出すのだ。種をもらってもどうすることもできなく丁寧にお断りすると、「そうかぁ…」と残念がるも、また「持ってけ」と。そんなやりとりが、とてつもなく愛おしく思える。初めて会った者に、こんな風に接することができるお父さんの人柄。思い出しただけでも、ジーンとくる。

 台風に備える準備で忙しい最中、「熊本から来たなら北海道は寒いだろ。風邪ひかんようにな」と気遣ってくれるお父さんこそ鼻水が出ていた…。お別れのとき、「お父さん、ありがとうね」と手を握ると、ごつごつとした骨太い荒れた手のひらに、血の通った温かい温度が伝わってきた。そしてお父さんは、潮風で焼けた顔で、えへっ、と照れくさそうに笑った。

Photo_7 昆布漁の番屋。くぐもりの空の下、冷たい海風が頬を刺す。北の漁場に相応しい、けわしい海の顔。

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77歳、小板健二!昆布漁歴、60年。海の男は熱いが、その心根は温かいのだ。どうぞ、いつまでもお元気で!

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函館・「ラ・メゾン・ド・カンパーニュ」

 今回の函館の旅で、一番の収穫はとびきりステキなフレンチレストランに出会ったことだろう。「ラ・メゾン・ド・カンパーニュ」。地元のセレブ建築家を通じて教えてもらったレストランだ。函館の住宅地の中にあって、知る人ぞ知るレストラン。東京からのお客様や芸能人がわざわざお忍びでやって来る店である。

 建物は外国人住宅をそのまま改装して作られており、かつて函館ドックに勤務する技師達のゲストハウスだったところ。板張りの朽ち加減や、ガラス窓、間取りの中に、当時の面影をしのばせている。

 オーナーの村井貞夫さんは、粋な大人を絵に描いたような方。渋谷育ちの彼は、フランスで修行のあと、東京で一流のフレンチレストランで腕をふるうも、29年前、食材の全てを調達できる函館に移り住んだ。しかし、ご本人はこういう。「函館に来たのは、女に騙されたのよ」。ケラケラと笑ってこたえる顔には、壮年期から熟年期へとさしかかる落ち着いた男の色気が滲んでいる。

 ランチをいただいたが、どの皿も申し分のない味。野菜は全てオーナーが育てたもので、ときには自らが射止めたエゾシカの肉料理ももてなされる。「台風で客も少ないし、今から狩りにでも行こうかな」と、煙草をくゆらせる村井さんの目は森に向けられていた。

 村井さんは、駒ヶ岳の自宅から函館に通っている。彼の森の中でとれるぶどう、プラムなどの木の実が別のテーブルの上に並べられており、ホイとそれをつかんでテーブルに置いてくれた。どれも、晩秋の頃の甘い味がした。

 喫煙ができるフレンチレストランは少ない。「ありがたい!」と言うと、「僕も吸うから」と笑う。ここは、フランスの郊外にあるようなビストロの雰囲気が漂う。それはひどく心に馴染みやすく、気さくに料理を食べさせるあの過ごしやすい雰囲気。
 煙草を吸うと味覚を半減させる。食事中に喫煙なんてとんでもない!などという堅苦しい考え方や、フレンチを貴族風の食事と勘違いして食べさせる店を、「うざい」と思う中、久々、フランスの本物の匂いを体感させてくれる店に出会えた気がする。

 毎年春ともなれば、村井さんの駒ヶ岳の自宅の庭で、自らが育てた春野菜や肉で大バーベキュー大会をするらしい。「ぜひとも参加したい」と言うと、「ぜひ、どうぞ」と歓迎してくれた。9月には、収穫したきのこでうまいものを作って食べるのだそうだ。函館に来なければならない口実が増えた。それが何より嬉しい。

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住宅地の中にある「ラ・メゾン・ド・カンパーニュ」。外国人のゲストハウスだった建物を買い取ってレストランにした。今年で23年目だという。

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トマトのジュレの下には風味豊かなチーズが。パテもおいしかったが、自宅の畑でつくったというかぼちゃがどれよりもおいしかった。

2 きのこをたっぷりと使ったパスタ。ほどよい量を出すセンスの良さ。良質で目立たないオリーブオイルの使い方はさすがだ。

3 ホタテのグリル。甘さを感じさせるトマトの味が、ホタテの鼻に抜ける風味に抜群に寄り添っている。

4_2肉の存在感を主張する ローストビーフ。余計なものは足さない、シンプルだけど滋味深い。フレンチを知り尽くした料理人の確かな味がここにある。

 

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函館追憶

 離れがたい函館から帰ってきた。台風に追いかけられ、台風の後に帰るという、絶妙な台風の合間を縫っての旅だった。

 ♪函館山から、立待岬 吹き上げる雪の中 飛び交うかもめよ (中略) いまはただ胸にしみるひとりの寒さよ お前はもう 若くはないと とどろく波よ♪

 心が、胸が、しめつけられそうな歌だ。「函館山から」という小掠佳の作品だが、美空ひばりが晩年に歌い、凍てつくような哀愁を忍ばせた。私はこの歌が一番好きだ。これぞ名曲と言えると思う。ネットで「函館山から」を検索すると、美空ひばりの動画が配信されており、この歌が聴けるので、ぜひ耳を傾けてほしい。
 函館に来たときは立待岬にまず向かう。「立待岬」とは、誰が名付けたのだろうか、なんとも切ない名称だと思う。誰が誰を待ち、どんな悲恋が綴られたのだろうか。遠くに青森をのぞむ津軽海峡の海へと思いを向ければ、旅情がよりかきたてられる。

 たっぷりと心を切なく染めて、元町界隈へと足を向ける。ハリストス正教会や函館区公会堂があるが、ロシア文化を色濃く残す風景に漂えば、またなお慕情におぼれる。港へと続く坂道にはナナカマドの赤い実が鮮血のような色を放っており、今年もまたそれを確認する。

 これは、いつも函館に来てから行う私の儀式。そうすることで、函館の街のいたるところでいくつもの物語が立ち上ってくるようなのだ。その感覚を味わうのが好きなのだ。街のどこからも函館山が見える。見上げるたびに「函館山から」の歌が脳裏に流れてくるのだ。

 元町をそぞろ行けば、大好きな作家の谷村志穂さんの「海猫」や「黒髪」の物語の中にいるようで、切なさ満開なのだ。そうこうして歩いていたら、谷村さんからのメールにあった、「函館の白い家からメールしてます」。その家が目の前にあった。出会うべくして出会えたような、そんな嬉しさがこみあげてきた。

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立待岬。きらめく波濤(はとう)、カモメの鳴き声、屹立(きつりつ)した岩肌。この岬は、いくつもの物語を妄想させる。

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ハリストス正教会。ロシア聖教の日本で最初に建てられた教会。谷村さんの「海猫」の舞台のひとつ。十字架を抱くクーポーラは、ろうそくの炎の意味があるという。

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撮影禁止だが、今回は取材ということもあって撮影が許可されたハリストス正教会。礼拝堂のおごそかな気配に気圧された私だった。賛美歌が流れていた。ミッションスクールに通った高校時代を思い浮かべる。これまでの人生におけるあやまちを懺悔するも、いっぱいあって収拾がつかない。
 M田部長が言っていた。神社仏閣は心が清められる気がするが、教会はバチが当たりそうな気がすると。まさに、その言葉通りだと思った。

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函館区公会堂の2階からのぞむ函館湾。かつて、この大広間で豪華な晩餐会が行われたらしい。明治、大正のロマンを残している建物だ。

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朝市

朝市
 函館の朝市。あっちこっちでカニや鮭、メロンなどの特産物が売られているけれど、カニの味見だけでお腹一杯になる。「どうぞ食べてって」と出されるそれは、ひとたび食べたら連行されて買わされそうで面倒くさいが、あるおじさんの店だたけは、どっかよそと雰囲気が異なる気がした。

 夕張メロンを所望するとホイホイとおじさんは剥いてくれる、がそれだけで無理に売りつけようとはしない。「おいしいだろ?」とは尋ねるが「買え」とは言わない。人柄なんだろうな。

 けっこう食べて「ご馳走になって悪いね」とおじさんに言う、と日焼けしたいい顔で、「なぁんも」と笑う。この店にもいろいろ売られているが、ここは急かさないので逆に離れがたい。

 おじさん手作りのイクラのしょうゆ漬けが四本で二千円だったのでいただこうとしたら、「味見してからがいいべ。好みがあっからね」と、また食べさせてくれる。試食したそれは、イクラの風味が口一杯に広がって抜群においしい。帰ってからこれで一杯やろうと思った。

 朝市ではさして、どの店のものも味はそう違わない。何が決め手になるかというと、やっぱり人情なんだな。市場の若者のイキのいい通る声の横で、そのおじさんは、ほがらかに笑っているだけ。けれどそこだけは、初冬を思わせる風の温度が違った気がする。

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海猫

海猫
 谷村志穂さんの小説「海猫」の舞台となった南茅部という漁村まで足をのばした。函館から40分のところにある昆布漁が盛んで、観光客など決して行かない漁村だ。

 台風が近づいていることもあり、波が荒れて海猫やカモメもそわそわと落ちつかない様子だ。それでもわざわざここにやって来たのは、「海猫」の物語の匂いをあらためて感じ取りたかったから。

 浜でおじさんと出会った。77歳という小板さんは、熊本から来たという私たちを、昆布小屋に案内してくれ、昆布漁のことを一生懸命話してくれた。目的は昆布漁の取材じゃないのだけれど、そのまっすぐな心映えが清らかで、温かくて、じんときて。

 「今日は寒いから」と寒さになれない私たちのことを気遣ってくれるが、お父さんの方が鼻水が出ていた。なんとも心が潤った時間だったな。

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函館フレンチ

函館フレンチ
 「ラ・メゾン・ド・カンパーニュ」というフレンチレストランが函館にある。素敵だのお洒落だので言い尽くせないお店で、かぶれていない本物に久々出会えた気がする。

 築60年以上は経っている外国人のゲストハウスを、限りなく原型に留めて、ここで23年フレンチを提供し続けているオーナーの村井氏の幅のある生き方が随所に表れた店。もちろん、どの一皿も抜群においしい。禁煙は当たり前のフレンチレストランで喫煙OK。「僕も吸うから」、フランクで粋でカッコいいもてなしが嬉しい。帰ってから、このネタはもう一度やる。

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北国の夕刻

北国の夕刻
 北国の夕刻は早い。5時前だというのに、すっかり暮れている。函館湾に夕日が沈もうとしている。左手には函館山。ここから望む夜景は美しい。今夜は居酒屋で一杯やる。

 おっとM田部長からメールが。なになに?出会う人がなぜいい顔をしているか。その理由を見つけてこい????うーむ、M田部長のミッションはいつも謎めいて意味深い。ま、あと2日3日あるのでぼちぼち考えるとする。

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函館です

函館です
函館は思ったほど寒くない、と思っていたら夕方になってちゃんと冷えてきた。元町あたりを歩けば、作家の谷村志穂さんが描いた小説の「海猫」、そして「黒髪」の物語が迫ってくるようだ。

 ハリストス正教会を訪れた。密度の濃い礼拝堂にたたずめば、その厳かな気配に気圧される。ここは、日本で最初に開かれたロシア聖教の教会だ。たとえ信仰を持たない者でも、感謝の心を持てる。

 ロシア領事館のある幸坂(さいわいざか)に立てば、谷村さんの描いた物語が匂いたつようだった。

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イチジクの揚げ出し

 今、イチジクが大変おいしい。熟れた頃のそれを、皮をむいて生ハムと一緒に食べるとたまらん。イチジクは白ワインとよく合う。赤ワインだと「イチジクの赤ワイン煮」がおいしい。
 しかし、それ以上の食べ方の広がりはない。だって、果物だものね…。

 と思っていたら、大間違い!母が、すごい食べ方を拾って来た。それは、「イチジクの揚げ出し」である。お友だちの料理の達人のおばちゃんのお得意料理らしく、それをごちそうになって感動して帰って来た。「うまかのなんの。たまがるばい!」。だったら作ってくれよ。

 ということで、「イチジクの揚げ出し」に取りかかった。私はおろし大根と生姜を担当。まず、熟れごろのイチジクの皮をむく。少し堅めの衣を用意し、180度の脂で揚げる。器にイチジクの天ぷらとおろし大根と生姜を盛り、ポン酢をまわしかけるだけ。

 すぐさまパクついた。まず、天ぷらの衣の香ばしさと大根の辛味、生姜の香り、ポン酢の酸味の味覚が飛び込んで来るも、その後から、しずしずとイチジクの甘さと鼻をツンとぬける独特の香りが追いかける、その瞬間の刹那といったら。こりゃ、うまい!うますぎる。

 焼酎を飲んでいたが、白ワインにきりかえた。そっちの方がグンと相性がいい気がする。ホイホイと母がイチジクを揚げる台所のその横で、器と白ワインを持って立ち食い状態の私。何個食べても飽きないのだ。

 イチジクの香りって、秋の香りがする。食べ終えて思う。イチジクが市場に出回らなくなる頃には、季節は晩秋から初冬へと移るのだろう。次にいただけるのは来年だ。来年もまた同じように、母が揚げるイチジクの天ぷらをこうやって笑いながら立ち食いしていたいものだ。

 また、明日から旅に出る。今度はずっと北のほう。すっかりポプラの木にも秋が訪れ、ナナカマドの木には赤い実がついているのだろうか。携帯電話からブログを更新する予定。「行ってきます」。

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イチジクの揚げ出し。作り方はいたって簡単。唯一こだわるのなら、ポン酢だろう。おいしいポン酢を知っている方、どうぞ、教えてください。

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原稿原稿、原稿

 やっと山を越えた。さっきまで私の原稿に、ずって付き合っていただいたM田部長に感謝する(月曜日は飲んだ気がしないだろうな…、すんまっせん)。そんな私が崇拝するM田部長の原稿アドバイスは実にユニークだ。
 実は原稿仕事中、いつもいろんな用事に見舞われる(飲んだり食ったりうなづいたり、はたまた上手を言ったりの社交)ものだから、心があっちこっちへと走ってしまう。そんな私に今回、M田部長はひとつのメールをよこした。原稿に、たっくさんの赤ペン修正が入っているのかと思いきや、違った。アドバイスの内容はこうだ。

 『女将の味は安全、がウリです』。このタイトルだけで、何事かと思ったね。以下、引用。
 「女将の変わらぬ味というものに、客はついてくるものです。世安町の「●●」の女将が、そうです。どんなに斬新、オシャレなメニューにチャレンジしても、やっぱり味付けというか、路線が同じなのです。そこが安心できるのです。オジサンを惹き付けてやまないのです」

で、この後で、
 「はっきり言って、あの店の料理は、あんまり上手とは言えませんが、安心と納得を味わいにいくのです」と、結んであった。

 バタバタと仕事場に戻りPCでこれを見て、アジャァ〜…(撃沈)と思ったね。でもなんとか、こう立ち直った。ブスはそれなりにオモロイしぃ。美人と一緒ではこうはいかないが、ブスとの気のおけない関係はホッとさせるしぃ、それが、何より「安心」だしぃ。
 なんとも、私のような女に希望を与えるメールではないかっ!(意味を勘違いしているかもしれないしぃ)

 俄然、やる気がでた。「アナタ、ダメダメ」と外国人にイケシャーシャーと無遠慮に言われたような卑屈感とは別の、大阪商人の手もみでの、「あんさん、それなりに生きる術がありまっせ」という、たくましい抜け道を教えてもらった気がするのだ。
 こういう局面をクリアした場合の私みたいな女は、さらにしたたかに鈍感に生きながらえる術を蓄えたりするから、始末におけないのだよ、M田部長、うっしっし。

 一流料亭の味は出せずとも、いや、たとえ三流小料理屋と言えども、ご安心めされるな。当店、「安全」に酔った人にはシレ〜っとボルかもよ。まいどありぃ〜っ!チンッ!

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合掌。中川氏

 56歳という若さだった。突然の、中川昭一元衆議院議員の訃報に、びっくりした。小泉政権で閣僚に入ったときは、イケてるっ!と思ったものだった。二世議員にしては、小泉さんに似た骨太さを感じたからだ。

 お父さんが札幌のホテルで首つり自殺をした事件も記憶にある。あの頃の政治の裏側はドロドロしていて(今もそうかもしれないが)、あの自殺は切腹のようなものだと、こちらの素人目にもわかったものだった。人為的ではないにしろ、あれは殺人だと思う。松岡農林水産大臣の自殺も同じようなものじゃないのか。ただ平成になっても、「切腹」は存在するんだなぉと思えば、政治家も命張ってるわけで、小泉チルドレンや小沢チルドレンのチャラ加減がうざくなってくる。

 亡くなった方のことをいろいろ言ってはならないと思うが、中川昭一さんが、あれれ?と思ったのは、やはりローマで行われたG7の「もうろう会見」だった。こりゃ、いかんだろ…と思う一方で、昼頃から酒を飲みたがる私にしてみれば、人ごとではない。「酒でやらかす」ということにおいては、同じ危険を含んでいるもの。

 で、帰国後の自宅前での会見がいただけなかった。奥さんの「がんばれ、がんばれ。日本一」の声援。ありゃ何?と首を傾げたものだった。普通なら妻は、家でじっと耐えているものだ。表に出たければ、カメラの前で一緒に頭を下げればいい。「もうろう会見」で世界に恥さらしといて、「日本一」はなかろう。それを言うなら「世界一」だろ、と思ったことだった。

 あの光景は、中川昭一氏にとってけっしてプラスにはならなかったと思う。もしや鬱病で、ああやっていつも奥様からクスリのように元気づけられているのだろうか。それとも、すごいマザコンなのか、と疑ったほどだ。好きなタイプの代議士だっだけに、ガッカリしたことだった。

 亡くなった方のことをいろいろ言ってはならないと思うが(2回目)、あういうタイプのエリートは挫折を知らないから、一度、くじいたらもろい。骨粗鬆症(こつそしょうしょう)なのである。日頃からカルシウム摂っておかないとね。ここで確認しておくが。中川昭一氏は自殺ではない、ようだ。ただ、心が病んでいたことも死因のひとつになるだろう。合掌。

 そう言えば、土曜日に放映されてた「断絶」というスペシャルドラマ。まるで、M元総理とその息子を描いたような物語だったね。びっくりした。自民党政権のときなら、あのドラマ、絶対やれなかったと思うけど。

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心のある政治家に出会いたいと思っている国民は多い。いつの時代も、国民は蚊帳の外なのではなかろうか。

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ESOPO【イソポ】

 グラフィックデザイナーの中川哲子さんが出版した『ESOPO【イソポ】』の出版パーティーに行って来た。その前に、三年坂の蔦屋書店に立ち寄り、できたてのホヤホヤの『ESOPO【イソポ】』を購入した。表紙の体裁もそれはそれはステキで、時間に余裕があるのならばカフェに入って、ページをすぐさまめくりたかったほどだ。

 造形作家であるgajuが作った、主人公のイソポはまさに生きている。その表情のなんともいえない豊かさに思わず心が動かされた。「お楽しみは後で」。そんな面持ちでパーティー会場を目指した。

 会場のイタリアンレストラン。私にしては珍しく10分前に到着し、中川さんやgaju、カメラマンの下曽山弓子の歓迎を受けた。バタバタと忙しい中にあって、彼女たちのゲストの対応は丁寧で温かい。どの方も大切な方ばかりなのだ、ということが見てとれる。

 『ESOPO【イソポ】』は、今から400年前に天草で翻訳され印刷された「天草本 伊曽保物語」に想を得て作られた本で、構想数年、中川さんの熱意がやっと形になった。
 挨拶で中川さんは、「ゆうべ、段ボール箱に20箱(1000冊)ほど『ESOPO【イソポ】』が届きましたが、部屋がどんなに狭くなっても嬉しくて嬉しくて」と語った。
 もはや本というより、彼女の命の一部で、家族と変わらない愛情を持てているのだろう。よくわかる。私も、『熊本ハイカラ』という雑誌を立ち上げたとき、色校正のコンセンサスの紙を家に持ち帰り、頬ずりしながら焼酎を飲んでいたものだった。

 物作りに魂を込める。どのアーティストもそうやって作品にのぞんでいらっしゃるだろうが、これが不思議と、受け手に熱く伝わる場合と、そうでない場合がある。
 それは、伝える側の性質の違いだと私は思う。自己陶酔型のものは、どうしても馴染みにくい。「わかる人にわかってもらえれば」「感じ方はいろいろあっていい」とか付け加えられるけれど、受け止める側の心の許容は、作り手が思っているほど広くない。
 それでは、心を動かさない。それに、マスターベーションの世界を見せつけられるほど、おっくうなことはない。

 けれど『ESOPO【イソポ】』は、その本を手に取っただけで、喉の奥から、心のひだの間から突き上げてくるものがある。素材選びもそうだが、何より彼女たちの意図が素直だからだろう。物作りへの思いの傾け方が清らか、とでも言うのか。だからこそ、力がある。

 大人が楽しめる童話を。そんな中川さんの思いが伝わる。魂を入れたgajuのイソポ、それを受けて写真にとらえた下曽山弓子の思い。ピッとひとつのラインに点(思い)を合わせることのできる、実に羨ましい作品作りのステージを見せてもらった。

  『ESOPO【イソポ】』。心を優しくさせる、とってもいい本です。私の大切な一冊になりました。蔦屋書店で発売中です。ぜひとも、ご購入ください。ご感想をお待ちしています。

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原稿締め切りが迫っているが無視。ページをゆっくりとめくって、イソポの世界に浸った。秋の午後、静かで優しい時間が流れていく。

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真ん中が中川哲子さん。右がgajuで、左が「編集者&ライターの福島はるみさん。福島さんは、先頃発行された「Age(マガジンハウス)」を立ち上げた女性。熊本と東京を行き来して仕事をしているパワフルな女性。近頃ハマっているのがパチンコだと聞いて、大爆笑。会場にいた松永壮と私と三人でテーブルの隅でパチンコネタで盛り上がった。

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左がRKKの本田史郎さん。お馴染みのお顔です。本田さんは私が『どろんこ塾』を引退したと思われているが、交代制です。まだ、福永塾長は番張ってますが(笑)。本田さんはとっても楽しくていい方。それでいて、おちゃめ。
その横の大男が、許斐良介。陶芸家(蔵々窯 )である。髪がチュルチュルの長髪になって、どっかの探偵かと思った。また今度、飲みにいこーね!ゾーさん!

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カメラマンの下曽山弓子。かわんないねー、シモの笑顔。なかなかいいねぇ。今度、焼き鳥でも。

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ピープの表紙のモデルと同系列の顔をしている本田ちゃん。9月号分の表紙と同じ表情をやってもらった。うん…やっぱ…似てる。ちょっと、トゥが立っているが。

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大阪ノスタルジー

 明治・大正、昭和初期。あの時代に思いを馳せるのは、人々が純粋に懸命に思いを寄せて生きた時代だからだろうか。

 物資が少なくても、暮らしが不便でも、何より心が豊かだったのだ。江戸幕府から明治政府に手綱を取って代わった「維新」。第二次世界大戦と敗戦。高度成長時代。めまぐるしく世の中が変化し翻弄(ほんろう)されても、人々は「心」をぶつかり合わせ、「心」を持って受け入れてきた。

 大阪の「くらし今昔館」を訪れた。江戸末期の街の様子を再現したセットがあったが、当時の物語が匂い立ってくるようだった。
 階下には、大阪の当時の街の様子のジオラマが展示されていた。これが実によくできていて見入ってしまう。

 同じフロアに、私の大好きな人形作家「石井美千子」さんの作品が展示されていた。
 「昭和のこどもたち」という本がある。彼女のつくる人形の表情がそれはそれは豊かで、作品を見るだけで文章の解説など必要としない物語を感じ取らせてくれるのだ。

 ずっとファンで、いつか石井さんにお会いしてお話を聞きたい、と思っていた矢先のことだった。作品に触れられただけで、大阪に来た甲斐があったというものだ。

 これから出版パーティーにでかける。熊本の人形作家のgajuさんの作品が本になったよろこばしい記念の日だ。のちほど、ご紹介しますね。

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電車が通っていた大正時代の大阪。ゴトゴトという電車の音が聞こえてきそうだった。

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これが石井さんの作品。昭和時代の団地暮らしの様子が描かれている。思わず見入ってしまう。細かくて、繊細で、そして「心」が通う作品である。

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リオ…か

 鳩山総理のプレゼンへの熱意が足りなかった、というより、国民のやる気の度合いが問題といえた2016年のオリンピック・パラリンピック招致結果。

 「東京で2016年にオリンピックを!」という石原都知事の描いた夢は、「無念だ…」という言葉で終息した。そりゃそうだろう。知事の御年を考えれば、あと7年の次の4年後にこの世にいらっしゃるかどうかわからない。「残念」ではなく「無念」。その言葉の意味は深い。

 日本の高度成長時代を駆け抜けてきた世代にとって、「東京オリンピック」は光だったし、希望だっただろう。再び東京で!という切願も理解できなくはない。がしかし、国民があまりにも冷めていた。

 不況と失業率を考えれば、オリンピックで盛り上がってられるか!だろう。エココンパクトオリンピックと謳ってみても、多額の税金が使われることに違いはない。「オリンピックなんて、テレビで見てりゃいいんじゃないの。開催地が中国だろうが、ロンドンだろうがどこも一緒。十日間の経済効果に比べて、かかる費用の方が大きいだろう」と思えば、トーンがダウンするのも当たり前だ。

 私もそう思う。それに、「オリンピックの価値」自体が剥落(はくらく)している気がする。スポーツの世界大会なら、野球はWBC、サッカーのワールドカップ、世界陸上、世界水泳で充分ではないのか。夜中にテレビ観戦する感覚は、オリンピックとさしてかわらないもの。

 何より、大会運営委員会がうさんくさい。一体、開催地を選出するときの基準って何なのだ?招致に名乗りを上げた国をビップ待遇で旅行する人たちの顔を見る限り、どっかの市町村の議員さんたちの怪しい研修旅行とちっとも変わらないと思えてくる。

 これって、ミシュランのガイドブックの傲慢さにも似ている気がしてしょうがない。あれもそもそも、個人の味覚で判断しているようなもの。「日本の一流の味」がフランス人に理解できるとは思わない。勝手に人の家の飯食って点数つけるでない!と私は言いたい。

 今朝、従兄弟の孫の保育園の運動会に母は笑顔で出かけて行った。おいしい弁当開きがあるらしい。楽しそうだ。私も行きたかったが、これから出版パーティーにでかけなければならなくて断念した。
 人間の運動神経の可能性を広げるオリンピックだが、小さなポテンシャルを広げる小さな運動場での熱戦も同じように価値がある気がするのだが。

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ゆうべ、「あちた、来てね!がんばりましゅっ!」と、運動会への意気込みを宣言しにやって来た、従兄弟の孫の「麗(うらら)」。食べるのも早いが走るのも速いらしい。金をとれよ、金をっ!

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大阪より帰還

 大阪より、たった今戻ってきた。今回の旅は、大変実りあるものとなった。大阪は深い。浪花を商人の街、芸人のノリとばかり思っていたら大間違いなのだ。何度も大阪には行ったが、はじめて心斎橋や道頓堀に行かなかった。あそこが大阪の全てだと思ったから、あかんよ。はてさて、どんな風に大阪の魅力が増したかは、来週木曜発行の熊日「美齢世代」でご覧くだされ。

 相棒のモリケンも、年なのだろうか、今回、けっこー疲れていた気がする。ゆんべは、梅田でおいしい串カツ屋を見つけて、やつは日本酒、あたしはワインで愉快な酔っぱらい談義をしたが、今日はやはりお疲れのようだった。

 あたしは、携帯電話からブログを更新するのに夢中で、おかげで疲れはどこへやら。だが戻り次第ブログをチェックして反省することしきり。
 というのは、携帯からブログのコメントを書いても調子が出ないのだ。何かこう、メール感覚になってしまっているというか。それに、移動中の電車の中だと、思いがまとまらない。仕事場で書けることが書けない、はがゆさがある。それに、文字の打ち間違いや誤字脱字も目立っているし。

 次回は、がんばってノートパソコンを持ち出そうかとも思っている。そもそも、そんなのがあるのなら、携帯で四苦八苦せずに早くそうすりゃ良かったんじゃ?とお思いだろうが、実はこれには理由がある。やたらとそんなものを持ち出すと、「早く原稿をあげろ!酒飲んでる場合か!」とうるさく言って来るところが多々あるのだ。一長一短なのである。

 明日から、この大阪の旅の原稿をあげることになるが、これから風呂入って酒飲んでまずは寝る。早朝から、ブログモードで頑張るので、よろしくお願いしまーす!

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かずこシリーズにつぐ第二弾、丸福シリーズ。生野のアーケードの中にあった。

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みんな疲れている。大阪空港に向かうバスの中にて、お疲れ気味の森君。

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到着するやいなや、石川遼君と張り合う森君。こんなこと決してしない写真家・森賢一。とうとう壊れたか、大阪という街がそうさせたのか。

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熊本への搭乗口近くにあるマッサージ機で疲れを癒やす森君。10分200円を2回。相当疲れていたのだろうな。おつかれ、カツカレー、ボンカレー(古っ)。

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中井英樹

中井英樹
中井英樹さん。大阪コンベンション協会の方。今回の取材のアシストをしてくださっている。2日間、辛抱強くつきあってくださるいい方。実は、独身。37歳、O型。性格は温厚、優しい男性。彼女いない歴半年。別れた理由は語らず。今、雨宿りの純喫茶で彼に取材中。たじたじとなる中井さんをいたぶっている私。まだ時間は余っている。暇なので彼に好みを聞いてみた。優しくて素直で純粋な人がいい、とさ。いるか、そんな女!取材終了。

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羊の群れ

大阪の朝。ラッシュに出くわした。電車の中で波がおこる。あの自分の意思とは全く別のところへ流されていく小さな恐怖感といったら。駅の騒々しい人の流れを見ていたら、羊の群れに見えてくる。意思を持たない生き物に見えてくる。

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司馬遼太郎

司馬遼太郎
偉大なる文豪の家に行ってきた。司馬遼太郎記念館だが、文豪の書斎の前を通りながら記念館までいくアプローチの景観は情緒がある。義弟の館長のお話も面白かった。しかし、今日は歩いた歩いた。生野では、喫茶店で無銭飲食をしたおっさんたちにでくわした。つーか、真実は定かではないが、後ろが払います、でその後ろが私たちになっていたのだ。店のおばちゃんは怒って、やつらを自転車で追いかけた。緊迫感があった。でも疲れた。これから一杯やって、寝る。

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大阪でんねん

大阪でんねん
生野のコリアンタウンに行ってきた。ここはまさに韓国。商店街会長さんの共生の精神を聞いた。生野の韓国人街ができて80年になるという。けれど会長さんは、二世三世たちのアイデンティティについて心配しておられた。商店街には韓国の漬け物が売られていた。ニンニクの甘酢漬けがあった。うまそう。

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