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2009年9月

一年目のオムライス

 デザイナーの松本奈奈美が、福永事務所に入って1年が経った。本人は、「あっという間の一年でした。早かったです」と、ふつーの感想を述べた。感慨はさまざまにあるのだろうが。私にしてみれば、よくぞ耐えた!と言ってあげたい。

 松本奈奈美が逃亡もせずに、1年を無事に迎えたということで、みんなでランチをしに行った。『ホープ』という戸島にあるレストランだが、これがなかなか古めかしくて、一見さんお断り的雰囲気を携えている。
 懐かしい洋食屋の味を伝える店で、ここのオムライスがめちゃくちゃおいしい!ほどよいチキンライスの量で鶏肉もたっぷり入っている。そしてなんと、ポークソテーがついてくる。手作りのデミグラスソースをたっぷりかけてあって、洋食の職人さんのこだわりがつまった一皿なのだ。

 なんでこの店を知っているかというと。月刊誌の『熊本ハイカラ』の編集長時代に見つけた店で、この店の前を通ったときに、ただならぬものを感じたことだった。
 リサーチがてら店に入って、オムライスを注文したら、これが由緒正しき洋食屋さんのオムライスでひどく感動したことだった。「町のビストロ」という特集を組み、こんな匂いを持っている食堂をかたっぱしから取材して、好評を得たことがある。
 以来ご縁をいただいて、ときどき食べに行くのだが、お店のオーナーと奥さんがいつも笑顔で迎えてくれるのが嬉しい。

 こういった店にはかならず自慢のビーフシチューがある。『ホープ』のも、それはそれはおいしい。浅草に『ヨシカミ』という古い洋食屋があるが、そこのビーフシチューを取材したことがある。レトロな店内でいただくそれは申し分のない味だったが、羽田空港に出店したので食べてみたが、高いだけでたいした感動はなかった。そうなっちゃ、いかんのだ。

 イタリアンでもフレンチでもなく、「洋食」というカテゴリーを持つ、こうした昭和の匂いを残した洋食屋の味は、大げさに言えば日本の宝物だと思う。フライパンがふれなくなるまで店をやる、とオーナーはおっしゃるが、いい後継者が出現してくれればと願ってやまない。

 そうだった。今日は、奈奈美の一周年だった。ありがとう。これからもよろしくね。
明日から大阪。旅の空の下からブログをアップするつもり。では、また。

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右が奈奈美。よくぞ一年耐えてがんばった!これからも、がんばって!左はえつこ。二人は姉妹のように仲が良い。

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レストラン『ホープ』のオムライス。昔ながらの洋食屋さんのこだわりがつまっている。これで700円はやすい!

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エビフライもオプションで頼んで取り分けて食べた。オリジナルのドレッシングとポテトサラダが最高!こうでなくっちゃ!

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モラトリアム

 ピーターのマネージャーが覚醒剤所持容疑で逮捕された。ピーターは「残念なことだ」とコメントを残し、その後行方不明らしい。誰もがクスリ抜きの潜伏と思ってしまうよね。現れたときに髪の毛が短かったら、確定だろうな。しかし、のりピーと似たような手口をあの賢い人が使うかな。ピーターは好きなタレントだったので、事実そうならとても残念で仕方がない。

 先頃、警視庁が行った異例の会見には、「モラトリアム=猶予」のメッセージが含まれていたと私は思う。
 「覚醒剤をやっている芸能人は、今すぐやめなさい。さもないと、今回ばかりは逮捕する。もう、民主党政権だかんね、今までみたく見逃せないのだ」と。

 これにあわてたのが芸能プロダクション。「覚醒剤をやってはいけません」という冊子を作って所属タレントに配布したというから笑った。自分とこのタレントに覚醒剤をやっている奴が確実にいる、ということを証明しているようなものじゃないの。

 東京の甥っ子からの情報によると、近頃、事務所から解雇通知がよこされたS・Eは、かなりマークされているらしい。これにはそうだろうな、と思った。他にK・Sとその夫のK・T、小顔女優のK・K、映画で話題をさらったH・R、両親ともどもやばいというU・H、他、すごい芸能人の名前が挙がっているらしい。

 芸能事務所もハラハラものだろう。いや、それよりCMスポンサーにすれば、もっと深刻。莫大な出演料を払っておいて、本人が覚醒剤逮捕でもされようものなら、イメージ的損害はいかほどばかりか。

 しかしそろそろ、警視庁の猶予期間も終わろうとしているらしい。今回の対応が、一時しのぎの疑惑回避に終わらないよう祈るばかりだ。
 だが、媚薬の快楽を覚えた者が、そう簡単にクスリを絶つことができるのだろうか。私がパチンコにどんなに負けても、また行ってしまうのと同じだ。パチンカーの記憶に大負けした日のことは存在しない。あるのは、大勝ちしたときの快感ばかり。だが、その快感は罪にはならないがね。

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ぱちんこ「天国の階段」。この男優の顔が好きで打つのだが、この機種で勝ったことがない。しかし、惨敗の日の悔しさは記憶の中にはない。

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青木一郎

 青木一郎。何の障害もなくすっと頭には入るが、すぐに忘れてしまいそうなインパクトのない名前である。こういった名前の男性の顔は、たいがい、薄い。

 事実、私の知っている青木一郎君は、「薄い」。彼がそうだからこの名前についてそのような印象があるのではなく、彼ほど、名前と存在感の薄さが一致する人はいないと思う。
 似たような匂いの名前に鈴木一朗がいる。何を隠そう、その存在感を圧倒的なものにしている世界の「イチロー」の本名である。青木一郎の「いちろう」とでは、「朗」と「郞」が違う。そこだったか!

 それにしても、この「朗」と「郞」の違いってとてもイラッとくる。本人にすれば、大変なこだわりどころだろうが、こちらにすれば「アボカド」を「アボガド」と間違えたくらいの感覚である。

 さて青木一郎だが。そんな彼の趣味は洗車と墓参り。洗車のポイントは低いが、墓参りにはグッときた。亡きお父さんの墓掃除はかかさない、という彼の素顔に母性がよろめいたことだった。

 だが、彼が「面白いネタ」を披露するときの“勇み足ぶり”には、思わず目をふさいでしまう。気持ちが焦るのか、話の作り方が大変ヘタなのだ。いわゆる、一人盛り上がりで期待はずれ、なのである。嘘もつけないので、作り話もできない。もし彼が浮気したなら、彼女には一発で見破られることだろう。

 とは言っても、私は青木一郎を高くかっている。亭主にするなら彼のような人がいいと。言っとくが、私の亭主ではない。
 世間の女子たちは、見た目の良さや積極性、話の面白さや優しさなどを男に求めたがるが、そんなのは時間が経てばあっという間に剥落(はくらく)してしまうものだ。
 であるからして、最初の期待が「薄い男」ほどいい。だって濃い味は、味の修正のしようがないが、薄味はいくらでも濃くなる。コクも出るし、旨味も出る。もっともっと味わい深くなる可能性を秘めているもの。

 冒頭に述べた「薄い」には、私なりの期待を込めていたのである。私が青木一郎を押す理由は、ま、そんなところだ。彼の可能性が今後、どう化けるかみものでもある。
 どうも、彼が今日辺り、このブログをのぞいている気がしてならない。

青木一郎君、「かずこ日和」に、ようこそいらっしゃいませ〜っ!!

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青木一郎。顔も、ほれ、この通り、薄いでしょ。しかし この「薄さ」が彼の魅力なのである。

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仕事をする青木一郎、36歳。その横顔は熱いが、薄い。薄いが、早い。何が?

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テスト

 映像がとても変なことになっている。この写真は、携帯電話からブログへ飛ばせるかどうかのテスト。モデルは、うちのアシスタントのえつこ。ひどくピンぼけしているように思えるが、何度撮ってもこのような感じになる。実は、これを横にしたいのだが。うーむ。どうしたらいいのだ。モリケンに聞こう。


アシスタントのえっちゃん。事務所の献身的なスタッフである。

これではあんまりなので別に撮った写真を掲載する。以下、ちゃんとしたえっちゃん。
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はい、これが福永事務所のえっちゃん。
 
 アシスタントとして私について3年になる。辛抱・根性・忍耐。この文字を胸に、今も私を助けてくれている。下戸なのに、高価なシャンパンや白ワインは飲めるオンナである。フランスを旅したとき、「お酒っておいしいんですね」と目覚めた。
 彼女の肩書きは専務。もうひとり、常務がその隣にいる。デザイナーの奈奈美。うちの事務所の肩書きは、みんな偉いのだ。(名刺には書いてませんがね) 
 
 今、こんな感じで笑っているが、「かずさん、原稿、あげてください。青木さんが待ってますから。原稿を、デザイナーさんが待ってますから。原稿を、締め切りが待ってますから」と、呪文のように、ブログに熱中する私に唱えている。わかってます、わかってます。

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i−phone

 携帯電話がおかしくなった。発信もしないが、着信もしない。メールも受け付けない。しかし他は機動している。日曜日、誰からの連絡も入らなかったわけである。

 電話機を変えてしまおうと思った。写真家の森賢一氏が愛用しているあの、i−phoneに挑もうかと大それたことを考える。モリケンとは旅取材でほとんど一緒で、途中ステキな場所をi−phoneのカメラで切り撮り、自身のブログにあげている。その姿を隣で見ながら、いつも悔しい思いをしているのだ。
 だが、モリケンに連絡を入れると、こう言われた。「i−phoneやるの?本気?カズさんが?本当にやるの?」。くどい。携帯メールすらおぼつかない私にi−phoneなんて操られるものか、という言い草である。彼が打ち合わせ中だったこともあり、それ以上邪魔だてできず、ソフトバンクショップに行けばなんとかなるだろうと向かった。

 店ではかわいい女の子が対応してくれた。「i−phoneが欲しいのですが」。「はいはい、こちらへどうぞ。新機種が登場しており、●●●と●●●が加わり、只今キャンペーン中で●●●と●●●がお安くなっており、●●●に●●●でこうなります」

 さっぱりわからん。そこで対応を整理させてもらった。「私、i−phoneがどういうしろものなのか知らないの。でも、使いたいの。だから、初心者に話すように説明してください」
 戸惑う彼女。それでもわからん。また再度、整理。「あの、ほら、お年寄りが携帯を買うときみたいなノリ?とでも言うのかしら。あの状態を想像して説明してみて!」

 さらに戸惑う彼女。私ははっきり言ってやりたかった。「わかるやつば連れてこい!」。察したのか、彼女は上司に伺いに向かった。私のリクエストはこうだった。
 i−phoneでアドレスに来たメールの文書やデザインを見ることができるのか?それに返答できるのか?写真を撮ってブログにあげることができるのか?辞書が使えるのか?インターネットができるのか?地図は使えるのか?知ってる人にすれば、ごくごく基本の機能で携帯からもできるだろ、と「?」かもしれんが、私にしてみれば大変なことだった。

 「できるそうです」。ならばよし。それにしても、わけのわからんキャラクターのコンテンツは、私をいっそうイライラさせる。「必要なものだけを搭載して、他を排除することは可能か?」と問うた。三度目に帰ってきた彼女の口からは、意外なことが伝えられた。「お客様、i−phoneについては、もう少し慎重にされた方がよろしいかもしれません。コールセンターで詳しく説明しますので、そちらに連絡されて考えられたらどうでしょう」

 上司の苛立ちが想像できる。「うっぜーなー、あのおばはん!i−phone使えねーなら、欲しがるんじゃねーつーの!どっか、ボケてんじゃねーの。お前もいつまでもつきあってねーで、さっさと帰ってもらえ!」。こんな失礼なことをソフトバンクの方が言うはずはないだろうが、私が上司なら間違いなくそう言っている。

 私は彼女の健闘をたたえたかったが、スマップが表紙のカタログだのお父さん犬のカタログだのを手に持たされ、慇懃(いんぎん)に店を出された。
 ハッ!と慌てたのが、携帯の故障。時間はすでに7時を回っている。近くのドコモに急いだが、明かりはついているもののドアは閉まっている。ドンドンドン!ドアを叩く。

 「どうされました?」。こういうときは緊縛感あふれる顔をするのが一番。「携帯がっ!携帯がっ!」。尋常ではない慌てぶりにイケメンの男子がドアを開けてくれた。故障の原因を調べて、部品の接触が問題だということに落ち着き、そしてなおった。
 
 「ありがとう!ご丁寧に接してくださって!」。私は心から礼を言った。そして最後に「ごめんね」と付け加えた。これは、はからずも浮気をしてしまおうと思ったことへのお詫びであった。彼は涼しげな何も知らぬ顔で言った。「大丈夫ですよ」。なんとも意味不明な会話だが、それは私の中で納得できていた。

Hero_iphone3gs_07022009  高嶺の花。i−phone。いつか、操ってみたい。指先でスルーさせたい。バッグにしのばせたい。

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何もしない日

 締め切りが終わると、不思議と周囲でのいろんな事も同時進行で終了しているものだ。たまに、ごくたまに、ポッカリと空く一日を授かる。何をしようかと考えてみたが、昨日は「何もしない」ことをやろうと思った。

 「何もしない」ための道具はまず枕、そして読みかけの本。枕元には、テレビのチャンネルとDVのリモコン、携帯はバイブにしておき、「今日は家から一歩も出るまいぞ!」と決意を持ってのぞむ。

①朝の8時にチーズサンドフライを作って食べ、「時の渚/笹本稜平著」を読み始めた。

②10時頃に、軽く塩からで茶漬けを食べながら、「サンデープロジェクト」に出演していた前原国土交通大臣の顔を見て、「郷ひろみとは言い過ぎだ」という感想を一人で述べた。

③1時半くらいに、いただいた車エビをエビフライにして食べ、「アタック21」を見ながら、自分の正解率の低さに惨めになった。

④「たかじんのそこまで言って委員会」の北芝健氏の衝撃的なコメントに起き上がって聞き直し、そこから興奮して白ワインのハーフボトルとカマンベールチーズを生ハムに包んで食べ、少し寝た。

⑤夕方5時になり、メロンパンを食べた。「笑点」は見る気になれなかった。

⑥6時からは母がコロッケを作ったので食べ、テレビを一時消して焼酎を飲み始めた。

⑦夜の8時に『天地人』を見て、10時にまたBSの『天地人』の再放送を見た。間の1時間で風呂に入った。

⑧11時過ぎ、東京の甥っ子と電話で「芸能界麻薬汚染」について情報交換。やつは東京の出版社にいることもあり、芸能界の裏ネタや生ネタに詳しい。すごい話がゴロゴロと出てきた。どれも真実に近い。

⑨芸能界の裏ネタを聞いて眠れなくなり、録画しておいて見ていなかった『官僚たちの夏』の最終回を見た。その頃は焼酎は終了しており、茶の間の暗闇の中で塩味たっぷりの「いかり豆」をつまんでいた。そのまま茶の間で寝てしまい、就寝時間はチェックしておらず。

 こう振り返っただけで、おそろしくなる食欲とぐーたらさである。おかげで本日の朝は、非常に体がだるい、やるせない、情けない。
 私って、本当に余暇の時間の使い方が恐ろしくヘタな人間なのだとつくづく思う。もし地球最後の日が来たときに、きっと後悔だらけの一日を送るのだろうな。

Photo_5揚げたての車エビ。下ごしらえのときにしっぽが離れてしまった。いつもなら、ピクルスとタマネギとマヨネーズでタルタルソース を作って、ちゃんと皿に盛って(そうしないと母ちゃんが怒る)食べるのだが、一人だったので、このまま食べた。あー、なんてぐうたら。

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このイカの塩辛は最高!ほどよい塩味とイカの甘さがある。バカラのマイグラスで焼酎の水割りをいただく時の幸せといったら。

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おから。これを食べ始めると、きりがない。ちびちびパクパク、とめどなく食べ続ける。

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ファンタジー北芝

 CIAやFBIともコネのある、元警視庁刑事の北芝健氏に会って聞きたいことが山ほどある。

 まずは、芸能界の麻薬汚染について。次なる逮捕者が誰なのか、気になって気になって仕方がない。
 ネット上で検索していくと、超大物ミュージシャンのUとか、その母ちゃん父ちゃんだとかまことしやかに噂されているが、本日の『たかじんのそこまで言って委員会』にご出演なさっていた北芝氏の口からは、私の想像する女性とは別の人物のことがほのめかされた。

 「ズバリ、誰ですか?」のパーソナリティーの質問に、「とても有名な方ですが、ご本人というより、その親族の方でしょう」と北芝氏は答えた。「ミュージシャンですか?」の問いには、「歌も芝居もなさってます」と意味深な返答。まさか…。そーなのか?のりピーつながりで考えれば、やっぱりかも…とも思う。

 もしも、あの超超有名なタレントの嫁が逮捕となると、大変なことになる。本人の芸能活動はもとより、日本の経済効果にも多大なる影響を及ぼすに違いないだろう。あの草彅剛の、酔っぱらって裸になったというだけにしては尋常じゃなかった捜査も、ここにきてなるほどと思えなくもない。えー、捕まるのかなー、あの人。

 民主党政権交代で、世の中の何かが変化しているのは事実だ。あり得ないと思われたことも、「噂」で止められてた事実も、明るみになるのは時間の問題かも。
 そう言えば、自民党の大物議員のM氏の子息も名前があがっているらしい。何やら六本木ヒルズつながりで、押尾学が吐いたとか吐かなかったとか。政権交代しているだけに、やばいかもね。

 なんだか、このブログの文調が「2ちゃんねる」っぽくなってきたが。真相が知りたい。北芝氏ならペラペラしゃべってくれそうな気がするのだが。そこで彼のブログを発見。今後、コメントですりより、ちびっと仲良くさせてもらいながら事実を教えてもらおうと、今たくらんでいる。

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本当のことを教えてください!ファンタジー北芝様。

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妄想と現実

 締め切りの最中、ラジオの仕事が入っていた。午前中にバタバタと原稿をあげ、編集部へ校正に出かけ、途中抜け出してラジオ局へ行く、というパターンはよくある。昨日も、バタバタとRKKの『貫一&お宮』でくだらないことをしゃべってきた。昨日は、貫一のおっさんが素だったこともあり、非常におかしかった。
 このおっさんは、ただでさえおもろいので、ふつーにおもろいところをさらすだけで、おもろさが増す(この解析、ご理解いただけるかどうか)。

 ラジオやテレビやコラムといった、それぞれに違う分野の仕事をさせてもらっていると、よく、「どうやって気持ちを切り替えるのですか?」と質問されるが、 自身はふつーに息をしているだけだといつも思う。

 ただ近頃、どこまでが現実でどこからが妄想の世界なのだろうかと思うことがある。
 私の言うところの「現実」とは、自分の身の回りにある、しごく現実的な物事をさす。携帯電話料金がいくらだったとか、親戚の家で問題が起こったとか、友人から悩みを預かっているとか、そういったことだ。そんな話が周囲でなくはないが、それについてはなぜかいつも意識が希薄になる。

 車で移動するときもコラムのネタを考えていたり、小説のあらすじを構想したり、編集のコンテンツを並べたりしているので、確かに現実のことからは意識が離れている。原稿作業のときは完全に妄想の世界にいるし。

 ラジオともなると、これがまた現実的な感覚が持てず、長年のつれあいたちとお馬鹿な話で盛り上がりながら、地に足がついていない世界にいる気がする。

 そうこうしているうちに夕方になり、いろんな方からのお酒のお誘いがあって、いつものごとく酔っぱらう。酔えば、現実からまた一段と遠くなる。そしてまた朝がきて、再び原稿作業で妄想して、夕方になる、という繰り返しである。
 それに、旅に出ているときなどは、全く現実感を帯びていない。旅の夕暮れの空に郷愁を感じたり、遠近を失った海の様に切なくなったりと、何かと忙しいのだ。

 そこで、自分の世界をちょいと分析してみた。つまり、こうだ。行き当たりばったりの人生の中で、好きなものだけに心を向けて生きているとこうなるのだ。これはB型特有の、しかもそれを極めた生き方なのかもしれない、とも思う。

 いずれ、このツケは回ってくるだろうが、こうも思う。果たして、そのことに、この脳天気な自己中女が気づくであろうか、ということ。願わくば、このまま年をとってボケていたいものだ。うっしっし。

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ラジオ『貫一&お宮』の貫一っつぁんとまきこちゃん。前回ご紹介した写真が気に入らなかったらしい貫一。今回はOK!をいただいた。さして変わりはないと思うが…。

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スタジオでカフをあげるまきこちゃんの手。さぁ今から、おしゃべりがはじまる。そんなときも、写真を撮っているわたし。

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スタジオのあるフロアの休憩室の窓から見えるRKKの電波塔。その向こうには、淡い色の秋の空が。そろそろ、また妄想の旅に出る。

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先輩

 ショートコントのような出来事に遭遇する女の「先輩」がいる。多忙を極める先輩は、熊本に戻ったときに私を食事に誘ってくれ、溜まった話をはき出すのだ。先輩のショートコントのような出来事は、決まって飛行機の中。今回のネタもビジネスシートでのことだった。

 仕事で移動する日の機内、イタリア人のような美人の先輩の隣に、「どうもっ!」とにこやかな顔の財津一郎似のおっさんが座ったそうな。先輩も軽く会釈をして、特に気にとめなかった。

 途中、隣のシートで「くぇっ、くえっ」という奇妙な「音」が聞こえたらしいが、先輩は財津(隣人の仮称)が変なおもちゃで遊んでいるのだろうと、またまた気にもとめなかった。

 するとしばらくして、フライトアテンダントが「どちらかにお医者様はいらっしゃいませんかーっ!」と大声をあげた。
 医者?機内で医者とは尋常ではない。先輩は何が起こったのだろうと、機内誌の浅田次郎のページから視線を外し辺りを見回すと、なんと隣の、その財津がヒックヒックとけいれんを起こしているではないか。

 「まーっ!」と先輩が驚いたのは、もうひとつあった。
 けいれんで意識をなくした財津のヅラがズルッとずれており、しかも頭皮とズラの間が2センチほどの隙間をつくってパカパカに空いていたそうな。ヒクヒクとけいれんが激しくなるたび、パカパカも激しくズレていたらしい。

 辺りは緊張感を帯びる。医者のインターンが担ぎ出されるも、そのインターンは脈をとる場所も忘れるほどあわてるばかり。見かねた先輩が、「脈はここっ!」とインターンに財津の手首をさした際、さっきから気になるズラを、カパッとはがしてあげた。それは、自分でも感心するような早業だったと本人は語る。

 息を呑んだのは先輩だけじゃない。フライトアテンダントもインターンも、他の客も呆然とズラのはがされた頭皮に視線が集中し、目を丸くしていたという。
 着陸後、救急隊が機内に入った。ストレッチャーに乗せられ運び出される財津を見送りながら、先輩は寝ている彼にあわててあるものを返却した。何を隠そう、彼の分身のズラであった。

 夕べ、寿司屋のカウンターで活きのいい刺身とワインをごちそうになりながらこの話を聞かされ、笑い過ぎて殺されかけた私であった。

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暗がりだったのでピンぼけしているが、右が私の愛する「先輩」。この口からいろんなネタが飛び出す。そのお隣は、妹分のひとみちゃんの妹分のまきちゃん。

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生ハムメロン

 生ハムメロンが大好物だ。甘ったるい香りをたたえ、充分に熟れたメロンの果肉に、しょっぱさのある肉の匂いをまとった生ハムをくるんでいただく瞬間の、あの刹那。

 メロンを頂いたときは、数日間置いて熟成を待つ。その間に生ハムを買っておき、「そのとき」を待つのだ。そして、シャンパンがあれば最高!

 以前は、誰かにごちそうしながらではないと、このトリオをいただくことに心が咎められたことだったが。

 でもよくよく考えてみると。たいがいが、私がお世話したことに対する御礼のメロンである。生ハムだって、シャンパンだって、鶴屋に買いに行ったのは私自身で、私の財布から出したものだ。誰に遠慮がいるだろうか。平日の昼間にシャンパンというのは、多少心が咎めるが、フランス人ならば当たり前。「いいじゃないか、なー」と自分で自分の肩を叩くのだ。

 ひとたび、この快楽を味わったからには、元へは戻れない。つまり、堤防が決壊したようなもので、あの満ち足りた幸福感は味わったものにしかわからない 。
 おじさんが休日の昼頃からビールを飲みたくなるのと似てるが、セレブ感が全く違う。最高なのは、朝風呂の後でこれをやること。小原庄助さんも顔負けなのだ。

 数年前、イタリア取材のとき、かの『ミッソーニ』の「アンジェラ・ミッソーニ」のお兄さんであるヴィットリオと大番頭さんと一緒に、ステキなレストランで食事をした。ミラノの国境に近いスミラゴ村にある品格のあるレストランだった。
 私がオーダーしたのは、いちじくと生ハム。これに白ワイン。みんなで、楽しい話や夢を語り合う。昼間からお酒が入っているせいか、太陽の下での会話はより弾む。なんと優雅なことだろうか、と思った。あのランチは、今でも鮮明に思い出すことができる。楽しかった。

 おいしいことと幸せなことは直結している。そんな理由をつけて、今私は、生ハムメロンを前に気分が最高点に達するような思いである。

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あっけよっかな〜、ヴーヴクリコのシャンパン。あっけよっかな〜、あっけよかな〜。
もうたまらんっ!あけるっ!

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テレビタミン

 KKTの『テレビタミン』に数年近く、コメンテーターとして出させてもらっている。あの番組でのお仕事は大好きで、こんな私を使ってくださることに感謝している。
 とにかく、みなさんいい方たちばかり。プロデューサーの後藤さんはとても優しい方で細やかな気配りに頭が下がる。メークの古庄美紀子さんは、汚れまくって局に入る私を本番前にキレイにしてくださるし、音声さんもカメラさんも、スタジオで温かく迎えてくださる。

 何よりキャスターの本橋馨氏と村上美香さんが温かい。脳天気な私のコメントをきちんと拾い、突っ込み、薄っぺらなコメント(申し訳ない)をぐっと生かしてくださる。

 生放送だから、ゲストからどんなセリフが飛び出すかわからない。どんなときも見事にフォローし、あるときは笑いで落としたり、しんみりとさせたり。話術というより、すぐさま対応できるその感性の豊かさに感動する。
 2時間15分の間、いろんなテーマのインデックスに合わせて、番組の空気を多彩に変えて進行させるプロの仕事におそれいるばかりだ。

 けれど、人に見られる仕事をしているテレビ人は、プライベートも視聴者に支配されるだろう。毎日、「テレビタミン」でステキな笑顔を見せるお二人ならばなおのこと。
 ご家族で行楽に出かけたときも、「あっ!もっちゃんだ!」と声がかかれば、パパの顔から一変して、「こんにちわ」と笑顔を向けなければならないだろう。美香ちゃんがスーパーで豆腐を買っただけで、「今日、美香ちゃんが豆腐を買うのを見た!」と、知らないお家の食卓の話題に上るのだ。大変だよな。

 それに、体調の悪い日や気分の乗らない日、悩みがあるとき、悲しいことが起きたとき、どんなときだって、テレビのパーソナルそのままに乗り切らねばならない。気持ちの切り替え方や精神力の強さは、私らの想像の域ではなかろう。

 「選ばれし者」が持つものは、「運」ではなく、「器」だと思う。器量=物事をやり遂げられる能力、力量。神様だけが知っている、人間の才能である。そして神様は彼たちを選び、あの仕事を与えたのだ。


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小学生のスタジオ見学撮影ではありません。本橋馨キャスターと村上美香キャスター。そして、私…。生放送中のCMのときに、プロデューサーの後藤さんが撮影してくださいました。

Photo テレビタミンのプロデューサーの後藤氏。穏やかで、とても優しい方。

Photo_5 「かずこ日和」の有名人シリーズ編。村上美香ちゃんをメーク室でゲット。可愛くてキレイで、ステキな女性。顔がちぃーっちゃいの、とってもちぃーっちゃいの。

Photo_2 メークの古庄さんを鏡越しに撮影。いつもキレーにキレーにしてくれます。ありがとう。この日は、お酒の肴について討論。

Photo_4 後半戦が始まろうとしているスタジオ。カメラさんの後ろから撮影。

Photo_6 「福永さん、マイクつけます。って何撮影してんですか?」。カメラテストでの音声さんの表情。笑うともっとステキな彼です。

Photo_7 「何かの取材ですか?なんで俺っすか?」とやっぱり驚いた顔のカメラさん。矢沢永吉に似てます。この後に笑顔をゲットしたけれど、ピンぼけでした。ごめんなさいね。

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お香

 よくお香を焚く。香木の香りは白檀(びゃくだん)が好きだ。現在愛用しているものは、金沢の東茶屋街にある「箔座」という店で買い求めた「銀香」という銘柄のものを使っている。100本ほど入って3780円だったと思う。とても上品な香りである。

 ずっと前、アンティークショップで香炉を見つけた。火舎(ほや ※フタ部分)が、何度もいぶされた証を伝えており、かつて誰かの手によって大切に使用されていたことが伺えた。

 おそらく江戸末期から明治にかけて作られたものだろう、と店主は言った。どんな女性がこの香炉で着物に雅な香りをしのばせたのだろうか。武家の奥方か、伯爵家の奥様か、はたまた郭の名花魁(おいらん)だったのか、と思ったらたちまち欲しくなって購入した。ちょっと高かったが…。

 金沢の「銀香」を、古い香炉で焚く。と、つつーっと1本のまっすぐな煙が立ち上る瞬間がある。これは不思議なもので、自分の心や辺りの空気が乱れていると煙はまっすぐに上らない。空気と己の気と煙、そして香りが「ふっ」と重なる瞬間がある。そのひどく繊細で感覚的なひとときが好きなのだ。

 香りは、空間の中でじんわりと溶け、人の肌に染まって色気を宿す。香水もそうだ。同じ銘柄のものでも人によって香りが違うのは、それぞれの肌の匂いと溶け合い別々の色香を放つからだ。

 昔から女たちは、そうやって香りをまとってきた。男たちはその香りに癒やしを求め、色を求め、愛を求めた。香りが支配するものは深い。それは、女の力を物語ってもいる。

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つつーっと一本の香りの煙が立ち上っていく。この様を見るのが好きだ。使い古された火舎(ほや)が、時代を越えてきたことを物語っている。

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お葬式

 知り合いのおじさまが亡くなった。御年、79歳。おだやかで寡黙な御仁であった。葬儀に参列したのだが、今回も思った。あの、葬儀社が企画するセレモニーはなんとかならないものだろうか、と。

 お通夜とお葬式が行われるのは、大切な人が亡くなって数時間(数日)後である。まだ亡くなったことすら受け入れられない遺族にとっては、痛々しい時間である。そんなとき、葬儀を進行する方も気を遣うだろうが、それにしてもあの、お涙をお誘いいたします、的な演出には、いつも違和感を感じるのだ。

 故人の妻であるおばさまの隣りで私は、ただ手をさすってあげるしかできなかった。
 おばさまが言った。「実感がないのよ。あの祭壇にお父さんの写真が飾ってあるのが不思議でたまらないの。あの人、あそこで何をしているんだろうって」

 まだ、夫の死を受け入れることができないのだ。当然だと思う。なのに、2階の斎場前には、故人の形見が飾られてあり、娘さんのメッセージがボードに書かれていた。
 昨日まで元気に笑っていた人の持ち物が、今日は「形見」とされて飾られていることへの、感覚の違和感。まるで前から用意でもしていたかのように、悲しみが文字に仕立てられた、演出の違和感。

 どれも葬儀社からの提案だという。大切な人が亡くなったばかりのときに、やれ思い出の品は何か、お父さんへの思いを書けと言われても実感がわかなかっただろうに。 
 果たして、「死を悲しむ」のにそんな演出がいるのだろうか。たださえ悲しいのに、あえて悲しみを前に押し出す必要なんてないと思う。

 このお葬式ばかりじゃない。いつも、お葬式に参列して思う。時間をはかったように始まり終わる形式的に映ってしまうお経。合掌・礼拝の指示。効率を考えた焼香の順番。順不動と言っても、おそらく関係が薄いだろうと思われる代議士の名前から呼ばれる弔電。

 1時間という時間の中で、完璧に完成を極めて終了するセレモニーは、どこか、慇懃無礼(いんぎんぶれい)な気がしてならないのだ。

 今夜、母とおばさまに会いに行く。葬儀を終えて、「とても寂しくって…」という電話をよこしてらした。ゆっくりと、亡きおじさまへの思いを聞いてあげようと思う。

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やすらかに、眠ってください…

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妄想力強化の茶碗蒸し

 たまに料理をする。素材の下ごしらえをするとき、よく、右に行こうか左に行こうかと迷うことがある。右や左というのは、メニューのことだ。
 例えば、カレーを作るつもりで、フライパンにジャガイモとタマネギを炒めていると、「肉じゃがもいいな」と思ってしまうのだ。つらつらと迷っていると、「これでキッシュもできなくもない」とも思う。けど結局、カレーを作ってしまうのだが。そんなとき、自分って保守的なんだなとあらためて思う。冒険できないのだ。

 けれど、ゆうべは違った。
 おから料理を作るつもりで、干し椎茸を水に戻しておいた。台所に立ち、戻し汁を手にした途端、その風味にそそのかされ、「茶碗蒸しが食べたい」と思ったのだ。

 だが実は、茶碗蒸しなど作ったことがない。ちょうど、冷蔵庫には前日食べた「板ワサ」の余りのかまぼこがあった。母が「あさりの味噌汁」に入れる三つ葉を買っていた。冷凍庫には鶏肉もある。やってみるか。

 まずダシ汁を作る。鍋に水とするめ、昆布を入れてダシをとる。加えるのはかつお風味の薄口しょう油と酒。うん、これでダシが完成。
 卵は4個も割ればいいだろう。さて、ここからが肝心。ダシに溶き卵を入れるか、溶き卵にダシを入れるか、である。中学校の家庭科で習った記憶をたどる。

 こう覚えている。卵スープの逆をやればいいと。卵スープはスープに溶き卵を入れると凝固する。茶碗蒸しは、その逆だったような 。おそるおそるやってみたら、大正解!

 何より「茶碗蒸し」というくらいだから、茶碗で蒸すのだ。ちょうどフタ付きのアンティークの茶碗があった。それに、かまぼこ、椎茸、鶏肉、三つ葉、卵汁を加えて蒸し器で5分蒸す。
 おぉ、見事なできばえ。お味の方は?おおおっーーー!料亭にも劣らぬ味ではないか!素晴らしい!人間、たどり着くことこそに意味があるのだと感慨深く思ったものであった。

 たかたが椎茸の戻し汁だけで「茶碗蒸し」にまで発展するとは。これこそが、シルバーウィークのミッションとして下された、M田部長の「妄想力強化」のたまものではないか。

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少々三つ葉が多いが、好きだからたくさん入れた。ここから5分ほど蒸す。

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どうです、どうです、茶碗蒸しの完成ですっ!お味は、星3つですぅ!

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「蜘蛛の糸」は芥川だっちゅうの!という指摘あり

 友人の「たぬ」からブログ掲載記事の指摘があった。「『蜘蛛の糸』は芥川龍之介だぜ」と。

 そうであった(汗)。そうであった(汗)。太宰の名作は、「斜陽」「走れメロス」他だった。「走れメロス」は、中学の教科書にも載っていたのだった。

 先日、川端康成の「伊豆の踊子」についてコラムを書いたが、その奥深い意図と湧き出るような表現力にあらためて感動したことを綴ったばかりだというのに。
 誰しも、こういった名作は、若すぎる内に読んでしまっていて、文豪の意図するところをほとんど理解せずに通過している。
 これって修学旅行みたいなもので、京都の情緒や歴史文化財の貴重さなどいっさい分からず、急ぎ足で見てきたアレと同じである。

 今回の勘違いも同じく、太宰か芥川か、どっちだったかな…?くらいの記憶しかないことが明らかにされたようなものだ。
 作家の顔も似ているように感じるのは、作品への思いが希薄だからだろう。
 奔放な人生を生きた作家たちの、血と愛と涙の結晶的作品に対して、まことにあらぬ失敬をしてしまった。あらためて、二つの作品「蜘蛛の糸」と「人間失格」を読み直すことにする。

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この方が太宰治氏。「人間失格」を書いた方である。この憂鬱なショットは狙ったものなのか、偶然なのか。狙っていたとすれば、たいした役者でもある。
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すごい長顔のこの方こそが、「蜘蛛の糸」の作者である芥川龍之介。大正生まれのこの方の業績を記念してつくられたのが「芥川賞」である。偉大なお方なのである。

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シルバーウィークに妄想強化

 シャバはシルバーウィーク。五月のゴールデンウィークに対して、9月の連休をシルバーウィークと呼ぶのだそうな。連休中に敬老の日があることからなのか。しかし、「シルバー」とするだけで、温泉、墓参り、長を上座にすえての一族の宴会といった風に、なんだか年寄りを中心とした休日にならざるを得ない雲行きである。

 夕べ、福永家では、91歳になるおじの誕生日を祝う宴 が行われた。総勢20名の福永一族が集結し、飲めや食えや騒げの大宴会。今日は今日で、一同はおじたちを連れて温泉に出かけるという。私は仕事がある、という理由をつけて遠慮させてもらったが。
 休日の仕事場で一人、さて、妄想物語でも書くか…、とパソコンの前に座ると、M田部長からのミッションメールが届いていた。

 タイトルは「妄想力の強化のために」。文章を作成するときのイメージの膨らませ方が綴ってあった。ひとつの発想法で書いていると、エッセイやコラムがマンネリ化してしまうことを危惧したM田部長のアドバイスである。

 読めば、なるほど!と感心することしきり。教えによると、連想を二段階、三段階と複雑化せよ、とある。つまり、ひとつのキーワードでさまざまな広がりを持って妄想すれば、内容も深まり、読者に想像させるものがさらに膨らむというものだ。

 休日だというのにM田部長は仕事熱心である。(もしや、愛妻と隣のおじさんと三人で庭先でバーベキューしながら昼からビールをあおっているかも、とも思うが)
 いやいや、ならば私もM田部長の意を受けて、おもしろいエッセイを書かねば!とトランス状態に入ろうとしたら、階下で母ちゃんが、「墓参りに行くばい!用意しなっせ!」と大声で叫んだ。

 シャバはシルバーウィークだった。まだ墓参りの行事が残っていたようだ。ちょっくらご先祖さんにご挨拶して、いい妄想の題材が見つかることをお願いしてくるとする。

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B型がほとんどの福永一族。あとはO型。だからうまくいっているのかもしれない。みんな自分の話しかしない。「聞く」という作法を知らない一族。

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どうしてもカメラ目線が苦手の大正生まれ。福永健一、91歳。

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母の節子。「酒ばかり飲んでないで写真を撮んなさい!」と私に指示しているところ。

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東京から帰省した甥っ子の大介と94歳の春江ばーちゃん。「楽しいね。嬉しいね」が連発する、幸せ家族を絵に描いたような福永 一族なのである。

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ひ孫がひ孫にチューをする。彼らもやはり、B型である。B型の、それはそれは密度の濃い福永一族の宴会にA型が参戦することはない。

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アトリエ

 仕事場の書棚である。書棚はここだけではない。スタッフの机の頭上に、私のデスクのヨコに、床の上にと、本や資料がそれはそれは雑然と置かれている。この他に押し入れにも収蔵されている。

 本は買うが処分したことがない。増えるはずだ。人にさしあげたりもするが、また買う。読んでしまった小説も、テンションがあがらないときの表現のリズムの参考にさせていただいているので、資料として保管されるわけである。

 雑誌はほとんど見ないが、スタッフが資料として必要とするので買う。取材で飛行機を利用するのでANAの「翼の王国」やJALの「SKYWARD」もどんどん増えるし、新聞資料も増えてくる。ただ、どれも捨てることができないのだ。

 手狭になってきた仕事場で夢見るのは、アトリエのような仕事場で仕事をすること。スタッフから離れた私だけの広〜い広〜い書斎があって、そこからは庭の木々が眺められて、ときには小鳥たちが訪れる。
 大きなソファも欲しいな。原稿仕事の途中で、大好きなシャンパンを飲んで少し昼寝するのだ。スタッフの視線を気にしない自由な空間と時間がそこにあるのだ。
 そうだ。裏口を作らねば。パチンコのコラムを書いていると、急にパチンコにも行きたくなる。そんなとき、こそっと抜け出す出口は必要だもの。

 車が欲しいだの、高級ブランドの服を買いたいだのとあまり思わない。最近、物欲がなくなったように思う。ただここにきて欲しがるようになったのは、空間と時間。あぁ、宝くじが当たらないかな。500万円でもいい。もし賞金を手にすることができたなら、迷わず、アトリエをつくる。どっかに落ちてないかな、すっごい大金。散歩に出かけてみよう。草むらの中に見つかるかもしれない。(※注 落とし物は警察に届けなければなりません)

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高さ3メートルはある書棚、の一部。本が入りきれず、書棚の前に山積みされている。他にも書棚はあるが、収納に追いつかない。

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クモの糸

 今年、太宰治生誕100年らしい。太宰といえば『蜘蛛の糸』。中学生のときに読んだ記憶があるが、秋の夜長、もう一度読み返してみたいと思っている作品である。

 と、話は変わるが。昨日、愛猫の散歩(リードをつけてぶらぶら)の途中で、クモが糸を張るところにでくわした。お尻からピーッと糸を出して、長い手足を使ってすでに張っておいた糸へとたぐり寄せるようにしながら蜘蛛の巣を張りめぐらす作業を見せてもらった。見事である。

 この巣は彼らにとって漁をする網であり、ここにひっかかった虫がごちそうになる。あらためて、へぇ、と感心していたら小さな虫が狙い通りひっかかった。奴は、「しめた!」と思ったに違いない。けれど、手足をバタバタさせながらあらがう虫の姿を見れば、つい同情してしまう。

 あたりにあった枯れ枝を拾って、ちょいちょいといじって虫を逃がしてあげた。かろうじて助かった虫は糸をまとった体で、「恩にきます」とぺこりと頭を下げ逃げていった。(ように思えた。)

 ご機嫌をそこねたのがクモである。「俺が身を削って作った網を壊しやがって。しかも、餌まで逃がすとは!この女っ!」。それまで正面を向いていたクモが、途端にプイとヨコを向いたのが下の写真。

 クモの恨みは、その夜の夢に現れた。夢の中で私は、危ない岩場や急な斜面を越えなければたどりつけない場所が取材先に指定された。
 行けども行けども、先が見えない。「こんな目に遭うとは!」と怒ると、一人のおじさんが現れこう言った。「あなた、人様に何かひどいことをやらかしましたか」。覚えはたくさんあった。ならば、一体どれがいけなかったのだろうと深く考えさせられた夢だった。

 もし、その夢がクモの恨みであるとするならば、あの助けた虫からの恩返しがあってもいいではないかとも思う。
 だが、人助けに見返りを期待するようでは、私はまだまだ、『人間失格』なのかもしれない。

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写真では見づらいが、左下あたりのクモの糸に虫がひっかかり、そこを破って逃がしてあげた。クモは途端に不機嫌になり、こうして顔をそむけたのだった。

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きれい好きな母

 母はきれい好きである。家にはゴミひとつ落ちていない、というより、ほこりすらたかっていない、と言った方が正しいだろう。
 母はB型である。私もB型なのだが、性格は似ているとしても潔癖度が全く異なる。起きた途端、掃除機を手にしているような人である。かといって、神経が細やかなタイプではない。

 昔、友だちのお母さんに、とても潔癖な人がいらした。遊びに行ってもお家にあげて
もらったことがなかった。どうしてもおしっこが我慢できなくなってトイレを借りたことがある。トイレは玄関から2メートルほどの距離だっただろうか。
 なんと、そのお母さんは私の歩いた後から雑巾がけを始めたのだ。トイレの行きも帰りもだった。それは、子ども心にショックだった。自分がとっても汚いモノのように思えたからだ。決して悪い方ではなかったのだが、何十年たってもこうして覚えているように、きれい好きな方の家に行くときは、今でもトラウマのようになっている。

 だが、母は少し違う。いつも必ず、誰かがワイワイやって来る我が家でいちいちそんなことをしていたら体がもたない。というより、母は人が来て汚すことを別に嫌がらない。子どもとか特にそうだ。やらせ放題にした後で、誰もいなくなってからあっという間に片付けてしまう人である。

 夕べ、原稿仕事を終えて階下におりたら、母は友だちと食事に出かけていた。彼女の管轄の台所に立ってみたらピッカピカで、リビングをのぞいたらこれも整然と片付けられていた。いつもの光景だが、ちょっぴり感動したりする。

 思えば、母が嘘をついたことはない。裏表がなく、いつも正義をもって生きてきたように思う。ほこりひとつたかっていない我が家をあらためて眺めると、11月で72歳になる母に学ぶことは多いと思えた。

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母の管轄である、我が家の台所。この後、用意されていた夕食を肴に焼酎を飲んだ。

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リビング。いつもこんな感じに片付けられている。ここに一日ゴロゴロしていると、掃除機で髪の毛を吸われることがある。
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母ちゃんにそっくりな人形。韓国取材のときに見つけてきた。いつもほうきを持って掃除している。

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感傷

 熊日美齢世代で「季節の記憶」という私小説のようなエッセイを書いたら、いたるところから反響が寄せられた。
 「胸がキュンとなった」「昔の恋を思い出した」「あの頃に戻れたら」。中には、「相手はどんな人だったのですか?」とシュールな質問やメール&コメントなどなど、会う人会う人からいろんなご意見をいただいた。

 どんなに月日が経っても、もう若くはなくても、そんな風に輝いた日々に思いを馳せることができるのは、青春の頃に覚えた清澄な思いが、今でもみなさんの心の中にあるという証だと思う。
 あの思いは、消え去って無くなったものではなく、封印しているだけなのだ。ちゃんと胸の奥に息づいているはずなのだ。

 「感傷的になってしまう」のは、確かに存在する“清澄な心”がうずくのだと思う。

 そんな“うずき”をしばらく感じていたいと思うのだけれど、携帯電話の音をきっかけに幕引きとなったりして、それが悔しくて。夢の続きを、布団の中でしっかり目をつぶって見たいと思っても、一度覚めてしまった目は、二度とその夢を見ることができないのと同じ。

 けれども、またいつかやってくる。それは秋風の中に突然あらわれたり、夕刻の買い物のスーパーの入り口の中で見つけたり、長くなった陽射しの向こうにだったり。

 カラカラな心でいるより、しっとりと意識が染みている方がいい。そうすれば、なにげない日常の路傍にも、小さなロマンを感じる人でいられるもの。

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幼い頃、どこかの家の石垣に咲いていた花。名前は知らないけれど、茎が強くて葉が細長い。水仙の葉に似ている。名前は知らない…けれど、とても懐かしい花。

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守護神

 6年前、家を改築するときに、押し入れからひょっこりと出てきたお人形、「ぴーちゃん」。この子を買ったときのことは今でもはっきりと覚えている。
 当時、高校生だった私は、ミッキーマウスに夢中になっており、下通りの「ポレエル」という玩具屋さんの2階の輸入玩具売場によく通っていた。エスカレーターが店の中央にあったことを記憶する。

 何度も通う内に、このお人形が欲しくて欲しくてたまらなくなった。けれど、当時としてはけっこうな高額(高校生のおこづかいでは無理な金額)。それでもなぜか惹きつけられて。「今日こそ売れてるかもしれない…」と思いつつエスカレーターで登っていくとこの子がいてほっとした。何十回、そんなことを思いながら売場へ足を運んだことだろうか。

 そしてついにクリスマスの日、おこづかいを握りしめて、この子をもらい受けに行ったのである。ずっと売場にあったせいか、少しほこりをかぶっていた。

 ちょうどそのとき、店のオーナーが私の前に現れてこう言った。「あなたが引き取ってくれるんだね。この子はね、アメリカから私と一緒にここへ来たんだよ。よかった、あなたみたいな女の子に可愛がってもらいたかったんだ」と。
 高校生の私はひどく感激したことだった。店員さんが包装してくれるというのを断り、胸に抱きかかえてバスに乗って帰ったことを、今でも鮮明に覚えている。

 けれど、いつからか部屋の中から彼女がいなくなった。いなくなったことすら気づかなかった。長い時間を経過して、彼女が再び私の前に現れたとき、当時のことがクルクルと走馬燈のように思い出されて、胸がキュンとした。
 「ごめんね」と抱きしめて、すっかり汚れていたのでクリーニングに行ってきてもらい、こうしてきれいになって今、私の仕事場にいてもらっている。
 夜中、誰もいなくなった仕事場の守護神として、この笑顔でずっと見守ってくれている。

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アメリカ生まれらしいが、名前は「ぴーちゃん」。一年中、Tシャツで過ごす彼女。17歳のときに出会った私の親友。

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花一代

 思いの外早く、小説をブログにエントリーすることができた。忙しい写真家・森賢一氏が来てくれて、おかげさまで「花一代」という小説をブログに載せることに成功。

 これは昨年の春から、熊日新聞の美齢世代に掲載させてもらったもので、読んでくれた方は多かったが、ところどころ読んだ、だの、何度か読んだ、全く知らない、という方も多い。左端の『うたかた物語』のインデックスを「ポチッ」とクリックしていただければ、物語が始まる。
 物語は、昭和の二本木の郭を舞台に、一人の女性が凜として生きたお話。

 この小説を書き始めたのは、昨年の春のこと。書いてて不思議な出来事がたくさん起きた。まず私は、大正時代なんて生きてない。なのに、部屋の匂いや温度、風や着物の匂いがつつーっと鼻をかすめていくのだ。見たこともない長屋の部屋も見えるし、全く知らない郭の部屋の様子などが見えてくるのだ。

 今、読み返してみれば、どこか幼い感じがする。処女小説だから、そんなものかもしれないけれど、気持ちはグッと入り込んで書けた気がする。

 今日から連続でお届けする予定だ。鈴虫の鳴き声が聞こえる秋の夜長に、ゆっくりと楽しんでいただけたらと思う。まず、今回は6話続けて公開します。

 イメージ写真は、森氏が協力してくれた。ステキな映像も一緒に楽しんでください。

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森氏の写真。大正時代の面影を写している。

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私の時間

 近頃、朝の6時過ぎには目が覚める。年をとったせいかしらん、などと思っていたら、早く寝付いてしまうせいだった。というのも、いつも夕方の5時30分頃からビールを飲み始める。スタッフはせっせと仕事をしているというのにだ。彼女たちの冷たい視線をシレ〜ッとかわしながら、こそこそグビグビと缶ビールを空ける幸せといったら。

 彼女たちが退社してからは一気に飲酒のリズムが加速する。焼酎、ワインをあおって、9時前には寝付いてしまう。
 食事会や飲み会に出かけても、最近は10時過ぎたら玄海竜二(限界)。家に帰ればバタンキューで、おかげで朝早く目が覚める。

 目覚めるとすぐ、パソコンの前に座る。書き綴っている物語(小説)や、「早く出せっ!」と言われている原稿にとりかかるのだ。

 朝は、何の誘惑もないからいい(夕方ともなると、いろいろとお誘いが来る)。スタッフが出勤する前の仕事場で過ごす一人きりの時間は意外と集中できる。それに、物語を書き進める途中で、たまに物語の展開にニヤリ(気持ち悪い顔だと思う)としてしまうことがあり、そんな顔をスタッフには見られたくはない。だから、朝の3時間に妄想を集中させて書く 。

 どなたも一人の時間に憧れると思うが、一人になればなったで、所在ないものである。わずかに与えられるからこそ、その時間の価値がある。
 階下で母が煎れるコーヒーの香りが漂ってきた。通勤の車の往来も激しくなってきた。太陽もすっかり昇った。あぁ、また一日が始まる。私のこの時間も別のものへと切り替えられる。

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いつも雑然としている仕事場。ここもずいぶんと狭くなってきたな。私の前にアシスタント、右向こうにデザイナーがいる。二人はねーちゃと妹のようにすごく仲良し。それも、私というアル中の鬼ババがいるおかげで、その団結力が深まっているのだ。

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只今、「昼小説」構想中

 ブログを立ち上げて、はや3ヵ月。おかげさまで、いろんな方々にアクセスしていただいてすごくありがたい。けれど、私のダラダラした日々の出来事をダラダラと垂れ流して、たいしたメッセージも送ってやしない。それでみなさんは、お喜びなのだろうか…、などと、ここにきて思ってしまう。

 「なんとか、アクセスする楽しみをさしあげる方法はないか」。そこで考えた。
 例えば、お昼のドラマ感覚の「小説」をお届けするのはどうだろうか、と。

 つまり、月〜金に渡って、ちびりちびりと一つの物語を進めていくというものだ。勿論、土・日はお休み。土曜日は『田舎に泊まろう』と、日曜日は『どろんこ塾』と『天地人』で楽しんでいただき、月曜日、「物語はどう展開しているのかしらん?」とブログ(ホームページになるかもしれない)にアクセスしてもらって、楽しんでいただこうという趣向だ。

 物語についてのご意見もバンバン欲しいところだ。「今後、こういう展開を望む」とか「あいつだけは殺さないでくれ」だの、「私の名前を登場人物に使ってくれ!」と言ったご意見と共に、物語を進めていくと楽しい気がする。読者参加型の「みんなでつくる、昼小説」を立ち上げようと思う。

 本ブログのアクセス解析を見ていると、真夜中や明け方の時間だというのに、いろんな方がブログを見てくださっている。
 「旦那の帰りも遅いしなぁ」という方に、「なんとなく悶々としてしまう日々だよなぁ」と思うとき、「テレビショッピングしかやってないよなぁ」という時間のひまつぶしにいかがだろうか。

 開設には少し時間が必要だが、しばらくお待ちを。さぁて、どんな妄想物語が繰り広げられるか、こうご期待!

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川尻六菓匠の「けいすけさん」が、私の和菓子を作ってくれた。かわいいでしょ。食べないで冷蔵庫においてます。

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秋の、うろこ雲

 秋が深まった。夕刻の空にはうろこ雲が漂っている。たったさきほど、超短い私小説のような原稿を書き上げた。それは、30年前の恋の話である。その間、過去にワープしていたせいか、当時のことがいろいろと思い出されて、この秋の気配がいつもより愛おしく感じられる。

 どなたもステキな恋の思い出はあると思う。たとえ結ばれなかったとしても、淡い宝物のように胸の奥にしまっている恋物語があるはずだ。時々、何かの拍子でひょっこりと思い出すことがあるだろう。例えば、ふとした光景の中や、たまたま出かけてしまった思い出の場所とか。

 そんな感傷に浸る時間って、とても大切な気がする。忘れていたときめきや、若かった頃の純粋さが、不思議とそのまま蘇ったりするからだ。これは、自分でもびっくりした。この年になってもなお、そんな気持ちを一瞬でも取り戻すことができるものなのだと、感動した。

 たまに、ごくごくたまに、昔の恋人が夢の中に現れることがある。けれど、彼は当時の彼そのままで、今やおじさんとなってしまったその顔ではない。何もかもが好きだった頃の、若い彼に会えるのは夢の中だけ。けれどその彼は、夢の中だけにしか存在しない。

 私も、そんな風に誰かの夢の中で存在していたいと思う。ただし、うなされてしまうようなことになっては、申し訳ないとも思うが。

 夕刻の空の写真を撮ってみた。昔は、「あのヒトは今頃、何をしているのだろう」などと思い巡らせながら空をあおいだものだった。今や、空をあおぐときは、「どろんこ塾」のロケ中の雨を心配するときだけになってしまった…。

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2階の仕事場から撮影した秋の空。「うろこ雲」とはよく言ったものだ。本当に、魚のうろこのような模様をしている。うろこつながりで言うと、「逆鱗に触れる」という言葉がある。何を隠そうそれは、私がいつも肝に命じ、注意している言葉である。

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伊豆の宿

 道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで私を追って来た。

 川端康成の「伊豆の踊子」の冒頭部分である。つい先頃、ほんの一ヶ月半前、私は伊豆の旅取材をした。19歳の川端康成が逗留した「福田家」という旅館を訪れ感銘を受けた、という話はこのブログでも紹介したがそのとき、必ずまたやって来ます、という思いを残したわけだが、「必ず」は、意外と早く訪れた。

 今、月刊で発行されている旅本の原稿仕事をいただいており、月に一度は旅をすることになるのだが、他の仕事とも合わせると、平均して2〜3回は放浪している。今回の旅は、熱海と伊豆で、湯ヶ野温泉での紀行(奇行)が今回のメーン原稿となる。

 河津川にかかる橋の向こうに「福田家」はある。その光景は小説の一節そのままで、全て書いてあった通りである。あの温かい大女将の笑顔をまた見ることができる、と川の瀬音に耳を傾けながら、もったいつけるようにゆっくりと橋を渡る。今回は、この宿に宿泊するようになっている。仕事と言えども、なんとも嬉しい予定である。

 「福田家」は、今どきのコジャレた温泉宿には決してない風情を携えている。川端康成が逗留した頃そのまま、と言っても過言ではないだろう。共同トイレと洗面所、一見不便のようだが、この昔ながらの佇まいが守られていることにこそ、「福田家」の価値があるのだ。
 料理も華やかなそれではない。刺身、金目鯛の煮付け、茶碗蒸し、焼き茄子の胡麻ダレ、魚の唐揚げといったシンプルな夕食だが、これで胃袋は充分なほど満たされる。

 夕食をとっていると大女将(稲穂とし子さん)が部屋にわざわざ訪ねてくれ、もてなしを受けた。大女将は生前の川端康成を知る貴重な方である。小説のご縁により、川端氏と大女将はじっこんの仲だったようだ。彼がガス自殺を遂げたとき、呆然となり逗子の別荘まで駆けつけたと言う。繊細な方だっただけに、ノーベル文学賞に対する誹謗中傷もあり、心が傷ついたのではないか、と大女将は語る。

 そして、「川端先生は口数は少ないけれど、心のとても優しい方でしたよ」とも。
87歳といえども矍鑠(かくしゃく)としていらして、その笑顔に心がやんわりとなる。私のことをよく覚えていらして、お会いして二回目だというのに、自分のばーちゃんのように懐かしくて愛おしい。

 一泊すればなおのこと、湯ヶ野温泉への思いも深くなる。のんびりとゆっくりと過ごした時間を惜しむようなチェックアウトの10時。玄関で、大女将があの優しい笑顔で送り出してくれた。

 「また、来てくださいね、待ってますから」
 「えぇ、もちろん。すぐに折り返して来ます(笑)」と言い、
「ずっとずっと、いつまでもお元気でいてくださいね、ずっと…」と、大女将の柔らかい手を握って心を込めて言った。

 「ずっとずっと」。川端康成が描いたあの伊豆の温泉宿であり続けて欲しいという願いも込めていた。実にいい旅取材であった。

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河津川にかかる橋の向こうに、「福田家」はある。正面の部屋に川端康成が逗留した。

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私たちの部屋を訪ねてくれた大女将の稲穂とし子さん(87)。いつまでもお元気でいて欲しい。

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大女将のご主人が亡くなったときに、悲しむとし子さんに川端康成が贈ってくれた書。
「天上人間會相見」(てんじょうにんげんあいまみえる)
「天上人となった人と会いたいと思えば、いつだって心の中で会える」
そんな意味が込められているという。

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天城隧道。石川さゆりの名曲「天城越え」にも登場するが、松本清張の「天城越え」の小説の舞台にもなっている。湯ヶ野温泉近くにある。


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靴の修理

 モリケンのブログで、私の影武者がいることが発覚した。しかし、実によーく似ている。影武者は夕刻の上通りを歩いていたらしい。
 時同じ頃、実は本人は並木通りにいた。長旅の疲れは本人の身体をむしばむばかりでなく、ヒールのソールまで及んでいたのだ。これまでの私なら、靴を修理に出すなど面倒くさくて、家に帰って別の靴に履き替えておさらばするところだが、このヒールとはなぜかさよならできず、並木坂にある靴の修理屋さん『革工房R』に立ち寄ったのだ。私にしてはすごく珍しいこと。

 時間があまりないとでも言いたげな私の様子を察して、イケメン靴職人がサクサクと修理をしてくれた。店内はカフェのようにお洒落ですごく心地良い。

 修理を待つ間、この靴と歩いた場所を独りでに回想してみた。
 フィレンツェのドゥオモに登った。マルセイユの怪しげな田舎町・クードルの夜を徘徊した。パリの石畳みを歩いた。山形の山寺も登った。高知の桂浜も灼熱の沖縄も、静岡の伊豆も熱海も…。月に最低2回以上は旅をしているわけで、数え切れないほどこの靴でたくさんの場所を回ってきたのだ。ここにきてソールがはがれるのは当然である。

 「申し訳ない…」とつぶやきながら 待つ。その間、オーナーの井上さおりさんとお話をすることができた。
 「靴を買うとき、あれにしようか、これにしようかとドキドキしながら選ぶでしょう。そして出会えたのがその靴。少々くたびれたからといってポイと捨てるのは可哀想です。靴はいつの間にか、自分の足にしっくりと馴染んでくれているわけで。だから、思いやりを持って履いてくださいね」
 彼女の言葉は胸にしみた。長くつきあったモノを大切にする、というのは自分のこれまでを大切にするということなのだ。
 「そうよね、ずっと一緒に歩いてきた靴だものね」と私が言うと、イケメン靴職人が優しい微笑みをたずさえ、かかとのはがれた部分を丁寧に塗り上げてくれる。私の靴に向けられた彼の温かいまなざしは、「愛」さえ感じる。

 そして、たった十数分で私の相棒は見事に蘇ってくれた。着地するかかとの感触は、買ったばかりの頃と同じだ。「これからもよろしく」と、思わず靴に向かってつぶやいてしまった。

 私の影武者が上通りに出没し写真家のモリケンを動揺させていた頃、当の本人は空が高くなった秋のうろこ雲を見上げながら、この次の旅の思いを温めていたのだった。

 

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かかとのソールをなおしてもらった。彼の丁寧な仕事ぶりは、靴を愛する職人の思いが伝わってくる。
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はがれてしまったかかとを塗ってもらう。こんな風に扱ってもらうと、「大切に履かなくちゃ」という気持ちになる、この私だって。

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熱海の貫一&お宮

 熱海に行ってきた。長年、旅取材をしているが実は、「初熱海」である。熱海はなんとも坂の多い街。山の斜面を切り崩して作られた温泉地だけに、どこからも太平洋の茫洋(ぼうよう)たる海の姿が見渡せる。
 一頃の華やいだ雰囲気はもうないが、大通りを車で走ると、フランスのマルセイユの港町にある気配と似ている。どこか、優雅なのだ。金持ちたちの避暑地だったというプライドがそうさせるのか、その名残がかすかにある。
 さびれていないと言えば嘘になるが、決してすさんではいない。それは、近頃の人工的に作られた観光地然たる気配とはどこか違う。勿論、ここもかつて人工的に作られた観光地ではあったが、ここに至れば「歴史」というものが存在している。「昭和の匂い」とでもいうのだろうか。ただ、懐かしい。もしかするとそれが、熱海の今後のピーアールのヒントになるかもしれない。

 海岸に「貫一&お宮」の像が立っている。「金色夜叉」という明治時代の小説の主人公たちで、尾崎紅葉の未完の作品である。私のラジオ番組のタイトルは、この「貫一&お宮」に由来する。物語とパーソナルキャラとのつながりは何もないが、語呂合わせが良いと言うことで決まった。ゆえに熱海に来たならば、ぜひとも拝んでおきたい場所だった。
 尾崎紅葉の物語をざっくりと説明すると。一高の書生(貫一)と良家の娘(お宮)が恋に落ちた。二人は許嫁であったが、苦しい財状にあった家を救うためにお宮が富豪の元へ嫁ぐことになり、激怒した貫一がお宮を熱海の海岸で責め立てるだ。本心を明かさないお宮を貫一は蹴り飛ばす。何ともいたわしい女心。やるせない恋の結末は、作家が死去したことで未完のままとなっている。
 ラジオ番組では、お宮(私)が貫一のおっさんをやり込めまくっているが、あの世で尾崎紅葉は、『貫一&お宮のマイスイートロード』をどう笑っているだろうか。

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貫一が怒っている。お宮が許しを請う。なんだか自分が蹴られているようで、許せなく思えた。熱海のメーンのビーチ前にこの像はある。

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かつて大物政治家だった内田信也氏の別邸として建てられ、鉄道王の根津嘉一郎氏の手に渡り「根津別荘」として熱海の三代別荘の一つに謳われた「起雲閣」。後に旅館として営業されるも、太宰治、谷崎潤一郎、三島由紀夫などの文豪たちが逗留した別荘である。NHKの「白洲次郎」でも撮影の舞台となった。

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熱海で唯一残っている「射的」。なんともレトロなスポットだ。しょぼい景品欲しくてやるんじゃないが、狙えばたちまちハマってしまう。

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柳川

 土曜日、柳川の立花のお殿様(17代目のその3※長男がいらして、民雄氏は三男)にお会いしてきた。とても気さくでインテリジェンスが漂うステキな紳士である。世が世であれば、「こんちわ!」と気軽にお声かけもできないお方だ。
 今、戦国武将ブーム。その中でも立花宗茂が若い女性の間でヒットしているらしい。宗茂は秀吉から石を与えられた。赴任地が柳川。熊本の加藤清正ともじっこんの仲で、天下分け目の関ヶ原の戦いでは西軍(石田三成率いる豊臣秀頼方)についた。がしかし、家康に気に入られていたおかげでお家断絶はまぬがれ、文武両道にたけた宗茂は、徳川二代目の秀忠や家光からも可愛がられたらしい。

 宗茂は戦いで名を挙げた武将ではない。どちらかというと文人派であり、力ずくでのし上がるタイプではなかったようだ。がしかし、ひとたび「義」となれば一徹な面をさらし、それがつわものたちに気に入られたようだ。力はほどほど、気概は充分、そして情けはたっぷり。宗茂には、世の中を旨く生き抜く天性の感覚が備わっていたのだろう。勉強になる。

 お殿様の話を聞いたところで、取材班は一目さんに、ウナギの名店「若松屋」を目ざした。柳川と言えば、ウナギである。店内の香ばしい匂いに、待つ間中生唾が出て止まらない。出された蒲焼きをあっという間にたいらげた。
 柳川の魚屋さんで大きなシジミを買って帰る。シジミの味噌汁は肝臓に良いのだ。
 夕方帰るやいなや、従兄弟夫妻と母と水前寺公園参道の食事処で酒をあおった。シジミを買った余裕か、ワインを従兄弟と二人で2本も空けてしまった。案の定、日曜日は二日酔いであった。そこで、シジミの味噌汁作って食べた。するとどうだろう、昼過ぎには回復したではないか。おそるべし、シジミのエキスよ。
 さて、明日からまた旅に出る。熱海と伊豆を回ってくる。伊豆の宿で、シジミ汁にありつけたらいいな。 きっと、伊豆の夜はグテングテンだと思うから。

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立花家のソテツ。名家には必ずあるのが、このソテツ。

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「若松屋」のうなぎの蒲焼き。秘伝のタレのおいしいこと。とにかく、 旨かった〜。
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夜の酒席の肴。トマトと湯葉のジュレ。和風ダシのきいたジュレのおいしかったこと。
白ワインと赤ワインのボトルを2本も空けてしまった。

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危険地帯のワインレッド

 やっぱりな。そうだろうと思った。このバカップルが。またしても。何度目?アレ、やってんじゃないの。
 今朝のワイドショーを見て、そう思った人は全国に数知れず。玉置浩二と石原真理(最近、真理子から真理に改名)のお騒がせなバカップルの愛の結末は「破局」。想像通りの早い展開を見せてくれた。

 二人がマヌケなペアルックで入籍を済ませた場面が放映されて、わずか6ヵ月。玉置は4度目の離婚かと思いきや、「破局」と報道されたのには理由があった。アメリカで17歳も年下の男性と結婚し離婚していたと思われた石原だが、なんとまだ籍が抜けていなかったとさ。ゆえに二人の婚姻届は受理されておらず、だから「離婚」ではない。
 破局の原因は、5ヵ月ものハネムーンを終え、お金もかかったことだし、と玉置が音楽活動を再始動すると言ったことにあるらしい。そこへ、かたときも傍を離れたくない石原が怒ったとか泣いたとか。まったく、奇妙な恋愛体質である。くっだらねーっ!!

 往年の二人の活躍を知っている人たちは、近頃のこの転落ぶりに呆れまくっている。石原真理(真理子)と言えば、「ふぞろいの林檎たち」で、美少女女優の金字塔を打ち立てた女性で、知的で儚げなイメージに男たちは夢中になったものだった。彼女の太い眉、長いワンレンを真似た女性も多かった。しかしその実体は、知り合えばすぐ寝ちゃう、ただのお尻の軽い子ちゃんだったわけである。
 一方の玉置浩二も「ワインレッドの心」でファンの心をつかみ、最初の妻との離婚や石原との不倫ダメージも「男の甲斐性」にかえ、薬師丸ひろ子という大物女優との結婚で、ミュージシャンのみならず役者としてもその地位を不動のものにしたはずだったのに…。どこで、その糸がプツリと切れたんだろうか。

 考えると、そもそも、そーゆー体質の人たちだったのだ、という見解に行き着く。私たちは彼らの人格を、作品のイメージで誤解していただけなのだ。そんな芸能人のプライベートをのぞき見し過ぎた空しい結果のひとつが、これなのである。

 長いハネムーンの海外旅行のどこかで、玉置本来の才能が刺激されたのか、金がなくなったからと渋々腰をあげたのかは定かではないが、玉置がもう一度打って出ろうとしたのは間違いない。そこをプッツン女が拒んだわけだ。
 とにもかくにも、二人が「あげマン」でも「あげチン」でもないことだけははっきりしている。カップルに必要なのは、互いに欠落している部分を補えるかどうかであること。この二人に未来はないだろな。
 だが、これほどのバカップルゆえ、今後どんな展開に化けるか未知数でもある。そんな二人の動向に目が離せない(そんな私自信に情けなくもなるが…)。

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かおりん

 内藤香織。私の可愛い妹分である。二本木方面テレビ局の春日の局、とも言われている女性で、かの、ゆるキャラで可愛い社長の「俺にまかせろっ!」という一連のCMを作った立役者である。一見、毒舌家の私の部類に属するようでいて、これがシャイでお嬢様。たたき上げの私とは世界観が違う女性である。
 いつも、私の書きものをよく見ていてくれる。こちらは、何も深く考えていない書き物なのだが、彼女の読解力は深く、「え〜、そうなんだ」と、書き手の私があらためて感慨深く思うことがしばしば。こういう読者がいてくれると、ものかき冥利に尽きる、というものだ。

 先日、内藤女史とお酒を飲んだ。下戸の彼女だが、飲み会の空気を良く知っていて、ろれつの回らなくなった私の話にも、ふんふん、とよーく耳を傾けてくれていた。
 私はというと、ビール、焼酎、ワインまで手を出して、いい酔っぱらい。記憶はちゃんとあるが、一緒に飲んだ写真家のモリケンによれば、繁華街で大声をあげての上機嫌だったらしい。「人に危害は加えてなかったか…?」とおそるおそる尋ねると、「それはなんとか大丈夫だった」と言われた。「なんとか大丈夫」のフレーズが気になっているが、どうにか、なんとか大丈夫なのだろう、今日まで何の被害届けも出てはおらぬ。

 さて、今回の飲み会では、内藤女史が「官能小説を書こうかな」、とチラリと意欲を見せた。私のカテゴリーには決してないジャンルだ。そんな小説を書ける環境にいる(?)彼女がうらやまくも思う。言っとくが、彼女は健全なる人妻で不倫など決してしていない。そんな、妻で母である彼女が官能的小説に挑むという。 内藤香織女史の作品に期待したい。

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これが内藤香織女史。しかし、撮影がヘタでごめんね、かおりん。その向こうで、ボケて写っているモリケンに撮影してもらえば良かった。

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駕町通りと銀座通りの角の地下にある「どら家」。ここの品書きはどれもおいしかった。グルメなモリケンのおすすめの店である。ホルモンのニンニクしょう油焼き。これ、最高だった。

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細工寿司

 大津の57号沿い(阿蘇方面)にある『柿の葉寿司』。何かお祝いごとがあるたびに、福永一族はここのお寿司をお願いしている。
 先日、愛する大魔神様の誕生日だったので、特別オーダーの「細工寿司」をお願いした。サーモンを赤い椿の花に見立て、かぶら漬けが白い椿である。可愛らしい姿を紅白で並べて、「ハッピーバースディ!」。大魔神も喜んでくれた。

 いつも手土産に何かを、と考えるとき、ここのお寿司を持っていくようにしている。柿の葉寿司は日持ちがして、3日はOK。女将さんによると、作りたてではなく、サーモンと鯖の酢漬けと酢飯が馴染む一日ほど日を置いたものがよりおいしいのだとか。

 お菓子もいいけれど、ちょっとおもむきの変わったものをと考えるならば、『柿の葉寿司』の細工寿司がおすすめ。前日に予約しなけばならない。2
赤い椿がサーモンの酢漬け。白い椿がかぶら漬けだ。隅の一個の椿がもうない。すでに、誰かが食べていた。

 

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ロシアの女

 家の冷蔵庫の中で一人、独特の気配を放っているのがこの人。ロシアからやって来たピクルス。K広告社のザカニシ氏のロシア土産だ。ロシアの記事を何度も書いてきた私をさしおいて、先にロシアへ行ってきやがったのだ、悔しい!!

 今一番訪れたい国がロシアである。芸術の都、サンクトペテルブルグは、壮大なロシアの歴史を語るにふさわしい街だと思う。
 中でも、世界遺産となった「エカテリーナ宮殿」は豪華絢爛を極めるらしい。この宮殿の名の由来は、ピョートル大帝の妻で、女帝・エカテリーナにある。だがこのおばちゃんこそが、驚愕してしまうほどの好色女だったらしい。

 エカテリーナは北ドイツの貴族の娘だった。エリザヴェータ女帝に気に入られ、女帝の甥であるピョートルと結婚するも夫は不能。エカテリーナは複数の愛人を持ち、ピョートルも貴族の娘におぼれ、夫婦関係はすぐに破綻した。
 エカテリーナの磊落(らいらく)さは、あきらかに夫以外の男の子こどもと分かっていてもなお、次々と出産したことにある。皇太子が不能だったこともあるが、それを国家が許したというのも信じがたいのだが。

 さて、夫の伯母さんであるエリザヴェータ女帝が死去すると、夫のピョートルは皇帝に即位する。がしかし、このおっさんが政(まつりごと)はてんでダメ。国民の反感をかい、妻であるエカテリーナ女帝待望論が巻き起こるのだ。そのときも、別の男の子どもを身ごもっていたエカテリーナは、さっさと出産をすませると、近衛連隊やロシア生教会の支持を得てクーデターを起こした。なんと、夫と対峙したのだ。
 戦いは、エカテリーナの勝ち。晴れて彼女は女帝となる。そして夫は幽閉され、その後亡くなった(暗殺説もある)。

 このおばさんの凄さはこれで終わらない。何とも豪放な生き方とでも言うのか。彼女には政治的手腕ももちろんあったが、男関係が半端じゃなかった。生涯に10人の公認愛人と、数百と言われる男性愛人を抱え、夜ごと男を変えて寝た、らしい。まさに「逆大奥」である。

 ただ思うのは、そこに純愛はあったのだろうか、ということ。彼女の権力の元にひざまづく男たち。そんな輩(やから)と、純粋に愛を重ねることは不可能だったのかもしれない。しかしどう考えても、情けないのは男たちだ。ツラと持ち物さえよければ出世できると考えたかと思うと、そこいらの三流ホストと変わりねぇーじゃねーか。

  エカテリーナの人生を決して羨ましいとは思わない。家で家族のために、せっせとおいしいピクルスやピロシキを作って食べさせる人生の方が、なんぼ幸せなことか。

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これが女帝・エカテリーナ様。晩年の頃の肖像画だ。いかにも豪放磊落(らいらく)な顔をしていらっしゃる。

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ザカニシのロシア土産のピクルス。タルタルソースにして食べた。ロシアの香りがしておいしかったよ、ありがとう、ザカニシ。

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ハマってる

 最近、凝っているのがチーズサンドフライ。何のことはない、パンにチーズをはさんでフライパンにバターを落としてカリカリに焼き上げるだけだが。
 『プラダを着た悪魔』の1シーンで、ヒロインの恋人が、彼女のために用意してあげた食事がこれだった。映画では、もっと黒く焼かれていたが。

 シーンでは、ファッション誌編集部に入ったヒロインが、次第にキャリアを意識していくところでダイエットのために食事を拒む。彼は少し困惑しながら、「食わないなら俺にくれ。そのチーズ高かったんだぜ」と、ニューヨークの高級食料品店『ディーン&デルーカ』のチーズが登場した。私は『ディーン&デルーカ』のお店が大好き!ニューヨークに行ったとき、ソーホーの店と、スクエアガーデンの店、あと数件を何度も回ったことだった。

 オリジナルのブルー色のケーキを見たときは興奮した。ニューヨークに住みたい!もしくはこの店をそのまま私の住んでる田舎に持ってきたい!と渇望したことだった。

 話は、チーズサンドフライだった。実は、この焼きたてにメープルシロップをかけていただくのが大好き。チーズのしょっぱさとパンの香ばしさ、それにメープルシロップの甘さが融合して、えもいわれぬおいしさなのだ。
 これと絶妙のコンビが、沖縄の「石垣牛のウィンナー」。那覇空港に売ってあり、8本で600円くらいだった。これがおいしいのなんのって。プリプリというより、しっとりしている食感が気に入っている。牛肉7に対して豚肉3の配合。これが肉の風味をよりおいしくさせている。格別の味である。

 お酒の酔いがおさまった頃の夜中、何かに取り憑かれたように作って食べている。ダイエットなんて気にしてられるか。だって、プラダが似合う女じゃアルマーニ(あるまいに)。2
香ばしいかおりが立ちこめる、真夜中の至福の時間。

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石垣牛のウィンナーとチーズサンドフライ。一度、お試しあれ。はまります。

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