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2009年8月

森家

 森家には、いつも大変お世話になっている。森家、とは森賢一一家である。ここの嫁が実にいいコ。子育てで大変な最中、自分のポテンシャルをのばしたいと、テレビ番組制作の仕事に復帰し、さらにライターとしても頑張ろうというコ。先日、仕事をお願いしたが、いいセンスで仕上げてくれた。私とは、真夜中のメル友でもある。
 雅展(マサノブ)、森家の長男で満1歳。7月7日生まれの彦星さまである。昨年の夏、ウチのかーちゃんが、マサノブのお風呂を入れに毎日、森家に通った。もう、我が孫のように可愛くてしょうがないみたい。よく遊びに来てくれる。我が家にはマサノブの乳母が多く揃っていて、最近ではマサノブの殿様ぶりも板についてきたようだ。

 一方のとちーゃんだが。先日、芦北に一緒に取材に行った。芦北鉄砲隊の撮影はなかったにしろ、とーちゃんは忽然と戦国武将気分に変身していた。あんまりおかしかったので、シャッターを押した私だった。

 以下、愛してやまない、森家族のそれぞれ。
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「辛い〜っ!」と、激辛料理を試食して、ウーロン茶をがぶ飲みする森家の嫁。この日はライティングの仕事だった。隣は、カメラマンのあっこ。こいつは辛いのは大丈夫のようだ。それにしても、この嫁の飲みっぷり。相当、きてたんだろな。

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森家の長男、雅展(マサノブ)。とーちゃんに良く似ているけど、よか男なんだな(どっか矛盾しているが)。福永家のお殿様なんだなー、きゃ〜わいい!デレデレ。おばバカです。

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森家のとーちゃん。愛の兜ならぬ、鉄砲隊に変身、って、撮影はどしたのよ、撮影は!

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どろんこ塾

 「痛快!どろんこ塾」というテレビ番組をご存知だろうか。今年で2年目を迎える番組で、小学生の目を通じて農業の魅力を探ろうというもの。実は、その番組で私は塾長をつとめており、日曜日の朝10時30分(RKK)に放映されている。オールロケで一日中の撮影は、かなり過酷(クルーはもっと大変)。特に、夏場の暑いときのビニールハウスの中は地獄のようだ。冬は冬で、氷るように寒い早朝よりのロケはきつい。でも、いろんな方と多くふれあうことができ、放映されていないシーンには、私的希少な映像が多々ある。

 昨年、玉名の大浜という町のトマト栽培農家を訪ねた。井方さんというお宅で、ここのお父さんとお母さんがめっちゃ面白くて、初めてお会いしたというのにすぐに打ち解けたことだった。お父さんはバラエティー番組で使えるほどおもろい人。お母さんもおっとりしながらも、負けず劣らずの濃いキャラの人であった…。実は先月、そのお母さんが突然他界されたのだ。たった一日しか一緒に過ごさなかったけれど、いつも「どろんこ塾」を見てくれていたというお母さんのこの訃報に愕然としたことだった。

 今回の撮影は、その井方さんのお宅のお隣の方。オクラの取材と定置網の取材でお邪魔したのだが、井方さんの顔を見るのがつらい…と思っていたところ、井方さんがトラックでやってきた。「生きちゃおったかい!」。去年と変わらぬ明るい笑顔だ。一瞬、ほっとするが、愛妻家だった井方さんの胸中を思えば切なくなる。
 撮影中、井方さんが隣で見守ってくれていたので、つい彼を撮影現場に引き込んだ。映像には、そりゃそりゃおもろい井方さんが私に絡んでいるところが放映される予定だが、実は、そんなつらい出来事が背景にある。撮影終了後、仏壇の前のお母さんに会いに行った。涙があふれてとまらない…。寂しがり屋の井方さんとお嬢さんが、今度バーベキューをしよう!と言ってくれた。お母さんの追悼をしよう、ということらしい。どんなに忙しくても、時間をつくって伺うつもりだ。お母さんの冥福を心からお祈りします。

以下、元気いっぱいに撮影に挑んだ、どろんこ塾の塾生をご紹介します!!↓
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今回の塾生のマイちゃん。一般公募でやってきた女の子。活発で元気いっぱい。オクラより定置網が楽しかったらしい。可愛い子でした。

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土筆(つくし)君。内に秘めた味のある魅力の男子。オクラの畑ではノリが悪かったが、海に出るとたちまち興奮した。いい子でした。

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有明海でとれた雀フグ。塾生たちがまな板の上に並べて、臨時魚屋開店。捕ったばかりの新鮮な魚をプロの料理人の方に調理してもらった。グルメ番組も顔負けだ。

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ソックリさん、いらっしゃい!

 「誰かに似てますね」という場合、「似てる」の基準はたいがい芸能人。だって、そうだよね。「私の小学校の幼なじみのヒロフミ君に似てるっ!」と一人でに興奮しても、相手はどっちらけるだけだものね。ただ「芸能人」といってもランクがある。お笑い系、タレント系、俳優系が違うだけで相手のプライドを損ないかねない。

 「山崎邦生よりカッコいい」と言われるのと、「もうちょっとで緒方直人」では、雲泥の差がある。こういう微妙な場合は、迷わず、後者の方を伝えるべきだろう。それは、その人のこれからにかかわるキーワードとなりかねるし(そんなに大げさなことじゃないが)、ひいては、自分の印象を左右する。

 だが、そういった上下のカテゴリーにすら部類せず、「ドンズバ」でソックリな人が希にいる。そういう人の場合のほとんどが、自分がその人に似ていることを自覚しているので、その芸能人の名前がなかなか出ずにもどかしくしていると、イラッとされてしまうことがある。
 それに、顔には見覚えがあるが、名前を知らない芸能人だったりすればなおのこと。「ほれほれ、あの人、なんとかのCMに出てたり、あのドラマの、教頭役の、ほれぇー」と、リアクションがオーバーになるときは、もはやただのご挨拶の域を超え、クイズの解答を強いられてる構図になってくる。

 さて、「生瀬勝久(なませかつひさ)」という俳優をご存知だろうか。顔を見れば、「あー、あの俳優さんね」とすぐに分かるが、彼のフルネームってそうそうに出てこない。おかげで、この方の場合、「誰かに似てる!」の「誰か(生瀬)」の顔はすぐに思い浮かんだが、名前を叩き出すまでにけっこーな時間がかかり、その間、ずいぶんとお待たせをしてしまったことがある。
 見てくださいこの人。一瞬、生瀬氏かと思いきや、実はK新聞社の『デ●す●』副編集長のM野氏(ちなみにこの顔は『ごくせん』バージョンだそうです)。しかし、良く似てるなー。

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笑うともっと生瀬勝久に似てる。人はこの世に三人のソックリさんがいると言うが、間違いなく彼にとって生瀬勝久はその一人。そして生瀬氏にとってもそうだろう。

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一方のこの方(K新聞社のH田氏)は、自分のことを「島田紳助に似てる」とおっしゃるがキャラ的には全く違う。ダンディで優しくて、「紳助に落とす」にゃ心がとがめるメンズ。

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イソップ物語

 先日、知り合いの女性デザイナー、中川哲子さんからメールが届いた。400年以上も前に天草で「イソップ物語」が出版されていたことに心を寄せて、彼女とクリエーターたちが再びその物語を蘇らせた本、「ESOPO(イソポ)」の発売をお知らせくださった。

あれから400年の時間を超えて、再び、熊本の天草出身の中川哲子プロデュースで、賢者・イソップの物語を解き明かすらしい。なんと神秘的な話だろうか。
 中川哲子さんは、とても魅力的な方。才能と実力があって、なおかつ女らしくて。女性のお手本にしたいほどステキな方。そんな彼女の渾身の作品が「ESOPO(イソポ)」である。

 主人公・イソップの造形を担当したのが、アーティストのgajuさん。繊細でいて独特の世界観を持つチャーミングな女性だ。熊日PEAPの「花の精霊」というタイトルの表紙でモデルさんの造形をお願いしたことがある。本当に、花の精のような仕上がりで、この世のものとは思えない美しさを感じたことだった。お酒をご一緒する約束が果たせないままでいる。ごめんね。

 写真は下曽山弓子。彼女とは古いつきあいである。最近、会っていないがどうやら元気バリバリのようで安心安心。そんな彼女たちが、天草の海辺でイソップを撮影するメイキングの映像が送られてきた。なんともいい雰囲気のショットで、みんないい顔をしていた。プロはこうでなくっちゃ。

 この「ESOPO(イソポ)」、10月3日に県下書店で発売される。発売と同時に買い求めるつもりだ。みなさんもどうぞ、手にとってみてください。ファンタジックな物語に思いを寄せた、熊本の女性たちの熱意が随所にちりばめてありますから。

Esopo
見るからに楽しみな内容だ。それにしてもイソップの表情のなんといいことか。早く出ないかな。待ち遠しい限りだ。

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化け物写真

 話は三日ほど前にさかのぼるが。玄海竜二さんのインタビューを終えて、写真家・森賢一氏のスタジオで道草していると、タレントの英太郎とアーティスト松永壮の「やんちゃ坊主たち」がやって来た。何でも「自分たちのセンザイ」を撮るのだそうな。洗剤CMか?
 よくよく聞けば、宣伝素材(宣材)の撮影だそうな。ディレクター兼タレントの松永壮が花を手にしていた。英太郎に持たせる小物らしい。バラか…?と思いきや、ダリアの花だ。しかも、仏壇にお供えするようなしろもの。一瞬シャレだと思ったが、壮君いわく「これしかなかった」げな。それにモリケンは、「おしっ、それでいこーっ!」って、お前ら…。

 英太郎を近くで見た人は誰でもそう思うだろうが、まるで「岩」だ。なんさま、ふとか。けれどすごくキュートな男性である。一方のガキ大将さながらの松永壮は、実はこうしていて、とても優しい。テレビの収録でメークさんが施してくれたというサイド分けのヘアスタイルを、「いつものチンピラ風と違う」と褒めたら、えらく喜んだ(単純で可愛いのだ)。

 メーク室で英太郎が化けていた。裸で。後ろからその姿をカメラにおさめると、カバが何かに夢中になって遊んでいるようにしか見えない。英太郎の女装は凄すぎる。衣装は、まるで豪華な掛け布団のよう。特注でン十万円するのだそうだ。撮影では、例によってダリアの花が彼に持たせられた。一方の松永壮は、自らが選んだというその花を手にすることはなく、ジーパンに手をつっこみ、シャイでイケてる男みたく撮ってもらっていた。

 さて写真家・森賢一氏だが。彼は、あのハリソン・フォード氏をカメラ目線でとらえた男である。これまでいろんな撮影をお願いし傍で感動してきたが、こういった化け物撮影も手がけるのかと、仕事の幅の広さに感心してしまう。

 そんな撮影の合間、英太郎から「かずちゃん、一緒に撮ろうよ」と誘われてその気になって、モリケンのカメラにおさまった私。以下、モリケンの作品。
 見れば、私が愛らしい化け物にとりつかたような図じゃないか。こりゃいい!私の葬式の写真にウケるだろうとモリケンがくれた。待ち受け画面にゃしたくないが、魔除けのお守りにゃちょうどいいかもしれない。

 汗1リットルはかいたであろう大笑いの撮影現場であった。英太郎・松永壮・森賢一。愛してやまないこの「やんちゃおっさんトリオ」は、いつまでも少年の心を持った男たちである。

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にゅっ、と私の背後に忍び寄る魔物。愛する英太郎とのツーショット(撮影・森賢一)

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メークするカバ(英太郎)、カバはこの後、化け物に変身する…。

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この日のメークは「あゆバージョン」げな。魚の鮎ではありません。それでも不気味なのは変わらない…。

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あーせー、こーせーと英太郎に注文をつける松永壮。だが英太郎はいっこうに言うことを聞かない。その様子を、手前でゲラゲラと笑いながらシャッターチャンスを待つ森賢一。

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うぅぅうううううううう…。

 ブログを書きたい、書かねば、いや、書くっ!と気張ってみたが、本日、マジで玄海竜二(限界)です。ご紹介したいネタや写真はいっぱいいっぱいあるけれど、また、明日、ブログをのぞいてちょ。明日早朝、「どろんこ塾」のロケ。オクラだと。ちょっくら、行ってくるしー。

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玄海竜二

 人気役者・玄海竜二さんのインタビューに行った。ハーレー数台とポルシェが並ぶ豪華なガレージが玄海さんのオフィス。にこやかに迎えてくれた彼は、相変わらずいい男である。
 竜二さんとは今から25年ほど前に知り合い、以来、とても可愛がっていただいている。今から8年前、フリーの物書きになったときに、朝日新聞で「竜二」というタイトルで竜二さんの半世紀を書かせていただいたことがある。赤裸裸に、何も包み隠さず、生い立ちから青春時代、そして今に至るまでを語っていただいた。その連載は期待通り人気となった。福永和子という名もないライターに、よくもまー、役者・玄海竜二の半世紀を書かせてくれたことだと心から感謝したことだった。

 「玄海竜二」をテレビや舞台で見る人は多いだろう。ピュアで、優しくて、温かい、そのイメージ通りの人である。お酒も飲まない、煙草も吸わない、ギャンブルもしない、とてもストイックな人だ。かっこいいと言えばそーだが、なんだかつまんない。
 「ならば、浮気くらいしたことあるでしょう?ほんとのこと言ってみて!」と、長年のつきあいゆえそんな質問もしてみるが、きっぱりと首を横に振った。悔しいが、ほんとにそういう人なのである。
 「おもしろくないっすよ、そんなの」とため口で言えば、「ほんと、おもしろくないねぇ、俺って」とあの顔で微笑まれたら、この毒舌のインタビュアも降参である。

 だが途中、話が脱線した。(以下、素になった玄海竜二)
 「時にさ、かずちゃん。男と女って友情が成り立たないっていうじゃん。あれって、絶対嘘だよね。男女でも、ちゃんと友情って成り立つよなー、なーっ!」と振られた。「まぁそーでしょうが、それが何か…?」と意味不明な私。思うに最近、彼の周囲でそんな問答がいろいろと交わされたと見た。
 続けて断言するように彼が言った。「だって俺たち、昔から友情で成り立ってるだろ。ここにこそ、それが証明されるよな!なっ!」だって。その後で私を、「変な生きものにしか見えない」と言ってのけた。それが友情を成り立たせる大切な要素なんだとも。彼にしてみれば、私のキャラを褒めてるつもりらしいが、そう思える生き物ってそーそーいないよ、とムキになって反撃したことだった。
 ほんと、久々に楽しい時間だった。感謝です、竜二さん。「座長大会」、見に行きますからねーっ!!

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竜二さん、また飲みに行きましょうねっ!って、私だけガブガブ飲むだけだけど。よっ!いい男!玄海竜二!大好きっ!!感謝。

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グラフの10周年

 やっと行けた。やっとグラフのメンバーの個展作品を拝むことができた。現在、山口亜希子ちゃんの作品と森賢一氏の作品が展示されているが、カメラひとつでこうも被写体を全く別のものに撮ることができるものだろうか、と今さらながらプロの才能と感性に驚く。

 山口亜希子=愛称・あこ、とは仲良しこよし(年は親子ほど違うが)。いつも旅取材では介護をお願いしている。この子ですよ、みなさん。あの東国原知事を堂々と制した女の子は。

 それは去年、宮崎取材でのことだった。昼間、分刻みに動く知事にインタビューをした。インタビュアー(私)のイメージがそうさせたのか、話はあらぬ方向へと飛んでしまい、知事が夜な夜な出没するというスナックの話に及んだ。取材を終えた夜、宮崎の焼き鳥で一杯やりながら、「知事御用達の店に行ってみよう」ということになり、その店を見つけた。そこは菅井きんばりのママのいる店で、県外からの我々にママは機嫌良く接してくれたことだった。
 「昨日知事が来たけど、今夜はどうかね…」とママ。それに構わず、私らは宮崎の夜を楽しむことにした。
 すると…。あこが得意の歌「天城越え」を熱唱しているところへ、なんと、あの東国原知事が現れたのだ。私らを発見するやいなや、「その根性見上げたり!」と笑顔でテーブルにやってきて、そこからは大盛り上がり。至近距離80センチで見る知事は、テレビよりほがらかで、すましたところのない実にいい人だった。他のスタッフも感激して、お酒も入っていたせいか、テーブルは大盛り上がり。

 そんな中で、あこは、変わらずに「天城越え」を熱唱中。普通ならマイクを置くところだろう。話がエスカレートしていく私らと知事。知事も立ったり座ったり、テンションがえらく高い。
 するとそのときだった。あろうことか彼女が、「知事、見えませんっ!」と不快な顔で、カラオケの画面をさえぎる東国原氏を制したのだ。うっそだろ…、「天城越え」が優先だなんて…。
 「ごめんなさい!」と恐縮し頭を下げる東国原知事。それを受けてあこは、「よろしい」と言わんばかりの顔で最後まで歌いきり、知事には盛大な拍手をおくらせた。いやはや、恐るべしカメラマン、山口亜希子…。

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山口亜希子・B型。美人なんだけどな、環境が環境だけに、別の方向に走らねばいいが。愛してるよ、あこちん!

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あこちゃんの作品。「台湾の色」を肌で感じてきた作品群だ。

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懐かしい編集長時代の「熊本ハイカラ」がギャラリーにあった。数年前、オイタをしていた頃の私。パロディー好きのスタッフと作った企画だが、もう少しで「世界文化社」と「ルイ・ヴィトン」におとがめを受けるところだった。寛容な判断の結果、無罪放免に。皮肉にも、完売した号だった。

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サライの夜

 編集の仲間で遅い暑気払いをした。銀座通り近くにある焼鳥屋さんに大御所においでいただき、食った、飲んだ、だべった。メンバーは、K新聞社の凄腕M田部長、PEAP編集長のハマコー、写真家の森賢一、ライターの北園と森田、K広告社のクリスチャンT氏と私の7人。O型が3人、B型が3人、A型が1人。さて、この中でたった一人のA型は誰でしょーか。

 ちなみに私はB型。マイペース・自己中・人のことなどおかまいなしの変わり者、と言われて久しい。今夜のO型どもは、無難に人生を切り抜けているタイプが多いようだ。
 さて、たった一人のA型はとゆーと。繊細というより次元が別のところにあり、かなりマイペースな人。A型は周囲に圧倒されてしまう、と言うがこの人に限ってそんなことはない。

 次のお店では、それぞれの得意歌を披露することにした。森賢一氏は、こういう場が好きではなさそうだが、それでもいつもつきあってくれる。O型は、そんな寛容なところがある。
 繊細そうだからA型とばかり思っていたが、実はB型のT氏。彼はボーイソプラノばりで徳永英明の歌を数曲熱唱。自分に酔いしれるあたりは、やはりB型のようだ。
 O型のハマコーは、聞かせる、というより勝手に楽しく歌うタイプ。それにしても、「うひょひょ、うひょひょ」と何が可笑しいのかずっと笑いっぱなしで、いけないモノでも食べさせてしまったかと心配した。
 オンチの北園は、お約束の一曲を歌えば、それ以上耳をふさがせることはしない。気がつけば勝手に異次元へワープする森田は、のりピーの「碧いうさぎ」を熱唱するや、やっぱり一人で心が「はってきなはった」。クスリを必要とせずにイケる貴重な体質のこの人は、どー見てもB型以外には考えられない。

 さて、残る一人だが…。宴もたけなわ、店の客全員を動員して「サライ」を、「24時間テレビ風」のムードで歌いやがった。なのに、歌い終えたと同時に「眠なったー」と、そそくさと帰宅準備。まだ10時だというのに、「よしっ、帰ろばい」。この形態をして、私は周囲に気を使うA型なのです、と胸張って言われてもねぇ。
 さて、もうA型が誰だかお分かりいただけたかと思う。明日の月曜日、このおっさんと芦北まで取材に出かける。道々「サライ」ば歌わせるけんねー。

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まだ宴会は始まったばかり。右から、ライター森田(何か食ってるか?)、M田部長(どっち見てんのよ)、写真家・森賢一、そしてハマコー、寝てんじゃねーよー!まだ始まって30分だぜ。お次はT氏(何、たくらんでんのさー)、ライター北園(遅れてきやがってー)

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うひょひょ、うひょひょと笑うハマコー。うひょひょ、うひょひょと動くので、シャッターがブレてしまった。

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連日の仕事の疲れもみせず、こうやって参加してくれる、いいやつ。モリケン。

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ソフトな感じのK広告社のT氏だが、実は空手家でクリスチャン。

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ブログの原稿チェックをしたM田部長。得意歌は、郷ひろみの「あなたがいたから僕がいた」。自分で自慢するほど上手じゃない。ちなみにこのM田部長は、郷ひろみよりも1つ年下。
 

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おそろしく長くて大きい車を発見。「ハマー」が倍の長さになっている。いったい、どうやってつなげたの?どんな感覚で運転するの?室内を見せてください、と言ったら断られた。酔って見たら、とてつもなく大きかった。ガンダムの車かと思った…。

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北園と仕上げに「にぼらや」の煮干しラーメンを食べて帰った。松村しげるちゃんとこのラーメンはいつもおいしいよー!!

 

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プレゼンの夏

 プレゼンテーション。この夏、進行中の仕事の合間を縫って、何本出したことだろうか。大きいものから小さいものまで、いろんな企画をいろいろ出したもんだった。
 本日も、東京の出版社に勤務する甥っ子の企画で、休日の彼とやりとりしながらプレゼン内容を固めた。週明けにきちんと提出することになる。

 プレゼンは畑にタネを蒔くようなもので、すぐ芽が出る場合と、忘れた頃に花を咲かせるもの、そしてタネのまま終わったしまうものとある。でも大切なのは、結果じゃなくその過程にあると思う。
 たとえ採用されなくたって、コンテンツをいろいろと考えたとき、思いもよらない名企画が生まれることがある。期限ギリギリまで脳みそを集中して使う、いわば火事場の底力なのだろうか、プレゼンが失敗に終わっても、別のところで採用され当たったことは多々ある。

 近頃になって、「こんな誌面を作りたいなぁ」とか、「こんな仕事をしたいなぁ」とチラリと一瞬頭をかすめたことが、現実となることが多い。「うっそ、この間、つぶやいばかりなのに」と自分で驚いたりする。そんな偶然に最初は感激していたが、この頃はこうもラッキーだと、もしや死期が近づいているんじゃないか…と妙な不安を抱えたりしてしまう。小心者だから。

 さて、今回のプレゼンは、けっこーなメジャーどころ。採用されるのを願うばかりだが、もし実現すれば、いよいよもって己の寿命に関わることになるやもしれぬと、どこかで恐れてもいる。本日誕生日の甥っ子に、「休日だろが誕生日だろが、プレゼン!プレゼン!」と喝を入れながらその一方で、仏壇の前で「長生きできますよーに」と手を合わせる私であった。

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「蔵の鍵」と言われるカギしっぽを持つ、我が家のたろちゃん(女の子8歳)。無口で、マイペースな子だけれど、この子と出会ってから理想が現実になることが多い。ここぞというプレゼンのときは必ず、たろちゃんのしっぽを触ってからのぞむ。これまでの成功率はかなり高い。この、たろちゃんかぎしっぽ参拝ご希望の方は、ブログのコメント欄まで。

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麺の旅

 この夏、よくいろんなところで麺モノを食べた。実は、ラーメンはさほど好きな方ではない。だが、旅取材ではご当地ラーメンネタは外せないので、けっこー食べていることになる。

 京都で驚いたのが、真っ黒なしょう油ベースのスープのラーメン。京都駅近くの「新福菜飯本店」のラーメンがそれだ。以前、プライベートで京都を旅したとき、ラーメン好きな連れが見つけた店で、今回もやってきてみた。
 圧巻が客の行列。それも二列をなしている。実は、隣も人気ラーメン店で、その店にも行列ができているのだ。こーも見事にふたつあると、どっちの店に入ろうかと迷ってしまう。
 さて、その真っ黒なラーメンだが。ベースはとんこつ。だが、熊本のそれとは全く違う。見た目の濃さに比べると味はあっさりしてるが、けっこうコクがある。辛味噌をスープに絡めていただくと、最後の方ではかなりドッカリくる。京都人って薄味好みだとばかり思っていたが、こんなこってりも大好きなのだと意外であった。
 『京都人だけが食べている』という本があるが、その中でも、こってり系の人気メニューたくさんが紹介してあった。建前と本音が違う、と言われている京都人だが、やはり味覚もそうであったか、と感心させられた一面であった。Photo
京都駅近くの「新福菜飯本店」のラーメン。辛味噌を溶かしていただくと、次第に汗がふきだしてくる。チャーシューも濃い味であった。

<沖縄編>
 沖縄では、「沖縄そば」を食べた。麺がなくなり次第閉店!という人気店が「亀かめそば」だ。初日、午後3時頃に空港に到着し、その足で名店へ向かったが、残念なことにすでに閉店であった。仕方なく翌日に期待を残し、あくる日の午後0時を待たずに11時頃突入。
 やっとありついた沖縄そばが、これ。固ゆでの麺に、とんこつベースのあっさりしたスープで意外とパンチはない。そこで、島唐辛子を入れて食べると味が締まった。
 沖縄そばを食べさせる店はたっくさんある。しかし、飛び抜けておいしい!という店は少ない気がする。それよりハズレも多くて、前回の沖縄の旅で食べた、国際通りから一本入った深夜にやってる店のそばは、ぬるいお湯のようなスープで食えたもんじゃなかった。
 いかんせん、年中暑い土地柄は味覚が「ゆるくて、ぬぼーっ」としているものだ。それはどの料理にも通じている気がする。 いつか、しびれるほどおいしい沖縄そばに出会ったみたい。
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ヌードルのような固ゆでの麺の沖縄そば。ラフテー(角煮)の甘辛い味付けとスープのあっさり感のバランスは絶妙。しかし残念ながら、やみつきになるほどではない。

<静岡伊豆編>
 静岡の伊豆の山中で、海藻の入ったそばを食べた。一夜干しや煮干し、魚介類を扱う店の食堂のメニューだが、山中で魚屋とはこれいかに。
 よくよく聞いたら、下田の港で水揚げされた魚を売っているのだそうだ。しかし、あたりに集落はなく、どう見ても観光客狙い。
 「山の中に魚屋があるって、おもろいでしょう」と、現役の漁師であるオーナーはその意外性を自慢するが、潮風にさらされ日焼けしたその顔も魚も一夜干しも、やっぱり港にある方が様になる気がした。さて、その味はというと。これこそは、ダシがしっかりと魚でとってあるだけに、風味豊かな美味しさであった。Photo_4
紅色のものが「ふのり」という海藻。ワカメと山菜が入った「ふのりそば」。『天城旅の駅 吉丸』という店で食べた。山の中に大漁の旗があるので、すぐわかる。

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孝行

 ここんとこ休みがなくて、ずっと会えずにいた人がいる。今年で91歳になるおじと、おば(93)である。
 おじは母の長兄だが、年が20歳も離れているので、まるで親子のような間柄である。だから私にとっては、祖父のような存在なのである。
 昔も今も超頑固者と言われているおじだが、こと、私にはひどく甘い。

 おじはこの夏、少し体調をくずしたらしい。心配だったが仕事が手から離れず、様子を伺いに行けずにいた。今日、ようやく時間が空いたので訪ねると、おじは留守だった。
 出された冷たいお茶を飲みながら、おじが大切にしている庭を眺めると、松の盆栽の新芽がまだ摘まれずにある。あの几帳面なおじが、どうしたことだろう…。

 おじが帰ってくるのを待つ間、私は松の盆栽の手入れをすることにした。長年、丹念に手を加え愛されてきたことが伺える松の盆栽を見ていると、おじのこれまでの生き方が伝わってくる。
 太平洋戦争に出兵したおじは、南島出陣前日に終戦を迎えた。終戦後、妻を迎えるも、長男を出産したその日に妻は亡くなり、乳飲み子を抱えながら役所務めをした。穏やかで賢妻のおばを後添えに迎えてからも、おじは戦士のように働いた。
 毎年、終戦の日は決まって、「死んでいった仲間のためにも私は長生きする」と仏壇に手を合わせる。

 一つ一つ、松の新芽を摘む。「ありがとう」と言う思いを込めて、芽を摘む。「これからもずっと元気でね」という願いを込めて、芽を摘む。Tシャツが汗でびっしょりになったけれど、柿の木の下は涼しい風が吹いて気持ちいい。傍らでおばが言う。「お父さんは絶対私には盆栽を触らせないけど、あなたが手を入れてくれるのなら喜ぶでしょう」と。

 小一時間ほど手入れをしていたら、おじがゆっくりとした歩調で帰ってきた。見違えるほど涼しげになった盆栽を見て、ニッコリとうなづく。
 そして、「私が逝ったら、こいつら(盆栽)をお前が見てくれるか」と目を潤ませて言った。私は「うん、わかった!」と力強く答えた。

 いつもなら、「長生きしてよー!」と言うところだが、今日はそれがとても大切な遺言のような気がしたのだ。
 孝行とは、元気づけるだけがそうじゃない。静かに「準備」をしている翁(おきな)の心情に寄り添うのも、孝行のひとつだと思うのだ。
 帰りしなおじが言った。「今日は実にいい日になった、ありがとうな」と。

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二人が、「おととい夫婦げんかをしたばかり」だと言うので大笑いした。おじの家の、柿の木の下でお茶をした。心に気持ちいい風が渡っていった。

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もう、いいだろ、そろそろ…。

 のりピーが、いつからどんだけ「あぶったか」については、もーいいだろ。
 ここんとこワイドショーネタはこればっか。もー、飽きた。のりピーって、これまでそんなに意識して見ることはなかったけれど、こんなにたっぷりと彼女の顔を見たのは初めてだ。おそらく彼女にしても、これほど長時間に渡って自分の映像が流されたのは後にも先にも今回が初めてだろうな。

 それにしても、「千葉の別荘=クスリハウス」だが、あれを「別荘」と呼んでいいものだろうか。家賃が月5万円だと。あたいだって借りられない金額じゃない。だけどあたいだったら、もそっと奮発して、もっといい部屋にするがね。だって彼女ゲーノージンでしょ、見栄とかプライドとかないのかいな。

 さて、本日はさすがに仕事の疲れがたまったのだろう、体が途端にだるくなった。急ぎの原稿を仕上げた後で、午後3時頃から茶の間で横になった(スタッフは仕事をしていて申し訳なかったが)。とはいっても、眠くはない。熱闘甲子園を見ていたが、負けチームの泣き顔を見るのが辛くなってチャンネルを変えたら、「花より男子」の再放送が流れていた。

 このドラマ、実に女の子の胸をキュンキュンさせる突きどころがすごいと思った。「F4」のイケメン4人組が親友なんだろ。そりゃよかろー。
 中でも、財閥の道明寺が本命なんだろ。鉄の女の道明寺のかーちゃんにいじめられるたびに、「雑草のようなつくし」のたくましさと健気さがより愛されるわけなんだろー。甘辛両党の食べたいところ満載、って感じだよねー。おばちゃんだって、キュッ とくるさー。

 この物語って、胸キュンとなったり奮い立ったり、思いがすれ違ったり触れあったりと大変だけど、こんな疲れ方こそが快感なんだよね。例えば、すごいいい夢を見ていて覚めるのがいやで、ずーっと目を閉じてなんとか夢にしがみついて布団にくるまっているときに似ている気がするのだが。

 思えば、のりピーもクスリなんぞに頼らずとも、妄想力を駆使して「花より男子」のこの快感に没頭すれば、ひとときの快楽も罪なく味わえたというものを。あたいなんぞ、この程度の刺激でけっこー「イケる」んですがね。
 あのぅ、言っときますが、それってH的な「イク」とは違いますからね、あしからず。ビール飲んでブログ書くと、こんな調子になるからいかんもん…、ほんなこつ。

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貫一&お宮のマイスイートロード

 もう、かれこれ6年、いや、その10年前の一年間を入れると、7年も毎週顔をつき合わせている仲間がいる。RKKラジオの『貫一&お宮のマイスイートロード(毎週月曜午後6時30分)』という番組がそうだ。
 冒頭で、ビートルズの名曲をかけるスタイルはずっと変わらないが、話の中身はどーだっていいことばかりを垂れ流す番組である。
 実はその番組で、私は「お宮」というパーソナリティーで登場している。毒舌家、男のいない女、さすらいの旅人(取材でしょっちゅう穴をあけるから)というキャラクターが定着している。
 当初は、番組のシートが各パーソナリティーに手渡されていたのだが、誰も筋書き通りに話を運ばない。今では、真っ白なシートがスタジオのテーブルの真ん中に置かれ、それをみんなでペンでいじったり、落書きをしながら番組をすすめている状態だ。

 私の相手が「貫一」というおっさん。これが、クラブのねーちゃん好きの女たらしで、自意識過剰、自分大好きのおっさんときてる。妄想癖もあって、ないことないことをラジオでペラペラしゃべるもんだから、「いい加減にせーっ!」と怒る役所が私。
 それでも彼と7年以上もやってると、不思議と「あ・うん」の呼吸が生まれて、打ち合わせなしの寸劇を冒頭で繰り広げることもある。たいがい、貫一の母親の役か女房の役。熊本弁まるだしの、まさに「肥後にわか」ばりのやりとりである。しかし、これがけっこー人気らしいのだ…(リスナーの好みは計り知れず)。

 そんな脈絡のない話の軌道修正をする役目が、タレントの塚原まきこ。…だったが、近頃は彼女も暴走してしまうようになり、ディレクターの増子氏が毎回ぶちきれる。でも今ではそれが「お約束」みたくなっており、ここに至れば妙な団結力すら生まれるようになった。

 旅取材で数回番組を休んでいた私は、「久しぶり!」とハイテンションでスタジオへ顔を出すと、いつものように、みんなが共通して大好きなパチンコネタでスタジオが温められていた。「あのリーチが出ると確実」だの「昨日は数十連チャンした」だの、それぞれ熱くなっている。その輪の中で、ここんとこパチンコをしていない私は 取り残された気分になる。
 そうこうしているうちに増子氏のカウントで、番組スタート!本日も、何の打ち合わせもなく始まり、30分があっという間に終わった。

 番組終了後、貫一はいつものように「夜のボランティア」へと繁華街に繰り出し、まきこちゃんは、『福ミミらじお』の構成に、増子ディレクターはまた別の番組のディレクションに走った。
 またもや、一人取り残されたようなかたちの私はテクテクと局を後にし、夕焼け雲をあおぐ。そして、スタジオの残り香を集めるように一人でパチンコホールを目指した。

以下、愛してやまない「私の仲間」をご紹介。↓
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貫一&お宮のパーソナリティーの、貫一のおやじ。脳天気なおっさんで、おもろい。『帰ってきたおてもやん』というオリジナル曲が好評で、この夏、いろんなお祭りイベントに出かけたらしい。還暦、過ぎてます…。

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塚原まきこちゃん。たいがい、ノーメーク。すごく頭のいい女性だが、天然系。かつて、キムタクと飲料水のCMで共演したこともある。別撮りだったらしいが、それでもすごいこと。
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ディレクターの増子氏。ミュージシャンでもあり、有名アーティストに楽曲を提供している。番組で、彼の作曲、私の作詞、そして貫一とまきこちゃんに歌ってもらおう!と話が盛り上がっているが、実現への道は遠い。それにしても、みんな忙しすぎるよね!

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そうだ、京都に行って来たんだ

 一泊2日の京都の旅を終えたと同時に、深夜まで原稿の直しをした。真夜中までつきあっていただいたM田部長とデザイナーの城戸君に心から頭を下げながら、明け方に死ぬように寝た。
 京都から帰った途端、沖縄の原稿を書き直しをしたら、心が沖縄へ逆戻りして、京都での出来事はどこへやら。朝になり、「そうだ、私は京都に行って来たんだ」と意識回復に時間がかかったほどだ。
 そういえば、京都ではフレンチを食べたな、ワインも飲んだな…つらつらとそんなことを思い出しながら、またもや沖縄原稿の修正に挑む朝。あ゛ー、心が沖縄なんだか京都なんだか。
 そうこうしてさまよっているうちに、北九州での仕事が入ってきた。そこで、北九州の取材先をイメージする。ふっと、自分の立ち位置が見えなくなった。私はいったい今どこにいるのだろう。確か、スタッフとまかない飯の昼ご飯を食べたまでは覚えているが…。
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食った食った。確かに食った、フレンチの牛肉ステーキ。えっと…、なんて言う店だったっけ。京都の有名シェフがやってる「旬風庵」。なんとか思い出した。旨かった−。
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祇園の巽(たつみ)橋。サスペンスドラマでよく登場する場所。そーいえば行ったな…、って昨日のことなのに。
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京都取材に同行した編集者のNちゃんがゲットした「玉の輿お守り」。真剣に喜んでたな、彼女。本当に玉の輿に乗れるといいね。Nちゃんはすてきな女の子です。今回は手だけの登場ですが、追々、ブログでNちゃんの動向をご紹介しますね。

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かずこ、和子、KAZUKOという女

 「かずこ」。「和子」。我が名前ながら思う、なんて昭和的で、幸薄いイメージの名前かと。
 この名前で思い出される有名人と言えば、占いの女王「細木かずこ」、東国原知事の元妻の「かとうかずこ」、そして元死刑囚の「福田和子」だろう。いずれも、楚々とした清純なイメージとはほど遠い女性で、どちらかというと過去を背負っている女の印象がある。

 中でも、殺人事件を犯し時効直前で逮捕された「福田和子」は、小説にうってつけの人生を生きた人だと思える。彼女とはよく名前を間違えられた。「あたし、ホステス殺人してませんから。アートメークしてませんから」とそのたびにシュールなジョークを飛ばしていたが、あまりにも間違えられるので、「こうなりゃ企画を組むか」と当時編集をしていた雑誌で、「福永和子編集長、福田和子死刑囚に会いに行く」というものを企画したことがあった。

 実際に、彼女が収監されていた和歌山刑務所にコンタクトをとったが、即効で取材拒否された。理由は、企画内容が馬鹿げている、ということからだった。あきらめきれず、ならばと真剣に企画内容を練り直し、真摯に取材をしたいと言う再度の試みでは、「ぜひ、ご本人に伺ってみてください!」と強くお願いしたが、彼女からの答えはノーだった。
 いつか、何かのきっかけで彼女に会えるチャンスが来るやもしれぬと思いを捨てずにいたのだったが、本人が収監先で脳梗塞に倒れ死亡した、とのニュースが流れたときはショックだった。

 思えば、自分と同じ名前の女性に執着し始めたのはその時からかもしれない。「和子」という名前の響きは、薄幸な女の生き様を妄想させる。旅先で、「かずこ」や「和子」という看板を掲げて商売をしている店があると、「KAZUKO」という本人に会ってみたい衝動にかられる。

 静岡の「おでん横丁」で「和子」という赤提灯を下げている店があった。一見、そのたたずまいはどこか物憂げである。もしや…と 期待してのぞくが、カウンター内で接客しているその女性はスラリとした粋なご婦人でサクサクと仕事をこなしており、不幸な身上など全く感じさせない。「あいてるよ、どーぞ」と弾んだ声を聞けばハズレを引いたようで、その店に入るのはよしにした。

 沖縄の新天地市場通りに「かずこ鮮魚」という店があった。こちらはどう妄想しても、訳ありさなぞ全く感じられない。グルクンやアオブダイの南国の魚を卸売りしている店で、威勢のいいおばちゃんが忙しそうに働く姿を見て、非常に残念に思った。

 私はいったい、「和子」という名前の女性に何を期待しているのだろうか。明日をもいらない…そんな我が人生ならば、こんなことは考えまい。三文コメディを絵に描いたような現実の中にいると、刹那な女の生き方についつい憧れてしまうのだ。自分が描けなかった演歌のような哀愁人生を生きて欲しいのかもしれない、「和子」という他人の女性に。

 また今週末から旅に出る。夏の京都で、過去を持つ「和子」に会えることを期待している。
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静岡のおでん横丁の「和子」。地震が心配だが、元気で商売をなさっていることだろう。
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こちらの「かずこ」は、暑い夏も元気いっぱいであった。

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沖縄熱中旅 その1

 沖縄は暑かった。とにかく暑かった。暑くて暑くて暑くて暑くて、百回死んだ。先月も沖縄で死にそうになったばかりだというのに、今月もまた沖縄に行った。

 今回は沖縄音楽の大御所、知名定男さんのインタビューだった。最初は無骨な雰囲気の彼にビビッたが、話を伺うにつけ、彼の鷹揚で心根の温かい人柄に触れることができたいい取材だった。このステキな話は、来週の木曜日発行の、熊日新聞の「美齢世代」に記事を掲載するので、ぜひ読んでくださいね。

 沖縄では、コンビニですごい物が売られていた。ハブやゴーヤ、シーサーの迫力あるキャラクターがパッケージの「コンドーム」がそれだ。これって、いったい…。
 パッと考えただけでも…ハブ模様のそれで、ゴーヤの色をしたアレだとすれば、ではシーサーはどんなデザインなのだろうと想像はふくらむ。だがこの年の女が店先で、いつまでもこういったものを手にしてアレコレ考えている姿はいかがなものかと、さっと撮影だけすませたが、やはり中味を見てみたい。独身でイケメンの愛する弟分、カメラマン・ウッチーへの土産にしようかとも考え一度は手にするも、ハブの模様をしたアレでやるウッチーの人格が疑われたら可哀想だと、元の場所に返し購入を断念した。

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 ひとつ500円で売られていた「沖縄限定コンドーム」。しかしこのハブのパッケージ、あまりにもストレートすぎてどうなのだろうか。ゴーヤにしても色を想像すると、ねぇ。ただそれにしても、いずれも激しい。あの押尾学も、これくらいの刺激でおさめていたら良かったものを。

 

<沖縄の美味>
 沖縄の食べ物は、正直、おいしいとは思わない。暑い地方ならではの、のんびりとしたゆるい感覚が味覚にも影響するのか、「味を追求する」という意識が希薄な気がするのだ。
 派手な国際通りの店はどれも信用できず、我々は数本脇にある「うまそうなジモティーが行く店」を探すことにした。
 最終日に見つけた「しぃーぶん(おまけという意味)」という居酒屋は大当たりだった。石垣牛のウィンナーといいタコ春巻きといい(他にもおいしいものはいろいろある)、素材のセレクトとしっかりした味を提供してくれる店だ。
 何よりオーナーがイケメン。元巨人軍の元木大介似で、2年間ほどシンガポールでシェフをやっていたという若者だ。素朴でシャイながらも熱い気概を持った青年で、そのうち一緒に泡盛を飲むようになると、饒舌に将来の展望を話し始めたのだった。パートナーの青年も口数は少ないが、何より笑顔がすてき。熊本に数回来たことがあると言って、我々の知らないおいしい穴場を知っていた。熊本の女子の可愛い方言が印象深いとも。
 ならばと、張り切ってコテコテの熊本弁をしゃべったら、「イメージが違う」という顔をされた。ばってん城次さん調だったせいなのか、ドン引きされたようだ。
Photo_3タコスの春巻き風料理。スパイスが効いててパンチがあるも、カリカリッとした食感がとにかくおいしい。オリオンビールとやったひにゃ、最高!

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右が「しぃーぶん」のオーナーの緑間重治さん。左が相棒の下地徹也さん(趣味はスキューバーダイビング)。共に32歳、独身。いい男たちだった。熊本から嫁をもらうようにとすすめてきたので、ご希望の方は私まで釣書を送ってください。ご紹介します。

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やだ離婚

 矢田亜希子が離婚した。というニュースで、「へっ?」と思った。現在、押尾学容疑者は取り調べ中である。そんなときに離婚ができるものなのだろうか。

 「吐けっ!お前だけじゃねーだろ!他にもやってるやつがいるはずだ。げーのーかいじゃ、他に誰がやってんだ。吐けっ!」

 こんな厳しい取り調べ中に、矢田さんの弁護士から離婚届けが寄せられたのだろうか。ただ、どんなに押尾が悪いと言っても、釈放を待ってきちんと離婚について話し合うべきじゃなかったのか。ま、今回は死人が出ているから、情状の余地はなかったのだろうが。それでも一度は夫婦となった者同士、妻としての責任感はもって欲しかったな。余計なお世話か?

 以前、島田紳助氏がテレビで、「矢田亜希子と和田あき子は『あんことうんこ』ほどの違いがある」と言った。うまいことを言うなと思っていたが、今となっては、夫をコントロールできなかった矢田さんが「あんこ」で、「夫が新聞を見る前に新聞を開くことはない」と言っている和田のねーさんの方を「うんこ」というのは失礼じゃないのか。

 そもそも矢田さんは夫の覚醒剤問題でやり玉にあがるところだったが、のりピー事件のおかげで、すっかり蚊帳の外に逃れたわけである。
 ま、のりピーは希代の悪のレッテルを貼られ、もはや、申し開きはできないだろう。この二人の女優にこそ、「あんことうんこ」以上の違いがあると言える。

 それにしても、今回ののりピーの行動は、ホステス殺人事件で時効間際で逮捕された「福田和子※名前をよく間違えられる」の逃亡劇を彷彿させる。事件を犯した者の気配が、なんとなく似ている気がする。彼女は果たして、どこまで逃げ通せるのだろうか。小説にしたら面白いネタになりそうなのだが。

 不謹慎で、どーも、すんません。

明日から沖縄です。行ってきます。ごめんそーれ。暑いだろな…。

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事態は一変。

 のりピーの行方を心配していたら、新しいスキャンダルが飛び込んできた。「酒井法子容疑者に逮捕状!」
 うっそー!!あの真面目なタレント、と思われたのりピーが覚醒剤を服用していたのか??夫君は常習者だったようで、そうなると覚醒剤はたやすく手に入る。となると、一服してみようか…という気になる…、いや、ならないっ!!決して!!やっちゃいかん。

 子どもが夏休みだというのに。突然の行方不明は、そういうことだったのか。てっきり、真面目なのりピーが夫の事件を悲観して、芸能活動が困難になったと動揺しての失踪だと思っていたのに。私の読みは甘かった。一刻も早い解決をのぞむ。

 大原麗子さんも亡くなった。あー、大変な夏だ。今週末から沖縄取材に行くが、台風は行ってしまったのかしらん。あー、大変な夏だ。

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文字校正

 多くの方がこのブログをのぞいてくださっているようだ。ありがたや、ありがたや。
 昨日は、その前夜、楽しいお酒を飲み過ぎたせいで、一日使い物にならなかった。締め切りも一段落したので、パソコンの前に座ることもせず、ワイドショーを見ながら、「のりピー」の行方を案じていた。「のりピー、依然行方不明!」と新聞の見出しも大きい。

 さて「のりピー」の愛称だが、明るいネタの場合は心をはずませるワードとなるが、こういった行方不明を案じる場面ともなると、「ピー」がつくおかげで、パープリンな女の子の気まぐれ逃避行事件のように思えてくる。スポーツ新聞も空気を読んで書けばいいものを。

 と、人様の記事にチャチャを入れてる場合ではなかった。先号で「白蓮」のことをブログで紹介したら、「文字校正」のファックスが流れてきた。

 ファックスの送信者は、K新聞社の凄腕のM田部長。一瞬、「入稿は終わったはずなのに、原稿にミスがあったか…!」とひや汗が流れた。が、よーく見ると、本ブログの記事のチェックだったのだ。
 しかもその校正紙が、いつもやりとりする紙面とそっくり。M田部長のサインまでもが同じだったので、二日酔いを克服した頭で状況を理解するのは大変だった。

 M田部長の校正は実にユニーク。赤文字でかかれたチェック部分を背筋を正して拝読するのだが、真摯に受け止める一方で、ゲラゲラと笑ってしまう。彼は笑いをとるつもりはないのだが、そのシュールで的を得ている回答を前に、自分の愚かさが可笑しくなってしまうのだ。このブログでその全貌を紹介したいほどだか、自分の記事の稚拙さと媒体のイメージが壊れる心配があるので、それはやめにしておく。

 とにもかくにもM田部長のチェックは、このブログにも及んだわけである。おかげさまできっとどのブログよりレベルの高い記事内容になることだろう。しかし彼が、この脳天気でいい加減なブログネタに本気でつき合ってくれるとは思えない(笑)。

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ゴロンゴロンが好きなネズ。昨日は一日、彼女とゴロンゴロンしていた。久々の休日は、二日酔いであった。

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歌人・白蓮の生き方

 美貌の歌人・柳原白蓮。一年ほど前、この女性の物語を取材したいと飯塚へおもむき、書かせてもらった。そのご縁で、白蓮の愛娘の宮崎蕗苳(ふき)様(御年83歳で東京在住)にお会いできたり、伊藤家についても詳しく教えてくださる飯塚の関係者の方々とご縁をいただき、『白蓮』がより近くに感じられるようになった。

 白蓮は、大正天皇のいとこにあたる女性(彼女のおばさまが大正天皇のご聖母)。15歳で結婚したが離婚し、実家に戻る。東洋英和女学校に再び復学し、そのときの友人が、『赤毛のアン』の翻訳者の村岡花子である。

 彼女に再婚話が持ち上がる。相手は25歳も年の違う、福岡は飯塚の炭鉱王・伊藤伝右衛門氏だ。この結婚は、白蓮の兄が貴族議員の選挙に出る資金を援助するかわりに、妹を成金に嫁がせた政略結婚と言われている。

 二人の結婚生活はすぐに破綻する。無学で字も読めない夫だが、好色で妾がたえない。炭鉱夫を扱う伊藤家は荒くれ者が出入りし、深窓の令嬢にとってそこは、苦痛の場所だった。彼女は歌を詠むことで、生きる希望を見いだす。やがて、その才能が認められ、炭鉱王の妻ではなく、歌人としての生きる誇りを取り戻すのだった。

 そんなとき、彼女の出版物にかかわる仕事で訪れた帝大生の青年と恋に落ちる。彼の名前は宮崎龍介。熊本県荒尾市の、中国の辛亥革命を支援した、宮崎瑫天の息子だった。

 白蓮は龍介の子どもを身ごもった。(伝右衛門氏には子どもができなかった)「姦通罪」である。しかし彼女は、夫との結婚生活の破綻に至るまでの心情を「絶縁状」とし、新聞に掲載した。

「私は、金力をもって女性的人格尊厳を無視するあなたに、永久の決別を告げる」というもの。これが世に言う「白蓮事件」である。

 世間は彼女たちを激しくバッシングしたが、それでも二人の愛はぶれなかった。

 結果、白蓮は華族の地位を剥奪され、罪に問われる。伊藤家や飯塚の人たちからは、「殺してしまえっ!」などと強烈な反感を買うが、夫の伝右衛門は「一度は愛したおなごじゃけん、何もしてはならん。今後一切、孫の代まであやつの話はするな!」と言って離婚したという。

 彼女が罪をつぐないながら子どもを出産し、ようやく愛する龍介と会えたのは一年後だった。それからの彼女は、愛する夫とこどもと心豊かな人生を送るが、夫が病気で倒れたり、息子が戦死したりと苦労は絶えなかった。けれど、愛に包まれた幸せな人生だったという。

 今回も、白蓮の物語の原稿を書いているが、この物語に入るたびに思うものが深い。それは、登場人物ぞれぞれにある心の事情だ。辛かったのは、白蓮ばかりではない。伝右衛門も辛かったはずだ。

 ざっくりと、この物語を「不倫話」として片付ける人は多いが、決してそんな色眼鏡で見るようなものではないと思う。また後日、この続きを書くことにする。今は、入稿する原稿を仕上げる方が先決だ…、そろそろ、やばい時間だ。


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美しき歌人・柳原白蓮さん。竹久夢二が憧れた女性で、絵のイメージとした人。彼女の生き方を追いかけけるほどに、物語の奥深くに入り込んでいく。ブログでは決して書き尽くせない。彼女の近親者にお会いするとなお、思いが濃くなっていく私である。

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